第十四話
{嘘……あの子が、リュカちゃんが……リュウちゃん?}
「……」
エイミーは、ウワンから聞かされた事実に、驚きを表すとともに、どこかで納得している自分がいることに気が付いた。
{そっか、だから楽しかったんだ}
思えば、彼女と一緒にいるといつも楽しかった。足の先から頭の先までぞくぞくとするような快感や、心臓の鼓動が脈打つあの感覚。
そうだ、自分はそれに既視感を感じていたのだ。当たり前だ。だって、彼女は、前世の自分の親友の一人だったのだから。
まるで、奇跡みたいな出来事だ。異世界に転生した、その先でまた親友と巡り合うことができるなんて、こんな幸運がどこにあるだろう。
現来、自分はとてもじゃないが運のいい人間であるとは言えなかった。そもそも十七歳という若さで亡くなること自体、運の悪さが際立っていると言える。
でも、その分の幸運を、自分は身に着けていたのだ。だからこそ、自分の前世の親友と、この世界で、もう一度巡り合うことができた。
{リュウちゃんは……気づいていたの?}
{どうやら、自分と同じ世界から転生してきた、とは気が付いているみたいね}
と、ウワンは言う。
確かに、彼女は日本語を使う自分自分の事を、転生者であると判断していた節がある。でも、エイミーの前世が自分の親友である『天道夏澄』であったという事にはまだ確信に至らなかったようだ。
当然だ。だって、自分だってさっきまでは予想だにしていなかったのだから。彼女の正体が、いや、彼女の前世が、親友だったなんて。
でも、だったらどうして。
{どうして、教えてくれなかったんだろう……}
どうして、自分の前世が、竜崎綾乃であると、彼女は言ってくれなかったのだろう。そう言ってくれれば、自分だって天道夏澄だと紹介できたのに。キンや、他の友達にも紹介できたのに。そう考える彼女に、ウワンは言う。
{きっと、彼女にとって前世の世界はもう、思い出の世界になってしまったのね……}
{え……}
思い出、その言葉になにか不吉なものをエイミーは感じた。
{思い出、ってどういう事?}
{言葉の通り。前世はあくまで前世。この世界とは関係ない。もう、自分の記憶の中にしか存在しえない世界になってしまった。だからこそ、彼女は自分の前世の話をするのが嫌だったのかもしれないわね}
{思い出だから、もうそんな世界どうでもいいってこと? もう、私の事なんて、どうでもいいってことなの?}
エイミーは、なんだか捨てられた子猫のような表情を浮かべながらウワンに抗議した。
もちろん、彼女に何かを言ったとしても無意味であるという事は分かっている。
それに、冷静に考えればもしもリュカがエイミーが転生者であるとして、そこで自分の前世の自己紹介をするのはおかしな話だ。だって、今は今であり、前世は前世なのだから。彼女にとって、エイミーは、同じ世界から転生をしてきた仲間という、ただそれだけの関係だったのだから。
ウワンは、彼女の、竜崎綾乃の記憶を読み取っていた。そして、彼女の思いを知っていた。だからこそ、彼女は首を振って言うのだ。
{本当は、彼女だって言いたかったはずよ。心の底では……}
{だったら……}
{でも、前世は前世。今世は今世。だから、この世界で新しく作った、貴方との友情も大事にしたかった……}
そう、彼女は割り切っていた。竜崎綾乃は既に死んだ人間なのだ。だから、竜崎綾乃の転生体である己が、この世界で出会ったことのない人物、出会えるはずがない人物に対して再会を望んではいけないと。
そうなったら、きっと、前世の世界が恋しくなって前に進めないから。
本当は、自分はそんなに強い人間じゃないと、知っていたから。
だからこそ、彼女は聞けなかったのかもしれない。どこかで、予感めいたものを感じながらも、彼女の、エイミーの前世を聞くのが。
{リュウちゃん……}
{だからエイミー……あなたも、天道夏澄としてじゃない。この世界で生まれたエイミーとして、リュカに接してあげて}
{……}
前世の関係を切り捨てて、彼女と仲良くなる。そんなことが自分にできるのだろうか。いや、自分にそんな資格があるのだろうか。少なくとも、彼女の気持ちを理解せずに前世の関係を持ち出そうとした。そんな自分に。
そんな自分勝手な人間と、彼女はまた親友になることができるのだろうか。
{そんな自信……ないよ}
{いいえ、貴方はできるわ。だって貴方は私の……}
その時だった。
{ッ!}
{何!?}
温泉から、湯気が沸き上がった。その量は、先ほどまでの比ではなく、エイミーの目の前のウワンの姿もかすれてしまうほど。まさしく霧の中という表現がふさわしいほどの世界に様変わりしてしまっていた。
{何があったの!?}
