第二十二話
無情。その言葉は、この男達のためにあるのかもしれない。
山の崖下。そこで何十人もの男達が待機していた。ムバラク山賊団の面々である。彼らが山に入らなかったのは団長のムバラクが山の広大さを見て、いざ立ち去ろうとなった時になって遭難しては困るということになり、目印代わりとして残されていたのだ。
だが、今回に関してはそれは悪手であった。
戦力を分散させた結果、巨大な山の中を捜索する人数を減らしただけじゃない。敵、今回の場合は山にいる少女達に出くわした時に多数による攻め手がなくなるという問題があった。それに気がついていないのか、それとも気がついてはいたが相手が女の子だと油断したのかは定かではない。しかし、結果として彼らの破滅への道が整備されてしまった。
もしも彼らもまた戦闘に参加していたら。一人一人の力が弱くても、波状攻撃を仕掛けられていたらリュカ達がどうなっていたのか。全ては過ぎ去ってしまった仮定の話とはいえ、もしもの世界が実在するのであれば恐ろしい話だ。
けど、そうはならなかった。だからこそ、彼らの運命はその選択をした時点で決まっていたのだ。
「おい、大変だ!」
「どうした!」
山から連絡係として走り回っていた山賊の一人が血相を変えて仲間たちのもとに帰ってきた。彼は、膝に手を置き、肩で息をしながらもその言葉を必死で吐き出した。
「か、頭とダンナが殺られた!」
「な、なんだと!?」
「そんな馬鹿な……」
男達に動揺が走った。当然だろう。自分達の親玉である、ムバラクが死んだだけではなく、山賊団屈指の実力を持っていたはずのダンナまでもが殺されてしまったのだから。慌てふためかない方がおかしいほどである。
「おい、俺たち、これからどうするんだ!?」
「どうするもこうするも、とりあえず根城にいる仲間達と合流を……」
と、少し遠くの山に残してきた仲間達との合流を提案する一人の男。しかし、その提案が実行されることはなかった。
「へぇ、まだ仲間がいるんだ?」
「へ?」
闇の中から聞こえてきた女性の声。一人の男が恐る恐る後ろを振り向いた。
果たして、そこにあったのは。
「ギヤァァァ!!!」
今まさに自分に振り下ろされようとしていた剣であった。そして、次の瞬間には彼の命は消え去ってしまった。
そして、その後ろにいた男達の命もまた、まるで風吹わたる草原の草の上を歩くが如く、簡単に、そしてあっさりと消えていくのであった。
「お、上がった上がった信号弾」
「残党狩りが終わるのも時間の問題ね」
「えぇ」
と、話をしているのはヴァルキリー騎士団副団長のリィナ、そしてセリンである。二人だけではない。数多くのヴァルキリー騎士団の仲間達が、山の中腹に集結していたのだ。
一体なぜ彼女達がこの山に来たのか。それは、伝書鳥が関係している。
リュカ達が飛ばした伝書鳥は、ミウコへと向かう途中でムバラク山賊団によって捕まってしまった。そのことによって、ミウコの国にいた彼女達は伝書鳥からの手紙を受け取ることができなかった。その話はすでにしたと思う。
それが理由である。一向に来る気配のない伝書鳥、引いてはリュカ達の連絡が一切ないことから、セイナはリュカ達に何かがあったと勘づき、リィナの隊を偵察に向かわせた。
果たして、リィナの隊がみたのはどう見ても山賊であるとしか思えない大勢の男性の姿。
それを目撃したリィナは、すぐさまセイナに状況を報告。そして、山賊がリュカ達を襲撃する可能性を考え、ヴァルキリー騎士団の四つの部隊を動かしたのだ。
そして山賊達が、山を捜索する隊と待機する隊とで分かれていることを認識したセイナは、こちらもまたすぐに山にはいってリュカたちと合流する部隊、そして待機している部隊を襲撃する部隊に分けた。
だが、血気盛んな若者たちは、残党狩りなんてものをするよりも山賊団の本隊と戦いたいと我儘を言う者がたくさんいて、二組を選抜するのはかなり時間がかかってしまった。
結果、リュカたちと合流する手はずだった部隊が彼女たちと対面した時にはすでに全部が終わった後だった。
