第十九話
薄れ行く意識の中で、レラは少しだけ後悔していた。
格好つけてあんなことを言ってしまったが、やっぱりケセラ・セラに介錯してもらった方が良かったかなと。
正直いえば、とてつもなく痛い。痛くて、痛くて、苦しくて、もう、自分自身で心臓でもなんでも潰して死にたいくらいに、発狂しそうなほどの痛みで。
これが、死の痛み。想像していたよりも辛く苦しいものだ。人生で一度しか味わうことのできないその痛みを、貴重な経験であると捉えるべきなのか、それとも、死にたくないと嘆き叫ぶ方がただしいのか、もう今の自分にはわからない。
ダメだ、空に浮かぶ星も徐々に見えなくなってきた。多分、もう意識が外界を見るのに神経を使うのは無駄なことだと判断してしまったのだろう。目を開けっぱなしなんて、ひどい姿で死にたくないな。レラは、ゆっくりと目を閉じた。
訪れたのは、真っ黒な空間。これが、死後の世界への入口なのかもしれない。なんとも殺風景な景色であろうか。しかし、今の自分には勿体無さすぎるほどの闇と、そして静けさだ。
次第に、痛みが消えていく。あぁ、もう痛覚も死んでしまったのか。それに、寒気もする。身体中をめぐっていた血液が枯渇したのかもしれない。自分が死に向かっているという事を、こと鮮明に表すかのように自分が生きているという証が消えていく。
これが、死。“彼女”が味わったという死、なのか。まさか、ここまで恐ろしいものとは思っても見なかった。死ぬのが、ここまで怖いものとは思っても見なかった。確かにこれほどの恐怖が襲ってくるのならば、痛みに耐えきれずに自害するような人間が出てもおかしくはない。誰かに介錯を頼むような人間が出てもおかしくはない。
あの時の、“彼女”もこんな気持ちだったのだろうか。
その時、レラの瞼の裏に映像が映った。俗に言う走馬灯というものだ。通例通りであるのならば、その時瞼の裏に映るものは、その人間の人生において印象深かったようなことが浮かび上がるはず。こと、今回彼女が思い出したのは、とある女の子の事だった。
彼女、レラが生まれたのはその世界を作り上げたという神を崇めている国だった。何万年も前、この世界を作り出したという神は、人間であったとも、獣であったとも、はたまたそのどちらでもないとも言われた、姿形を示す物証も残されていない虚像。
神は、まず何もない大地に海を作り出した。荒れ果てた荒野、生き物の気配の一つすらもなかった枯れた大地に、一滴の水を流し込んだのだ。
その次に、神は植物の種を世界中にばら撒いた。木々は長い年月をかけて徐々に徐々に群生し始め、世界は、海と木ばかりの大地の半々になったという。
そこに、神は生き物の種を蒔いた。海を泳ぐ魚。空を飛ぶ鳥。大地を駆ける獣。そして、それらを蹂躙する人間。神がしたのは、そこまでだった。
そこから、世界は神の所有物ではなく、人間の物へと移り変わった。それぞれに自立する人間たちを見送った後、神は空たかくに飛び上がり、雲の中に消えていったのだという。
くだらない話だ。そんな世迷いごとを信じるなんて、この国の大人たちはどうかしていると、現実主義的な少女レラは、毎日毎日神の像と呼ばれている石像に祈りを捧げる大人たちを見下していた。
なおかつ、彼らが信じる≪通説≫が嫌だった。今ではこの世界中に浸透してしまったとある説。そのせいで、多くの人間が、不幸のどん底に落とされてしまった。そう、彼らが神と崇め奉る者のせいで。
少女は、生まれた時から神に仕える子として生きてきた。いや、正確には神に使える身になるための学校に通わされていた。神様の存在を信じていない自分が、である。と、最初の頃はそんなことばかり考えていたが、しかし神に仕える子を育てるということから、待遇は厚く、毎日毎日好きな時間に好きな量の本を読み漁ることも許されていた。それが、彼女にとってがその学校にいるたった一つの理由だった。
