第十二話
タリンがサレナ。レラがケセラ・セラと共に動いている。
このことから、必然的にリュカはクラクと共に動いていると言うことが理解してもらえるだろう。
この人員の割き方、リュカはそれぞれの力を鑑みた時、一番平均的となるように分けていた。つもりである。
というよりも、リュカにとっては一番分隊の中でも弱いとされているクラクのことがどうしても気にかかったのだ。だから、彼女を自分の近くに置きたかった。他の面子はそれ以外であれば、悪く言えば誰でもよかったと言った感じである。
ある意味で、クラクのことを信頼していない非情な選択肢に見えるだろう。だが、もし本当に信頼していないのであれば、そもそも彼女をこの戦場になんて連れてきていない。
ヴァーティーやエイミーたちがいる場所に置き去りにして、自分一人で戦いに挑んでもいい実力がリュカにはあったのだ。
しかし、そんなことはしなかった。なぜなら、彼女もまた弱いとはいえ、騎士団の仲間だったからだ。
弱者であるとはいえ、普通の一般市民と比べても力は確かにあったからだ。
彼女に必要なのは経験だ。弱い力を補うために、戦いの中での経験を積ませる方が彼女のためになる。そう考えて、彼女を戦場に伴った。その判断は決して間違っていないと断言できる。いや、断言しなければならないのだ。
自分の選択が、最高の選択であると信じなければ、決断なんてできない。それが、彼女の新しい信念の一つであったのだから。
「フッ!」
「……!」
リュカは、木の上から飛び降り地面に着地すると、素早く【魔力加速法】を使用して山賊の一団の中心へと飛び込んだ。すると、彼女が通り過ぎたすぐ後、十人程度の頭が、自分がかつて繋がっていた胴体と別れを告げて地面に落ちていった。
「よし、今回はうまく行った!」
これは、以前ミウコへと至る直前に討伐した山賊を倒した時と同じ方法。違うところといったら、その時はまだまだ未熟で胴体を切ってしまって、相手に死の恐怖と痛みを与えてしまったということ。
しかし、今回はちゃんと敵の首筋を狙って刀を振るうことができた。おかげで、自分が殺した人間たちは、自分が死んだということも知らずに絶命したことだろう。
益々殺しの技術が上がっていくリュカ。人殺しをしといて喜んでいるあたり、もう普通の生活には戻ることができないだろう。
もしも天下統一を目指す侍としての道が閉ざされたとしても、普通の仕事なんて選べるはずもない。きっと、こう言った殺しの道を選んでいただろう。そんなこと彼女の矜持が許すとは思えないが。
そんな、リュカのことを、背後から襲う一つの影があった。
「リュカさん! 危ない!」
「ッ!」
【炎弾】
リュカは、その声に合わせて右に飛んだ。刹那、彼女がいたはずの場所を通って一つの炎の弾が通り過ぎ、背後から彼女のことを手に持った木の棒で叩き潰そうとした山賊に当たった。
「ぐぎゃぁぁ!!」
男は、炎に包まれて崩れ落ちる。その後多少の時間は生きていたようでその身を捩っていたが、しばらくしたらピタリと止まり二度と動かなくなってしまった。
リュカは、その魔法を放った人間を木の影に見つけると言う。
「クラク! 炎魔法は使わないで! 木に燃え移る!!」
「は、はい!!」
命を助けてもらったというのにダメ出しをするなんて、と思うかもしれないがこの状況で炎魔法を無理に使う必要があったのかを考えればわかってもらえるかもしれない。
ここは山の中。木々に囲まれているこの状態で炎なんて使って、引火したら山火事となり大惨事になる恐れがあった。
自分たちはエイミーが暮らす山を守るために戦っているのではないのか。その山を焼失させてしまえば、何のために戦っていたのかわからなくなってしまう。
クラクは、確かに魔法の使い方に難があるが、水系統の魔法や土系統の魔法も使うことができる。この場合、水系統の魔法で攻撃しても簡単に敵を倒すことができたはずなのだ。
このことは、後々戦いの復習をする機会ができたときにじっくりと話すべきだろう。
この状況を、生き残ることができれば。
「右に二人、左に四人……」
今は、目の前に存在している敵を倒さなければ。魔力を目に集めて見ると、右前方の木影に二人が、左前方には四人の山賊の姿があった。どうやら、その六人で最後の様子。
ならばと、リュカは飛び上がると左側の木のすぐ横にある木の側面を足場として使い、思いっきりの力を込めて山賊がいる方へと襲い掛かった。
「ふあぁぁぁ!!」
「う、上からだとッ!」
声を上げながら突貫してくるリュカに対し、右側にいた二人も含めて目線が集まった瞬間だった。
「クラク!」
「はい!!」
クラクは足元に魔力を集めて自分の走力をあげ、右側の木の影にいた二人に向け走った。