それは本末転倒ではないのだろうか。とツッコミを入れざるを得ない蛇足である。
『これで、よし……もう動けるはず』
「クラク、どう? 動ける?」
「凄い、前よりも良くなったみたい」
キンは、木にもたれかかっていたクラクに回復魔法をかけた。クラクは彼女の言葉を理解できないから、ケセラ・セラが間で通訳に入っている。
彼女は、リュカのリストバンドの爆発が起こった後、彼女同様に吹き飛ばされて少し離れた場所にあった木に当たってからずっと気絶していたのだ。
クラクは、腕を二度、三度と上げてみる。どうやら、本当に完治しているようだ。先程まではかなりの激痛で、もう腕なんか上げられないと思っていたのに、今ではまるで鳥の羽のように軽くなっている。これが、彼女の回復魔法なのかと、感銘を受けていた。
「それにしてもすごい魔法ね。死にかけていた私を治したり、本当なら再起不能の大怪我のリュカを治したり」
と、レラは言った。もっとも、リュカを治したのはキンではなくもう一人の女の子であるのだが。
ケセラ・セラが通訳し、キンに伝わると、恥ずかしそうに顔を赤らめる。褒められたり感謝されると言うことになれていないのだろうか。
『お師匠様のおかげです……そういえば、お師匠様は?』
言われてみて気が付いたが、ついさっき合流した直後から彼女の姿が見えない。一体、どこに行ったのか。と、辺りを見渡してみたが彼女たちが気が付くはずもない。
「……」
彼女、エイミーは山の頂上にある一本だけある木。さらにその木の頂点にある太い枝に腰掛け、そこから月を見ていたのだ。
昨日と同じ月。の、はずだ。それなのになぜだろう。昨日とは全く別物に見える。昨日までは煌めきが身体中を包んでくれるような感覚がした。でも、今日はまるでくすんでいるかのようにぼんやりとしている。
もう、月はほほえんでくれないのか。殺人者としての罪を背負い込んだ自分には、もうその安らぎを与えてくれないのか。
この日、エイミーは一人の男を殺した。前世を含めても初めての殺人だ。でも、どういうわけか悪い気はしなかった。むしろ、なにか清々しい気持ちになっていた。
もちろん、最初は動揺した。腕が男の胸を貫いた時、一瞬だけだが血の気が引くような気持ちになった。でも、それも本当に一瞬だけ。後は、そこ知れぬ高揚感が手元から湧き上がり、そして、彼女の心をときめかせた。
前世では決して経験できないことを体験できたからか。それとも、元々自分にはそういった素質、心の中ではそうなりたいという欲求があったのか。
もしもそうだとしたら、自分は今まで偽りの自分で、友達と付き合ってきたことになる。本当の自分を見せることなく、平々凡々な人生を生きてきたことになる。
そんな考えが湧いてしまう。恐ろしい自分が、身を引き裂くほどに嫌いだった。
{エイミー}
{リュカちゃん……}
と、物思いに耽っている時であった。リュカが、木をよじのぼってやってきた。
危うく再起不能になりかけていたリュカは、戦いが終わった直後にエイミーから回復魔法による施しを受けたことにより復活していた。その後到着したヴァルキリー騎士団の仲間達に彼女達を紹介したり状況報告をしたりと色々とあって、気がつくとエイミーの姿がなかったために探し回っていたのである。
だが、まさかこんなところで一人でいるなんて思っても見なかった。いや、一人になりたい気持ちは彼女にだって十分わかる。リュカは、エイミーとはまた別の枝に腰掛けると語りかける。
{どう、もう落ち着いた?}
{……}
{だろうね。私も、最初に人殺しをした日は一睡もできなかった……}
人一人の人生を奪ったという罪悪感。それを、たった一晩で解消できるはずがない。だって、自分が奪った時間はその何十、何百、何千倍もあるのだから。
{人を斬った感覚。命を奪った感覚がずっと離れなくて……今でもまともに寝れているのが奇跡だと思っているもん……}
{私も、これからもっとたくさんの人を殺すことになるのかな?}
