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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第8章 異様な義母、硫黄の風呂

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第十一話

 朝、それは私にとってとても大切な時間。とてもとても、尊い数十分間の癒しの時間だった。

 大好きな妹にたたき起こされる瞬間。その声、その強さは、どんな[アラーム]音よりも心地よくて、力強くて、そして元気が出て。自分の頭を一気に[スッキリ]と目覚めさせるのだ。


「今行く!」


 綾乃は、ゆっくりと[ベッド]から降りると、一晩を共に過ごしていた[パジャマ]を脱ぎ、部屋の角っこに置いていある[タンス]の一番下の段を開ける。中に入っているのは下着類。こういった服の下に着る物というのは、誰かに見せるために履いているわけじゃないから、どんなものでも構わない。

 けど、履き心地とか、それから今日の気分的なものを考えると、子供っぽいけれど、やっぱりこの[キャラクター]の絵柄が書かれたパンツであろうか。そして、ブラジャーはいつも通りの物を身に着けておく。これで、下着は完璧だ。

 次は、制服。自分の通っている学校指定の[ブレザー]だ。胸に桃色のリボンのついた、とてもおしゃれな[ブレザー]。袖を通すと、なにか戦闘準備が整ったような感覚になれるのは、きっと学校のことを戦場か何かと思っていたからなのかもしれない。

 まだまだ続く。ヒラヒラとした[スカート]を履いた綾乃は、思わず鏡の前で一回転した。どうやら、今日は気分も絶好調のようだ。こんないつもはしないようなこともするのだから。


「フフッ」


 鏡の向こうにいるいつも通りの顔の自分に笑いかける綾乃。今日も、笑えているねと、心の中でつぶやいた彼女は、自分の顔をススス、と撫でた。自分の、顔から永久に消えることのない体積の半分を占めるであろうやけどの跡を。

 この顔になってもう長い年月が立つ。小学校のうちは、この顔のせいで辛い思いをすることも多かったけれども、今となっては愛おしいし、それにこれのおかげで得た物も多い。今までも、これからも自分と一緒に生きていくソレを、化粧台の上に置いてあった[ファンデーション]で少しばかり隠す。

 それで完全に消えたわけじゃないが、でも自分以外の人間がギリギリ見ることができる容姿にすることができたのは重畳といえるだろう。

 後は髪を止める髪留めを付け、ひざ下くらいまでの長さがある靴下を履けば完成。いつも、学校に向かう時の自分の完成。


「っと、忘れてた」


 いや、忘れてはならないことが一つ。そう、階段を上るときや、塀の上、屋根の上に昇るときに下からパンツが見えないようにするための[スパッツ]だ。自分みたいな人間、盗撮するようなもの好きはいないだろうが、しかし変態というのはどこの世界にもいる物だ。念には念を、という言葉もあるので、一応履いておくことにする。

 これで本当に準備完了だ。綾乃は、[ベッド]の上にほっぽり出されていた学校指定の[カバン]を手に持つと、勢いよく窓を飛び出して一階の屋根の上へと着地する。瓦の上を滑らないように慎重に足を運んだ綾乃は、屋根の端っこに立つと下を確認する。どうやら、まだ≪義母≫は洗濯物を庭に干していないようだ。これなら、安全に飛び降りることができそう。

 自分が住んでいるのは二階建ての一軒家。その二階に自分や妹の寝室があるのだが、こういった家の構造的にも二階の方が一階よりも狭い関係で、部屋の窓を開けるとその先は地面ではなく屋根が広がっているのだ。地面があるのはその向こう下である。

 むろん、高さ的に落ちたら危険であるのは当たり前。そんなこと、分かりきってるのにどうしてそのような場所に立っているのか。


「お姉ちゃん!」

「ん?」


 と、ここでさらにもう一人の少女が、綾乃の元に近づいてきた。

 綾乃と同じく、[ブレザー]の制服に身を包んだだ少女。綾乃よりもやや背が大きくて、髪は短髪の綾乃と真逆の[ロングヘア]。なにより胸は、[Aカップ]程度であろう綾乃よりもはるかに大きい[Fカップ]。時折これが原因で喧嘩に発展したりしている女の子。

 彼女の名前は、≪竜崎瑠奈≫、綾乃の妹であり、中学校二年生にもなる女の子だ。


「準備できた?」

「もちろん!」

「よし、行こう!」


 行こう、と綾乃は言う。どこにだ。というより、ここは屋根の上なのだからどこにも行く場所はないはずなのだ。あるとするのなら、すでに話をした絨毯のように広がった庭くらいな物。