彼女は、知識が大好きだった。いや、知識を頭の中に入れることが好きだった。だから、彼女にとって本を読み漁れる学校というのは、天国に近いものがあった。
ずっとこの場所にいたい。ずっと、ここで本を読んでいたい。今思えば、それが学校側からの自分を外の世界に興味を抱かせないための罠だったのかもしれない。
確かに、自分には知識欲があった。でも、外の世界を見たいという気にはならなかった。それは、その本が全てだったから。その本の中身をみれば、外の世界のことなんて全て分かってしまうから。だから彼女にとって外の世界は、すでに見知ったものだった。
そんな彼女に友達はいなかった。いつも書庫に閉じこもって本ばかりを読んでいる女の子に友達なんてできる機会はなかったのだ。
でも、それでも彼女は寂しくなかった。だって、本という友達がいたから。
嘘だ。本当は寂しかったくせに。一緒に本の感想を言い合うような友達が欲しかったくせに、強がりばかりを言ってしまう。そんな自分のことが嫌いだ。他人に興味のないようなフリばかりをする。そんな自分が嫌いだ。
でも、それでも自分から友達になってほしいと学友にいうのは嫌だった。怖いから、面倒臭いから。違う。これ以上自分が孤独であると認識したくなかったからだ。
だから、彼女はずっと孤独だった。
そんなある日のこと。彼女に一人の女の子が声をかけた。名前は、≪シーファ≫。自分と同い年で、そう。エイミーのように明るく活発な女の子だ。どうしてそんな子が自分に声をかけてくれるのか、全くわからなかったが。彼女は自分に笑顔で言った。
だって、ひとりぼっちで悲しそうだったから。
ひとりぼっちで悲しそう。どこがだ。自分は、一人でも悲しくなんてない。そんな雰囲気を出していたと言うのに、どうして彼女はそんなことに気がついてしまうのだろう。なぜ。なぜ。何故。
それからだ。毎日のように彼女は一人で書庫にいりびたる私のところに来ては、どんな本を読んでいるの、感想を教えてと何度も何度も言ってきて、そんなに本の内容を知りたいのなら、自分で読んでみたらと冷たく突き放したら。わかったと言って、本棚の中から適当に一冊の本を読み始めた。
それは、私が好きなおとぎ話だった。一万年以上前、突如として現れた五人の子供たちが、ある獣と一緒に世界を救う旅に出る冒険録。ハラハラドキドキでき、時には苦悩し、時には喧嘩をしながらも最後には“魔王”、そして“ヤタカ”と呼ばれた勇者とともに世界を救うに至るまでの伝説。
神様の天敵たる魔王を正義側であるかのように描写しているためか、先生や学友たち、他の大人たちからは見る気も起きないとされていたソレを、彼女は初見で手に取ったのだ。
もしかしたら、彼女なら自分の友達になれるかもしれない。そう思った。
それから数日後のこと。一冊を読み終えたシーファに私は聞いた。
『どう、面白かったかしら』
シーファは、一度だけ大きく背伸びをしてから言った。
『魔王が味方なんて、おかしいよね』
正直言えばガッカリした。あぁ、この子は私とは違う感想を持っている。私とこの子の感性は違う。なら、仲良くなれるはずがないと。
レラは、きっと奥目にも出さないように言ったはずだ。
『そう』
ただ、それだけを言うと、レラは再び書庫からまた別の本を取り出して読み始めた。その後の彼女の言葉なんて耳に入らない。
初めての友達ができるかもしれない。そんな淡い期待は、脆くも崩れ去った。いや、勝手に期待してしまっただけだ。自分の感性に合う。自分と話が合う女の子がきっとこの世界にはいるはずだと。でも、この国にはいなかった。それが真実なのだ。だからこの話はここで終わり。自分には友達なんてものできないと言うことが再認識された。ただ、それだけで終わる話。そのはずだったのに。どうしてその彼女が―――。
『……』
『シーファ……』
数日後、二人は森の中にいた。シーファは死ぬために。レラは彼女の死をみとどけるために。それが、シーファに課せられた罰であった。
