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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第8章 異様な義母、硫黄の風呂

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第十話

 思えば、私はリュカさんの背中をずっと追いかけていたような気がします。

 あの人に出会ってから、ずっとその背中を見て、追いかけて、でも届かなくて、そんな毎日を過ごしていた。そんな風に思うのです。 

 私にとって、リュカさんは決して近づくことのない影のような物でした。どこまでもどこまでも追っても、決して手が届くことのない。はたまた、手が届いたと思ったらまるで空気に触れたかのように掻き消えてしまって。私は、そんなあの人から離れないようにと、必死で追いかけて。

 でも、結局離れて行ってしまったのです。そう、あの時もまた。

 リュカさんの背中を見ながら入っていった洞窟。そこは、とても深く、長く、少し歩くだけですぐに入口からの光も届かなくなって、瞬く間に夜中の荒野のごとき暗闇が襲ってきました。

 私は、レラさんが出してくれた魔法、【灯】によってようやくその実態を見ることができました。とはいえ、周囲にあるのは当然だけれども岩の壁のみ。動物はおろか、植物の一つも全く見えなかった。

 なお、私以外の人たちに関してはそもそも暗闇の中でも歩けるようにと修行を積んできた人たちであったため、壁に頭をぶつけてたんこぶを作ってしまったクラク姉さん以外は真っ暗闇の中でもケガ一つなく進んでいくことができていました。

 それにしても、とても不気味なところです。魔法を使っても洞窟の一番奥なんて物は見えることなく、近くに落ちている石を遠くに投げてみてもどこかにあたった反響音の一つもしない。一体どこまで行ったら終着点につくのか、わからないままに私たちはただただ進むしかなかったのです。

 多分、一時間くらい歩いた頃でしょうか。徐々に肌寒さを感じていた私たちに、突然、白い霧が爆風のように襲ってきたのです。

 その時の私に飛来してきたのは恐怖でした。その霧がどこから立ち込めているのか、何故、こんな爆発のように自分たちを襲ってきたのか、何が何だかわからなくて、とても怖かった。

 そんなときに、リュカさんが言ってくれたんです。


『大丈夫。私について来て』


 と。彼女に言われると、とても安心感がある言葉で、だから私はその言葉に従うかのように彼女の後ろを歩いていきました。ゆっくり、ゆっくりと、その手をもって、導かれるように。

 思えば、あの時点ですでに見失っていたのかもしれない。『本当の』リュカさんの居場所を。

 そして、気が付いたときには私たちは―――。


「ここが、泉……というか、この煙と臭いって、まるっきり温泉じゃん!」


 リュカは、驚嘆の声を上げるしかなった。それもそのはず。自分たちは、リュウガからこの場所に泉があるということを聞かされていた。しかし、現実で見ればどうだっただろう。自分たちの目の前には、薄黄色の硫黄のにおいが立ち込めたお湯。温泉があるではないか。

 しかもこの匂いと色。間違いない。ミウコの城の中に常設されてあって、自分も時たま使用していた温泉そのままだ。いや、確かにリュウガは温泉のような物と言っていたが、これは見た目からしても完全に温泉、濁す理由が見当たらない程立派な温泉だった。一体どういうことなのか。とにかく、リュカは仲間たちに意見を聞いてみることにした。


「ねぇ、どう思……え?」


 そして二度目の衝撃だ。

 リュカは唖然となっていた。当然だろう。振り返って仲間たちの方を見たと思ったら、そこには誰もいないのだから。いや、正確に言えば自分の背の高さに人の顔がなかったというだけ。

 ケセラ・セラやエリス、以下彼女と一緒についてきた仲間たちは皆、総じて気絶していたのだ。


「みんな、どうしたの!? まさか、この煙って有毒ガス……ッ!」


 リュカは、今自分の周りに立ち込めている煙がすべて人体に悪影響を及ぼす有毒なガスであるという可能性を考えた。もしもそうだった場合、速く外に。自分だけじゃない。仲間たちも洞窟の外に連れて行かなければ危険である。

 だが、自分一人の力でこれだけの人数を、片道一時間近くあった狭い洞窟内で背負っていくことができるだろうか。もちろん、時間をかければ可能だ。しかし、その場合あとに残された仲間たちの命の危険が強まっていく恐れがある。

