第七話
なんだか、前世でみた忍者漫画の世界観だなと思いながら、二人の少女の戦いは続いていた。
人一人が乗っても丈夫な枝を足場とし、追いかけっこをしている形となっている二人。なんという身軽さなのだろうか。
ただ足場となる枝を見つけて飛び乗るのに必死な自分と違い、エイミーはまるで遊び場で遊ぶ子供のような無邪気さを見せながら、時折枝を掴んで一回転したりと遊び心を隠していない。しかし、それでいて絶対に自分から目を逸らさない。
彼女もわかっているのだ。自分がとても鈍重であるということ。そのために、乗る枝を選んでいかなければならないということを。
それもそうだろう。自分はいつものように父の身体から作った鎧を着込んでいる。その重さは、普通の鎧よりもマシではあるものの、しかし十分に重かった。だから、少しでも太い枝に乗らなければ体重で枝が根本からおれ、地面に叩き落とされる。そんな隙を見せてしまったら、間違いなく自分には死が待っているのは明確。
だが、このまま追いつけなければ自分の勝ちもないということも明白だ。なんとしてでも追いつかなければ。
「ふふ……」
その時だ。不敵な笑みを浮かべて枝に足をかけて逆さまになっているエイミーは、一本のクナイを投げてきた。
彼女と一緒にいた少女が持っていたのだ。彼女も持っていてもおかしくはないだろう。しかし、空中にいるとはいえ、クナイ一本を叩き落とすのは造作もないことだ。リュカは、鞘から刀を抜いた。
いや、違う。
クナイから感じた殺気。投げた本人から殺気がするのであればまだわかる。しかし、クナイ自身から殺気が感じられるのはおかしい。何かがある。しかし、叩き落とさなければクナイが自分の顔に突き刺さってしまう。
リュカは、他に手段を考える時間もなく、クナイを叩き落とすしかなかった。
すると、当たった瞬間。いや、当たる直前か、クナイは二つに分かれてリュカの左右からその後ろに飛んだ。
クナイの形をした獣だ。おそらく、元々二体いたのだろう。それが、合わさってクナイのような形に見えただけ。彼女の仲間が使っていたクナイが普通のクナイであったために油断していた。しかし、幸運だったのは例え彼女自身が殺気や魔力を抑え込んでもクナイの形をした獣自身が殺気を放ち続けていたことだ。おかげでクナイを退けることに成功した。
成功した。本当にそうか。背後から攻撃を仕掛けてくるであろうクナイを迎撃するために彼女が振り返ろうとした時、疑問が生じた。
あの獣、自分が刀を振り下ろした直前に分割した。それはまだいい。獣だって死にたくはないのだからよけるのは当たり前だ。だが、なぜその後素通りした。あのまま自分の頭なり肩なりを刺しつらぬこととだってできたはずなのに、どうしてそうしなかった。
それにこの状況。もしかしてこれは。そう考えたリュカは、振り返ろうとしたその顔をしかし、エイミーに向き直した。すると、ドンピシャだった。
『ハァッ!!』
『やっぱり!』
やはり、目の前に彼女。エイミーの姿があった。そう、それは先ほどの場所でのぶつかり合いの再現のような者だった。
自分が目の前にあった小さな穴に気を取られている隙に背後に周り攻撃を仕掛けてきた時。あれは偶発的なことだったのかもしれない。しかし、今回に限ってはおそらく狙って自分の視線をクナイ型の獣に誘導させたのだ。
その結果、自分は一瞬だけ、その獣を目で追おうとした。その瞬間に、本命である彼女が自分に対して攻撃を加えるという作戦だったのだろう。
しかし、もうそれは見切った。リュカは、今度は刀に魔力をこめて上から振り下ろした。魔力をこめた拳と魔力をこめた刀がぶつかり合う。
その瞬間怒った小規模な爆発。それ自体は二人の体を傷つけるには至らないほどの小さな物である。だが、周囲の木が大きく揺れているということ。木の中に隠れていた鳥たちが一斉に飛び立ったということから見てもその力が微々たる者ではなかったというしょうこになるだろう。
二人は、その爆発の力を追い風として同じ距離を引いた。だが、それがリュカにとって窮地となるのである。
たくさん乗る枝の候補があるエイミーに対し、彼女が乗ることができる枝は限られていると前述したが、見ると自分の背後にある木々の枝はどれもこれもが細くて、重い自分が乗ったら折れてしまいそうな物ばかり。このままのじぶんが乗れそうな枝はどこにも存在していなかった。
