第8章 序章
なんだか、人々が自分のことを避けている気がする。ヴァーティーは国内の大通りを歩きながらそう考えていた。
自分達があの山から降りてきてから二日が経った。今日は、エリスが働かせてもらっているお店に、この前消失したリストバンドの代わりを取りに行く日であった。
いや、正確にいうと、ちゃんとした完成品としてのリストバンドを取りに行くと言ったほうがいいのかもしれない。
実のところ、山の中で彼女が使用していたリストバンドは、リュカやケセラ・セラが使用しているそれソレには比べ物にならないくらいに出来の悪い物であったのだ。具体的にいえば、魔力の吸収率がかなり悪い粗悪品に近い物。
リュカたちが使用しているリストバンドは、着用者の魔力を完全に奪うことができるのに対し、彼女が山で使用していたリストバンドは、確かに吸収こそするものの幾らかの魔力は体の中に残したままとなってしまうのだ。
だから、山でダンナと戦った際に彼女はまだ鍵となる言葉を見つけていないにも関わらず魔法を使用することができたのだ。といっても、たった一回限りであり使用した後は一番最初のリュカ達のようにうごくこともままならなくなってしまったのだが。
では、なぜエリスがそのような粗悪品を彼女に押し付けたのか。いや、それは語弊がある。正しくはヴァーティーがそれを望んだのだ。
実は、ヴァーティーがエリスにリストバンドを作ってもらうように頼みに行った時点では、正規品としたリストバンドを作るための材料が足りていなかったのだ。
リュカ達が使用しているリストバンドは、彼女達がマハリで使用していた魔法石の効果を移した服を裁断し、一枚一枚を幾重にも丁寧に丁寧に重ねることによって吸収率を高め、効果をより強く発揮できるようにしていたものだ。しかし、そのために一つのリストバンドを作るのに服一着分位の布が必要となる。
ヴァーティーがエリスにリストバンドのことを頼み込んだ時点で、エリスがマハリからかろうじて持ってくることができた布は、かなり少なく完成品のリストバンドを作るのには心もとない量だった。そこで、ミウコの商人に頼み外の国から布を輸入してもらうように手配をしていた。
だから、リストバンドを作るのはその商人が布を持ってきてからということにしていたのだが、ヴァーティーは少しくらい慣れないといけないからと言って例え効果が薄いと分かっていても仮のリストバンドを作ってもらっていたのだ。
結果的に、そのリストバンドは自分の魔力を完全に奪い去ることはできなかった。だが、裏を返せばそのおかげで最後の最後にダンナに致命傷となる一撃を与えることができたのだから、不幸中の幸いであるということにしておこう。
あの戦いから二日。昨日のうちにその商人から素材となる布を受け取ったエリスが新しいリストバンドを作ってくれたという事なので、今彼女が働いている防具屋にまで向かっている最中なのだ。
で、あるのだがその前に片付けておかなければならない問題がある。ヴァーティーは、ある路地裏の中に入っていく。
そこはとても薄暗く、荒れた地面を見る限り、人が通る気配があまり感じない場所だ。ここなら、少しくらいもめ事を起こしても構わないだろう。
「追手がいるのは分かってるわ、でてきなさい」
ヴァーティーが背後に向けて声をかけた。
気が付いていた。自分が今一時の雨風をしのぐ場所として借りている兵舎のあたりからずっと自分の事を付けている人間がいるという事を。逐一魔力を眼に集めて探っていたのだが、どうやら一人だけらしいことまでは分かった。
だが、大通りで話し合いをすると一歩間違えれば一般人にも被害が及ぶ恐れがあった。だから、こうして二人きりになれる場所を探していたのだ。
果たして、その声に現れたのは、一人の男。彼女には、すでにその正体に察しがついていた。
「貴方、ミウコの兵よね」
「そうだ」
ミウコ、つまりこの国の兵士だ。魔力量からして恐らく凡人以下。着ている服の合間からみえる筋肉量も、一般の兵士となんら変わりない。そんな人間が自分に用があるならば、狙いは恐らく。
「目的は、復讐?」
であろう。やはり、その言葉を聞いた男は一瞬だけ歯を食いしばってから言った。
「あの戦には、俺の親友がいた。一緒に兵士になって、どっちが出世するかで競争していた親友がな」
「その親友は?」
「親友は、俺よりも上に行ったよ……階級も、そしてその魂も!」
つまり、死んだということを言いたいのだろう。この国では、戦における功績とはまた別に、戦死した兵士にはほぼ自動で二階級特進を贈呈する決まりとなっている。死んだ人間の階級が上がって何になるのかと思うかもしれないが、階級が上がれば、残された遺族に支払われる金額が増額する可能性がある事を考えると、さほど無駄な物ではないのかもしれない。
「そう……残念だったわね」
ヴァーティーは、ただそれだけ言った。まるで、他人事のように。いや、他人の事であるし、そもそもあの戦で死んだのは彼の親友だけではないのだ。個人個人にいちいち追悼の弁なんてものを用意していたら、何時間かかるか分からないだろう。
「ふざけるな!!」
だが、あからさまに他人事であるその発言は、彼の怒りを買ってしまったのだろう。男は、腰に差している鞘から剣を抜きだした。この時点で、彼は兵士失格である。誰かを守るためでなく、自分自身の私情のためにその力を振るおうとしているのだから。
