第六話
「なに、厄子とトオガからの離反者が?」
「はい、引き渡されたとのことです」
呆気なさすぎる。と、今回の謀反の仕掛け人であるラグラスは、本来この国の女王が座るべき椅子にて足を組み、考えこむ。
近衛兵長ラグラス。老兵に差し掛かろうとしている彼は、この国きっての策略家であり、尚且つ女王を除けば一番手の強さを持つと周囲からの評判は高かった。
そして、その実力を裏付けるかのように、人望も厚い。それが故に、今回の騒動が大きくなった原因とも言えるが。
本来、この謀反は彼を含めた近衛兵数名のみで行う手筈だった。しかし、誰が横流ししたのかは不明だが、彼が謀反を起こすとの情報を聞いた兵士たちは、誰も彼もが、一切ラグラスのことを止めようとはしなかった。それどころか、ほとんどの兵がラグラスと共に謀反を起こすと宣言する始末。
本来の自分の目的からすれば、若い兵士をこの謀反には参加させたくないところだったが、しかし自ら死を選択するようなこの無謀とも言える策に参戦してくれた物たちの心意気を無碍にするわけにもいかず、結果、一千人単位という自分が想像もしていなかったような大規模で謀反を起こすことが実現した。
本当ならばこのようなことはしたくはない。しかし、この国の未来のためには仕方のないことだ。そう、自分に言い聞かせ、どのような策を講じるべきか、考えていた時のことだった。
ある、奇跡的な偶然が起こった。
偶然、女王グレーテシアと姫であるフランソワーズが模擬戦を行い、
偶然、グレーテシアが戦闘不能状態に陥り。
実力者であり、目の上のたんこぶ的な存在だったヴァルキリー騎士団団長のセイナは、突如として出現した山の最後の調査に同行し、騎士団の半分以上の人間がそれに着いて行った。
さらには、女王の側近とも言える秘書のローラもまたその調査に同行、自分の中で懸念事項としてうかんでいたものが次々と取り払われた時、天命を感じた。
自分に、この国を変革せよとの天命を。これが、神からの命令なのだと、錯覚するほどに。
結果、今回の決起に至り、女王と姫を隔離して無力化させることに成功。また、国に残っていた騎士団の面々も、亡国の民を人質に取ることによって動きを封じれた。
全てが、順調だった。つい、さっきまでは。
しかし、ことここに至りて彼の策略が狂い出そうとしていた。
「なぜ、厄子と離反者が投降した……」
確かに、自分は山に向けて彼女たちの引き渡し、国に災いを引き起こす厄子、そして国を守る仲間たちの命を散々に奪ったにもかかわらず、咎めもなく国への永住を許可されたトオガの離反者の引き渡しを要求した。
しかし、そのようなことをしても、彼女たちが受け入れるはずがない、そう考えていた。
確かに自分たちは多くの人質を取ったものの、彼女たちの実力ならばなんらかの策を講じて全員を奪還することも、なんなら力づくで取り戻すこともできたはずだ。勿論、その間に出る犠牲者のことを考えなければの話にはなるが。
にもかかわらず、彼女たちは簡単に投降してきた。その理由は一体なんなのか。
ラグラスは、今までの経験で築き上げてきたその頭脳で考え出す。
彼女たちが投降して来た意味。違う、彼女たちが投降することによって何が変わるのか。
投降、兵士、視線。
もしかすると。ラグラスはとある考えに思い当たり、その場にいた兵に聞く。
「兵士たちはどうしている」
「は?」
「厄子が投降して来たと知った兵士たちは、どうしているのかと聞いているのだ!」
質問の意図がわからなかった若い兵士に対し、やや苛立ちを覚えたラグラスの声。兵士は、その大声にのけぞりながら言った。
「あ、相手が魔法石をつけているとはいえ危険だからと、ほとんどが、城門の前に集まっていますが……」
「なるほど……な」
ソレをきいたラグラスはニヤリと笑うと、兵士に、自分以外の近衛兵に対して言伝を頼むと、武器を手にして城門へと向かうのだった。
セイナたち騎士団の思惑を、封じるために。
「おい、見ろよあの髪の色」
「あぁ、ありゃ普通じゃねぇぜ」
「あの女、あいつが俺の親友の命を……」
「許せねぇ、今ここで殺してやりてぇ気分だぜ」
最悪だ。この雰囲気。と男たちに睨みつけられていたリュカはとても鬱陶しいその視線に嫌気がさしていた。
今彼女たちは、山へと向かう前はまるで馴染みの店のように馴れ馴れしく入城をしていた城の目の前で大量の兵士に囲まれていた。
どうやら、自分たちのことを歓迎してくれているのだろう。悪い意味で、だ。
時折聞こえる怨念のこもった声。ソレを聞くと、本来自分たちが受けるべき評価をその目にした事を悲しむべきなのか、それともそんな自分たちのことを受け入れてくれていた騎士団の人間たちに感謝するべきなのか、完全に場違いな二択を頭の中で想像していた。
