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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第7章 桃色の拳、無敵のおまじない

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第二十話

 それは、この世界にはないはずの魔法。別世界で、親という特別な存在だけが使えるおまじない。実際には、そんなことをしても何の効果も得られない。あるとするのならば、心を沈ませる効果くらい。それも、子供にしか通用しないほどに軟弱なおまじない。

 でも、この世界では違う。


イタイノイタイノトンデイケ


 この世界では、実際に言魂として言葉を放つことによってそれがただのおまじないというものではなく、本当に魔法の一つとして作用することとなる。


イタイノイタイノトンデイケ


 けど、その言魂を知っている者は誰一人としていなかった。前述した通りにこの世界にはない言葉、異世界の言葉であったからだ。かつて、その言葉をこの世界に持ってきた人間達は、行く先々の村でこの言魂を教えていったと物語として語られている。

 しかし、その言魂は、未来に受け継がれることなく自然消滅してしまった。一万年以上も前の言葉が今も残っているわけがない。文献として言葉だけが残っていても、その意味も知らなければ身体の中にある魔力も、そして自然界に存在している魔力も協力してくれないから。


イタイノイタイノトンデイケ


 でも、彼女は知っていた。その言葉を、その意味を知っていた。師匠に教えてもらっていたから。


イタイノイタイノトンデイケ


 師匠自身も、その言葉を何年も前に修行中に頭を打って泣いている自分のために口走ったら、意外と効果があったものだと驚いていた。だから、彼女も知らなかった。その言葉が言魂で、魔法として使用することができるなんて。


イタイノイタイノトンデイケ


 そう、その魔法とは。この世界で最も高度な回復魔法。


イタイノイタイノトンデイケ


【母之真心】


「ッ、あ……」


 不思議な感覚がレラを襲った。痛みが、蘇ってきたのだ

 それが、どういう意味を持つのか。レラにはハッキリと分かった。それ自体が、彼女が今、生き返ろうとしている証なのである。

 さっきまでは確実に死に向かっていた。だからこそ、痛みが全くといっていいほどに無くなっていた。でも今は違う。つい先ほどまで忘れていたかのような痛みがいきなり襲ってきた。それが生死の境を脱しようとしているからだと気が付くのは、そんなに遅くはなかった。

 彼女の身体は綺麗に修復されようとしていたのだ。当然、服や鎧についた血や破けた跡などはどうしようもないが、この戦いで負った傷その全てが綺麗に治っていき、痛みもその傷が治っていくのとほぼ同じように無くなっていく。

 手足はまだ動かせないし、身体の冷たさもまだ残っているように感じる。でも、それでも身体は歓喜の産声を上げているのを感じた。

 自分が、生きているのだと。


「な、んで?」


 それが、彼女が最初に浮かんだ疑問。何故、傷が癒えたのか。あれほど深く、そして鋭利な傷がどうしてここまで治ってきたのだ。

 ここまでの回復魔法。禁断魔法の一つである【時】を使わなければできないものではないのか。そう思うほどに完璧に近い形で治ってきた自分の身体。

 でも、違う。それは、彼女も知らなかった回復魔法。もう、殆ど応急処置、麻酔くらいにしか利用されていない回復魔法の真の力であったのだ。


「グルル……」

「え?」


 その時、彼女の耳に聞こえてきたもの、獣の鳴き声だ。いや、違う。この声は―――。


『良かった。間に合った……』


 キンは、なんとかレラを治すことに成功してほっとしていた。あと数秒。ほんのあと数秒間に合わなかったら彼女は死んでいただろう。

 キンは、流れでた血だけは元に戻すことはできないと彼女に言おうとした。でも、自分の言葉を彼女は理解することができないから無駄なことなのだ。

 血に関しては、何日かしたら再び体内で生成されるので、それまで新しく怪我をしなければ彼女の本当の意味での完全回復は間違いない。

 今は、あの男と戦っているケセラ・セラの援護をしなければ。

 キンは立ち上がると戦闘中の二人の方を向いた。


「なんだ、いまの光は!?」

「あれって、キン?」


 二人は突如として出現した白い光に目を奪われた。それは、キンが作り出した回復魔法の光。とてつもない魔力を背中に感じて、振り向かない人間はいない。一体何があったのかと、二人がそちらの方を向いた。瞬間だった。


