第三話
深夜、本来であれば人も獣も皆眠りの世界に入っているはずの時刻。
静けさが山を支配し、何人たりともに犯されることのない安泰の時となるはずだった。
しかし、その日、その山は、とても騒がしく、そして神々しいまでの光に包まれていた。
「それじゃ早速だけど、改めて状況を確認させて」
急遽、山の中腹にいわゆる対策本部のようなものを置いたセイナは、団員の一人にそう聞いた。
「はい」
返答をしたのは、小隊長の一人だった。女性は、事件の発覚から、自分たちの元にもたらされてきた情報をまとめ上げ、それを簡潔にしてセイナに伝える。
「本日、正午を回った時でした。ミウコの国の兵がグレーテシア女王、並びにフランソワーズ姫を人質にとり、城内に立てこもりました。他、城内にいた待女や執事、料理人なども、巻き込まれた模様です。反乱を起こした人間の正確な数は、把握できていません」
小隊長は、一枚の紙をセイナに渡す。そこには、一人の男性の顔が描かれていた。目つきが鋭く、口は、まるで悪魔のように尖っている。こんな人間いただろうか、とセイナは疑問に思った。
「誰なのこれ?」
「ラグラス・ダ・ソンテーユ。ミウコの近衛兵の中でも秀でた兵士、と聞いています」
「ラグラス? これが?」
セイナはその言葉と同時に、やや苦笑いを浮かべていた。
と、言うのも。先日の戦に際し、ミウコ側の戦力を把握するためにと、ミウコの兵士に何度も会っており、ラグラスとも面識があったからだ。
だから、先ほど小隊長から渡された彼の似顔絵と思われるものと、自分の頭の中にある彼の顔があまりにも違いすぎて、つい笑ってしまった。
本物のラグラスは、こんなにも野盗の様な顔つきじゃない。むしろ、高潔な兵士の顔つきをした、極々普通の兵士だったはずだ。どうしてこんな絵が生まれたのか。
「すみません。急いで作らせたもので、似ていないと言うことにはこれ以上触れないであげてください」
後から聞いたことによると、今回の事件でてんやわんやしている中で、ラグラスが首謀者であったという情報を手にした彼女たち。しかし、その情報が届くのがあまりにも遅かったために、報告書を作った時にすぐ近くにいた手近な団員にラグラスの顔を書いてもらうように頼んだ。が、その人物はあまりにも絵がへたくそであった。だから、現実からかけ離れた犯罪者の顔をつくってしまったというわけなのだ。
なので、これ以上その絵について詮索を続けていくとその人物の評価にまで悪影響を与えてしまうので、今はここで一度話を戻そうと思う。
「分かったわ。それで、犯人たちの要求は?」
「犯人たちは、お二方を人質に取ったのち、魔法を使用して国中に要求を伝達。内容は、そちらに書かれている通りです」
セイナは、その言葉と同時に手渡された紙に書かれている、犯人たちからの要求を見た。
「グレーテシア女王の失脚及びヴァルキリー騎士団に所属する厄子と、トオガからの離反者の引き渡しと公開処刑……ね」
「え……」
その瞬間、会議に参加していた件の厄子であるリュカが小さく声をあげた。
それから数秒間の沈黙。まるで、その後のリュカの言葉を待っているかの思い沈黙が流れ始め、リュカは自嘲するように言った。
「つまり、私のせい……なんですね、グレーテシアさんやフランソワーズさんが危ない目に遭っているのは……」
また、自分が国を滅亡に向かわせるような事件を引き起こしてしまった。そう、マハリの国の時と同じように。
これが、いく先々で不幸を撒き散らすという厄子の最悪の力。運命力の操作。その結果に待ち受けるのが滅亡であると言うのなら、自分はなんて、罪深き人間であると言うのだろうか。
「それはどうかしらね」
「え?」
といったのは、一緒に会議に参加していたヴァーティーである。
ヴァーティーは、手元にあった水のみの中の水を一気に飲み干すと、決して折れない眼差しで言った。
「そもそも、この前の戦で貴方や、ヴァルキリー騎士団がいなかったらその時にすでにミウコは滅んでいた。それを考えると、厄子は災厄じゃなくて、むしろ幸運を運んでいる様にも思えるわ」
「幸運……」
確かに、彼女の言う通りである。
今から数週間前のミウコとトオガとの戦。もしもリュカやケセラ・セラ、騎士団の面々。なにより、フランソワーズがいなければその時にもう滅んでいたとしてもおかしくは無い。
