第五話
一体何が悲しくて何もしていないというのに処刑されに行かなければならないのか。リュカは、魔法石で作られた手枷を見て深いため息を吐いた。
いや、実際問題自分は前世の世界だったら十分極刑に値する行為をしている。戦争だったり、自分の身の保身のためだったりと、とかく理由はあるものの、結局は何十人もの人間を殺しているのは確かなのだから。
しかし、それをいうなら他の騎士団の人間や、なんなら自分のことを呼び出したミウコの近衛兵の人間もそうであるはずだ。
だというのに、自分たちがどうして、わざわざ処刑されるために再びミウコの国に戻らないといけないのか。
リュカは、都合何度目かともわからないようなため息を吐いた。
「お姉さん、大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫大丈夫」
と、聞いてきたのは、ヴァーティーの妹の一人であるアルシアだ。いけない、こんな幼い子供に心配をさせてしまうなんて、笑顔を作らないと、そう、笑顔で笑顔で。
「おい、無駄口を叩くな!」
「はいはい、わかってますよ」
リュカは、まるで反省していませんよ、と言わんばかりに適当にミウコの反逆者の一人である兵士に返答をした。
先も、ヴァーティーの妹のアルシアが話に入ってきたことからわかるように、その場にいる、そして城に向かっているのはリュカ一人じゃない。
ケセラ・セラ、ハオン、トルス、プレイダ、ルシー、アルシア、そしてヴァーティー。ちゃんと、謀反を起こした人間の要求してきた通りに、≪彼らの知っている厄子≫とトオガからの離反者を連れて来たのだ。
そして、自分たちはミウコの国境、三週間程度前、この国に来た時と同じ門の手前で兵士に捕えられた、というか投降した。
そして、魔力を奪う手枷をその手につけられて、一緒に来るようにと命令されたのだ。
正直、こんな男達の命令に従うのは反吐がでるほどに嫌だったが、それ以上に、そのようなものを使用しただけで自分たちを制御した気分になっている男達にも少しだけ腹が立った。
「それなら、質問だけならいい?」
この際だ、少しでもいいから謀反を起こした人間達の情報を集めておいた方がいいだろう。
そう考えたリュカが聞くと、男の兵士は、やや苛立った様子で言う。
「ふん、どうせ処刑される身だ、何を聞いても無駄だとは思うがな」
「冥土の土産、って奴……死に行く人間に何を言ってもいいんじゃないの?」
「……いいだろう、なら、一つだけ答えてやる」
一つ、か。さてある意味では難しい問題だ。いったいどんな質問をすれば、今のミウコの城内を知ることができるだろうか。
直接的に聞くのは危険だろう。とくに、今は幼いルシーやアルシアという子供達もいる。
相手の機嫌を損ねるような発言をしてしまえば、ここで即刻二人の首が刎ねられてもおかしくはない。
自分や、ケセラ・セラ、それからヴァーティーは大丈夫だろう。魔法がなかったとしても、単純な身体能力で剣を防ぐことができるのだから。
でも、結局怒らせないに越したことはない。リュカは、数分悩んだ後に言った。
「それじゃ、一つだけ。国の中に残ったヴァルキリー騎士団の人たちはどうしたの?」
そう、これこそが彼女達にとって一番の疑問と言ってもいい物だ。
何度も言うように、山の調査に向かったのはなにも騎士団の全員と言うわけではない。大半の騎士団員は、確かにこのミウコの国内に、そして城に残っていた筈なのだ。
一般の騎士団員であったとしても、その力強さがいかほどであるのか、一月以上一緒にいる自分は知っている。だからこのような謀反が発生したとして、たとえ相手が近衛兵だったとしても女王やフランソワーズを人質に取っていたとしても、彼女達だけでも解決することができる筈なのだ。
それなのに、どうして騎士団員達は何の行動も起こさないのか、それが甚だ疑問であった。
「そんなこと決まっている。彼女達も俺たちの仲間になったんだよ」
その言葉に、リュカは、眉間に皺を寄せて男のことを睨みつけた。
この男。
「嘘ね」
「あん?」
「あなた、嘘をついている。そんな気がするわ」
と、自分の代わりに言ってくれたのはヴァーティーだった。
よかった、もし自分がその言葉を発していたら、この場で戦闘になってもおかしくないような暴言を発していた筈だから、これは助かったと言ってもいいだろう。