エイミーは、ウワンに聞いた。ウワンは、やや焦ったような声を上げて言う。
{これは、彼女の記憶に閲覧してはならない項目が……}
{え?}
{それを見ようとしたから、審判の湯が活性化して……そんな、ダメ! このままじゃ!!}
その瞬間だった。二人の姿が消え去ったのは。文字通り湯気に掻き消えるかのように二人の身体は消滅した。
エイミーと、リュカの姿が。
「―――」
私が目覚めたのは、そんなときでした。
全く聞いたことのない、でもリュカさんが時折使っている言葉。おそらく、{日本語}と呼ばれる物なのでしょう。
ソレを聞いた私の意識は、ゆっくりと覚醒しました。
「ここは……」
その時、私は不思議なことに三つ気が付きました。
まず一つ目に、自分は確か先ほどまでリュカさんの背中を追って歩いていたはず。それなのに、どうしてこんな岩場で眠っていたのでしょうか。
二つ目に不思議なこと。それは、自分の股に感じた違和感。というか、じめっとした感触。間違いなく漏らしてしまっています。考えてみれば、私が漏らした、というのはこれが初めてだったのかもしれません。
リュカさんやクラク姉さんは今まで幾度となく漏らしていましたが、私自身が漏らしたというのは、きっと幼いころ以来だと思います。だから、少しだけ、いやかなり恥ずかしかったです。というより、漏らしすぎて慣れている他の人たちがそもそもおかしいと思います。
きっとこんなこと書くと姉さんたちに怒られるだろうなと思いますけど、まぁそれは置いといて。
三つ目に不思議なこと。それは―――。
「あれ、ケセラ・セラさんはどこに?」
起き上がり、後ろを見ると、そこには確かにいたはずのケセラ・セラの姿がなかった。いや、彼女だけじゃない。
湯気の煙の陰に隠れて見えなくなってしまっているが、どうやら他にも何人かの人間がいなくなっているようだ。一体、彼女たちはどこにいったのだろう。
「ッ! 気が付いたのね……」
「!」
その時だ。そんな声が聞こえて来たのは。
見ると、泉の上に巨乳のお姉さんがいるではありませんか。一体、彼女は誰なのでしょうか。他の人たちが眠りに入っているこの現状で、敵、というのだけは一番避けたい事象ですが。
「この状況で目覚めるなんて……まさかあなたも……いえ、違う。これはむしろ審判の湯の方が変質した?」
と言いながら、お姉さんは思考の中に入ってしまったので、私は後ろにいる人を起こすことにします。
「タリンさん! 起きてください! タリンさん!」
と、とりあえず近場にいたタリンを起こそうとしたが、しかしどれだけ揺さぶっても彼女は起きそうにもありません。
どうやら、ただ気を失っているだけではないように思えます。なんだか、深い眠りの世界に入ってしまっているような。
「無駄よ。この湯気の中で目覚められるのは、資格のある者だけ……でも、まさかあの二人がそれ以上だったなんて思わなかったけど……」
「あの、二人?」
「……」
この人は、一体何を言っているのでしょうか。私にはさっぱりと分かりません。
「二人って、誰の事で」
「……ううん。それだけじゃないわね。あなたの後ろにいた者たちも……また」
「……」
どうやら、思考のるつぼに入ってしまって私の話を聞いてくれていない様でした。私は、腹の底からの大声を張り上げて行ってみます。
「教えてください! 皆さんは、どこにいったんですか!? あなたは、一体何を……」
「もう、彼女たちは私の審判を超えた先に行ってしまった。これも、アイツの策略なの……?」
「え?」
女性は、少しだけ悲しそうな顔を浮かべると言う。
「誰か一人でも、あの場所にたどり着きさえすれば……」
「……」
私にはそのつぶやきの意味は全く分かりませんでした。
ですが、これだけは分かります。どうやら、リュカさんたちはとても危険な場所に行ってしまったという事。
それ自体はいつもの事なので仕方ないと言えば仕方ないのですが。
「それより貴方」
「え?」
「ちょっとお姉さんといいことしない?」
「へ?」
「本当はあの子たちに継いでもらいたかったけど、≪アイツ≫のせいでご破算になっちゃったし、貴方なら、きっといいご主人様になりそうな気がする」
「えっと、あの」
「うん、これならあの子との主従関係も守ったままにできるし、その方がいいわね」
「お~い……」
何か、嫌な予感がした。と思ったが最後、私はウワンの術中にはまり、あれよあれよという間に服を脱がされて温泉の中に入れられました。
正直、目が覚めてからこうなってしまうまでの時間があまりにも早すぎて、脳の処理が追い付いていないのですが、誰か説明してください。
そんなエリスの懇願は上空に消える湯気のように消え去ってしまうのであった。