リュカは、その言葉に一瞬だけエイミーの顔を見る。そしてエイミーの膝の上に置いてある手の上に、自分の手をそっと置くと言った。
{それは、エイミーが決めることだよ」
{私が?}
{そう}
リュカは、慎重に枝の上に立って、彼女に向けて手を差し出すと言った。
{ヴァルキリー騎士団の分隊長リュカとしてじゃなく。竜神族族長のリュカとしてお願いする。私の仲間になって}
{え?}
それはエイミーにとって予想もしていなかった言葉だった。なぜ、人を殺したことに動揺している最中の自分を励ますでも何でもなく、仲間への誘いをするのかと。
{貴方の戦闘能力は私も戦ってみてよくわかった。私、貴方と一緒に戦いたい。貴方や、キンの力を私は必要としているんだって}
なんとも、理由としてはあやふやすぎるもの。こんなことが理由で今日会ったばかりの人間を仲間にしようとする人間がどこにいる。人殺しを経験して、それで落ち込んでいる少女に言う言葉ではないじゃないか
そう、この言葉は建前なのだ。本当に彼女達を欲していた理由。それは―――。
{それに……}
{それに?}
{貴方が一緒だと、毎日が楽しそうだって。そう思ったの}
{……}
一緒にいると、楽しいから。
山賊が来る前、この山で過ごした数時間。ソレは、まるで前世で仲のいい三人と行った旅行のようだった。みんなで焚き火をかこんで、一緒に笑いあってごはんを食べて。一緒に寝て。とても楽しいひと時。
命懸けの旅を続ける中で、ここまで笑顔になれた日はあっただろうかと言うほどに笑った。
彼女と一緒なら、きっともっと楽しくて、笑顔溢れる日々を送れるはず。そんな確信にも似た感情があった。
{私も、リュカちゃんやケセラ・セラちゃんと一緒にいると楽しいよ。でも……}
エイミーもまた、リュカ達と一緒にいることがとても楽しかった。でも、だからといって避けては通れない道がある。もしもそれを無視してただ楽しいことばかりに目を向けていたら。きっと、自分は後戻りできなくなる。それもまた、彼女の確信。
エイミーが躊躇している理由に心当たりが十分にあったリュカは聞く。
{人殺しは、嫌い?}
{嫌い嫌い、大っ嫌い……それに、戦争だって嫌い}
{私も、人殺しも戦争も、嫌い……}
当然の話だ。自分達日本人にとっては、戦争は遠い過去の出来事。遠い異国の出来事。海外のとても危険な街にいると、毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際だろう、しかし彼女にとっては当たり前ではなかった世界観。
そんな世界に突然放り込まれれば、誰だって戸惑い、そして忌避する。
リュカの言葉が気にかかったエイミーは聞いた。人殺しと戦争は自分だって嫌いだ。それなら、どうして―――。
{だったら、どうして人殺しと、戦争をするの?}
貴方は、どうして人殺しをするの。戦争をするの。戦争に関しては巻き込まれただけなのかもしれない。でも、人殺しに関しては、あなたは何の躊躇もすることなく人を殺すことができている。嫌いだったら、そんなことできないんじゃないか。
{嫌いだから}
{え?}
{嫌いだから、私が天下統一して、世界から人殺しと戦争を無くす。もう二度と、誰も悲しむことのない世界を作る。それが今の私、リュカの目標だから}
{目標……か}
なるほど、そのためには必要な犠牲だと言うことか。リュカがこれから、そしてこれまでに殺してきた全ての命。そして、今隣にいる自分の安らかな人生。いや、こんな死と隣り合わせの人生安らかな人生とはいえないだろう。
とにかく、エイミーはリュカの言った。目標という言葉に、心が少しだけ惹かれた。
{私には何もなかったな、目標なんて……ただ、今を生きるのが精一杯で、夢なんて何も持てなかった……でも、リュカちゃんは、この世界で目標を……生きる目的を見つけたんだね}
{うん……}
目標のある人間は強い。前世の世界でも、今世の世界でも。夢を持った人間の底力というものは、夢を持たない人のそれの何倍、何十倍もある突拍子もない力。