シーファは、夜中に出歩いていた時に自分のことを襲おうとしていた男を殺したのだ。後に聞くと、他の国では命の危機に立たせれた際に自分の身を守るために防衛として他者を殺すことを、正当防衛、あるいは過剰防衛と言うらしい。
今回の場合は、明らかに正当防衛。自分の身を守るために、他人を殺さなければならなかったのは、致し方ないこと。けど、この国には正当防衛なんてものは存在しない。例えどんな理由があろうとも、人の命を奪うことはあってはならない。人が人の命を奪うことは、神への叛逆だということで、シーファは、その国でのこれまでの常識どおりに死刑を宣告された。
そして、私は死刑の見届け人。何故、自分がそんな役目に任命されたのか、それは私が天涯孤独で友達もいなかったからなのだろう。
前述の通りこの国では如何なる理由であろうとも人を殺すことはあってはならない。だから、死刑執行人なんてものはこの国には存在しない。存在してはならない。では、罪人をどうやって死刑にするのか。
簡単だ。外にいる凶暴な獣に殺させるのだ。その国の外には、人一人じゃ太刀打ちすることができないような獣が大量に生息している。だから、そこに人を放り込めば、瞬く間にその身を食い尽くすことは想像するのに難くない。
罪を犯した罪人でも、自然の一部となってその罪を清めたまえ。そう言った意図がある刑罰であるそうだ。なんとも、今考えてみればおかしな話だ。自分達が手を汚したくないからと言って、その後生大事にしている自然に国の人間を殺させるなんて。
私は、そんな罪人が逃げ出さないように見届ける係に任命された。これまた馬鹿げた話だ。処刑人はともかくとして、もしも見届け人までも襲われようものならどうするつもりなのだろうか。それに、そもそも逃げ出すことを恐れているのであれば、法律を変えるなり何なりして、死刑執行人という職業をちゃんと制定してしまえばいいのに。
いや、そんなことできる人間があの国にいるはずがない。わざわざ自分の手を汚すようなことをするような人間があの国のどこにいるだろう。そんな度胸を、法務大臣が持っているはずないなんてこと、分かりきっているのに、どうして期待なんてしてしまうのだろう。
あの国の人間たちは古い法律に、古いしきたりに縛られ続けてきた。神が作った法律だからとか、神が与えてくれたものだかとか、神を大義名分にすることによって何でもかんでも叶うものであると、そう誤解している。
違う。大切なのは神の考えではない自分の考えだ。それをレラだけは知っていた。書庫にあるたくさんの本を読むことによってそれを学んだ。学ぶことができた。でも、学ばなかった人間がその他大勢いるあの国でそんな綺麗事、通るはずもなかった。
自分にはもう、何もできない。今の自分にできることは三つ。一つは、シーファの死をちゃんと見届け、その骨を証拠の品として国に持ち帰ること。
二つ目は、シーファと一緒に獣に殺されると言うこと。可能性としてはこれが一番高いのだろう。自分の実力が誰よりも劣っていることは自分がよく知っている。だから、もしも本当に獣に出くわした時に生き残る自分を想像することができなかった。
というか、そもそもこれが自分が見届け人に選ばれた原因なのかもしれない。たとえ自分が死んだとしても、悲しんでくれる人なんて、誰もいないし、それに自分の考えも抗議的な意味では神への叛逆。つまり、今回見届け人としての自分は建前。もしかしたら、本当は―――。いや、考えないでおこう。その方が賢明だ。
そして、最後の三つ目は、シーファと一緒に逃げること。
正直、三つ目は論外だ。だって、今の彼女はちゃんと戦うための道具を所持している自分とは違い、なんの武器も携えていない。いや、ソレどころか文字通り裸であるのだから。おまけに、その体全体には獣がよってきやすいように甘い蜜を纏わされているという徹底ぶり。
逃げるにしても、そんな獣がよってきやすい匂いを漂わせている戦えない彼女を守りながら森をぬけるなんて技術、当時の自分が持っているわけがない。そもそも、自分には彼女と一緒に逃げる理由なんてない。だって、彼女は友達でも何でもない。ただの学友であるだけなのだから。