ならば。
『ッ! 鎧が、邪魔!!』
彼女の判断は早かった。リュカは空中ですぐさま鎧を脱ぎ捨てた。これで、細い枝であったとしても乗ることができるはず。
鎧の下にはエリスに以前作ってもらった服を着込んでいるためケセラ・セラの時のように裸になることはない。だが、これで圧倒的に防御力が落ち込んでしまったのは事実。おそらく、先ほどの彼女の攻撃が腹部に擦りでもすれば、たちまち致命傷になってしまうだろう。それに、鎧がないことによって最後の切り札たる龍才開花も使用不可。ここからは慎重に戦わなければ。
鎧は、自分の匂いが染み付いているためあとからケセラ・セラに頼んで探して貰えばいいのでそのまま放置し、彼女はすぐ近くの木の細い枝の上に乗った。ややしなったりはしたものの、折れて落ちることはなさそうで安心だ。
リュカは、一呼吸を入れると、自分のやや上にいるエイミーの姿を見る。
笑っている。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。遊んでいるかのように。どこかの山猿のようだ。
でも、どこか懐かしさを感じる。
それは、戦っている間中ずっとそうだった。
追いかけっこをするために森の中を走っている時、軽々と森の中の障害物を乗り越えていった時、そして枝の上に乗った時。その全てがとても懐かしく感じた。この感じ、前世で感じたそれと同じだった。
あれは、あの少女と知り合ってすぐのことだから小学一年生の時のことか。学校からの帰り道、もう一人の親友が風邪で休んだ時お見舞いに行こうという話になった。
そして、自分が近道を知っているというのでその彼女について行ったのだが。
「ほらほら、リュウちゃんこっちこっち!」
「まって、早いよ!!」
それがどの道もとても険しくて、本当に人が通る道を走っているのかと疑問に思うような道をいったりきたり。時には雑技団もびっくりというほどの回転技とかも加えて走る親友を、必死の形相で追う自分。
「これくらいできないと、私についてくるなんて100年早い!」
「というか、こんな道とおっていく必要ないんじゃないの?」
屋根の上に必死で登り、そう正論をいった自分に対して、少女は今も見ているような笑顔で言っていた。
「だって、少しくらい刺激がなかったら、人生楽しくないでしょ?」
と。そんな彼女に、自分もまた、笑顔で言っていた。
「ごもっとも!」
と。
その日からだった。自分が学校への登下校時、それから普通に買い物や遊びに行く時に普通じゃない走り方をしていたのは。全ては、彼女についていくため。いや、違う。彼女の笑顔をみたいがために。それがパルクールやフリーランニングという名前がついた競技の一種であると知ったのは中学生の時だった。
『ハァァ!!』
「ッ!」
思考が脱線しかけた自分。そんな隙、見逃すはずがなかったエイミーは、すぐさま枝から飛び蹴りをくらわそうとしてくる。
リュカは、腕を十の字にして防ぐと、押し返す。エイミーは、その腕を足場として一回転しながら地面に降りていった。今気がついたのだが、このあたり少しだけおかしくないだろうか。というか、自分が気がつくのが遅いだけなのであろうが。
明らかに、先ほどまでとは木の高さが違う。さっきまでは自分の身長の三倍くらいの大きさの木しかなかったはずなのに、今見たら、あからさまに十メートルくらいの高さのある木々ばかりが生えている。
別の山に移動した。いや、この山の近くに他にこんな縁縁とした山なんてなかったはずだ。では、ここは同じ山なのか。同じ山でもとても標高差のある木々が生えているなんて、不思議な山だ。そう考えながら、リュカは下に降りて行ったエイミーを追うのであった。
その頃、二人の少女を追っていたケセラ・セラは、目の前に現れた巨大な渓谷に驚きを隠せなかった。
『すごく深い……』
『気をつけて。ここから落ちたら、並の獣も即死だから……』
エイミーの仲間である少女。キンというらしい。彼女も一緒だ。
『お姉ちゃんたち、この先に行ったのかな?』
『多分。ここからちょっと行った先に木がなくなっている場所があるからそこにいるのかも……』
