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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第9章 今生の別れ、紺青の旅立ち

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第八話

「ついたぞ」


 リュカたちが、ラグラスに案内されてやってきたのは独房、ではなかった。

 そこは城の中でもかなり上層階に位置していて、とてもだだっ広く、物も何も置いていない殺風景な部屋。壁紙もとても質素なものであり、とても自分たちが何度も足しげく通った城の中とは思えない場所であった。


「一体何なの? この部屋は」


 疑問に思ったリュカがラグラスに聞いた。

 ラグラスは、自分たちを取り囲んでいた兵士たちに下がるように合図を送ると、統率の取れた兵士たちは一斉に部屋の外へと出て行った。

 そして、残ったのはラグラスと自分たちだけ。

 この人数差なら、もしかしたら魔法が使えなかったとしても目の前の男を倒すことができるかもしれない。謀反の首謀者が、目の前で、何の護衛もなしにいる。そんな好機めったに訪れることがない。しかし、それが逆に不気味でしかなかった。


「ほう、賢い娘達だ。単純な誘いに乗って争おうとはしないとはな」

「……」


 やはり、何らかの作戦があったのか。いや、たとえどんな罠が仕掛けられていたとしても、自分たちは彼に歯向かう事はできなかっただろう。なぜなら、彼は女王という人質だけじゃない。マハリから移住してきた市民たちという人質を抱え込んでいるのだから。

 もし人質が女王とフランソワーズだけだったら、危険を承知の上で戦う事もしていただろう。彼らだって、自分の国の長を殺めるような真似はしたくないはずだから。

 でも、市民たちとなれば話は別。それも、彼らは別の土地で生まれ、別の土地で育った、いわばこの国の住民たちからしてみたらただの流れ者の人間たち。おそらく、自分たちがたてついた瞬間兵士たちは人質を容赦なく殺しまわる。

 そして、元々この国に住んでいた国民には、きっとこの国を亡ぼすために他国から来たのだとかなんだとか理由を付けて無理やり納得させるはず。他国、自分たちの国以外で生まれ、育った人間と言うだけで疑心になってしまうのが、悲しいことであるが人間の本性である。リュカは、前世の世界の数々の歴史から学んでいた。

 そんな事、絶対にさせない。だから、彼女はただ黙ってその時が来るのを待つだけだった。

 彼女が、我らの騎士団長が助けに来るその時まで。

 と、その時だった。


「ラグラス兵長!」


 一人の若い兵士が部屋に入ってくるなり、ラグラスに耳打ちをした。

 それを聞いたラグラスは一言。


「そうか……」


 と頷くと、若い兵士に外に出るように命じて再び自分たちに向き直った。一体、何の話をしていたのだろうかと、気になったリュカが聞いた。


「今のは、なんです?」

「残念だが、君たちにとっては悪い報告と言えるものだ」

「ッ……」


 その言葉をラグラスが口にした瞬間。リュカは唇を噛みしめた。

 悔しそう、そんな顔をラグラスに見せるように。


「ッ!」


 そして、それから数秒が経った時であった。部屋に多くの女性が連れてこられたのは。

 その手には、リュカが嵌められているような魔法石で作られた手枷がはめられており、武器も鎧も全てはぎとられている様子。そして、その一番先頭に立っていたのは、自分たちのよく知っている人物だった。


「セイナ団長……」


 セイナだけじゃない。その隣にはローラの姿も見える。他、見知った騎士団の団員の姿も、ハッキリとみることができた。

 セイナは、リュカの顔を見ると儚げな笑みで首を振り言う。


「やられたわ……」


 と。

 そう、作戦は失敗してしまったのだ。

 裏道を通って図書館に通じるドアを開けた瞬間、彼女たちに待っていたのはミウコ兵による待ち伏せであった。

 初撃自体は簡単にいなして攻撃者である人間を殺したまではよかった。

 だがしかし、図書館の中には自分たちの倍ほどもいる兵士で密集しており、見渡す限りに兵士が集まっていた。

 無論、セイナたち騎士団の精鋭であればそれだけの数が相手でも何とかすることができただろう。だが、その図書館に置いてある蔵書類はとても貴重な物。この国の財産といっても過言ではなくて、中にはこの国にしか置かれていないたった一冊限りの本なんてものがある。

 余談だが、マハリの国にも、フランソワーズが言うには値打ちも付けることができないようなとんでもない本が≪二冊≫も置いてあったらしい。その本は、どんな人間が読んだとしても強大な魔法を発することのできる本であり、あまりにも危険であるがために国が滅び去る際にこれ幸いとばかりにマハリの城に置いてきたそうだ。

 そんな得体のしれない本とは違うかもしれないが、この場所にある本が貴重な物であるという事には変わりない。そんな場所で、魔法を使用することは憚られた。

 それに加えて、戦闘態勢をとったままでいた時に告げられたあの言葉。マハリからの移民を人質に取っている。この言葉に、戦意喪失まではいかないが、戦う気力をそがれたセイナたちは、あっさりと謀反兵に投降した。

