第一話
「ヴァーティーが、≪また≫襲われたそうよ」
太陽がちょうど真上を通ったあたり。魔法で作った灯がなければ一切の光のないであろう騎士団に与えられた会議室の中、セイナは開口一番にそう言った。
それを聞いた二人の副団長は、呆れたように頭を振ってから、心苦しそうにカインが口を開いた。
「これで、都合五回目……まだ、あの子がこの国に来て二週間くらいしか経っていないのに……」
ヴァーティーがミウコの兵士に襲撃されたとの情報は、彼女の護衛についてもらっている団員から、そしてグレーテシア女王自らからつい先ほどもたらされた情報である。
幸いにして、彼女自身がミウコの兵士よりも強いという事もあって彼女は無傷。闇討ちした兵士も彼女の護衛についていた騎士団の人間によって捕縛された。
グレーテシアは、彼女を襲った兵士に処罰を与えると言い、わざわざヴァーティーたちのところに赴いて自ら謝罪をしたという。彼女の事だ。その罰に手心を加えるということは無い。下手をすれば、その兵士の命にもかかわるだろう。それにしても、予想していたとはいえここまで連続的に襲撃が起こるなんて思ってもみなかった。
元々、ヴァーティーやその妹たち五人は、理由があったとはいえ敵国であったトオガに属していた兵士。前の戦ではその力を使ってミウコの兵士を何千人と殺してきた、ミウコの多くの人間にとっては仇ともいえる乙女衆だ。
騎士団員も、そのことは重々承知。しかし、敵と味方の関係なんてもの変わりやすいことも彼女たちは身をもって知っていた。確かに、自分たちも被害を受けた。しかし、それが戦争だったから。その一言で済まされてしまうのだ。すがすがしいほどに。
だから、ヴァルキリー騎士団としては、彼女たちを護ることも、そして受け入れるという事も何のためらいもないのだ。セイナは、念を入れるかのようにリィナに聞いた。
「あの子たちへの護衛……抜かりないわよね」
「一体、誰に、何を、聞いてるの? もちろん、見失うことがないように三人以上で見張って。指示通りに、彼女たちの私生活には余り介入しないようにしてるわよ。まぁ、ヴァーティー以外の五人はほとんど外に出ることがないから、その分護衛はしやすいらしいけど……」
現在、騎士団の多くが常駐させてもらっている隊舎に身を寄せているヴァーティーたち六人。護衛を担当している騎士団員の話によるとヴァーティー以外の五人に関しては、彼女から厳命されているのか、ほとんど自室から出ることは無く、もしも出ることがあったら必ず護衛についている団員から離れることは無いようにと口添えがされているそうなのだ。
その一方で、ヴァーティーは頻繁に街中に出ては道具屋、装飾品店、武器屋など様々な場所に自由に行き来しているのだから、護衛に関してはもっぱらヴァーティーのために動いている事が多いと言える。
恐らく、彼女は自分たちが襲われる理由も承知の上で、自分一人に悪意の目が向くようにとわざと目立った行動を取っているのだろう。そうすることで、妹たちを守れるようにと。
彼女の力をもってすれば、護衛の存在なんてあっても無くても同じ物じゃないかと、思ってしまうのだが、例え、彼女がどれほどの力を持っていようとも、万が一という物がある。
場合によっては、護衛の団員たちが目を話しているすきにヴァーティーの妹を人質に取られ、強制的に交渉の場に立たされるなんてこともある。もちろん、交渉と言っても健全な物ではない、という事は想像するに難くない。
だから、決して彼女たちの護衛を解くわけにはいかないのだが、しかしそんな生活長く続けるわけにもいかない。
「それで、答えは決まったの? セイナ……」
「このミウコに骨をうずめるか……それとも、また旅を始めるのか……ね」
それは、前にリュウガも交えて話されたあの会議の続きともいえる議題だった。
もしもミウコに骨をうずめる、つまる永住する方を選んだとして、その場合問題となってくるのはヴァーティー達の存在。
今のこの現状、ミウコの兵士にすら受け入れられていないヴァーティーたちが、この国でのびのびと暮らすことなんてできない。これからも、自分たちの護衛付きでなければ生活できないなんて、そんなの彼女たちが望む自由な人生に反した物。