 しかし、二人は何も躊躇することなく、手を握りしめあった。


「うん! せーの!」


 そういいながら、二人は勢いをつけて一歩先にある空中に向けて[ジャンプ]した。当然、その先には地続きの天井なんてものないから、二人の身体は二メートルくらい下にある地面に自由落下していく。

 そして、地面に激突しそうになる寸前に、二人ともに手をつないでいない方の手と、膝から折り曲げた両足にて着地。


「よっ!」

「とぅ!!」


 いわゆる、三点着地、という物だ。普通に考えてその程度で着地の衝撃を受け流すことができないはずなのだが、二人が頑丈なのか地面が柔らかかったのか、二人ともに怪我をすることなく着地には成功した様子。

 二人は、身体をまっすぐに伸ばすと、笑顔で両手を上げる。


「今日も見事な着地!」

「イェイ!」


 自分たちが危険なことをした自覚はないのだろうか。能天気というか怖いもの知らずというか、とにかくこんなことをしていたらいつかは大けがをしてしまう。そう思われても仕方のないことをしでかす二人を止める人間はいないのだろうか。


「イェイ、じゃないわよ!」

「うッ」

「痛ッ!」


 いた。一階の庭に続く窓を勢いよく開けた女性は、両手に持った[プラスチック]製の皿で二人の頭を押さえながら言った。


「全く毎日毎日こんなことして、ケガしても知らないわよ」

「大丈夫だよお義母さん」

「そうそう。私たちタフだし!」


 タフとかそんなこと関係ない。むしろ、身体が丈夫であることを過信しすぎて大けがを負う可能性だってあるはずなのだから、そんなものを理由にしている時点で黄色信号まっしぐらである。


「大体、ちゃんと階段があるんだから、そっちを使いなさいよ」

「いや、だって……ねぇ」

「ねぇ」

「何?」


 顔を見合わせた二人は、示し合わせたかのように、いたずら小僧のような笑顔を浮かべて言った


「「そんなの普通過ぎてつまらないじゃん!」」

「……はぁ」


 あきれるしかなかった女性。≪竜崎空≫は、とにかく朝ごはんを食べるようにと一言だけ言うと、家の中に戻っていった。一方綾乃と瑠奈の二人もまた手や足に付いた土を払うと家の中に入っていく。

 そう、これが彼女たちの毎日。日常だった。日常的に[スタントマン]顔負けの危険な行動をとっているという事に何か疑問を感じる物の、とりあえずこれが彼女たちの日常なのだから、あきらめるよりほかはないだろう。

 

「ここ最近どう? 学校は?」

「うん、この前新しい担任の先生が来てね」

「新しい担任?」

「そうそう」


 二人が家の中に入ると、台所にはすでに茶碗一杯に盛られたご飯と、皿の上には[ソーセージ]と半熟の目玉焼きと朝食の見本ともいえるようなものが並んでいた。それを食べながら、空も交えての近況の報告。これが、彼女たちの朝の風景だ。

 因みに、こういう物は普通晩御飯時にやる物じゃないのかと思うかもしれない。事実、こんなことをいつもやっているから瑠奈は毎日毎日遅刻ギリギリで学校に向かっているわけなのだから。

 しかし、空が仕事の関係で帰ってくるのが夜遅くになるため晩御飯時には彼女がいない、だから、朝ごはんの時くらいにしか彼女と話す機会はないのである。

 さて、瑠奈がいうには、彼女の担任が変わったということだそうだ。前任の担任寿退職が理由であるらしい。話を聞くにはとても格好良い男性教師で、すでにクラスどころか学校の半分の女性陣が虜になっているのだとか。

 彼女が通っているのは女子校であるため、休み時間の時にもなるとその男性教師を見るために学校中からとんでもない数の女子が彼女のクラスに見学に来ているらしい。


「で、瑠奈もそうなの?」

「どうかな……」


 しかし、瑠奈はそれほど惚れっぽい性格じゃないのか、それとも顔の好みが合わなかったのか、そんなに興味が湧いていなさそうに感じる。自分と趣味趣向が似通っている彼女の好みに合わなかったということは、自分の好みにも合わないということだ。


