第十九話
「団長、少し遅すぎはしませんか?」
と、山に調査に来ていた団員の一名がセイナに問うた。
セイナは、確かに、と相槌を打ってから。
「あの子たち一体どこまで行ったのかしら……」
と、彼女たちが向かった方向に目を向けた。
彼女たち、とはもちろんリュカたちの事だ。
あたりはすでに日が暮れ、もう残っていた調査に関しては全て終えている。後は、彼女たちが帰ってくるのを待つだけとなっていた。のだが、いくら何でも遅すぎるではないか。
ただ身体を綺麗にしてくる。それだけのために離れたというのに、道にでも迷ったのだろうか。
いや、彼女たち一行の中には、この山に住み、自分たちよりもよっぽど詳しいはずのエイミーやキンといった者たちもいる。それを鑑みると、迷ったというのはいささか考えにくいのではないんだろうか。
では、何か[トラブル]のようなものに巻き込まれたのか。で、あるのならば救助隊を組織せねばならない。
だが、いくらこの山の調査をほとんど終えたといっても、地図を作っていない状態で、むやみやたらに動き回るのは危険極まりない。
ならば、どうすればいいのか。セイナは考え込んでいた。
「フン、アイツらの事は心配ない」
と、セイナの目の前に降りて来たのは、リュウガだった。そういえば、そもそも彼がリュカたちを泉のある場所を教えたのだった。
それを思い出したとき、セイナはリュウガにあることを聞いた。
「ねぇ、もしかしてリュカちゃんたちが戻ってこない理由、何か知ってたりするんじゃないの?」
「知らないとでも?」
リュウガは、ふてぶてしい態度で言い放った。
「聞かせてリュウガ。リュカちゃんたちをその泉に導いた理由を……」
「……」
リュウガは、少しの間沈黙、そして夜空に浮かんだ黄色の月を見ながら言った。
「あそこにはワシの古い友人がいる。今頃、ソイツと話をしている最中なのだろう」
「古い……友人」
それは少し変だ。セイナは、リュウガの言葉に違和感を覚えていた。
「リュウガ、本当はこの動く山の正体……知っているんじゃないの?」
「この山に古い友人がいるから……か?」
「……」
リュウガは、ずばり彼女が聞こうとしていたことを言い当てた。
そう、リュウガの古い友人が何者であったにせよ、この山にその友人がいるという事を知っているのであれば、この動く山の正体も知っている可能性があるのだ。
「そもそも、色々と不思議だったのよねぇ……」
セイナは、その美しい栗色の髪をなでると続けた。
「なんで私たちがあのミウコに到着したとほぼ同時期に、この動く山が現れたのか……とか」
確かにそうだ。あまりにも都合がよすぎる。彼女自身多くの国々を回って、たくさんの風景を見て来た。たくさんの獣と出会い、戦ってきた。そして、多くの人々に出会い、見分を広めて来たと自負している。
けど、動く山の噂話なんて、聴いたこともなかった。それなのに、自分たちがミウコに到着する、その数日前に都合よく表れたこの山。
そして、その山には二人の女の子。リュカと同じヴァルキリーである女の子たちがいて、更にリュウガの古い知り合いもいる。
全部偶然で片付けるには、あまりにもできすぎている。
「それもまた、ヴァルキリーの持つ運命力の賜物、という可能性は考えたのか?」
「それも考えたけど……」
セイナは、髪を撫でていた手を止めると笑顔で言った。
「あなたが、この山を連れて来たって考えた方が、一番簡単だなって……そう思ったのよ」
「フン……」
リュウガは、まるで図星を突かれたかのように、そしてようやく指摘したかと言わんばかりに息を吐くと言った。
「そうだ。ワシがこの山の主たる者に、この場所までくるように指示を出した」
「それって、いつの話?」
「マハリが滅ぶ、三日前。そのくらいから動き出せば、今この時までに気が付かれないままにミウコに辿り着くと、思ってな」
「……」
リュウガはさらっという。でも、考えてみれば恐ろしい話だ。
マハリが滅ぶ三日前。おそらく、その時にはこの山はもう少しだけ違う場所に、ミウコから離れた場所に存在していたのだろう。
そこから、マハリからミウコへの移動時間を計算に入れ、もしかしたらミウコとトオガの戦、そしてソレがたった二日で終わるという事も考えて、この山を移動させたのだとしたら、先見の明が過ぎる気がする。
となると、次の問題はただ一つ。
「リュウガ、貴方はどうしてこの山にリュカちゃんたちを招き入れて、古い友人とやらに会わせたの?」
「……」
「それが狙いだったんでしょ? その、古い友人って、いったい何者なの?」
リュウガは、ただ黙り込むだけだった。
でも、古い友人に会わせるためだけ、のためにここまで大がかりなことを仕掛ける意味はない。その友人に来てもらえばいいだけなのだから。きっと、彼には別の、また別の何かの考えがあるはずなのだ。
