第十一話
聞こえぬか、この自然たちの悲鳴が。
絨毯のように生い茂った草が、無慈悲に踏まれる音が聞こえる。
来ないでくれと叫ぶかのように、騒ついている木々の葉の音が聞こえる。
こんな空気を吸いたくないという花々たちの痛ましい声が聞こえる。
住処を荒らすなという獣たちの声もまた同じく。
だが、彼らの耳にそんなか弱き声が届くことはない。なぜなら、彼らのする事はいつも同じだったから。
ただただ目の前にあるものを踏み荒らし、叫び声も無視して奪い去り、痛々しく散らすのみ。
今までだってそうしてきた。目ぼしい人間がいれば、例えそれがどんな身分で、どこで暮らしているかなんて考えずに攫い、自分達の根城へと連れていく。
ただ欲望のままに生きる男たち。それが、山賊。
今、その山賊たちが決して足を踏み入れてはならない場所へと入っていった。
「この山、結構広いじゃねぇか……」
「おい、本当にこんなところに女がいるのか?」
「あぁ、間違いない。捕まえた伝書鳥の手紙にそう書いていたんだからな……」
と、その山賊の一団を率いている男が言った。伝書鳥、というのはリュカたちが昼間、山の調査報告書を足に括り付けて飛ばした鳥のことだ。
一人の男が、たまたまその伝書鳥が飛んでいるところを発見。食糧になると思い、矢で射落としてからその手紙を発見した。
そして、その中身を確認した男は山賊の頭に報告した。
山に、二人の女の子、エイミーとキンという可憐な少女がいる。
そんないい女がいるのなら、俺たちが貰ってしまおう。そんな、邪な考えを持ってこの山に来た。
しかしいざ入山してみると、存外に広大な敷地と、見たことのないほどの巨木がうっそうと生い茂っているため視界は不良。
人が通った跡は見つけたものの、それがどこに続いているのかもいつのまにか分からなくなり、女を見つけることができないでいた。
故に、三つの班に分かれて探索することとなったのだ。
「けど、こんなに広いんじゃ探しようもねぇぜ……」
と、山賊の一人がそう愚痴をこぼした。
確かに、それはその一団を率いていた男も薄々は気が付いていた。しかし、いくら文句を言ったところで、頭の決めたことに歯向かえば待っているのは死のみ。
ここは、口を動かす前に足を動かせと、一団の指揮官が叱ろうとした。
が。
「探さなくてもイイわよ」
「なに?」
その口が開くことは永遠になかった。
どこからともなく聞こえてきた声。声質からすると女性の物だが、真っ暗の森の中。その声の主を見つけることは叶わない。
そして、男は気がついてない。自分に向けて、一本の煌めく刀身が飛んできているということを。
「グッ!」
男には見えていないソレは、空中で突如として変形。刀身に次々とヒビが入り、次の瞬間にはそれぞれ見事に等間隔にバラバラとなった。
破片の様にも見える存在に様変わりした刀身は、それぞれが剣の柄から伸びる紐のようなもので繋がっており、その姿はさながら池に糸を投げる釣り竿のようにも見える。
また、その刀身は、その速度を一切落とす事なく男たちの元に向かっていきーーー。
「ぐあぁぁ!!?」
「ぎゃぁ!」
気がついた時には、男達の体をいくつもの欠片に分断し、その命をことごとく奪っていった。
あたかも、ガラス欠で身体を斬ったかのように。バラバラに刃物に当たった男達は倒れ、二度と動かない者が多数。
この攻撃による死亡は合計六人。山賊の残り後十四人もいくらかは負傷を負ってその場にうずくまる。
「え? なっ……」
そのすぐ後ろにいたこの中では数少ない無傷な一人だった。しかし、男は目の前で起こった意味不明な事態に頭を悩ませることになる。
気がついた時には、目の前にいた指揮官の男の体がいくつも分断され、地面に力なく落ちていった。
一体なんだその攻撃。魔法の一つである剣閃。いや、だったらこんなに切り刻まれるわけがないし、魔力残渣も残ってるはず。
ならなんだ。どうして、仲間が殺された。どうやって、一度に六人を殺すことができた。
男は、足元に落ちた刀の欠片を徐に拾おうとした。それは、その状況を作り出した原因を知りたかったという好奇心がなせる技だったのかもしれない。
自分が、それに殺されるという可能性を一切考えずとった行動だと、彼は知ることなくその人生を終えることとなった。
「遅い!!」
「ぎゃッ!!」
しゃがもうとした男は、長細い二つの水の魔法にその首を刎ねられてしまった。
それだけじゃない。水の魔法で作られたソレは、さらに後ろにいる山賊たちを殺そうとする。
「な、なんだ!!?」
「くっ!」
「ヒィィ!!」
山賊たちは、大怪我を負っている一人を除いて左右に避けていった。
その男は、足に深い傷を負っていて、今助けたところで治す手段なんて皆無。
残念だが、その男の命はもう風前の灯であろう。そう、左右によけていた山賊は考えていた。しかしーーー。