そんな人間と、一緒に死ぬかもしれない。ソレを推し進めてくる国の人間たち。
狂っている。あの国は、とてもじゃないが正気とはおもえない。狂っている。狂い切っている。そんな狂っている国に自分は殺されるのか。
仕方がないなんて言葉絶対に出てこない。それでも、今の自分じゃ獣には―――。
『ねぇ、レラちゃん』
『ッ!』
その時、シーファが彼女に声をかけてきた。考えてみれば、一番死が怖いのは彼女のはず。というか、どうして自分が死ななければならないのかと思っているのは、彼女のはずだ。だって、彼女はただ自分の身を守っただけなのだ。それなのに死ぬなんて、あまりにも理不尽。だから、彼女は例え自分のせいではないにしろ、何らかの恨み言を言ってくるのだろう。そう考えていた。
しかし、彼女の口から出た言葉は違っていた。
『あのね、本当は面白かったよ、あの本』
『え?』
あの本、とはきっと自分と彼女が最初に出会った時に彼女が手に取った本のこと。あの、少年少女の冒険活劇のことなのだろう。
『魔王と協力して戦って、一緒に世界を守るところとか、すごく格好良かったし。あんな性格の魔王だったら、きっと魔族の人たちとも仲良くなれるかもって思っちゃった』
『シーファ……でも、あなたあの時……』
魔王が味方なんておかしいって、あまり好きじゃないって言っていたじゃないか。そういったレラに対してシーファはやや俯き加減で言った。
『あんなところで面白い本だったなんて言うと、周りの人に目を付けられちゃうから……私、怖かったんだ。誰かが誰かの違いを糾弾するなんてところ、もう、見たくなかった……そう思った。でも、レラちゃんは違っていた……分かってたのに、ついそう言っちゃって、私って馬鹿だよね』
そうか。考えてみれば、あの場所で馬鹿正直にあの本が面白かったなんて言えば、神を崇拝している大人たちから目を付けられて、場合によってはあの学校を、いや国を追い出される恐れがあったのだ。
自分は、自分の感想を言う相手がいなかったからそもそもそういう思想を持った人間であるという事は誰も知らなかった。つまり、自分は知らぬ間に危険を回避していただけで、よく考えて行動していたのは彼女の方だったのだ。
『レラちゃん、あの後不機嫌になっちゃって……。私、レラちゃんに悪いことした、謝りたいって何度も思ってた。でも、レラちゃんずっと私のこと無視してたから……』
無視。というよりも本を読むのに集中しすぎて彼女の言葉が耳に入ってこなかっただけなのだ。でも、そんな食い違いが彼女たちが友達となる好機を逃すことになってしまった。
『だから、今謝るね! レラちゃん!!』
彼女は、自分の目の前に立つと手を握って言う。
『ごめ』
でも、その言葉が最後まで続くことはない。
『アッ゛』
あまりにも突然の出来事だった。それまで何一つとして予兆なんてなく、死神の足音一つ聞こえてこなかった森のなかに現れた一体の獣。
それが、無防備な少女の背中を抉ったのだ。
『シーファ!』
運が良かったのは、その獣がまだ子供だったと言うこと。だから、レラ一人でもなんとか倒すことに成功した。
けど、例え獣を倒したとしても傷ついたシーファの身体が癒えることはない。背中に致命傷となる傷を負い、横たわるシーファを抱き抱えたレラは必死で彼女を呼び続ける。
『シーファ! シーファ!!』
そんなこと、無駄であるなんて分かり切っているのに。
『ゴボッ! ッ!』
シーファは、口から大量の吐血をしながらも言う。
『は、早くにげ……て。獣が、きちゃう……』
『え、えぇ。そうね』
レラは、子供の獣の親もまたくるであろうことを予測し、シーファと一緒に逃げようとした。でも、意外なほどに彼女は重くて、とてもじゃないが、この場所に向かっているであろう獣から逃げるなんてことできない。
『私の、ことは……いい、大丈夫、だ、から……』
