第十四話
一体、自分はどれくらい気絶したのだろう。自分が気絶していた時間なんて、分かるはずもない。しかし、それでも考えずにいられなかったのはやはり人間のさが、という物なのかもしれない。わずか数十秒足らず、あるいはほんの一瞬だったのかもしれない。
とにかく、自分の意識が飛んでいたことは確実だった。この感覚、前世で親友と遊んでいた時に遊具からうっかり落ちた時と同じだ。
手を離したら落ちる。そんな些細なこと自分だってわかっていた。重力という何物でも落としてしまう力が働くのだと、それが絶対的な支配であるのだと、知っていた。でも、それでも好奇心が抑えられなかった。
もしも今、ここでその手を離したら空に浮かぶことができるんじゃないか。
一回転して上手く着地できるんじゃないか。
そんな、夢のようなことばかり思い浮かべていたから、自分はおろかにも手を放し、結果その頭を地面に強打することになってしまった。あれで高所恐怖症にならなかったのは奇跡のような物だと、今でも思っている。
「け、結構吹き飛ばされた感じかな……」
目を開けたリュカは、まずは自分の状態を把握することに努めることから始めた。
この時の彼女は知らないことだが、リストバンドの爆風によって吹き飛ばされた彼女は、爆心地からかなり遠くの方にあった木にぶつかり、ソレが背もたれがわりになって座り込んでいる形になっていたのだ。
彼女はすぐに、立ちあがろうと試みる。だが、無理だった。
「痛ッ……」
立ちあがろうとした瞬間、身体中に激痛を感じ取る。
この感じ、おそらく腕が折れてしまったのか。いや、腕以外にも足や骨盤にも痛みを感じる。
よく観察すると、擦過傷が見てとれるくらいに酷く目に映っていて、流石にこの傷では一歩も動けないだろうと思わせるのには十分すぎる程だった。
足も動かない手も動かないであれば、今後の戦いに支障をきたす可能性が大きい。
「自分の魔力でちびっちゃった……」
それに、些細な問題だが自分の魔力の爆風に当たった時、かすかにだが下半身が濡れる気配を感じ取った。少し前にお花を摘んでてよかったと思ったリュカ。まさか、自分の魔力が身体に入り込んできてもこの現象が起こるとは思わなかった。自給自足とはこう言うことをいうのだろう。
なんて、馬鹿なこと言ってる場合ではない。
恐らく、先程気絶してしまっていたのも、木に当たった痛みの衝撃、というのもあるのだろうが、魔力が急激に身体の中に入ってきたことによるもの、というのも原因の中に入るのだろう。
元々この現象を利用して、魔力を使用した当て身での気絶という手段もあると聞くが、自分で自分にソレを試すなんて思っても見なかった。
「早く、クラクを見つけないと……」
リュカは、月明かりだけを頼りとしてクラクの姿を探してみた。でも、どうしても彼女の姿が見えない。先程の爆発に巻き込まれ、死にはしていないだろうがきっと自分のように気絶はしているはず。
もしも男どもに先に彼女のことを見つけられでもしたら、想像もしたくないようなことになってしまう。早く、自分の傷を治して助けに行かなければ。
「ッ、仕方ない……」
幸いにも、リストバンドを外す直前に魔力を少量身体の中に戻すことができていた。一日一回しか使うことのできない切り札は、魔力がごく微量でも身体の中に残っていれば使用することができる。それが功を奏した。
武具も、全て揃っている。天狩刀だけは手放してしまったが、しかし鞘があるのなら、あの魔法は使えるはずだ。
【我は竜の名を継ぎし者 今その本当の姿を外に出せ 我の内にある龍の心よ 魂よ 我の敵を切り裂き道を開け 我は竜 我は刃 我は人の心を捨てて竜を宿す者なり 冥府に戻った魂よ 今一時だけ力を貸せ 我は人 我は夢 我が欲望を晒し出せ 命を解放せよ 聞け 我は天下を統一する者也】
【龍才開花】
瞬間、リュカに次々とまとわりつく魔力の鱗達。しかし、その数はかなり少ないように感じる。まぁ、その理由は明らかなのだが。
「ふぅ、リストバンドがないから第二の姿にはなれないか……」
そう、あのリストバンドがないのだ。リストバンドに溜まった質の良い魔力を使用することによって空っぽとなった身体に魔力を集めることによって成ることのできる第ニの姿。