「こ、こっちに曲がって!!?」
風前の灯だったのは、左右に避けた人間たちの方だったらしい。
二つの水の魔法は、大怪我をした男には目もくれずに、それぞれに左右にわかれていった。
そして、避けたはずの山賊たちの命までも、頭を、身体を切り裂いていくことによって次々と奪っていく。
水の魔法が通り過ぎた道には、血で彩られた道ができていた。そんなもの、山賊が見れるはずもないのだが。
しかし、彼は、唯一生き残っていたたった一人の男は恐怖に震えながら血で彩られた道を見ることができた。
が、できるのはそれだけ。目の前で起こった全ての凶行に怯え、動けない。きっと、足を怪我してなかったとしても動けまい。
つい数秒前までは、大勢の仲間たちと一緒に歩いていたはずだった。
そして、何気ない会話を交わしていたはずだった。
笑っていたはずだった。
それなのに、たったの数秒でその景色は終わってしまった。
訳のわからない剣と、空中で突然曲がる不思議な魔法によって。
「つかえるわね、このぶめらーん」
「ヒッ……」
怯える男の前に一人の女性が現れた。
リュカ分隊の一員であるタリンだ。彼女は、男のことなんて目もくれずに、すぐ後ろの木から降りたばかりのサレナに向けて言った。
「ぶめらーん?」
サレナは、魚を釣り上げるかのように一度剣を振ると、地面に落ちていた剣の刀身たちがあたかも生き物のようにその剣に戻っていき、一つの普通の剣へとその姿を変えた。
「リュカが言ってたの。まるでぶーめらんみたいって。彼女がいうには、狩猟道具だって」
二人は、どちらかといえば正統派の団員だった。本の頁を魔法に使うレラや、自分の爪や牙で戦うケセラ・セラとは違い、剣と魔法で戦うよく言えば、クセのない人間。悪く言えば、凡庸な人間。
しかし、そんな普通の戦い方じゃ、この先リュカたちや騎士団についていくのが難しくなってくる。
そう、昼間のリュカとエイミーの戦いを見て思い知らされた。
だから、自分達にしかできない戦い方をしようと模索した結果生み出したのが、この二つ。
無論二人だけで考え出した戦闘方法じゃない。リュカやその他の仲間たちとも一緒に考えた。
そして編み出した。剣をバラバラにして飛ばす≪粉砕斬剣≫と、細長く、中央でほぼ直角に曲がって、ある位置までくると自動的に曲がる≪ぶめらーん(ここからはブメラーンと表記する)≫という剣技と、魔法を。
そんな急拵えの戦いが成功できたのは、ひとえにレラのおかげだった。
彼女が、自分達の思いつきを現実に変えるために魔力量、軌道、そして魔力の形までその類まれな頭脳を用いる事によって計算し、彼女たちに伝えていたのだ。
その計算の答えを教えてもらっただけで成功させてしまう彼女たちの才能も凄い。しかし、それ以上に二人の想像力が計り知れないものがあるように感じる。
この部隊の強みは、想像力、そしてそれを行動に移せる実行力であった、のかもしれない。
「へぇ、そう……って、なんでわざわざちょっと変えたの?」
確かに、リュカがその戦法を見た時、彼女は『ブーメランみたい』と言っていた。
だから、そのまんまブーメラン、でもいいのだが。
「そのまんまってのも、面白くないでしょ?」
「確かに……」
つまり、ちょっとしたお茶目。が、それが今命の危機に瀕している男にとっては寧ろ恐怖心を煽る者だった。
笑っている。暗くてよく顔が見えない。しかし、その女共はまるで主婦が道端で井戸端会議をするときのように笑っていたのだ。
もしかしたら、いまここで魔法を放てば二人のことを殺すことができるかもしれない。だが、実行に移すことなんてできない。
それが、彼の弱さだった。
「ひ、ヒィ……」
「さて……あと一人……」
「ぎゃァァァァァ!!」
その後、彼は彼女たちの魔法の実験台代わりにされることとなった。思えば、その夜一番酷い死に方をしたのは彼、だったのかもしれない。
「な、なんだ!? なんの騒ぎだ一体!!?」
突如として山に響いた男の悲鳴に、別の場所を捜索していた一団は騒然となった。まさか、獣に、あるいは山にいるという女たちにやられたのか。
いや、あるいはあの伝書鳥をミウコに送った調査団の人間。
どれにしても、今の自分達は命の危険にさらされている。それは、今耳に聞こえてくる仲間と思わしき断末魔が鮮明に表していた。
このまま進むべきか、それとも他の仲間の一団と合流するべきかと思案しようとした。その時だった。
「ガル!!」
「え……!」
その首筋に、何かが噛み付いた。その傷は深く、動脈にまで達していて、男は断末魔の一つも挙げることもできずにその命を天に散らす事になった。
そんな姿を目の前で見たものだから、その男に従っていた山賊たちは皆、恐慌状態となる。
「け、獣か!?」
こんな攻撃を仕掛けてくるのだから、きっと相手は鋭い牙を持つ獣のはず。そう思っていた山賊はしかし,その考えが誤っていたということにすぐに気がついた。
