第四話
最初の罠を越えてから二、三時間程度歩いた。ここまでくるのに、かなり苦労したものだ。最初のあの矢の罠が可愛くなくらいに多種多様の罠を潜り抜け、中にはかなり古典的な落とし穴とかトラバサミとかもあって、まぁまぁ危ないことも多々あった。
だが、私たちはついにやり遂げた。
「つ、ついた……」
頂上を制覇したのである。正直、頂上に辿り着くということが目的ではないことは重々承知だ。しかし、実際にその頂にたどり着く嬉しさは、これまでに味わったことのない優越感を自分達に与えてくれた。
頂上には、とても高く聳え立つ木が一本しかなく、まるで前世の漫画で見たよくある無人島的な風景にも見間違えるほど。だから、そこからは山の周りの景色が一望できた。
最高だった。その山が周囲と比べても標高が高い物であったことも幸いし、何物にも遮られることなく遠くの景色まで見渡すことができる。
最初は荒野しか見えない。だが、もっと奥に行くと緑色の森が見え、青色の海がみえ、そしてその全てが群青色の空に続いていて、あぁこれが自然一色のけしきなのだと心の底から感動していた。こんな景色を仲間たちと独り占めできるなんて、夢のようだ。
リュカは、この夢幻を見せてくれた功労者に顔を向けると言う。
「トネルが防御魔法をつかえてよかったね」
「えぇ、よくやったわ。トネル」
リュカに続いて彼女の姉であるヴァーティーもまた、その頭を撫でながら言った。
そうだ。自分達があの厳しい罠を越えることができたのは、彼女と言う存在がいたから。
彼女が防御魔法を常に使用して自分達の周囲を囲ってくれていたからこそ、ちょっとした違和感にも気づくことができて巨大な岩や毒蛇といった罠を回避することができたのだ。彼女がいたからこそ、自分達は無傷でこの景色を見ることができた。感謝しても仕切れないだろう。
トネルは、顔を赤らめながら謙遜するかのように言う。
「そ、そんな……お姉さまには及びませんわ……」
「いえ、あなたは瞬発力なら私よりも断然早い。貴方は私たちに必要な存在よ」
「ありがとうございます。お姉さま」
さて、そんな百合百合になっている少女たちのことは置いといてだ。この場所に来たのはただ180度に渡る絶景を見学するためではない。この場所にきたであろう子供を追いかけてきたのだ。
「所で、さっきわたしたちが感じた人影は?」
「本当、影も形もないわね……」
「一体どこに……」
魔力を目に集めて凝視してみるが、どこにも彼女の姿は見えない。確かにこっちの方に逃げたはずなのに。これは、どこか横道にソレでもしたのか。
そもそも自分達が通ってきた道も、この山に住む獣たちがつくった獣道。人間が普通に通るように作った道の一つや二つあったとしてもおかしくはない。
果たして、これからどう動くべきか。思案しようとしたリュカ、そしてケセラ・セラのふたりは感じ取った。
「ッ!」
「ハッ!!」
自分達を襲う気配を。リュカは、念のために峰の方を前にして刀を振った。
すると、叩き落とした二本の鋭い鉄の塊が足下に刺さる。この形、どこかで見たことがある。確かこれは。
「これって、クナイ!?」
「なんでこんなものが……」
それは、前世で忍者と呼ばれる人たちが使用していたと言われている武器に瓜二つだった。騎士団の中にもいる武器に詳しい人間との世間話の中で、この世界にもクナイに似ているそんざいがあると話には聞いていたが、実際に目の前にすると、まるで瓜二つで逆に驚いてしまう。
「また、敵の罠?」
「ううん、歩いている途中ならともかく、立ち止まっているのに罠が発動するなんておかしい……これは、誰かが投げたんだよ」
そう、つまり敵は。先程の子供はすぐ近くにいると言うこと。だがその場合少しおかしなことになる。
「でも、魔力なんてなかったわよ」
自分達は先程から気配をけしていたとしても見つけることのできる魔法を使用している。ソレなのに、どうして見つけることができないのか。まさか、自分達の凝視を打ち破るほどの隠蔽能力の持ち主なのか。