「ケセラ・セラ! こっちに!」

「え?」


 と、彼女の背中を引っ張った少女がいた。トネルである。刹那。目の前に見覚えのある黒い輪っか状の物が落ちてきた。


「お姉さま!!」

「これが、正真正銘私が使える最後の魔法!」

【結】

「なっ」


 そして、ダンナのことを四角い空間が囲った瞬間、再びあの光が。彼女とレラのことを救ったあの光がもう一度彼女達のことを救うべく輝き始めた。いや、というよりこれはかなりまずい状況なのではないかとケセラ・セラは気が付く。

 そう。先ほど自分の足元に落ちてきたのはあの魔力を封じているリストバンドであることは間違いない。ということは、この光は、そのリストバンドの中の魔力が爆発する時の前兆の光。

 ならば、こんな至近距離にいては危険極まりない。早く逃げなければ。そう考えて走りだそうとする彼女を制する女性。


「だ、大丈夫……私が、爆発を抑えるから……」

「ヴァーティー?」


 ヴァーティーだ。確か、山の頂上でエイミーやキン達と一緒に自分たちの戦いを見守っていたはずなのだが、自分達のことを助けにきてくれたのだろうか。が、どうにも苦しそうだ。まるで、マハリの国であの服を着た初日の自分のよう。


「ッ!」


 ケセラ・セラが声をかけようとした、その時だった。ついにその瞬間が訪れる。リストバンドが爆発したのだ。しかし、その爆風。そして魔力は全てヴァーティーが作り出した防御魔法によって防がれている。だから、その爆発をその身に受けたのは至近距離に、というよりもとじこめられたただ一人だけ。


「ケセラ・セラ……私の残っていた魔力じゃ、きっと殺すまでは行かない。だから……」

「ッ! うん!!」


 なるほど、ケセラ・セラは咄嗟に理解した。

 ヴァーティーがそんな状態になっているわけも、爆風が襲ってこない理由も。

 恐らく、彼女は魔法を使ったのだ。リストバンドによって魔力を吸収されたその肉体で使える、最期の魔法を。結果、彼女は体内のすべての魔力を本当の意味で放出してしまい行動不能になってしまったのだ。

 リストバンドの爆発と防御魔法による封じ込めという恐るべき組み合わせが敵に大きな痛手を負わせることになるのは想像するのにたやすい。

 だが、諸事情によりヴァーティーのつけているリストバンドによる爆発だけでは殺傷能力は低かった。だから最後のトドメを打つ人間が必要なのだ。その役目が、ダンナの一番近くにいる自分。ケセラ・セラは、再び魔力を爪に宿すとヴァーティーが結界を解くのを待っていた。

 だが、彼女が動き出す前にその前に立った人間がいた。


『私がやる! ハァァァァ!!!』


 キンである。つい先ほどまでは人を殺すことに師と一緒に難色を示していた彼女が、どうやってそこまでの覚悟を決めたのかわからない。しかし、彼女は右拳に魔力を込めると体の前方に突き出し、そのままダンナの方へと向かっていった。

 勇猛果敢に突っ込んでいく少女。しかし、そこには誤算があった。


「キン待って! まだ防御魔法が……」


 そう、まだヴァーティーが防御魔法を解除していないのだ。今の状態のままでキンがダンナを殴ってもその攻撃はダンナ自身に届くこともないはずだ。だから、彼女が防御魔法を解くのを待ってから攻撃するように指示を出すつもりだった。