「い、いや……」
「グルルルルル……」
月明かり。いや違う。髪が発光しているのだ。
蒼色に。
この髪色、まさか厄子か。それに、その灯りに照らされた体をよくみると、とても小さいように感じる。
「子供!?」
子供だ。子供がこんな残酷なことを成し遂げたという事実に恐怖する男たち。しかし、それは、彼らが取る行動としては間違えだった。
目前に敵がいるという状況、ここで彼らがするべき行動は、敵に、厄子に恐怖するということじゃない。
魔法を放つなどの行動だ。ソレさえしておけば、その後の悲劇を回避することができたかもしれないのに。
「ガル!!」
「グアァァァ!!」
子供、ケセラ・セラは爪に魔力を集めると、男の胸を貫いてその心臓を潰した。
ちょっと前だったらその感触に気色の悪い違和感を感じていた。だが、今ではもう慣れたもの。ケセラ・セラはその男の胸から手を抜くと、その体が倒れ伏せる前に次々と男たちの体を切り刻んでいった。
一人、二人、三人、四人。上から下に、真っ二つに斬られた男もいる。その早さ、縦横無尽に動く彼女の姿を山賊程度が目で追うにはあまりも力不足だった。
「ひ、ひぃ!!」
ここはもう逃げるしかない。なんとか攻撃対象から外れていた数人の男は、獣よりも凶暴な少女から離れるために背を向けて走り出した。
それが、自分達の寿命を縮めるものだとは知らずに。
「あ……」
逃げ出した男たち。数秒後には、その首は全て地面に熟した果実のように落ちていた。
もしかしたら、自分達が殺された事にも気が付かなかったのかもしれない。ソレほどまでに静かに、そして鮮やかな暗殺に近い殺し方。
それを成した紙は、木の上からケセラ・セラを眺めている少女の手元の、本の中に戻る。
「敵に無防備で背を向けて逃げるなんて、判断が甘いわね……」
レラだ。
レラは、ケセラ・セラが最後の一人を殺し終えたことを見ると、木から飛び降り、あたりを見渡した。
とても酷い有様だ。まさしく、獣に襲われた一団のようにバラバラにされた人間達の姿。
レラは、必死に自分の口から血を吐き出そうとしているケセラ・セラに近づいた。
「ぺッ、ペッ……」
「ケセラ・セラ……相手に噛み付くのはそろそろやめた方がいいわよ」
彼女がそういうのも無理はない。この手の山に住んでいる山賊は、風呂に入るのも週に何回あるかどうかわからない。だから、確実にその体表には変な菌が付着しているはずなのだ。
というよりも、その血事態にも伝染病が隠されている可能性もある。だから、ケセラ・セラはことあるごとにレラや他の仲間たちからも噛みつき攻撃はもうやめた方がいいといわれているのだ。
「わかってるけど……癖になっちゃって」
しかし、森の中で過ごしていた時からずっと使っていた攻撃方法をすぐに変えることなんてできない。ダメだとはわかっているが、確実にその首筋を狙って殺す方法として適しているこの攻撃方法を正すなんてできないのだ。
「仕方ないわね……」
そう言いながら、レラは懐から一枚の布、そして昼間にくんできていた水の入った水筒を差し出す。
「ありがとう。レラ」
そう言ってから、水で口の中を濯ぐケセラ・セラ。何者にも汚されていない新鮮な水の味が、口の中を支配していた血の味を洗い流してくれる。
一瞬の、静寂の時がその場を支配した。後に思えば、この静寂こそが、≪嵐≫の前の静けさだったのかもしれない。
「「ッ!」」
気配を感じる。何者かが迫ってくる気配。それに、この魔力の量。同じことを考えたふたりは、一気に臨戦体制を整えるとその気配が迫ってくるのを待った。
そしてーーー。
「おうりゃぁ!!」
草むらから飛び出したその男の攻撃を二人同時に横に飛んで回避した。
その瞬間、斧が叩き落とされた地面を真っ直ぐ進む衝撃波。真っ直ぐに地面が抉れ、その地肌が晒される。おそらく、その斧に魔力を込めていたのだろう。
巨大な斧。これまでの戦いでも見たことがないほどの大きさだ。こんなもので叩かれようものならひとたまりもないだろう。
「へ、へ、へ……女が二匹、本当だったようだな……」
男は、斧を肩に軽く担ぐと左右にいるケセラ・セラ、レラのことをそれぞれに見ながらそう言った。
「こいつ……」
「強い……?」
随分と強力な魔力。ソレだけでみるのならば、おそらくカナリアと同等程度の魔力量と質をもっているのだろう。
もし、その魔力を存分に発揮できるのであれば、この男は間違いなく強敵になるのは間違いない。
「ほう、俺様の魔力を見て判断したか……」
男は、自分の魔力を見て強さを判断した二人の少女に敬意を払うかのように言う。
「俺は、ムバラク山賊団一の斧使い、ダンナ。俺たちの根城に持って帰る前に、すこしおねんねしていてもらうぜ!」
「ッ!」
男、ダンナは斧を振り上げた。




