第七話
そろそろこうなる頃合いかなと思っていた。
あの戦からすでに二週間という時が過ぎ、国中で何が起こるかと聞かれれば、誰もがこう答えるであろう。
そう、いわゆる≪武勇伝≫というものだ。この戦いに参加した兵士たちが自分がこう戦ったとか、仲間はこんな戦いをしていたとかそんな自らの活躍を一般市民に自慢しに行くこと。もちろん、そのなかには明らかな盛りすぎともいえる話や、嘘も混じっていることだろう。
それにだ。そもそもあの戦において一番に戦ったのはこの国の兵士たちではない。自分たちマハリから来たヴァルキリー騎士団。一般市民の中にもそうであるということはほとんど伝わっていたそうなのだが、ここにある、とんでもない事実までも暴露してくる大バカ者たちがいる。
すなわち、ヴァルキリー騎士団の中に明らかに髪色の違う存在、厄子が存在しているという事実だ。
最初は噂話の中の小話だったり、妄言じゃないかと疑う人間が多かった。しかし、疑心はさらなる疑心を生む。
最初は尊敬の念を表していた一般市民の中にも、騎士団の中に厄子がいるのではないかという疑念が生まれると、一体だれがその当該人物であるのかということを探らずにはいられない。
ある時、団員の一人が理髪店に髪を切りに行ってもらうという出来事があった。
その際、理髪店の店主は、もしかしたら今自分が髪を切っている人物が厄子ではないのかと疑った。そして、髪を切ったとき、自らが切った髪をじっくりと眺める。黒色に染めているだけで、実はその中心部はとても普通に生まれたのではあり得ないような髪色をしているのではないかと。
切って、切って、切って、確かめようとうとした。切って、切って、切って、また切って。それが、何度か続いた結果、その団員は男性に交じっても何ら違和感のないほどの短髪にされてしまった。
そんな笑い話が生まれるくらい、国民たちの間で疑惑が広まっていた―店主は笑えないくらいボッコボコにされたらしいが―。そんな中、この日ついにその疑惑の少女が彼らの目の前に現れた。
現在、体中に投げつけられた腐った野菜の液、ソレを拭きながら歩いているリュカである。
「色々と想像してたけど、まさか本当に物を投げてくるなんて」
と、言う彼女の髪は、それまでのようにミゾカエの実で色を変えた黒色ではなく、彼女現来の色彩である翠となっていた。
自分の髪色を国民に見せることによって一体どうなることか、そんなこと目に見えていたはずなのに、どうして髪色を変えるということをしなかったのか。
それは、もう隠すことに疲れたから、というよりも隠すことによって被害を被るほかの騎士団員を無くすためだ。
つまり、自分自身が彼らが忌避している厄子であると宣伝するかのように歩くことによって、国民たちの憎しみの先端を一気に集める。それが今回彼女が髪色を表した理由。
しかし、まさかここまでひどいとは思ってもみなかった。あの時、煉瓦や石まで投げつけられて、さすがにそれは当たると痛いから寸でのところで避けてはいたが、あまりに避けすぎるとそれはそれで国民たちの怒りが燃え上がるような気がしたのでやわらかい野菜やいくつかの小石には当たっといたのだ。
その傷自体は先ほど回復魔法が得意な団員によって治してもらったからまあ良しとしよう。だが、流石に野菜の汁や得体のしれない液体なんて簡単には取れないから、こうして身体を拭きながら歩いているのだ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ケセラ・セラ。みんなも、流れ弾とかはなかった?」
「えぇ、あなたが少しだけ離れて歩いてくれたおかげでね」
と言いながら馬車の中にいたケセラ・セラとレラの二人が顔を出した。
現在、彼女の背後にある馬車の中にはリュカ分隊の五人、ケセラ・セラ、レラ、タリンとサレナ、そしてクラク。さらには、ヴァーティーとその妹たち五人。それと、彼女の事が心配でついてきたエリスとミコ、合計十三人もの人間が乗っていた。
それだけの人数とさらにはそれぞれの武器も乗せられているわけだから馬車自体も相当に重いはずなのだが、しかしその馬車を引く獣が力持ちなのか、それとも彼女たち自身が身軽なのか不明だが全くその重さに意を介していない様子だ。
今回、最後となる山の調査のために、彼女たちは総出で高くそびえる山に向かうことになった。