「なんでそう思った?」
「三週間、この騎士団の人たちと話してわかった。みんながみんな、自分自身に誇りを持って、強い信念を宿しているのだと。そんな人達が、あなた達が起こした野蛮な蜂起に賛同するはずがない、そう思っただけのこと」
ほら、まだ三週間とちょっとしか一緒にいなかったヴァーティーですらも気がついている。男の嘘に。
自分と彼女達に信頼関係というものがある。それがある限り、たとえ男がどのような嘘八百を並べようと関係のないことなのだ。
大体、騎士団の人間の多くは、男に対して拒否反応を示す人間が多い。それはセイナも同じことなのだが、よっぽど過去に男によって辛い目にあったと見受けられる。
そんな人達が、身勝手な男たちの行動に参加するか、いやしない。
「まぁ、そうだろうな。あぁ、そうさ、脅迫したんだよ」
「脅迫?」
「もし、反抗を起こすような真似があったら、マハリから連れてきた国民を殺す。そう脅してやったんだ」
「……」
なるほど、人質は女王やフランソワーズだけではなかったということか。
確かに、元マハリの国民の多くはミウコから与えられた新しい居住区に住んでいるため、人質としては取りやすいのかもしれない。
それにしてもわかっているのだろうか。この男は、自分たちの行動の愚かしさに。
勿論、それはヴァルキリー騎士団に所属している団員の多くが、そもそもマハリとは縁もゆかりもないところからやって来たから、元マハリの国民に危害が加えられたところで痛くも痒くもない。なんていう非常なものでは無い。
「卑怯者よ」
「ッ!」
「ハオン……」
言葉を発した少女に顔を向けたヴァーティー。自分の、一つ下の妹であるハオンは、何も臆することなくそう言い放つ。
「自分たちよりも弱い者を人質に取らないと謀反も起こせない、何かで縛り付けないと他人を操ることもできない。所詮、あなた達はその程度の人間、ってこと」
「貴様……」
男の兵士は、無表情のハオンに向けて剣先を向けた。
「どうせ処刑される身、今ここで殺してもいいんだぞ? それでもいいのか!?」
「どうせ私は一度死んだ人間。死ぬのなんて怖くないわ。ただ、言っておくけど、その行動、全部。トオガの国王だったゴーザと全く同じものよ」
「なんだと?」
言われてみればそうだ。ゴーザの場合は、彼女達に呪いをかけることによって、無理やり自分たちを守らせるように仕向けていた。
今回だってそう、謀反人たちは弱い人たちを人質に取ることによってその身の安全を整えようとしている。それは、まさしく彼女たちが忌み嫌っているトオガの国の国王とまるっきし同じものだ。
「貴方たちのような人たちに、人間の自由を歪めさせることは絶対にさせない。例え、私が死んでも、お姉様や、リュカさんがきっと貴方に死の制裁を与えるわ。だから、殺すならさっさと」
「ハオン!」
「っ!」
ヴァーティーは、それ以上ハオンが言葉を紡ぐことを許さなかった。ヴァーティーは、ハオンの言葉を咎めると、その地に頭を突く、≪土下座≫という屈辱的な、しかし、表面的にも一番謝罪の意思を込めることができる体制を取って言った。
「妹が失礼なことを言ったわね、御免なさい」
「お姉様、でも……」
「ハオン、貴方の感情も間違っていないわ。でも、その感情を持ったまま突っ走った人間に待っている末路、私たちはよく知っているでしょ?」
「……」
一時の怒り、一時の感情の綻びがどのような結果をもたらすのかもたらすのかそれはヴァーティーも、そしてハオンも知っているはずのことだったのに、いざことこういう場面になると感情的になってしまうのは、まだまだハオンが未熟な証拠なのだろう。
とかく、この場面は、ヴァーティー、そしてリュカもまた頭を地面にこするように下げたことによって収めることに成功した。
が、次はないぞと釘を刺されてしまった結果、これ以上の情報を得ることができなくなったのは、痛手であるのかもしれない。
それでも、騎士団の人間もまた、元マハリ国民という人質を取られてしまっているという情報を手に入れることができた。これは、状況を有利に進められる一手になり得るのかも知れない。
リュカは、ふと夜空を見上げた。
いる。≪自分たち≫には見える。彼の、男嫌いの自分たちが唯一と言っていいほど信頼を寄せている男の姿が。
まぁ、もっとも、現在の姿の彼を男、と称していいのかは、甚だ疑問であるが。




