第二十一話
微かに見える。彼女の魔力が。
いる。確かに、あの向こうに。早く。もっともっと早く動け私の足と閃き。エイミーは木々を足場としながらその場所に向けて風のような速さで駆け抜けていた。
自分達が決断をしてから、キンやヴァーティーたちにはケセラ・セラたちの方へと向かってもらった。あとは、自分がリュカのいる場所に辿りつけばいい。
しかし、どうやらかなり遠くの方で戦っているようだ。山の様子がわかる特殊な能力によって彼女達がどこにいるのか逐一わかるエイミーであったがしかし、リュカは他の面々よりもかなり遠い場所に気配を感じる。
先ほどの爆発でそこまで吹き飛ばされたのか、それとも戦っているうちに山の奥にまで行ってしまったのかは定かではない。しかし、なんにしても彼女のいる場所までたどり着かなければ。
彼女の強さはエイミーも知っている。けど、だからと言って安心しきれるほど彼女は強者ではなかった。だから、急ぐのだ。あの時のことを思い出して。
どことなくあの子に、自分の前の親友に似た少女。これは自分勝手に思っていることで、同一視してしまうのは、親友にも、リュカにも失礼にあたることだ。でも、それでも、それでも守りたい欲求に駆られてしまう。この世界でできた。初めての友達のことを助けたいという、至極単純な理論に、たどり着いてしまう。
木の葉が顔に当たる。構うものか。空から落ちてきた木のみが頭に当たった。痛くない。いや、ちょっと痛い。でも痛くない。
そんなものに構っている場合じゃない。はやく。はやく。はやく。
まるで狭い木々の間を進む蛇のような軟体さ、縦横無尽さで、彼女は跳び続ける。はやく、はやく、はやく。
おそらく、ここまでの速度で森をかけぬけるのは初めてではないか。今まで危険だからとおさえこんでいた力が溢れ出ていたようだ。今の自分ならば、どんな障害物だって乗り越えることができる。そんな安心感にも慢心にもにたような何かをかんじながら彼女は駆ける。
はやく。早く。速く。
そして、その速度が人間の限界に達しようとしたその時だった。
{見つけた}
それは、異世界の言葉であった。
{私の友達に、手を出すなァァァァァァァ!!!!!}
「なに!?」
「え?」
その叫び声が聞こえてきた瞬間。森の中から桃色の矢が飛び出した。その叫び声、そして接近してくる何者かの“思考”を感じ取ったムバラクは、あともう少しでリュカに触れそうであった手を戻し、回避した。
惜しかった。と、地面に降り立ったエイミーは悔しがる。あともう数秒だけでも速く動けていたら男の手を吹き飛ばすことができたのにと。
だが、とりあえず間に合ったようだ。エイミーは背後を振り向いた。うずくまっているリュカ。生きているのは間違いなかった。しかし、どうやら立ち上がれない様子。体のどこかを痛めたのか。
{大丈夫? リュカちゃん!?}
エイミーの言葉に、事ここに至ってリュカは確信する。やっぱりそうだった、と。
薄々は勘づいていた。彼女がそうでないのかと。でも、ちゃんとした証拠がなかったから発言することすらも恐れていた物。それがついに、確信に至った。
リュカは、突然目の前に現れたエイミーに驚いたが、しかし彼女のおかげで自らの貞操が守られたことに安堵する。やはり覚悟していたとはいえ、嫌なものは嫌だったのだ。なんとも自分勝手な人間であると自分を卑下にしそうになるリュカ。今は喜ぼう。彼女が来てくれたことを。そして、彼女に助けられたということを。
{うん。ありがとう。エイミー}
{どういたしまし……て? え……}
そして、同胞に出会えた喜びを。
リュカからのお礼を受けたエイミー。しかし、すぐに困惑した。
{日本語}をしゃべっている。リュカが。どうして。
日本語とはその言葉の通り、“彼女たち”の前世で生まれた国の言葉だ。故に、この世界でそれをしゃべることができる人間はいないはず。それなのに、双方ともに日本語を使用でき、さらに会話がつながっている。これがどんな意味を成すのか。エイミーは、その考えにすぐに思い至った。
{もしかして、リュカちゃん……}
{うん、転生者だよ。エイミーと同じ……}
エイミーは、驚きのあまり鳩が豆鉄砲を食ったような顔になって止まってしまった。そうリュカの言ったとおり、エイミーもまた転生者であったのだ。リュカにとって、日本語を喋る人間に関してはリュウガという前例があった。でも、そもそもこの世界の言葉を喋る人間すらもいなかったエイミーにとっては、母国の人間がひとりもいない海外で働いている時に日本人が訪ねてきた時のような感動すらあった。比喩どころかまんまである。