『シーファ!』
『も、元々は私が……あの人を、殺さなかったら……こんな、ことになんて……』
『あなたは当たり前のことをしただけよ。ただ、あたりどころが悪かっただけで……』
なんで自分が言い訳なんてしているのだろう。彼女の罪は彼女の罪。彼女の犯した罪は彼女にしか言い訳をする権利がないと言うのに。
『レ、ラ……ッ!』
『シーファ!』
その時、シーファが苦悶の表情を浮かべた。それを見るのが、レラにとってどれほど胸がさり裂けそうになる程辛いことであったのか、想像もできないことだ。
『ねぇ、一つ……聞いて、いい?』
『なに?』
『私、たち……友、達。だよね?』
『ッ! えぇ、そうよ!』
『良かった……』
なんとも無責任な話だ。ついさっきまで友達以下、他人であったはずの女の子に、自分達は友達だというなんて、なんとも馬鹿なことを言ってしまったものだ。
でも、ソレで彼女が少しでも心が癒えるのであるのならば。
『ねぇ、お願いが……あるの……』
『何?』
今度は耳打ちをするように言った少女。ちょっとこしょばゆくてこんな状況であったものの笑いそうになってしまう自分が嫌になる。そして、そんなシーファがレラに語った言葉。それは。
『もし、私が“本当に”死んじゃったら……私の分まで、生き……て……』
『え?』
呪いの言葉。そして、事が起こるまではほんの一瞬のことだった。
『ッ!』
シーファは、レラが懐に忍ばせておいた短剣を素早く抜き取ると、自分の喉元を掻き切ったのだ。
瞬間、溢れ出て、レラにもかかる鮮血。それはとても暖かくて、鼻の奥にまで抜けるような匂いで、そして命の味がした。
『シーファ!!』
レラは、急いで彼女を地面に下ろすとその顔をみた。でも、もう無駄なことだった。
マダンフィフ歴3170年 2月10日 1時08分
イェンエン神学校十七年生 シーファ 失血死(自殺) 享年17歳
『ッ!』
あっけなかった。あまりにも呆気なさすぎて悲しむことも驚くこともできなかった。
彼女、シーファはもう息をしていなかったのだ。
あまりにも唐突に、そして罪深い方法で死んだ少女、シーファ。レラは、その少女のことを生涯忘れる事はないと言う。
その後、シーファの身体を残したまま逃げたレラはたまたま放浪中であったセイナ達に救われ今に至る。
考えてみればあの日からまだ半年も経っていないのか。なんとも濃い人生を送っているものだ。
だが、ソレももうすぐ終わる。彼女とは違い、自分で死ぬこともなく自分の人生を全うする。それが、どれほどまでに尊いものであるのかなんて全く知らないし、それで自分がえらいことの証明となるのかもわからない。ただ一つわかることといえば、それは―――。
それは―――。
それは―――。
もう、考える、ことも、できなく、なってきた。
思考が、鈍く、なって、なにも、思い、浮か―――。
これが、死。
もう―――。
二度と味わいたくないわ。
そして、彼女の意識はそこで見えなくなった。
走馬灯とは、その人間が最後に思い出したいという欲望が具現化したものである。そこに意味があるのか、ないのかはその人物自身が決めること。
彼女がセイナ達に助けられる直前、助けられた後、そこにもまた何らかの物語があったのかもしれない。いまになっておもえば、その物語の一端も見てみたい気もする。でも、そんな好奇心で他人のことを見てはいけない。だって自分がおこなっているのは、仕事だから。彼女から託された大事な仕事だから。
だから、この話はもうここで終わりなのだ。一人の人間が、死を目の前にして自分にとって最初の友達のことを思い出した。ただ、それだけで十分じゃないか。
だからこの話はもう終わるべきなのだ。そう、終わって、次に進むべきなのだ。
あれこれといった蛇足なんて必要ない。もう、これ以上書くことなんて、書くべきことなんてないのだから。
でも、ソレでももし書くことがあるとするのならば―――。
イタイノイタイノトンデイケ