「ふ~ん」


 綾乃は、まるっきり興味をなくしたように、自分の目の前にある目玉焼き、の向こう側にある別の皿に箸を伸ばした。

 が、しかし。その橋が目玉焼きに届くことはなかった。

 彼女の箸は、下から来た別の箸による攻撃によって弾き飛ばされ、中を舞ったのである。そして、それをなした人物は、自由落下する綾乃の箸を自らの箸で器用に掴み取ると、持ち手の方を差し出しながら言う。


「全く油断も隙も無いわね」


 空、である。


「お義母さん、止め方にももう少し優しさってものが、というか隙がないっていうのはこっちの台詞だよ」

「フフ、伊達に師範はやっていないわよ」


 この人相手にイタズラはできない。つくづく実感してしまう物だ。こんな可愛げのあるモノであったとしても、彼女のいう通り、やっぱり師範であるからなのだろうか。真面目に止めにかかる姿はどこか滑稽のようにも、逆に格好よくも見えてしまう。

 彼女は、古くから受け継いできたとある流派の師範としての資格を持っている。現代の日本では、師範を名乗ることができるのは家元を含めてたったの五人かそこらであるらしく、さらにはその技術の奥の奥。彼女の言うところの秘術に至っては、家元と空にしか扱うことができないらしい。

 彼女自身、空が秘術を使用するところは見たことがないはずなので、一体どういったものであるのかは詳細は分からない。しかし、その会得者の希少性から言って、かなり高度な技であるのは間違いないだろう。

 しかし、彼女が言うにはこの先、その秘術を扱うことができるかもしれない逸材が現れる可能性があるとのこと。彼女が経営している道場にいる門下生の中に、何人かその才能に目覚めかけている人間がいるとのことだ。彼女は、その人間たちに目をつけ、近いうちに一番簡単な秘術から教えようと考えているのだそう。

 なお、会得できなかった場合はそれ相応の処置をするらしい。一体何をするつもりだ。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした!」


 とにもかくにも、朝食を食べ終え、食器類の片づけと洗面を終えた直後だった。


「リュウちゃ~ん!」


 家の外から綾乃のことを呼ぶ声が聞こえて来た。この声は、彼女の親友の琴葉の声だ。彼女は、いつも学校に行く前に自分のことを迎えに来て、一緒に登校しようと誘ってくるのである。おそらく、もう一人の友達であり、そして空の道場の門下生の一人でもある天道夏澄も一緒であるのだろう。それが、いつもの日常。彼女の、かけがえのない日常の一頁だったから。


「あ、来た。それじゃ、行ってきます!」

「行ってきますお母さん!」


 綾乃、そして綾乃の通っている高校と同じ方向に中学校があるため一緒に登校している瑠奈もまた義母に向けそういいながら、台所を通ろうとした。


「ちょっと待ちなさい」

「え?」


 と、皿を片付けていたはずの空が目の前に現れて言う。これもまた彼女が言うところの武術の技の一つであるららしい、何度見ても瞬間移動しているようにしか見えないのだが。

 ともかく、空は[タオル]で手を拭きながら言った。


「その前に、やることがあるでしょ?」

「あ、そうだった」


 考えるまでもなかった。というか、どうしてこんな重大なことを忘れていたのだろうか。ほとんど習慣化しているはずのあの事を忘れるなんて、どうかしているとしか思えない。

 綾乃、そして瑠奈は一度鞄を置くと、居間に置いてある仏壇の前で正座した。そして、引き出しの中に入っていた線香を取り出すと、それを灰が山ずみになっている香炉にさし、火をつけた。消すと、とてもほのかな香しい煙が立ち上る。香木が焼けた匂いというのは、こう言った物を指すのかはわからないが、とにかくいい匂いであることには間違いない。

 綾乃は、≪りん≫と呼ばれている仏具を叩いた。すると、遠くの人間にまで聞こえるくらいに甲高い音が鳴り響く。この音を聞いているだけで、どこか厳かな気持ちになれるのは、日本人に生まれた特権なのかもしれないと思いながら、三人は、仏壇に飾られている写真に向けて合掌した。


「行ってきます。お父さん、お母さん」

「行ってきます」

「……」


 写真の向こうに映っている、自分たちの本当の両親は、笑顔だった。

 その表情が二度と変わることはない。それが、自分たちにとっては幸運なことであるのかも。両親の笑顔しか知らないなんて幸運をかみしめながら、三人はりんの音が消えるまで、手を合わせ続けるのであった。

 瞬間、世界は回転を始めた。

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