 先ほど、ラグラスに耳打ちした人間が伝えたのは、このことだったのだ。


「我ら近衛兵。いざという時の裏道の存在を知らぬと思ったか?」

「えぇ、忘れていました。貴方が、知略家として名を上げたという事を」


 ローラは、忌々しげにラグラスの顔を見ながら言った。

 確かに考えてみれば秘書であるローラですら知っている道を、女王を守る側近たる近衛兵が知らないはずがない。よく思案してみれば分かることだ。


「騎士団の中でも最も力のあるあなたをとらえることができたことは、何よりも重畳。これで、山に残っている騎士団員も手出しすることはできないだろう」

「どうかしらね? 私の育てた団員たちを甘く見ない方がいいわよ。あの子たちなら、私たちの事なんて放って……」

「だとしても、こちらには市民という人質がいる。何にしても、手出しはできんよ」

「……」


 確かにラグラスの言う通りだ。何の罪もない一般市民を人質に取られている以上、できることなんてなにもない。何も思いつかない。どうすることもできないだろう。

 それは、リュカも、セイナも、同意見であった。


「厄子の少女よ、自分たちがこの世に生まれ堕ちたその罪、命にて償うがよい」

「……ここで、私たちを処刑するってこと?」

「その通りだ」


 リュカの頬に、冷や汗が流れ落ちた。もし、今、ここで、処刑が実行されるのはまずいからだ。時間を稼がなければ。なんとか、なんとしても。

 リュカは、緊張で震える手を抑え込みながら言った。


「ちょっと待って、せめて……せめて、一晩だけ猶予を頂戴」

「一晩だと?」

「そう、この子たちを見て」


 といってリュカが目線を合わせたのは、というか合わせようとしたのはやはり、離反者組の最年少コンビであるルシーとアルシアだった。

 だが、ラグラスの目があまりにも怖かったのだろう。二人ともがヴァーティーの後ろに隠れて怯え切っていた。


「こんな小さい子たちまで、いきなり処刑されるなんてあんまりよ。せめて、最期に一晩だけ……姉妹で語り合う時間を、作ってあげて」

「……よいだろう」


 果たして、リュカの懇願に思うところがあったのか、ラグラスはそう言葉を紡ぐと、東側に面した窓に付けられたこの部屋唯一の装飾品と言ってもいいカーテンを開くと言った。


「明朝、朝陽がこの窓から差し込むまで生かしておこう……だが、その時が来れば」

「分かってる。おとなしく、処刑される。けど、その時にはまず。真っ先に私を処刑して」

「リュカ!」

「仲間が死んだ姿を見た後で死ぬのなんて、ごめんだから」

「ッ!」


 まっすぐな目で言ったリュカ。本心だった。かつて自分が味わったあの感覚。前世の自分が味わった家族を失う辛さや、この世界で味わった仲間を失う悲しさ。そして、友達が死んで行く中で最後に死んだ、あの心を抉られるような息苦しさを、彼女はもう味わいたくなかったのだ。だから彼女は望んだ。

 最初の死を。

 一秒でも長く、友を、仲間を、そして家臣を生き残らせる道を。


「……もしも君が厄子でなかったのなら」

「……何?」


 リュカは、抑えきることのできない覇気を吐き出しながら聞いた。

 自分が厄子、ヴァルキリーじゃなかったら、いい仲間となれたのに。そんな言葉を言うつもりじゃないだろうなと、けん制し、威嚇しているかのように。


「うぅ……」

「りゅ、リュカお姉ちゃん。怖い……」


 その目つきに、というか魔力に当てられたルシーとアルシアの二人。その足には、恐怖の象徴とも言ってもいい黄色い液体がゆっくりと流れ落ちていた。

 というか、今更ながらヴァーティーという姉がいるというのに、自分を姉呼ばわりするというのはどうなのだろうか。いや、ヴァーティーだって、実際は彼女たちの本当の姉というわけじゃないのだから、別に構わないと言えば構わないのだが、しかしだとしても少し歯切れの悪さという物を感じてしまう。

 たった二週間前に出会ったばかりの自分を姉認定してしまう。それほどまでに自分は彼女たちと仲が良くなっていただろうかと。完全に場違いな思考である。


「なら、二番目は私にして」

「ヴァーティー……」

「私だって、妹達が死ぬのを見てから死ぬなんて、死んでも嫌だから」

「……検討はしよう。だが、順番がどうにせよ、君たちが処刑されるという事には何ら変わりはない。女王の目の前でな」

「……」


 そう言うと、ラグラスはゆっくりと部屋から出て行った。結局、残ったのは全員がリュカの見知った顔だけとなる。だが、おそらく部屋の外では何人もの兵士が自分たちのことを見張っているのだろう。もし逃げ出そうとしてもすぐに捕らえられる。それぐらいの仕掛けは施してそうだ。

 それにしても、自分たちの投降という表だけじゃなく、その裏にあった作戦を看破して先回りしておくなんて、知略家という名称も伊達ではないのかもしれない。


「こ、怖かったぁ……」

「ルシー、アルシア……」


 気が抜けたのか、ルシーとアルシアはその場に座り込んだ。ヴァーティーの一つ下の妹であるハオンは、その二人の頭を撫でる。


「それで、どうするの? リュカ」


 ヴァーティーに問われたリュカは、ゆっくりと窓に近づいた。この窓ガラス。おそらく魔法が組み込まれていてちょっとやそっとの攻撃じゃ簡単に破壊できないようにできているのだろう。じゃなければ、この窓ガラスを突き破って外に脱出することもできると言うのに。

 リュカは、コンコン、と窓ガラスを叩くとはっきりと口を動かして呟いた。


{処刑は明朝、朝日が昇る時……女王のいる前で……}


 と。

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