しかし、そのリストバンドは先程捨ててしまった。だから、体内に少量だけ戻した魔力を使うしかなかった。
結果、第二の姿を使用できるほど体内に質のいい魔力は残存してはおらず、魔力の鱗の集まりが悪い第一の姿のままとなってしまった。
おまけに、主要武器である天狩刀も先述した通り先程クラクを守るために手放してしまった。彼女の武器はその身と、隠し持っている短刀二本のみ。
「でも、あの程度の山賊だったらこの姿でも……」
確かに、今のところ山賊相手には苦戦も何もしていない。クラクを人質にされたときには危なかったが、それでも切り抜けることができた。だから、きっとその姿であったとしても―――。
いや、油断慢心は人を簡単に殺す。決して気を緩めてはならない。勝って兜の緒を締めよともいう。ここは、集中を切らさないようにしなければ。
そうやって心を締め直したこと、それが彼女が初撃を避けることができたという事実に繋がっているのかもしれない。
「ッ!」
背後から迫ってくる気配。リュカはそれがなんであるのかを把握する前に左に飛びながら背後にあった森へと身体を向ける。
そして、森の木々の中から現れたのは細い触手のようなもの。しかし、カナリアの時のような生物感はない。これは、ただの鞭だ。そう彼女が悟った瞬間だった。
「くっ!」
鞭が突然自分の方に向き、襲ってきた。幸い、前例のようなカナリアと戦った経験があったためその攻撃を防ぐことはできた。しかし、その鞭には魔力がこもっていたようなので、あともう少し防ぐのが遅れていたら大怪我を負っていた可能性だってある。
リュカは、さらなる追撃がないようにと鞭から目を離さない様にして、地面に着地した。だが、どうやら鞭はそれ以上襲ってこないようだ。鞭が当たった左手は動く。しかしジンジンとした痛みは続いている。それは、その鞭がどれほどの攻撃力を持っていたのかを指し示す物だ。これは、直撃すると少しまずいかもしれない。
「まさか、俺の鞭を防ぐとはな……」
「誰?」
森から聞こえてくる声。リュカが声をかけると、恐らくニメートル近くはある大男がゆっくりとした歩行で現れた。その服装は、先程まで戦っていた男達と同じ、まさにこれこそが山賊であると言わんばかりの服装だった。
男は、自分のことを襲ったであろう鞭をその肩に担ぐと言った。
「ムバラク山賊団団長ムバラク……お前を所有する者の名だ」
と。
所有とはどういうことなのか。いや、考えなくてもわかるであろう。きっと男は自分達の根城に連れて帰る女の子を探しているのだ。
無理やり連れて帰り、自分達に奉仕させる。そんな奴隷的な存在を探してこの山にやってきた。そう断言できる。
あの断崖絶壁をわざわざ登ってきたのだから、自分達がここにいることは最初からわかっていたのかもしれない。恐らく、自分たちが飛ばした伝書鳥が捕まって、それでこの山にいるエイミーとキンの存在を知った。と言ったところであろうか。
全く、嫌な物である。この戦いを引き起こした原因がまさか、自分たちだったなんて。リュカは心の中で二人に謝罪した。
とにかく、こんな男に捕まるのなんてごめんだ。リュカは、懐から短剣を一本取り出すと臨戦体制を整える。ソレを見た男、ムバラクはほくそ笑みながら言った。
「そんな小さな剣で俺と戦おうってのか?」
確かに、彼のとても長い鞭。カナリアとは違ってたった一本だけではあるが、しかしその長さは同じくらいはあるはず。そんな射程距離の長い鞭一本と、自分の持つ短剣一本―実際には懐にもう一本あったりするのだが―。どう考えてもこちらのほうが不利。だが、それでも自分は勝たなければならないのだ。例えどれだけの不利であっても、最後まで諦めてはならない。それが彼女が教えられてきた最後の勝利者になる者の条件。ならば。
「貴方程度、これで十分よ……」
強がりだ。しかし、ソレくらい言わなければ自分の心を鼓舞できなかった。とも言える。
「ほざけ!」
ムバラクは、鞭を振り上げる。覚悟を決めたリュカ。その手が汗ばむのを感じた彼女は、一度深呼吸すると脱力した。まるで、死を前に立つ虫のように、その影は薄かったという。