二人は、ちょうど目線がリュカに向いていたために彼女の接近にほとんど気がつくことができず、対処が遅れてしまった。一方リュカ側にいた四人もまた、上から矢のように鋭く飛びついてきたリュカに対応することができず、あろうことか地面への着地まで許してしまった。
そしてーーー。
「こ、ば……」
気がついたときにはもう遅い。四人の体は上から下へと真っ二つに斬られてその場に倒れ込んだ。四人とも脳幹から先に斬っていったから即死したはずだ。リュカは、その二つずつに分かれた山賊の身体を一瞥すると、クラクの方を向く。
「やった、リュカさん! 私にもやれました!!」
どうやらそっちも戦闘は終わっていたようだ。いや、彼女が飛び込んだ時間から言って、もしかしたら戦闘にすらなっていなかったのかもしれない。とにかく、これで“最初に見た”山賊は倒し切ったはずだ。
「油断しないでクラク! 敵がどこからくるのかわからない!」
「は、はい!!」
そう、ここは森の奥深く。死角が多いこの中で油断なんてしていたら命取りだ。先程もその死角を利用することによってクラクが瞬時に山賊たちの懐に飛び込むことができたのだから、その有用性と怖さを知っている二人は最大限の警戒を続けることにした。
「ッ!」
しかし、その決断はあまりにも遅すぎたのかもしれない。
「きゃぁ!」
「クラク! ッ!!」
クラクのかすかな叫び声に気づいたリュカが彼女の方を見た。すると、そこにはクラクともう一人、山賊らしき男の姿があった。
「へへへ、動くんじゃねぇぞ」
「りゅ、かさん……」
山賊は、クラクの背後からその首根っこに腕を絡ませている。彼女の声を聞く限りどうにも苦しそうだ。おそらく、気道が塞がってしまっている。後もう少しだけ締め上げればクラクを窒息死させる、もしくは首の骨を粉砕することも容易であろう。
クラクもまた必死で逃げようと頑張ってはいるようだ。リストバンドの魔力をリュカのように小出しにせず、最大限にまで解放させれば簡単に逃げることはできるのだろうが、しかし命の危機に瀕して恐慌状態となっている彼女にはそんな考えは思いついていないようだ。
「人質を取るなんて……」
「卑怯結構! 最後に勝てばいいのよ!」
「えぇ、その通りよ……油断していた、私『たち』が悪いわね……」
「リュカさん……」
戦場において、いかなる手段を用いても勝たなければならない。それが、命のやりとりという物なのだ。リュカは、それをよく知っていた。だからこそ、山賊たちがクラクを人質にした行為に関しても肯定する。自分だって、似たような状況になったら同じことをしていたのかもしれない。
全ては、油断して周囲の警戒を僅か『一秒』足らず怠ったクラク、そして自分自身の蒔いた種だ。もしも自分がもっと周囲を深く警戒していたらこんな状況に陥らなかっただろう。まったく、いつまで経っても自分は未熟そのものだ。溜め息をついたリュカは聞く。
「それで、何がお望みなわけ?」
「そうだな、まずは武器をこっちに渡せ」
「……」
武器、とりあえず手に持った天狩刀『だけ』でいいのだろうか。リュカは、刀を鞘に収めるとそれを腰から抜き、男の足元に向けて投げる。もちろんそれだけで満足するような男ではないだろう。
「よし、そうだな、次は裸にでもなってもらおうか?」
「へへへ」
と、男がいった瞬間に木の後ろにかくれていたであろう山賊たちが続々と現れた。まさかこれだけの人数が近寄っていたのか、あるいは自分がクラクを人質としている男と交渉をしている最中に近づいてきていたのか。定かではないが、しかしあまりにも想像通りの要求すぎて笑ってしまう。
「欲望に忠実ってわけね……さすが男ってわけね……」
おそらく、この山に登ったのもそれが理由。そうでなければあんな険しい崖を登ることなんてできないであろう。
それにしても、人質を取ったらすぐに女の裸、多分ソレ以降も要求するなんて、どうして男というものはこうも自分の欲求に忠実であるのだろうか。
いや、自分が枯れているだけで女もそうなのかもしれないが、ともかくなかなか鎧すらも脱ごうとしないリュカに剛を煮やした男は叫ぶ。
「つべこべ言わずに服を脱げ! この女を殺されてぇのか!」
といって、クラクの喉元に剣を突きつける男。このまま男を挑発していたら、クラクの命は無いはずだ。おちょくるのもここまでか。
「そう焦らないで……すぐに済ませるから……」
「ッ!」
といって、クラクは身につけていたある物を外す。ソレを見たクラクは、何かに気がついたようで、目を瞑った。
まさか、彼女はアレを使うつもりなのか。自分が、トオガとの戦が終わった二日後くらいに適切な処置をせずにリストバンドを外してとんでもない事態を引き起こした。あの大ポカをこの状況で使うつもりなのか。なんと恐ろしいことを考えるのだろう。