しかし、可能性がないわけではない可能性がある。リュカは仮説だけどと言葉を付けてから言った。
「きっと、ヴァーティーや私たちがつけているコレ」
「この、リストバンド?」
「うん。それと同じ機能を持った……拘束服あるいはその類似品を身につけている可能性は十分にある」
元々そのリストバンドに使用されている布は、魔力を吸収する石の力を移した布。物さえ手に入れられれば誰だって似たようなものを考えつくし、作ることができる。自分やエリスの場合は魔力の質を高めるために使用したが、何者かが自分の姿を隠すために使用したと考えてもおかしくはない。
「でも……」
リュカは、取り敢えず懐から二本の短刀を取り出した。そしてーーー。
「私には通じない!」
一本だけ生えている木の幹に向けて投げつけた。
「短刀?」
「そんなのまであるのね……」
リュカが投げつけた短刀。少女たちは、誰もがリュカが突然投げたことにではなく、短刀を所持していたと言うことに興味を持った。
考えれば、彼女がリュウガの遺体から武器や鎧を作ったときに一緒に出てきた短刀。旅が始まってからはあまり出番なんて物なくて他に人がいる状態でつかったことがあるか怪しいほどだ。
まぁ、ほとんど獣の血抜きのために使用していたから仕方がないといえば仕方がない。
そして、さらに驚くべきことが起こる。
「ッ!」
なんと、リュカが投げた短刀が木の幹に当たった瞬間、そこから一人の女の子が現れたのだ。
「女の子!?」
リュカは、見事に隠れていた少女を発見することができた。しかし、ここで一つ疑問がある。あれほど完璧なまでの隠蔽能力を誇っていたはずの少女を、リュカはなぜ見つけることができたのか。その答えは単純である。
「あ、本当にいたんだ」
「ハッタリだったの?」
「うん………」
そう、別に何も考えていなかったのだ。ただ武器を投げつけたら何処かから現れてくれないかなという感じで軽々しく投げただけだったのだ。するとドンピシャでそこに人間がいたから、おそらくここにいる面子の中で一番驚いていたのはリュカだったのかもしれない。
というよりよく見ると投げた短刀の一本は木に張り付いている少女の顔のわずか数センチ横に刺さっている。あと一歩間違えたら彼女を探すどころかトドメを刺していた可能性が十分にあった。危ない危ない。
「貴方が、この山に住んでる女の子?」
「……」
リュカは、まるで何事もなかったかのように冷静に少女に話しかけた。
「でも、同じ野生児だった。ケセラ・セラと比較してもきれいな着物……この子みたいに獣に育てられたわけじゃないみたいね」
「ってことは、この山のどこかに集落があるってこと?」
「……」
確かに、よく見るととても格式の高そうな着物を着ている。前世での感覚だと何千万という価値が出そうな着物だ。見目麗しいその美貌に負けない綺麗な着物を着ていることから、リュカは、ソレを作った誰かがこの山の中にいるのではないかと考えた。
しかし、少女は何も話そうとしなかった。
「ねぇ、どうなの?」
どれだけ質問をしてもどれだけ話しかけても、彼女は一言たりとも話さずにこちらを睨み付けるだtけ。
冷静に考えてみると危なく命を奪いかけた人間にあれこれと質問されているのだから、答えたくなくなるのはとうぜんのようなきもするが、そんなことリュカは一切気がつくことはない。
それにしても、これだけ話しかければ少しくらいの反応があってもいいものだ。まるで、こちらの言葉が分かっていないかのような。
「あ……」
「お姉ちゃん、もしかしてこの子……」
「そうかも……」
どうやら、ケセラ・セラも気がついたようだ。自分達が根本的に間違っていたという可能性に。
リュカとケセラ・セラは一度を顔を見合わせると、咳払いをして言った。
『貴方、言葉わかる?』
一ヶ月くらい前まで毎日のように使用していた。あの言語を。
すると、少女の顔がみるみると驚愕の表情にかわり、そして《言葉》を使い始めた。