ともかく、それほどまでに嬉しかった。
もっともっと話がしたい。あなたは、前世でどこに住んでいたのとか。どうしてこの世界に来たのかとか。色々と話したいことがあった。でも、そんな悠長な時間はないようだ。
「貴様、何者だ!!」
「……」
エイミーは、ふたたび男に向き直った。しかし、何も答えなかった。というよりも、この世界の言葉を知らなかったから答えようがなかったと言ってもいいだろう。
だが、こと今回はそれが功を奏した。
{エイミーよく聞いて、ムバラクはきっと……}
{え?}
エイミーは、リュカからの考察。先ほどまでの戦いの経緯などを聞いた。その間にも怒りまくっているムバラクをしばらく放っておいて。
そして最後に付け加えた言葉。それは、彼女が転生者として生まれた時に背負った罪に関する物。
勝手な、自分の考えだ。しかし、彼女にも共有してもらいたかった。自分たち転生者が、どんな罪を持っているのかを。
そして、それを聞いたエイミーは。
{そう、だね……だったら、私は≪私≫のために……生き残らないと……}
{そう……行って、エイミー……≪貴方≫のためにも}
{……了解}
親指を立ててそういった。これは、彼女達の前世の世界で肯定を示すための意思表示であるらしい。
とても素晴らしい笑顔だ。だが、だからこそエイミーは気が付かない。いや、気が付かないふりをしていたのだ。リュカが、苦虫を嚙み潰したような顔をしているという事実。それを知ってしまったら、満足に戦うことができないような気がしたから。
そして、戦いの幕は唐突に開かれた。
「ッ!」
鞭。ムバラクの攻撃だ。どうやら、しびれをきらしたようで、その攻撃自体は彼女達の目の前に落ちるとそのままムバラクは言う。
「おい、俺を無視するな!!」
と。
しかし、その言葉の意味を一切理解していないエイミーは意に返すことなくただ笑うだけ。その姿が、自分のことをおちょくっているのだと判断したムバラクは、鞭を自分の手元にまで戻すと叫んだ。
「ふざけんじゃねぇ!!」
そして、鞭がまたエイミーの元にまで伸びようとした瞬間。
「なっ……」
エイミーはその懐に飛び込み、鳩尾にまずきつい拳を一発。そこからは乱打であった。
{ハァァァァァァァァァ!!!}
目にもとまらないような連打、連打、連打に、ムバラクの体が徐々に上昇していく。このままではまずいと、ムバラクは鞭を操作して、彼女の足に絡ませ、さながら足払いかのように彼女の体制を崩した。
{ッ!}
エイミーは、鞭の巻き方と逆の回転をすることによってソレから逃れ、後ろにバク転、側転、そしてバク宙をして退いた。ムバラクもまた、なんとか地面に降り立ち、崩れ落ちることなかった。しかしその口からは血が垂れているのが見える。
内臓にかなりの痛手を負ったことに間違いはないだろう。少なくとも、魔力で防御していなければ致命傷となりえた攻撃をいくつももらってしまった。再び同じような攻撃をされようものなら今度はどうなったものか分からない。
「き、効いたぜ女ぁ……」
だが、それでも強がりを見せるムバラク。が、その言葉は彼女には届いていなかった。当然である。彼女はこの世界の言葉を知らないのだから。そして、ムバラクもまた日本語を理解できないのだから。
ムバラクは、さきほどのリュカとの戦いの時のように彼女の動きを読もうとした。しかし、分からない。困惑するムバラク。なぜだ。どうしてあの女の思考が読み取ることができない。先ほどのリュカという人間の思考は簡単に読み取ることができたというのに。
そう、ムバラクは相手の思考を読み取る能力を持っていたのだ。先ほどまでのリュカとの戦いの時に見せた勘の鋭さも全て、その思考読み取り能力によって先読みした結果生み出された結果。だが、こと今回に至っては読み取ることができない。
いや、正確に言えば読み取った内容がわからない。なにか言葉のようなものは受け取るのだが、しかしその言葉は己が今まで聞いたことがないような言葉であるため、彼女が何を考えているのかが全くと言っていいほどに読み取れないのだ。
当然だろう。彼女はこの世界の言葉を全く知らない。知っているのは、獣語か日本語のみ。そんな常人じゃ存在していることすらも知らないような言葉で思考されれば、いくら特別な能力を持っていたとしても読み取ることは不可能であろう。
「ハァッ!!」
「ッ!」