 まさか、ここで命の選別などという運命の選択を強いられることになるとは思っていなかったリュカ。とりあえず、せめてこの煙が立ち込めていなかった場所まで仲間たちを運ぼうと考えたその時だ。


『そんな危険な物じゃないわ。安心して』

「ッ!」


 またもや背後、つまり温泉の方向から言葉がやんわりと聞こえてきた。今のは、確か獣語。原始的でかつ、山で育った人間にしか使用することのできない特殊言語だ。


『あなたは、誰……』


 リュカは、ゆっくりと、エリスたちをかばうように前に出て、拳を上げた。声の主は、まだ煙の中に隠れて見えないようだ。

 武器は先ほどの騎士団がいた場所においてきてしまったが、しかし、自分が生身でも戦えるということに関しては信頼と実績がある。もちろんエイミーほどの強さはないにしても、仲間たちを守りきることができるくらいには強い。だから、ここで戦うことになったとしても大丈夫だ。

 そんな気負いを見せるリュカをあざ笑うかのように、声の主はゆっくりと現れた。


『驚かせてしまったわね。申しわけないわ……』


 温泉の上に波紋を広げながら、まるで氷の上を歩いているかのように現れたのは女性である。きっと、女神様という物がこの世界にもあるのならば、そう認定されてもおかしくないくらいの美貌、そして身体的な特徴を兼ね備えた大人の女性。細い布で局部と豊満な胸の先を隠すだけという薄着であるということを除けば、さほど怪しくないと思える。

 いや、油断は禁物だ。そうやって武器も何も持っていないと思わせるのは目的なのかもしれない。リュカは、警戒を解くことはしなかった。

 そんな彼女の顔を見て、女性は少しだけ驚いたような顔をした。どうやら、向こうも自分の顔が煙でよく見えていなかったようだ。

 女性は、瞬きする。

 その刹那だった。リュカは悪寒を感じ、一歩、二歩と歩を進める。別に危険を感じたから仲間たちを守るためにと足を出したわけじゃない。いや、ある意味では危険を感じたのだ。この、膀胱がうずくかんじ、もしかして―――。


「ッ……」


 やっぱり、か。この女性。強い。それも、自分や騎士団の全団員、この前戦ったゴーザですらも生易しいと思えるくらいに恐ろしい。

 ただ瞬きをしただけなのに、ただそれだけで威圧感を感じて膀胱が空になるくらいに漏らしてしまった。よかったと思えるのが、自分のすぐ後ろで気絶していたエイミーの顔にかからなかったことくらい、それぐらいしかいいことがないと思えるくらいに、自分はすでに敗北感を感じ取っていた。


『あなたは、何者なの?』

『……』


 果たして、ただそこにいるだけなのに漏らした自分にあきれたのか、それとも幻滅しているのか、その表情からは読み取ることができないが、ともかく、女性はさらに近づいて来て、ただただ怯えているだけの無防備な少女の顎を撫でながら言った。


『私はウワン。この山の主にして、ある人の使い魔として生きる女よ』

『山の主……使い魔?』


 使い魔、とはあの前世の小説とかでよく見た、魔法使いが使役する動物の事だろうか。とすると、リュカはさらに恐ろしいことに気が付いてしまう。こんな、ただ目を一回だけ開閉しただけでも恐怖心を自分に与えるようなモノを使い魔としている人間がいるという、そんな驚きの事実。

 果たして、その人物はこの近くにいるのか。できれば、遭遇もしたくない。このまま穏便に、できるだけ足早に足し去ってしまいたいほどに恐ろしい。でも、その前にもう一つの疑問について聞いておこう。


『山の主って、どういうこと? この山には、エイミーとキン以外の人間はいないはずじゃないの?』


 主ということは、常にその山に居座っている。わけではないにしても所有者であるという意味合いであるのはまず間違いない。となれば、この山に十数年居着いているエイミーやキンが見ていないわけがない。

 だが、彼女たちはこの山に住んでいるのは自分たちだけだと言っていた。これは、一体どういうことなのか。

 そんな疑問に対する答え、本当はリュカはソレを待っていた。ただそれだけだった。しかし、彼女の口から出た言葉は、そんな他愛もない質問に対するには、あまりにも大きすぎる答えだった。