それほどまでに圧倒的な力の差があった。そう、トオガ側にいたヴァーティーも考えていた。だから、リュカたちが来たことでミウコに災いが起こったと言うのは完全なるお門違いだ。そう、ヴァーティーは言う。
「その通りよ。リュカ」
「団長……」
「今回の反乱は、厄子なんてくだらない伝説を信じ切った大馬鹿者がミウコの兵士の中に何人もいたことから発生した突発的な事件。でも、まさか、いくら厄子が嫌いだからといって、自分の国の女王を人質に取るなんて、馬鹿らしいっていったらありゃしないわ」
「? どう言うことですか?」
「どう言うことって……」
「うつけが」
と言いながら、リュカの頭の上に降り立ったのはリュウガである。その瞬間、頭の上に言いようのないずっしりとした感覚がのしかかる。
「わからんか? 下々の人間、あるいは女王に親しい人間。そう、フランソワーズ一人を人質に取るのならまだしも、女王自身もまた人質にとることは、あまりにも愚策すぎると言うことだ」
「?」
やっぱりリュカはよくわからなかった。その表情を見て察したヴァーティーが、呆れながらにも言った。
「考えてみて、自分の国の女王を人質にして、その失脚を願うのよ。だったら、一体その後誰が国の上に立つって言うの?」
「えっと、それは……」
「因みに、女王には子供はいないし、兄弟姉妹もフランソワーズ姫だけしか残っていないわよ」
「女王なき国、その統治を、一兵士である人間が統治できるものか?」
「う、うう~ん……」
現実的に考えてみよう。不可能に近い。
女王の職務というものは多岐にわたる。諸外国との外交や、国の法律の整備。また、国の兵士の戦力の増強に関しても責任を負う立場である。
それを、グレーテシアは前の王から引き継いだ後何年にもわたって必死になって行ってきた。そんな責任を近衛兵だったとはいえ、一兵士が担えるものであろうか。
到底無理であろう。
「おそらく、グレーテシアの失脚に関しては、今回の戦の発端となったということで突発的に付け加えた物なのであろう」
「あぁ、あの戦争をするための口実の……」
以前グレーテシアから聞いた。そもそもトオガと戦争になるきっかけになったのは、自分がトオガの国の王との婚姻の話を断ったことによる逆恨みであると。
ということは、今回の事件は逆恨みに逆恨みが重なった非常にややこしい事件であるということになる。
「それを裏付けるように、要求を呑まなかった時の場合も想定していないみたいだしね」
「え? あ、そういえばそんな話一切出てきてない……」
そう、こういう人質をとった時の犯人の要求が呑まれなかった場合、大抵の場合は人質の抹殺というものが挙げられれる。
しかし、こと今回の場合もし人質であるグレーテシアを殺してしまったら、国民からの信頼は地に落ちたも同然となり、やはり今後の国の運営に影響が出てきてしまう。
というより、そもそもグレーテシアを人質にとった時点で、国からの信頼は失墜されていると言ってもいいので、彼らはこの突発的な行動によって最初から詰みに入っていると言っていいのかもしれない。
「ということは、やっぱり……」
「うむ、本来の目的はただ一つ。厄子であるお前を抹殺するということだ」
「全く、人気者はつらい……なんて言っている場合じゃないか」
一瞬だけおどけて見せてその場の重い空気を一変しようと思ったリュカ。しかし、今はそんな場合じゃないということを直感で悟り、険しい顔のままで言う。
「それで、どうします? 団長?」
「そうね……」
セイナは、腕を組んで考え込む。と言っても、その顔には笑みが浮かんでおり、最初から何をするのか決まっている様子だ。
けど、リュカはそんな彼女の笑みを見ているととてつもなく嫌な予感がしてくるのであった。なんだろう。まさか、また変な考えを起こしているというのだろうか。せめて、自分に関係のない物だあればいいな。
「よし!」
そんな、無駄な心配をしているリュカをよそに、勢いよく立ち上がったセイナは言った。
「リュカちゃん、ヴァーティーちゃん。人生経験が豊富になるのも、良いものよ」
「え?」
「はい?」
セイナは、勢いよく二人に向けて指を向けると言った。
「貴方たち、処刑されてきなさい!」
「「……えぇ!?」」
「なるほど、それもまた一興」
とリュウガが最後に付け加えた。
いや、一興とかいう話ではないだろう。