 しかし、彼女はその指示を待たずして飛び出してしまった。このままでは防御魔法によって吹き飛ばされるであろう。

 そう、考えたヴァーティーであったが、しかし結果は想像とは全く違っていた。


『ハァァァァ!!』


 キンが結界とぶつかったその直後、まるで雷鳴のような光が彼女の体を襲った。やはり、防御魔法からの反発が起きてしまっているのだ。だが、そんな物ものともせずにキンは進み続けた。まるで、結界そのものを抉っているかのようにも見える。自分が作成した防御魔法がそんな簡単に破られるとは思えない、はずだ、しかし。


「嘘?」


 防御結界にヒビが入り始めた。こんなこと、前代未聞だ。先日の戦でも数々の魔法の矢を受け止め、数万の人間をあっという間に殺したフランソワーズの雷の魔法も一切通すことのなかったあの防御魔法が、破られようとしている。

 初めてだ。もしかしたら、リストバンドによる爆発、それから魔力が少ないというのに魔法を使用したということ、それが原因となったのかもしれない。でも、だからと言って防御魔法を力押しで破壊できる人間なんて、一体この世界に何人いるのだろう。それも巨大な物ならまだしも、人間と同じ大きさにまで小さく、濃度の高い結界を壊すなんて、明かに人間の技を超えた何かだ。

 そして、ついにその瞬間がおとずれることになる。


『セェェェヤァァァァァァ!!!!』


 雄叫びにも似た何かが、辺り一面に轟いた瞬間、窓が割れたかのような甲高い音が周囲に響いた。そして、あたりを包み込んだ雲にも似た魔力の塊による煙。それが、ケセラ・セラやヴァーティー達をも包みこみ、目の前が全く見えなくなった。

 その煙は、魔力を内包しているためいつもの方法で周囲を探ることもできない。文字通り視界を奪われた。もしこの状況でキンがダンナを殺すことに失敗していたら彼女の命も、自分達の命も危ないだろう。

 だが、ヴァーティーはどこか確信に近い何かがあった。キンはきっと、ダンナを殺すことができたのだと。いわゆる女の勘というものだ。しかし、こういったときには絶対に当たるような勘。それは、彼女の覚悟を見て裏付けられた確信に近い勘であった。


「煙が……」

「晴れてきた……」

「キン!」


 数分して、ようやく周囲が見れる程に視界が晴れた直後。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 キンが黒焦げのダンナの胸を貫いた姿だけが、そこにはあった。キンが、その胸から腕を抜くと、ダンナは力なく後ろに倒れていった。

 あれほどまでにケセラ・セラやレラを苦しめたわりには、最後は呆気ないもの。しかし、勝負とはそう言うものだ。

 こと、今回に限っては相手が可哀想になるほど大勢で最後は戦ってしまった。だが、それだけ相手の力が強かっただけのこと。

 結局のところ自分達はダンナの斧の攻撃を完全に見切ったわけでも、攻略したわけでもなかった。

 それが数による暴力によってでしか勝つことのできなかった自分達の弱さが、またこの世に一人の殺人者を作ってしまった。

 それが、彼女達にとってのこの戦い最大の汚点にして失敗。


「……」


 初めて人を殺すことになった少女キン。その気持ちを簡単に表すことなんてしてはならない。ヴァーティーたちは、彼女にしばらく、声をかけることができなかった。






『私、いくよキン……』

『お師匠様、覚悟……できたんですか?』

『ううん……まだだよ。私だって、人殺しになるのは嫌だもん……』

『……』

『でも、友達が酷い目に遭う方がもっと嫌! ……だから、決めた! 後悔は、やった後にするんだって!』

『お師匠様……わかりました。私も、その道……お供します!』

『キン……』

『お師匠様と一緒なら……何も怖くありません!』

『……ありがとう、キン』


『お師匠様……』


 キンは、血にまみれた手を天高く掲げた。空に浮かぶ月に向けて。

 まるで、その姿を誇示するかのように。自分は、殺人者になったのだと誇らしげに、ただただ腕を上げているのであった。


マダンフィフ歴3170年6月29日 3時34分

ムバラク山賊団副団長 ダンナ 失血死 35歳

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