しかし、この状況。考えてみればかなり恐怖度の割合が高い情景である言える。大の大人が子供達を寄ってたかって囲みまくって、もしこれが前世の世界だったら警察に通報物の事態である。度胸が座っている自分たちならともかく、幼いルシーとアルシアの二人はかなり怖がっている様子で、二人ともがヴァーティーの後ろに隠れてしまったのも無理はない。
「それで」
「!」
「はぁ……いったいいつまで待たされればいいのかしら?」
と、ヴァーティーがため息混じりに言った。無理もないだろう。自分だってため息をつきたくなる、というよりさっきからついている。だって、自分たちが何か言葉を発するたびに彼らは反応して、自分たちに剣先を向けたりして、正直過敏に反応しすぎなのである。
謀反を起こしたのであれば、もう少し堂々とすればいいのに。だいたい、≪傍目≫からみれば魔法石をつけた自分たちはなんの抵抗もすることができない普通の女の子そのもの。そんな普通の女の子にこんなにもビビり散らしていて、よくも謀反をする気になった物だと尊敬すらしてしまう。
「ちょっと待ってろ、今ラグラス様が降りてくる所だ」
その中で、他の人間に比べれば度胸がある方だと思われる人間が、堂々と言う。そうそう、これくらい堂々としてなければ話にならないという物。もう少し自分たちに恐怖を味合わせるような真似をしなければ、歯応えがないというものだ。
ある種、この状況を楽しみ始めていたリュカ。だが、その状況は一人の男の出現で変わり始める。
「……」
城の中から、一人の、見事なほどの甲冑に身を包んだ男がゆっくりと現れたのである。おそらく、あれが近衛兵長であり、この謀反を起こした張本人たるラグラス。
なるほど、その辺の有象無象なんて比べ物にならないくらいの威圧感と魔力を持っているようだ。これは、自分も少し気を引き締め直さなければならない。
「フン、我の顔を見て、少しは緩んだ気も結び直したか?」
と、まるで考えていたことを読み取ったかのような発言。リュカは、なるべく余裕の笑み、というものを崩さないように言った。
「さて、なんのことでしょうかね……」
「……」
さぁ、ここから先は時間稼ぎだ。なるべくこの男の、そして周囲にいる男たちの気を引かなければならない。
そう考えたリュカが、言葉を発しようとした時だった。
「その前に、その魔法石を一度外してもらおうか」
「なっ!」
「……」
リュカたちは、その言葉になんの反応もしなかった。反応したのは、ラグラスのすぐそばにいる、おそらく側近と目される男の方。
「なぜです! 魔法石を外してしまえば、厄子どもが自由になってしまいます! もしも魔法を使われる物なら……」
「フン、若い者たちは騙せても、この我の目は誤魔化せん。その魔法石の下には、魔力を貯蔵する何かが使われているのだろう。貴様と、そしてその蒼髪の厄子の手首から異様なほど魔力が溢れ出ておるわ」
「なッ!」
「……やれやれ、バレてたか」
と言いながら、リュカ、そしてリュカに促されたケセラ・セラは同時に手を挙げた。
その直後に、二人の手枷はソレを使用した人間によって解かれた。すると、その先にはエリスが作ったリストバンド。
その状態になれば、さしもの無能な兵士達にも分かる、まるで魔力で輪っかを作っているかのように爆発的な魔力が、そのリストバンドには込められているのだと。
「なるほど、それが魔力を貯蔵する道具か」
「知っていたんですね?」
「いや、初めて見るものだ。大したものだな、魔力を一点に集められる方法を考え付くなどとは」
「さすが、近衛兵長なだけありますね……」
といって、リュカとケセラ・セラは同時にリストバンドを外そうとした。
が。
「待った。ソレほどまでに魔力が溜まっている装備を外せば、魔力が爆発的に外に出かねん」
「……」
この人、どこまでお見通しなのだろうか。まるで、全てを見透かされているかのようだ。これが、経験に裏打ちされた思考だけで考えた物であると言うのなら、確かに策略家としては一流と言ってもいいだろう。全く、こんな人を敵に回したくなんかなかった。リュカは、残念そうにため息を吐くと言う。
「えぇ、そうですね。今、魔力を拡散させる」
そう言うと、リュカとケセラ・セラは、リストバンドの中にたまっていた魔力を、まるで風船から空気を抜くかのように外に出していく。
どうやってそんなことをしているのか。そんなこと彼女たちにもわかりはしない。ただ、こうすればこうなると言うのが頭の中に浮かんできたから、そうしているだけ。つまり本能的な物なのだ。
こうして、完全に魔力を出しきったリストバンドをラグラスに手渡したリュカとケセラ・セラは新しく謀反人たちが用意した手枷を付けた。
これで、本当に魔法を使うことができなくなった。
「では、腰にさしてある剣を」
「……えぇ」
≪ここまで、ね。後はお願い……≫
リュカは、先ほどケセラ・セラと話した時のようにそう心の中で呟くと、男に天狩刀を渡した。
その瞬間、私たちの視界は遮られたかのように黒く塗りつぶされ、その姿をそれ以上見ることはできなくなりました。