一体、それが何なのか。ソレを突き止めなければならない衝動に、セイナは駆られていた。
「知りたいか?」
「……えぇ」
「……教えてやらんこともない」
その言葉に、セイナは顔を変えなかったものの、少しだけ拍子抜けしたような感じを覚えた。
ここまで秘密できたのだから、この先もずっと秘密、というままにする者だろうと思っていたから。
「理由は二つある。一つは、ある秘宝をリュカたちに渡すためだ」
「秘宝?」
「そうだ。その秘宝をアイツらにも渡していた方が、今後の保険になると、そう思ったのだ」
まぁ、そんな場面ない方がいいのだがな。と、リュウガは最後に付け加えた。
「その言い分だと、その秘宝っていくつかあるみたいだけど、一体何なの?」
「意味が分かっているのならば、辛い現実をもたらす物……とだけ伝えておこう」
「なにそれ?」
全く意味の分からないリュウガの言葉に、セイナは首をかしげるだけだった。
「そして、もう一つの理由は……」
「理由は?」
と、その時だった。
「団長!」
と、騎士団の内の一名が駆け寄ってきた。ひどく慌てている様子で、セイナはリュウガとの話を打ち切って彼女の言葉に耳を傾ける。
「どうしたの?」
「い、今ミウコから伝書鳥が来て……」
「伝書鳥……それで、何が書かれていたの?」
「それが」
「あ、いた! セイナ団長!」
団員の女性が説明を始めようとした矢先だった。リュカ一行がようやく帰り着いたのである。確かに、彼女たちの事も待っていはいた。でも、何もこんな[タイミング]で帰ってくることもないのに。
「間の悪いというかなんというか……」
「?」
当然、リュカは何のことか分かっていなかった。
そんな彼女に対してリュウガは言う。
「それで、秘宝と≪山≫は手に入れたのか?」
「翠色の玉の事でしょ? 手に入れたというか、体の中に入ったというか……」
「山?」
もちろん、宝玉に関しては先ほどからリュウガの話にも秘宝として出て来たから分かる。でも、≪山≫とはいったい何の事なのだろうか。
もしかして、リュウガの古い友人というのは、山の地主のような人間で、その人から山の権利をもらったとか、そんな話なのか。
「ううん……まぁ、私じゃなくてエリスがもらったような物らしいんだけど……」
「は、はい……」
「ほう……」
と、感嘆の声を上げるリュウガ。エリス自身は、やや困惑した表情をしている。なんだ、全く話が見えてこない。一体、彼女たちは自分と離れている間に何があったというのか。
セイナが、聴こうとした時あった。
「あの、団長!」
「あ、そうだったわね……」
無視され続けていた団員の女性が、ついにしびれを切らしたのか大声で叫んだ。
そうだ、確か自分はついさっきから彼女から伝書鳥が運んできたものに関する報告を受けている最中だったのだ。山の所有とか、泉で一体何があったのかといった話は後にして、今は彼女の報告を聞かなければ。
「それで、何があったの?」
「……」
女性は、一度深呼吸をする。よほど緊張しているのだろう。彼女がこれほどの反応を見せるという事は、なにかとてつもないことがミウコで発生したという事。トオガの国の残党が攻めて来たとか、また別の国からの侵略行為があったとか、そんなとてつもなく危機的な状況に陥っているのだろう。
そう考えた。
でも、現実はもっと閉鎖的な環境での出来事であった。
「反乱です」
「え?」
「ミウコの国の兵士が反乱を起こして、女王陛下やフランソワーズさんが、人質として取られてしまったんです!」
「な……」
「なんですって!?」
驚天動地、寝耳に水とはこのことを言う。
まさかの出来事に百戦錬磨のセイナでさえも顔色を変えてしまうほど。変わらないのは、この世界の言葉がまだ分かっていないエイミーや、キン、あとまだ難しい言葉はしらないケセラ・セラくらいのモノ。
「反乱……謀反、か……」
あとほくそえんでいるリュウガもいた。
まさしく急転直下。誰も予想することのできなかった事件の発生に戸惑いを隠すことのできないリュカ。
でも、どうしてだろうか。
この状況を楽しんでいる自分がいる。それはあたかも、他の多くの転生者と同じような感情だった。
≪あのお方≫が、≪憎む≫転生者たちと。まったく、同じ。どす黒い、わくわくが、彼女の中で渦巻き始めていたのだった。
ミウコで突如として発生した謀反に奔走する騎士団員たち。
果たして、謀反を起こしたのは誰か。
何故グレーテシア達は捕まってしまったのか。
謀反人の狙いは何なのか。
その先に待つのは、悲しくて切ない別れ。
今、安息の場所を捨てるためのリュカの戦いが始まる。
そして現る、鉄の仮面をかぶった人物の正体は―――。
第9章 【今生の別れ、紺青の旅立ち】
その歴史、未来に残しますか?