『エイミー、そしてキンね……久しぶりだわ』

『え?』


 久しぶり、つまり彼女は二人にあったことがあるということなのか。いや、だったらやはり先も言った通りにエイミーやキンが見ていないわけがない。

 いや、待て、いたんじゃないだろうか。エイミーやキンが、この山で出会ったという女性が。

 幼いころのエイミーを育て、そしてキンと入れ替わりとなっていなくなってしまったという女性。もしかすると、この女性がそうなのか。


『もしかして、エイミーの育ての親の……』

『そうよ』

『やっぱり……』


 思った通りだった。続けて、リュカは聞く。


『あのここはいったい何なんですか? 私、ここには泉があるってだけ聞いてきたんですけど……』


 多分、エイミーの育ての親だということを聞いたからなのかもしれない。先ほどまでの恐ろしさなんてどこにやらだ。エイミーを獣たちから守り、自衛ができるくらいにまで強くしてくれた女性を、怪しむことなんて、少しだけ純粋な彼女にはできることじゃなかったのだろう。


『ここはね……≪審判の湯≫よ』

『≪審判の湯≫?』

『そう』


 女性は、再び温泉の上に立つと言った。


『さぁ、この温泉に入りなさい』

『え?』

『早く』

『は、はい』


 全然疑問が解決されないうちに、あれよあれよという間にその温泉に浸かることになってしまった。そんなことしている場合じゃないような気もするが、とにかく上から下まで色々とべたべたすることになってしまったのでこれ幸いと言わんばかりに、エイミーから渡された服を脱いだ少女はゆっくりと温泉の中に入っていった。


『湯加減はまぁまぁ、かな?』


 暑すぎず冷たすぎず。かといってすぐに出ていきたくなるくらいには温くなくひんやりとしていない。むしろ、自分の体温にぴったりと合っているかのようだ。なんだか、ミウコの温泉よりも居心地がいい。

 体を包み込むお湯は、まるで体に張り付くかのようで、しかしそれでいてふんわりとゆりかごのように浮かばせてくれる。


{はぁ……極楽……}


 思わず、日本語が出てしまうくらいに彼女は身も心もお湯にゆだねて力を抜き去っていた。

 そうこうしている間にも、ウワンは目をつぶって何やら言葉をつぶやいているようだ。


『違う……。でも、リュウガ……それにこの反応。まさか、この子って……確かめる必要はあるわね』


 でも、その言葉をちゃんと聞こうともしていなかった自分が悪いのか、その内容のほとんどが記憶に残らない。ただただ温泉の気持ちよさに身も心も奪われるだけの愚かな自分は、そんな大切なことをも聞き逃すくらいに同化していたのだ。

 次第に、彼女の意識はこの世界から離れようとしていた。眠気だ。何度も何度も目が閉じようとして、でも彼女は何も抵抗はしない。思考を放棄していた。果たして、それが温泉の効果だったのか、それともそれが彼女の策略だったのか定かではない。分かることと言ったらどうしようもない多幸感が怒涛のように襲ってきているということだけ。

 その多幸感の波にのまれた少女は、ゆっくりとその意識を手放した。

 たとえ、その顔が水中にもぐってしまったとしても。彼女は目を覚まそうとはしなかった。

























トントントン、トントントン。

 何の音?

トントントン、トントントン。

 聞き覚えのある音だ。

トントントン、トントントン。

 懐かしい。とても、心地のいい胸に響く音楽のよう。

トントントン、トントントン。

 でもそれと同時になんでだろう。どうしてこうも、悲しい気持ちになるのだろう。

トントントン、トントントン。

 どうして、こんなに、やりきれないのだろう。

トントントン、トントントン。

 どうして―――。

トントントン、トントン―――。

 ガチャ!


「お姉ちゃん、そろそろ朝ごはんできるよ」

「え?」

 

 その時、ドアを開けて入ってきたのは一人のとても懐かしい少女だった。

 でも、どうしてそう思うのかが分からない。だって、彼女とは昨日も一昨日も、一週間前にも一か月前にも、ずっとずっと会ってきた、自分のたった一人だけの妹であるはずなのに。どうしてこんなにも会えたことにうれしくなるのだろうか。

 『綾乃』は分からないまま、妹の『瑠奈』とともに朝食の待つ食卓へと向かうのであった。

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