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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第7章 桃色の拳、無敵のおまじない

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第九話

 自分は、人間が嫌いというわけじゃない。

 ただ、あまりに人と会わなすぎただけだ。そのせいなのだろう。今まで食べたことのないような美味しいご馳走を食べてもそれほど心が満たされなかったのは。

 今まで生でしか食べてこなかった獣の肉。それが、ただ焼くと言う動作を加えるだけであれほど美味しくなるなんて、夢にも思わなかった。それなのに、どうしてこんなにも心が満たされない。どうして、こんなにも師匠と仲良く話している誰かを見ているとモヤモヤとしてくる。

 それは、嫉妬心というもの。これまで独占していた憧れの人を他人に奪われるかもしれないという恐怖だった。しかし、まだ幼かった彼女はそんな心理を知ることなんてできない。だから、彼女の中のモヤモヤはずっと燻ったままとなってしまっていたのだ。

 そんな感情を持ったままで、その感情の矛先となった人間たちと一緒に寝るなんて、そんな図太い神経まだ彼女にはなかった。だから、少女もまたエイミーと同じように天幕から抜け出して、たった一人で星空を見上げていた。あまりにも見飽きた獣の骨のように細かいソレを。


『キン、どうしたの?』

『ケセラ・セラ。それにヴァーティー……』


 そこに現れたのはケセラ・セラとヴァーティーだ。天幕から出ていくときに彼女たちに気がつかれていたようで、こっそりとあとを付いてきたそうだ。ちなみに、ケセラ・セラもまたリュカと同じような癖を持っていたが、流石に今回は同行者がいてくれたからか、服を着た方がいいと助言を受けて、ここに辿り着くまでにすでに着用済みだ。


『たくさん人がいる場所は慣れなくて……』

『そうなんだ……』

「キンはなんて?」

『人が多いところは慣れないんだって』


 ケセラ・セラはキンの言葉をこの世界の言葉に翻訳してヴァーティーに伝える。今の自分達の中で獣語を話すことができるのは、さらにどちらの言葉も話すことができるのはリュカとケセラ・セラの二人だけだから彼女が通訳に入らなければ、キンと話すことができないというのも考えものだ。


「そう……私もそうよ。六人でずっと共同生活をしていたから……」

『ヴァーティーはなんて?』

『私も同じだって……』

『そうなんだ……』


 ヴァーティーの言葉もまた、ケセラ・セラは獣語に翻訳する。なお、今後は手間を省くためにこの描写を特記する場合を除いて省略することとする。


「御免なさい、ケセラ・セラ。私も、獣語が使えれば良かったのに……」

「ううん。大丈夫」

『それを言うなら、私だって、普通の言葉を使えればみんなとも仲良くなれたのに……』


 こう言う時、相手の言葉を理解できない、話すことができないというのは不便極まりない。それどころかソレを翻訳することになるケセラ・セラにとても申し訳が立たない。もし自分も相手の言葉がわかったら、そうすれば他の皆んなとも友達になることができたのに、そうすれば先ほどから胸に残るこのもやもやも解消できるかもしれないのにと、キンはガッカリとしていた。

 しかし、ヴァーティーはそうは思っていなかった。


「別に言葉の違いなんて関係ないわ」


 そう言いながら、彼女の背後からその肩を抱いたヴァーティは呟く。


「だって、私たちはもう友達じゃない」


 まだ翻訳はされていない。というよりもケセラ・セラの耳にも聞こえてこなかったほどのその小声が、彼女に伝わるわけなんてない。

 けど、キンにはなぜかその言葉が分かっていた。もはや感情はおろか感覚でしか伝わらないような言葉を理解できたと言うことは、その言葉だけでも確信した。


『ヴァーティー……ありがとう』

「フフッ……」


 こうしてみると、まるで自分にもう一人妹が増えたようだという気分になる。だが、それは気分だけ。彼女にはエイミーという頼れる師匠がいてくれるのだ。だから、こうして慰めるのはこれで最後になるかもしれない。キンは、決してその肌の感覚を忘れないように心に誓い、ヴァーティーの次の言葉に耳を傾ける。

 すると、ヴァーティーは、まるで遠い昔に死んだ友達を見るかのように悲しげな優しい顔を見せる。それが、とても愛おしくて、ソレと同時になんだか悲しく映ってしまうのは何故であろうか。


「それにして、不思議ね。私たち、初めてあった気がしないわ」

「あ、それ私も思ってた!」

『不思議だね、私もだよ……』


 そう、実は三人は最初に出会ったころから同じ考え、どこかで既視感のようなものを感じていたのだ。初めて会った気がしないというのは、そういうことが理由であり、そしてソレと同時にどうしてそんな気持ちになることができるのかと、なんだか言いようのない気分に陥ってしまう。


『前世……』

「え?」

「何て?」


 ふと、キンが呟いた。思わぬその言葉に、ケセラ・セラも翻訳することを一瞬だけ忘れてしまうほどだ。キンはさらにつづける。


『お師匠様が言っていた。前世の記憶、それが自分にはあるんだって……』


 赤ん坊の記憶を持っているというのも、別に彼女がそういう能力を持っていたからという訳じゃない。彼女が前世で死んだ後、その地続きでこの世界に産まれ直したから記憶していたに過ぎないのだとか。