しかし、その意味も知らない男は怪訝な反応を見せる。
「何の真似だ!?」
男がそう言うのも無理はない。彼女が外したのは、鎧でもその下にある服でも、ましてや彼らがしらない下着という種類の服でもなかった。
彼女が外したもの、それは手に巻いていた真っ黒の物体。リストバンドだったのだ。
「このリストバンドの中には私の魔力がこもっている。私にとって一番欠かすことのできない服からとって……!」
リュカは、そのリストバンドを男めがけて下から上へと放り投げた。
すると、山賊たちが全く予想していなかった事態が起こる。
「何が悪いの?」
彼女の手から離れ、空中に放り投げられた直後、リストバンドは光を放ち始めたのだ。その光量は徐々に徐々に増していき、ついには昼間の太陽にも迫る強さで輝きを放ち始めた。
「な、何だこ」
光源は、元々も月の光だけだった。辺りはすっかり真夜中で、光に目が慣れていない人間が、そんな強い光を間近であびるとどうなってしまうのか。
誰の目にも明らかだった。
目が光に潰されんが如くに焼きつき、怯んだ男は、光という恐怖から目を守ろうとナイフを持った手で自分の顔を守ろうとした。それが、彼にとっての命取りとなった。
「ハァッ!」
「ゴッ!?」
リュカは、瞬時に男に近寄ると光を遮断するために目を閉じたまま、感覚で男の顔を探りあて、隠し持っていた短剣をその顔に突き刺した。
これで、まずはクラクを助け出すことに成功した。後、四人。
それにしても、なぜ、リストバンドが光り出したのか。
この現象、原理として説明するのは簡単なことだ。要は、リストバンドの中に溜まっていた魔力が放散しているだけなのである。
本来リストバンドに溜まった魔力は、時間が経てばゆっくりと放散していく。それは、リストバンドにたまる魔力量にも限界があるし、何らかの理由で全ての魔力が急激に着用者本人の体に一気に逆流してしまったら危険であるからだ。
だが、それはリストバンドを着用者本人が付けている場合のこと。もしもその体から離れてしまえば、リストバンドは急激にその中の魔力を空気中へと放散させる。
風船の穴を塞いでいるうちは空気は抜けていかないが、手を離してしまえば急激に空気が抜けて萎んでいくあれと同じであると考えてもらっていい。
今も森の中をてらす光は、全てリュカの魔力が作り出した光である。しかしこれはまだ序の口、徐々に徐々に魔力が放出されているだけで、危険性は一切ない。この光が収まった直後が怖いのだ。
「確か、こっちの方!!」
その前に、あと二、三人は殺さなければ。リュカは、死して脱力した男の手からナイフを取り上げると、目を瞑ったまま山賊の仲間がいたであろう方向にソレを投げた。
それから数秒後、彼女の耳に男の叫び声が聞こえてきた。
「ぐあぁぁぁぁ!! あ、あぁ!!」
「浅い!!」
どうやら仕留めきれなかったらしい。ちゃんと心臓部分を狙ったはずなのだが、男が動いたのか、自分の狙いがずれてしまったのか、致命傷を与えることに失敗したようだ。
魔力が放散されているために目に魔力を集めても周囲の状況が分からないと言うことも失敗した原因だった。次こそは、苦しませずに殺さなければならない。
「め、目が!!?」
「そこ!!」
「ガッ!」
今度は確実。声が聞こえてきた方に向けて短剣を向け、突撃したリュカ。今度は、小さい断末魔のような声も聞こえてきた。これは、確実に殺すことができたという手応えを感じ取り、短剣を抜く。
「後二人!」
これで、傷を負わせた一人を除くと後二人だったはずだ。時間切れになる前に倒さなければ。
はやる気持ちを抑えることのできないリュカ。しかし、ことすでにおそし。既に、彼女に時間は残されていなかった。
「ッ!」
音が、消えた。まるで何かに吸い込まれてしまったかのようにあたり一面の音が無くなり、再びその山が闇に包まれた。まるで、これから起こる現象に山全体が怯えているかのよう。
さっきまで生きていたはずの木からも生命が吸い取られたかのように何も感じない。
クラクは、これから起こる現象に耐えるためにすぐ近くにあった木にしがみついた。これから何が起こるのか知っている彼女は、リュカにも声をかけようとした。しかし、声が出なかった。前にやらかしたときに、その衝撃を間近で受けた恐怖が、声を外に出すことを拒んだのだ。
だが、リュカは自分がやらかしたときのことを事後報告で聞いているはずだから、何らかの対処をしているかもしれない。そう信じて、彼女は目一杯に全身に力を入れた。
その瞬間だった。
「ッ!!」
あの時は、自分の部屋だけじゃなく、二つ隣の部屋まで吹き飛ばしていたっけ。と、まるで他人事のようにクラクは微笑む。そんな彼女の横を、少女が吹き飛ばされていたことなんて、露も知らぬことであった。