『ッ!? どうして、この言葉が……』
『やっぱり……そうだったんだ……』
「どうしたのふたりとも、唸り声なんて出して……」
ヴァーティーは、ふたりの突然の奇行に目を背けようとした。
一瞬だけ黙ったと思ったら、喉の奥から搾り出しているかのように唸り出すのだ。二人のそれは、まるで獣の唸り声のようで、とても不気味だった。
リュカは、苦笑いをしながら言う。
「これは所謂獣語なの。私、人里から離れて生活してたから、獣たちの言葉が分かるし話せるの。ケセラ・セラもそう。生まれた時からずっと森の中でロウたちと暮らしていたから必然的に身体が覚えちゃったの」
ある意味でこれは助かった。と、リュカは思った。なぜならば、獣語であれば、わざわざ日本語をこちらの世界の言葉に頭の中で翻訳せずに済むからだ。
元々9割方この自分が前に暮らしていた世界にない言葉を使っているこの世界において、前世の言葉なんてもう不必要なもの。しかし、生まれて十数年間ずっとその言葉で過ごしてきたからか、けっして頭の中ら離れることはない。だからこの世界で言葉を聞いて、そして言葉を話す時必ず頭の中で無意識に一度日本語に直してからこの世界の言語に変換してしまう。
もしも、自分が日本語なんてものを知らなかったのならば、そんな一手間が省けるというのに、知っているからこそ弊害となってしまっている。
日本語を完全に忘れることができたらいいのにとは思うが、その弊害こそが、自分が一度前世の地球で暮らしていたという何よりの証拠でもあるので、感謝しても疎ましく思うというのはお門違いなのかもしれないが。
ともかく、そのせいで会話をする時も必死に頭を動かしているから長い会話が終わった直後はとても気持ちの悪い頭痛がしたりしている。
だが獣語だと、どう言うわけか頭の中で日本語を変換することなく自分が思った通りの言葉で通じてくれるので、こちらの方が頭を使わずに楽であるのだ。
「だから、あの子も……」
きっと、この子も人から離れた生活をしてきたのだろう。だから、この世界の人間が勝手に作り出した言葉なんて使うことができなくて当たり前。だって彼女は、いわゆる先住民というものなのだから。
リュカは、再び獣語で話し始める。
『貴方、この山で暮らす子?』
『うん、そう……』
まぁ、それは予想していたことだった。因みにこの二人の会話は、同じく獣語が使用できるケセラ・セラが隣で通訳して周りの仲間たちに伝えている。
『私たち、調査にきたの。夜中になると突然動き出す山の秘密を知るために』
『……』
少女は、その言葉をきくと黙り込み、考え込むようなそぶりを見せる。そして、言った。
『私にも、よく、わからない……お師匠様だったら、知っているかもしれないけど』
『お師匠様?』
『うん』
お師匠様、とは一体誰のことなのだろうか。おそらく彼女の保護者的な存在、ケセラ・セラに対する自分のような存在のことを言っているのだと思うのだが、なぜお師匠様。いや、自分もケセラ・せらにお姉ちゃんと呼ばせているからおあいこか。
ともかく、一度そのお師匠様のところに案内してもらうようにはなそうとした。
その時だ。
『初めて見たなぁ。わたしたち以外にこの言葉を話せる人!』
「!」
天から声が聞こえた。いや、違う。木の上だ。この声は木の上から聞こえてきたのだ。リュカが、上を見た直後だった。目の前にいた少女と、自分の間に割って入るかのように女の子が現れたのは。
『だ、誰?』
『初めまして。私はエイミー。よろしくね!』
獣語で話す少女エイミー。彼女もまたとても綺麗な着物を着ていた。しかしとても長い縁袖なんてものはなく、とても動きやすそうな格好。
いや、そんなこと問題じゃない。
もっとも注目すべき物、それは彼女の髪にあった。
そう、彼女もまた自分達と同類だったのだ。
翠髪の自分。
蒼髪のケセラ・セラ。
そして、桃髪のエイミー。
彼女が出会った二人目の厄子はどこかの誰かさんの面影の残る笑顔が特徴的な女の子でした。