「前世なんて、そんなの……って、私もその前世っぽい記憶持ってたっけ……」

「そうなの?」


 否定しようとしたヴァーティーだったが、考えてみれば自分もそう言った感じの記憶を持っていたということを思い出した。妹たちにことあるごとに言っていた、夢物語の中の一節のように不可思議で、そしてあり得ないような光景。


「そう。山のように巨大な建物や、空を飛ぶ機械の鳥。今覚えば、あれも前世の記憶なのかもしれない」

『だったら、もしかして私たち、前世のどこかで会ってたのかもしれないね!』

「それなら、その私たちがこっちでも出会えたのは……奇跡みたいなものね」

『そうだね』


 もしもそうだったら、本当に奇跡だ。まぁ、前世で自分達が寿命で死んで、それで今世で再開したというのならば完璧なのだが、もしも事故死や他死といった寿命が尽きる前に何らかの理由で死んだというのならば、それはそれで悲しい再会ということになるのだが。


「これもまた運命力の為せる技……なのかもしれないわね……」

「?」


 ヴァーティーは、ケセラ・セラに聞こえないように呟いた。

 そう。例えどれだけ不可思議な状況であったとしても、彼女たちヴァルキリーの運命を自動的に操作する力が作用した可能性がある。いや、そうじゃなかったらこんな奇跡は起こらないだろう。


「ところでヴァーティー……まだそのりすとばんど? の効果は出ないの?」

「……」


 ケセラ・セラが、ヴァーティーの腕にはめているソレを指差して言った。そう、実は彼女はいまだにリストバンドから魔力を抽出する方法、その鍵となる物を見つけられていないのだ。


「早くその鍵を見つけないと、このままじゃトネルの負担がかかりっぱなしで申し訳ないわ……」


 今も、こうして自分達が話をしている中でもトネルはリュカ分隊が獣などに襲われることのないように天幕を張って防御してくれている。毎日毎日防御魔法を使用していた自分達にとっては、寝ている間、意識していなくても防御魔法を出すなんてもう慣れたものだが、しかしだからといってこのままトネルだけに負担をかけ続けることなんてできない。

 彼女たちの姉として、そして防御魔法の使い手ヴァーティーとしての誇りにかけて、なかまたちのことを守らないと。ただそれだけが彼女の生きる理由であった。


「どうして、ヴァーティーは、そんなに守ることにこだわっているの?」


 何気なしにケセラ・セラは聞いた。ヴァーティーは、ソレに対してほほえみ、頭を撫でて言った。


「だって私はみんなの姉だから。みんなを危険に晒さないように守らないと……それは、あなたのお姉ちゃんもそうでしょ?」

「……」


 ヴァーティーは、リュカがケセラ・セラを守るために強くなろうとしてる。彼女のことを守るために、彼女のために戦っているのだと、そう思っていた。

 が、ケセラ・セラはそうは考えていなかった。


「どうかな?」

「え?」

「お姉ちゃんは確かに私のことを守ろうとしているかもしれないけど……危険に晒さないようにっていうのなら、どうして私も戦場に連れてってくれるんだろう?」

「確かに……」


 危険に晒したくないというのならば、自分の妹を戦場に連れていくなんて危険な真似するだろうか。それは、彼女のことを守ろうというヴァーティーの考えとも完全に矛盾してしまう。

 それに、とケセラ・セラはいう。


「私だって、お姉ちゃんのことを守りたい。だから、私も強くならないと……お姉ちゃんを守るために」


 それは、誰にも弄ばれていないケセラ・セラ自身の本心だった。それがあるからこそ、彼女はただ守られているだけの自分じゃ嫌だと、自分もまた戦って、姉のことを守りたいとそうおもうようになった。だから、彼女は今のように強くなることができたのだ。そしてそれはキン、そしてキンの師匠であるエイミーもそうだった。


『お師匠様も、私のことを今の今まで守ってきてくれた。でも、それと同時に自分で自分のことを守れるように鍛えてくれた』


 エイミーもまた、五歳になる時まで育ててくれた女性がいた。だが、その女性はエイミーが自分で自分の身を守れるようになって、自分の力が必要ないということがわかると去っていったそうだ。それは、ただ守られるだけじゃ本当の強さというものを手に入れることができないとわかっていたからなのではないだろうか。

 本当の強さとは、ただ一方的に守ることができる存在じゃない。守り守られる、そんな相互関係が成立できる関係のことを言うのだ。と、思う。


「私には、そんな勇気ないな……」

「どうして?」

「どうしてって……」


 どうしてなのだろう。分からない。今の彼女にはわかるはずがなかった。少なくとも、一人で戦っているうちはわかるはずも、そしてリストバンドが真の力をはっきするはずも、サラサラなかった。

 いつかきっと、わかるはず。でも、そのいつかがいつ来るかわかった物じゃない。少なくとも、今ここでそのいつかがこなければ彼女たちの身に迫る危険は回避できない。

 そう、この時彼女たちには危機が迫っていたのだ。


『この気配!』

『え?』


 その日二度目の、山がざわついた瞬間であった。

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