剣を向けられたヴァーティーは、なにも動じることもなく次の言葉を待つ。その反応は、二人の実力差、そして心の強さの差がどれほどまでに広がっているのかを表すのに十分であった。
「親友は、お前達トオガの放った矢で死んだんだ!!」
なるほど、戦の最序盤で放たれたあの無数の魔法で作った矢。彼の親友は、あのどれか一射に当たって死んでしまったのだろう。だが、だからといって彼女に怒りを向けるのは筋違い。
そもそも、彼女は矢を放った人間の一人ではない。彼女が行ったのはその逆。ミウコから放たれた魔法の矢を防御魔法によって受け止めるという事だけだ。男が自分を仇のように扱うのは、完全なるお門違いだ。
「残念だけど、私はトオガの人間じゃないわ。昔も今も」
「トオガに味方した人間が……」
もう、男の我慢は限界だった。
あの戦が終わった直後、自分たち兵士は一同に集まり、近衛兵長である初老の男性から戦がどのように終わったかについて説明を受けた。そして、六人の少女がトオガから投降し、ミウコの勝利に貢献したからおとがめなしであると。
そんなこと許していいのか。親友は、トオガの攻撃で殺されたのだ。トオガが戦を仕掛けてきたから殺されたのだ。
そのトオガから投降してきた人間を、勝利に貢献したからと言って無罪放免なんて、そんなのってあるか。
親友が死んだ原因であるトオガの兵士が、トオガに勝利した原因。つまり、自滅って事じゃないか。こんな戦なんて、しなくてもよかったではないか。
実際には、そんな単純な道なんてたどっているわけない。彼女たちにも事情があった。トオガに味方しなければならない理由が。けど、そんな複雑なことを理解できる程、彼は冷静ではなかった。
「言う言葉か!!」
今の彼はもう、兵士でもなんでもない。親友の復讐という大義名分を抱えて私刑を行おうとするただの蛮族に過ぎなかった。
「ッ!!」
【結】
当然ながら、その攻撃がヴァーティーに届くことは無かった。元から魔力が少なくリストバンドによる補助がなければ満足に魔法を使うことが出来ないリュカと違い、彼女は素の魔力でも十分に魔法を使用することが出来る。というより元からそうして戦ってきたのだ。
だから、一般兵士程度の攻撃、小さな防御魔法を使用するだけで簡単に防げるのだ。ヴァーティーは、手の平に作り出した防御魔法の結界を男が振り下ろした剣に向けると、その動きを止める。そして言った。
「戦場に出て行ったからにはその親友も死ぬ覚悟ができていたはず。貴方は、親友の覚悟も見殺しにするつもりなの?」
そう。この戦、始まる前から何人もの離脱者が出ていた。一人たりとも抜けだす者がいなかったヴァルキリー騎士団と対照的に、多くの人間が死を恐れて逃げ出していたのだ。
だから、あの戦の場に出てきた者は皆、死を覚悟して戦っていたのだ。自分が死ぬかもしれないと思いながら戦っていたのだ。戦死した彼の親友だって、きっとそうだ。
「黙れ黙れ、黙れ!!」
だが、それで彼の怒りは鎮められない。悲しいことに。もう彼は引き返すことのできないところにまで来ていたのだ。
このままだとらちが明かない。かといって、彼を傷つけると自分だけじゃない妹たちにも迷惑がかかるかもしれない。ここは穏便に解決させなければ。
ヴァーティーは、手に作り出した防御魔法に一瞬だけ必要以上の魔力を流し込んだ。
「グアッ!!」
その衝撃が、剣から男に伝わったのだろう。男は吹き飛ばされ、さらに彼が持っていた剣は刀身の先から柄の部分に至るまで砕けてしまった。
「その程度で復讐なんて、笑わせないで」
「なにッ」
自分は、あの獣リラーゴを簡単に倒し、トオガ国王ゴーザと互角に渡り合ったリュカと戦った女。今は、それを誇りにしている。そんな自分をお前程度の男が殺そうとするなんて、片腹痛い。そう言いたかったが、それはちょっと自画自賛が過ぎるのでやめた。やはり人間謙遜が大事である。
「私を殺すのなら、隊長級になってから出直してきなさい」
「ッ、くそッ!!」
男は、捨て台詞の一つも叫ぶこともなく路地裏から逃げていった。恐らく、すぐに自分に張り付いているヴァルキリー騎士団の護衛が彼の事を捕まえてくれるだろう。その後の処罰に関しては知らない。これまでもそうだった。
「これで七人目……か」
あの戦が終わって以降、自分たちに復讐を企てる兵士は後を絶たない。
まぁ、元々敵国の人間であったのだから当たり前と言えば当たり前だが、ここまで私怨で動く人間ばかりでよくこの国の兵士団は存続できていたものであると、ある意味では尊敬してしまう。
「やっぱり、この国にも私たちの居場所はないみたいね……」
ヴァーティーは、空を見上げた。自分たちがようやく手にいれた安住の場所。しかし、そこは安心して生活のできる場所は何処にもない。
今はまだ騎士団の護衛が付いているからなんとか生活できているが、それもいつまで持つか分からない。
もうこの国にいつまでもいるのは危険だ。せっかくの永住権を貰ったが、それを返還することも考えるヴァーティー。
だが、この国から出て行ったとして、一体自分たちは何処に行けばいいのだろう。自分たちを受け入れてくれる国がどこにあるのだろう。
自分たちは、いつになったら本当に安らげる場所にたどり着くことが出来るのだろう。
ヴァーティーは、自分たちの今後に対しての一抹の不安を抱えながら路地裏から脱出し、エリスが働かせてもらっているお店へ向かうのであった。