エイミーは、再び一直線にムバラクに向かう。ムバラクは、それに応戦するために鞭を構えた。しかし、ふとここで脳裏に浮かんだもの。もしかしたら右に回避するかもしれない。いや、左に回避するかも。はたまた飛び上がるかもしれない。いやいやいやあえて裏の裏を書いてそのままっすぐ突っ込んでくるかも。
思考が読み取れれば簡単なこと。いや、読み取れなくても本来であれば問題はなかった。だって、一度避けられてもリュカと戦っていた時のように、さきまわりとまではいかないものの少しくらい遅れてでも鞭を動かすことができるのだから、それで攻撃すれば良いのだから。
しかし、これまで相手の思考を見てばかりだったムバラクが、そんな単純な思考を見せられるわけがなかった。
ムバラクがそのために止まった瞬間。エイミーは、見逃さなかった。今こそ、絶好の好機。果たして、彼女が選んだのはどの道か。右に避けるか、左に避けるか。いや、攻撃されていないのだから避ける必要もない。そのまま突撃するか。それともあえて飛びかかるか。どれでも好きなものを選べる中。彼女の選択は。
「なに!?」
「え?」
【残心】
そのどれでもなかった。一瞬、エイミーの姿が消えた。違う。いなくなった。後ろに跳んだのだ。跳んだはずなのだ。
「ぐ、馬鹿な……」
それなのに、ムバラクが腹を抑えてうずくまっている。原理は全くわからないが、これもまた魔法。おそらく、彼女だけが使用できる個別魔法。
リュカは、もしもこれが最初の戦いで自分に向けて放たれたのならば、自分は避けられたであろうか。と考える。
無理だ。きっと、自分だってムバラクのようになっていたはずだ。
戦いを見ていたリュカは、突如としてエイミーの繰り出した個別魔法に面を食らったものの、しかしムバラクが一歩も動くことができなかったことからやはり、自分の想像した通りだったことが分かり、彼女に嘘をおしえなくて良かったと安堵する。
戦いとは、常に相手の先を行ったものが勝利するもの。その世界において、思考を読み取る能力というのはどれほどまでに強力なものであろうか。想像するのも難くない。一見して敵がそんな能力を持っていると見抜くことが難しいというのも、その能力がいかに強力であるかを表しているとも言えよう。いや、そもそも彼女の最後の攻撃は予想していたとしても避けることは不可能だっただろうが。それは置いとこう。
自分だって、ムバラクがあまりにも勘が良すぎること、それに最後の最後に見せた、自分がただ考えていただけで言葉にも出していないことを口走るような真似をしなかったら気がつくことはできなかっただろう。
しかし、相手の思考が読めてもその言葉の意味も知らなかったら。エイミーが日本語で考え、動いていたらどうか。ムバラクにはわかるわけがない。その一瞬の隙をつく。ただ、それだけで十分だった。
{今のは、痛めつけられたリュカちゃんの分}
「な、にを……」
痛みに苦しみ、膝をついたムバラクに対してエイミーがそういった。もっとも、その意味も全く分からないはずなのだが。
エイミーは、困惑しぱっなしのムバラクを尻目にその拳に魔力を溜めていく。今まで、自分が使用したことがないほどの魔力を。一体どんな威力になるかは想像することもできない。ソレほどまでの力強さを感じる。これならば、これならば、これならば。
{そしてこれは……}
エイミーは、魔力を溜めた右拳を胸の前に持ってくると、左手でその手首を掴んだ。そうしなければ、右手の震えが止まらなかったから。
これから、自分は恐ろしいことをする。前世の世界じゃそんなことをする自分を想像もしなかったような。そんなひどい行いをする。まさしく、外道の道にしか向かうことのない卑劣な行いだ。でも、それでも自分は。自分達は覚悟したのだ。覚悟をして、この場所にきたのだ。だから、やるしかない。やって、そしてその罪を背負いこもう。
もしかしたら、生きていれば前世の日本に帰ることができるのかもしれない。そんな淡い期待を抱いたこともあった。でも、こんなことをしたら、きっともう戻れない。戻っても、前のように生活することはできない。
だから、これは決別の一撃とも言える、前世の自分に別れを告げるそんな一撃。
エイミーは、まるで封印を解くかのように左手を離した。その瞬間、さらに強まる光。もう、準備はできた。あとはこの力を叩き込むだけだ。
怒りと、やるせなさと、悲しみと、そして―――。
{これから人殺しを経験する私の心の傷!!!!}
「ぐあああぁぁ!!!」
後悔のこもった。そんな一撃。
マダンフィフ歴3170年6月29日 4時02分
ムバラク山賊団団長 ムバラク 失血死 38歳