目標のない人間は、毎日を堕落した生活を送り、やる気も起きず、努力もせず、ただただ無駄に1日1日を浪費していく、なんの刺激もない人生を送るしかない。
でも、目標があれば。人は、その目標を胸に生きることができる。生への活力とすることができる。
目標とは暗示のようなものだ。それを目の前にぶら下げていれば、どこへでも、どんな無茶をしてでも走ることができる。やがてその先に待っているのが挫折であっても、自分の想像と違っていても構わない。
ただそれすらも動力へとかえてまた未来へとひた走る。それが、目標というゴールをみつけた人間の力。そして、それに縛られた悲しい人間の性。
彼女は、こんな見知らぬ世界で目標を見つけた。自分では見つけられなかった、目標を。天下統一という少しだけ古臭い夢。でも、自分達にとっては新鮮な夢。
なぜだか、そんな彼女の夢を一緒に見たい。そんな気がしてきた。
エイミーは、やんわりと空に浮かぶ月を見つめながら言った。
{……ねぇ、リュカちゃん?}
{なに?}
{地獄って、怖いところだよね……}
{……うん。きっと}
この世界にも天国、地獄というものがあるかわからない。カナリアを殺したときに見た妄想の世界ではそれに類似したものがあったが、あれは結局自分の中の妄想にすぎない、と思う。だから、本当に天国、地獄があるかなんてわからない。
もしあったとして、どうして自分達はその世界を通り越して生まれ変わってしまったのか。なぜ天国にも地獄にも行かずにこの世界に産み落とされてしまったのか。全くわからないことになるが、しかしもしも天国、地獄があるとするのならば自分達の行くところは、やがて訪れる場所となるのはきっと―――。
{でも……リュカちゃんやケセラ・セラちゃんと一緒なら、地獄だって天国みたいにできるよね……}
{うん、できるよ。私たちなら……}
{地獄に落ちるときは、一緒だよ」
{それは約束できないかな?}
エイミーは、即答したリュカの言葉に対し、器用にも座ったままでずっこけてしまった。
{そ、そこは約束するところじゃないの?}
{竜って長命種らしいし、エイミーやキンが天寿を全うしても私が逝くまで何百年もかかるもん。きっと}
あるいは、もっとか。リュカは、父リュウガに最初に出会った時、竜の寿命が数千年であると聞かされていた。だから、おそらく自分の寿命が尽きる遥か前に、ケセラ・セラも、クラクも、エリスも、エイミーもキンも、みんな死んでしまうことだろう。だから、一緒に逝くなんてことは、約束できない。
だから。
{……それでも、待っててくれるって、約束してくれる?}
それでも、地獄で待っていてくれるのなら、約束はできる。いつの日にか、何千年かかってもたどり着くその場所でも、もう一度再会することを。
{……うん。約束する}
エイミーは、リュカがさしだした手を取り、立ち上がる。
{一緒に行こう。地獄への道}
{うん。リュカちゃん……}
これが、エイミーとキンがリュカの仲間に加わった瞬間であった。
その時、月は二人の姿を夜空の遥か遠くから見下ろしていた。キラキラと輝く月は、まるで彼女達の未来を祝福するかのように。そして、未来を予感して嘲笑っているかのように綺麗だった。
そう、この時のエイミーはまだ甘く見ていたのかもしれない。このリュカという少女の人生、天下統一という夢を。
数千年あるその天寿を全うするつもりである。その事を分かっていなかった時点で、彼女は敗北者だったのかもしれない。
彼女たちに提示された安住の地、しかしそれは偽りでしかなかった。
人が獣を怖がるようにヒトもまた、ヒトを怖がる。
真実が明らかにされた時、たとえ相手が恩人であったとしても人は狂気の怪物となす。
そんな彼女たちがたどり着いたのは、過去の記憶への道標となる洞窟だった。
明らかになる、彼女の前世、彼女の遺恨、そしてエイミーの正体。
その瞬間、彼女たちの前に現れた一匹の獣の正体は?
第8章 【異様な義母、硫黄の風呂】
その伝説、未来に残しますか?