しかし、その際問題となるのはトオガの国の離反者ということになっているヴァーティーたち六人。
彼女たちの顔に関しては、一体どこから漏れたのかは不明だが、国中いたるところにあたかもお尋ね者を探すかのような張り紙によって周知されてしまっていた。それを見たヴァーティー自身もまるで鏡を見ているみたいというくらいに絵のうまい人間がこの国のどこかにいるらしい。
とにかく、そんなこんなで彼女たち六人も、自分のように大手を振って外を出歩くことができない―のは前からだが―状態になった。そのため、こうして馬車に乗せることによって彼女たちを人目に触れないままに国の外に出すことに成功したのだ。おそらく、彼女たちがあの国に戻ることは二度とないだろう。
この調査の結果がどうであったにせよ、彼女たち六人は、そのまま山に残り、そして二、三日の時がたったころにリュカとケセラ・セラもまた合流してミウコから永遠に去ることにしている。たとえ、山を自由に動かす方法が分からなくても、徒歩でもなんでも構わず、再び旅に出るつもりだ。
「せっかく、居場所が見つかったと思ったのに……」
「仕方がないわ。あの国は、私たちの暮らすべき国じゃなかった。ただ、それだけよ」
ヴァーティーの妹たちの会話がリュカの耳に入る。とても腹立たしいことだ。
彼女たちは、命を懸けてトオガの国を裏切ってくれて、そして命を懸けてミウコを守ってくれた恩人であるはず。それなのに、どうして彼女たちが追放されなければならないのか。どうして守ってあげた国の人間から疎まれるのか。
もちろん、国民感情は理解できる。でも、それでも簡単にはいそうですかといえるものではない。だが、そんなこと、同じく疎まれる立場である厄子の自分が言っても栓のないことであるか。
自分とヴァーティーたちが国を離れる理由には大差がある。
彼女たちがただ私怨によってミウコから追放されるのに対して、自分は大きな志をもって国を、そして仲間たちから離れる。そんな自慢にもならないような大きな目的がある。
そう、仲間たちから離れなければならないのだ。
「リュカさん……」
その時、背後から悲しげなクラクの声が聞こえてきた。
もう、彼女たちには昨晩のうちに伝えてある。自分が騎士団とケセラ・セラが騎士団を抜けるということを、そして自分の代わりにレラが新しく分隊長の役職に就くということも。
もちろんその話し合いは紛糾した。どうして、この戦で手柄を上げた四人―リュカ、ケセラ・セラ、ヴァーティー、フランソワーズの事―のうち三人が追放されなければならないのか。
ミウコの国に騎士団が併合され、その後どうなってしまうのか。
中でも、何故自分たちにもついてきてほしいと言ってくれないのかというのが、最も大きな疑問の言葉として投げかけられた。
自分だって、これからの騎士団がどうなるのかはわからない。だが、ヴァルキリー騎士団はそもそもマハリの国を守るために多くの国々から寄せ集められて作られた組織だ。そのマハリが無くなり、マハリの国民もミウコの国の住人になった今、ヴァルキリー騎士団はいわば宙ぶらりんの状態。主従関係がどこにも存在しない振り子の先のような軍隊になってしまった。
そんな騎士団の居場所をミウコの国に求めるのはもはや確定事項、いや予定調和であると言えよう。そうなれば、主従関係の問題はすぐに解決できるのだから。
でも、そんな予定調和の形で併合されるような騎士団にはいたくない。だから、リュカは離反することになった。彼女の現在唯一の家臣であるケセラ・セラと一緒に。
新たなる家臣となる予定であるエイミーとキンの元に向かうしか、自分の夢を続ける方法がないと、そう考えたのだ。
結果、分隊内ではギスギスとした雰囲気が漂い始めた。自分自身のせいでできたもやもやとした感情が渦巻く、分隊としてはあまりにも脆弱性を感じる状態。そんな彼女たちをどうにかしなくてはと彼女も思っている。だが、彼女には、リュカにはそれを解消させる方法は一つしか思い当たらない。
あまりにも身勝手で、他人の事なんて完全に無視した独善的な方法しか。
そんな方法取るわけにはいかない。
だから、彼女は歩くのだ。たった一人で、この道を。これから歩くであろう道を模したかのような何もない殺風景なその道を。歩くしか。