かといって、彼女たちのために自分たちがこのミウコから離れて再び当てのない旅をするというのも考えられない。そもそもの話この騎士団の設立理由は戦力が低下したマハリを立て直すための戦力を引き入れるところから始まった。
そんな最初の目標はマハリが消滅してしまった時点で消滅、そして最後の任務であった元マハリ国民を安全な場所に連れて行くというのも達成されてしまった。
つまり、今の自分たちには目標が、旅立つ理由がないのだ。それならば、もういっその事旅を止めて、ミウコという国で国民たちを守り、結婚し、子を産み、年老いて寿命で死を迎えるというのも悪くないかもしれない。そんな考えを持った団員も何人かいるという事をセイナは聞いていた。
自分だって、できる事ならば団員の要望を聞いてあげたい。だが、もし団員の意見を尊重すると、その結果悲しむ人間たちが出てくる。ヴァーティーたちトオガの国の離反者六人だけじゃない。自分たちがその将来を楽しみにしている彼女たちも。
「リュカやケセラ・セラ……それにエイミーって子も……この国じゃ住みにくくなっちゃったわね……」
元々厄子という他人から忌み嫌われる存在である彼女たち。今まではミゾカエの実によってその髪色を隠すことによって何とかごまかすことが出来ていた。だが、それももう限界。
あの戦から時間が経った今、彼女たちが厄子、ヴァルキリーであることはほとんどの国民に知れ渡ってしまっていた。もう、隠し通すことはできない。
今はまだ厄子の事に触れないでいたい国民が大半であろうが、じきに彼女たちに待っているのは迫害の嵐だろう。そうなった時、彼女たちの居場所もこの国にはない。
彼女たちは、この国に居ついてはいけないのだ。例え、自分たちの決断がどうであったとしても。
「今、あの子たちどこにいるんだっけ?」
「山の調査のはずよ。大勢の団員と一緒にね……」
現在、リュカ分隊の面々は再びあの山に入山中だった。この前の時のように山賊による襲撃が入らないとも限らないため、何十人もの団員を連れての本格的な調査だ。しかしいまだに動く山の仕組み、原理と言った物は何一つ分かっていないと、報告があった。
なお、リュカや騎士団員たちはその山に住む獣の迷惑にならないようにと毎日日没間際にはミウコに帰還しており、常駐しているのは元々そこに住んでいたエイミーとキンの二人だけとなっている。
セイナがエイミーやキンと会ったのは、最初にその山賊の出来事もあって入山したときのたった一回だけだ。でも、彼女にも分かる。彼女たち二人のリュカに勝るとも劣らない才能の片鱗。できるのならば、彼女たちもまた自分が育ててみたいものだが、今のままの状態が続く限り、彼女たちもまたミウコに入ることは難しいだろう。
なら、自分の方から彼女たちがいる山に赴いてもいいのではと思うのだが、実はそうもいかない。
「今の国内情勢で私があの山に出向くのも無理があるしね……」
と、セイナは呟いた。
そう、実は今ミウコはとてつもなく危険な状態にある。下手をすれば女王グレーテシアの命の危機、そして国としてのミウコの崩壊の危機とも言えるものが。
この前トオガの国の侵攻という一大事を乗り越えたはずのミウコ。しかしその裏では内部の方向からの崩壊が徐々に徐々に進んでいるのだ。しかし、このことに気が付いてるのは、恐らく騎士団の中でも己たち、そしてミウコの国の中でもグレーテシア、ローラ、そしてフランソワーズくらいしかいないだろう。
それほどまでに限定的な危機を察することはとても難しいこと。だから、当然ながらリュカもまだ気が付いていない。だから軽々しく調査なんてものに行くことが出来るのだ。この辺りの察する能力という物をうえつけることができなければ、これからの彼女の戦いの歴史に支障をきたす。
セイナは、会議に夢中で昼を過ぎていたということに今更気が付き、空腹のお腹をこすってから一時会議を中断。そして、兵士たちが使っている食堂へと向かうのであった。