なるほど、そこだったら戦うのにちょうど良い場所と言えるだろう。しかしどう行ったものか。キンが言うには、少し歩いたところに坂道となっている場所があってそこからなら行けるはずだと言うのだが、一刻も早く二人と合流しなければならないのにそこまで歩いている時間も惜しい。
危険だが、ここは目の前にある木に跳びうつるべきか。森で暮らしていた彼女であるが、主に木の下で生活していたためリュカたちのように枝の上に乗るということには慣れていない。だから、乗ることができるかどうか五分五分といった感じだ。
「お二人さん、乗っていく?」
と、どうするか思案していた時だった。空中に二人の少女が現れる。ヴァーティー、そしてトネルである。
二人は、どうやらトネルが作り出した魔法の上に乗っているようだ。これ幸いと、キンにヴァーティーの言葉を翻訳したケセラ・セラは、一緒に乗せてもらうことにした。
結論から言うと、とても乗り心地がいい乗り物だ。今までロウの仲間たちの背中にのせてもらうことは何度もあったが、しかしそれとはまた違った爽快感を得るケセラ・セラ。キンもまた、初めて乗る乗り物に、ワクワクが抑え込めないようだ。
できることならもうちょっと乗っておきたいと思っていた二人。しかし、その時は一瞬で終わってしまった。
「あれは……」
「え?」
森の向こう。まるでそこで戦ってくれと言わんばかりに不自然なほどに広けた場所に探し求めていた二人の姿があった。
「お姉ちゃん!」
『お師匠様!』
しかし、向かい合ったまま。いや、よく見るとうえからリュカがエイミーのことを至近距離で見下ろしたまま止まっていた。
リュカの手には、天狩刀ではなくいつの間にやから回収していた短剣が握られ、その短剣はエイミーの首筋にピタリと引っ付けられていた。天狩刀の方は、その直前に足払いで地面にたおれこみそうになったエイミーが、最初のリュカのように蹴り技を繰り出したことによって飛ばされ、地面に突き刺さっていた。
エイミーは言う。
『もしもこれが決闘だったら、どう?』
リュカはもちろんのことだが、しかしエイミーも生きているようでホッとする四人。そんな四人がいることを知ってか知らずか、二人はさらに話を続ける。
『相打ちで、両方死んでる……かな?』
『その前に私の拳が貴方の心臓を潰してた』
よく見ると、エイミーの拳はリュカの胸の前で寸止めとなっていた。なるほど、今回は本気の『戦い』ではあったものの『決闘』ではなかったから寸止めで済んでいるが、もしもこれが決闘ならば、彼女の拳がリュカの胸にめり込んでその心臓をつぶしていたであろう。
状況的にリュカが短刀の『峰』を彼女の首筋に当てたのとほぼ同時に拳を突き上げたようである。剣や刀というのは実際に触れただけでは何の害もない。その後引く時になってようやく切れ味というものが出るのである。だから、この場合切る動作の前に倒されていたであろうリュカの方が負けている。と、エイミーが判断するのはおかしい話ではない。
だが。
『でもふきとばされる時に、貴方の首をこの短刀が斬っていた』
成程、その考えは盲点だった。
確かに、エイミーの拳がリュカのからだを貫通でもしないかぎり、起こり得る状況だ。もしそうなった場合やはり相打ちでどちらも死んで引き分け、となるはずなのだが。エイミーは諦めたように脱力し、大の字になって寝て言う。
『なるほど、私は一通りの殺し方だけだけど、貴方は二通りの殺し方ができたってことか……私の負けだね』
この状況。どちらにしても死ぬ可能性が高いが、より一層死の可能性を高めるのであれば、二通りの殺し方ができるリュカだ。だから、自分の負け。そう言うエイミーだが。リュカは、短剣を懐に収めながら言う。
『それはどうかな?』
『え?』
『勝者ってのは、最後の最後まで生きていた方のこと。だから、結局はどっちが勝っていたのかわからない。私があなたを切っていても、私の方が先に力尽きるかもしれなかった。それがあるからどっちが勝っていたかなんて分からない。だから、この勝負は引き分け。それでいいでしょ?』
と言いながらリュカはエイミーに手を伸ばした。エイミーは、やはりこちらもうっすらと笑いながらリュカの手を取った。
こうして、初対面の二人の対決は両者合意の上で引き分けと終わり、少々過激な自己紹介は幕を閉じたのであった。




