第二話
読者の諸君は疑問に思ったことはないだろうか、山と地面の境は何処にあるのかと。いや、広義的な意味では山もまた地面の一つなので、山と平地としておこう。
ともかく、山と平地の境は何処であるのか。実は明確な基準なんてものは存在しない。もしも海の上からが山であるというものであれば、普通に人がくらしている場所ですらも山の一部になりうるし、歩いている道に角度がついたらなんて物でも、普通の坂道が山として認識されてしまう。山と平地の境なんてものは、事実上存在しないのだ。
だが、その山は誰がどう見ても境目は明らかだった。
崖、である。
突如として目の前に現れたノッペリとした荒肌のような崖。その山には珍しいその岩肌を覗かせた場所。それが、幅数十メートルにわたって続いている。おそらく、山の外周どこを見ても同じであろう。
それにしても不思議であると、地面と崖が接している部分をなぞりながらレラは言った。
「一部の隙もないほどに地面と接している……」
「どういうこと?」
「もしも、これが何処かから運ばれてきた、あるいは自分から動いてきたものだとすると、何かしらの痕跡があるはずよ。でも、それがない」
つまり、その山はごく自然的にその場にあったものであるということだ。ますますわからない。だって、この山が前までここになかったことはミウコの人間誰もが証言しているのだから。それが一体、何故。
ともかく、山に登ってみれば何かがわかるのかもしれない。のだが、これは一苦労しそうだ。
「マハリの山より急勾配か……」
マハリには、山と接している部分があり、外周を走る際にはその山の崖を登る必要があった。だから、山登りというものには慣れているリュカたち騎士団の面々ではあるのだが。
その勾配、マハリの山よりも急である。おそらく、ほぼ直角とみても間違い無いだろう。おまけに、軽く見渡しただけでも足のとっかかりとなるべき石も少なく、登りづらくできているということが見てわかる。
「登り切るのにどれくらいかかるかな?」
特に今回は、お客様二人も連れての登山となる。その二人のことも考えると、日が暮れるまでに登り切ることは実質不可能であろう。
「それなら心配する必要ないわ」
「え?」
と、その時一緒についてきた二人のうち、一人がいった。
少女は、リュカたち分隊の真ん中にしゃがむと、その手を地面につけて呟いた。
「防御魔法の応用よ」
【柱】
すると、地面から透明な箱のようなものが出現し、全員を押し上げる。
そう、一緒にきた二人というのは、一人がヴァーティー、そしてもう一人はヴァーティーの妹であるトネルであるのだ。今回魔法を使用したのはトネルである。
今回二人がリュカ分隊の調査についてきたのは、正体不明の土地に足を踏み入れるのであれば、防御魔法がつかえる自分達もついて行った方が良いのではないかと考えたから。
だが、今のヴァーティーが諸事情で魔法が使えないためもしかしたら足手纏いになるだけなのかもしれないが、しかしそれでもどこかリュカに惹かれた彼女がついてきてしまったのは仕方がないのかもしれない。なお、なぜ彼女が魔法を使えないのかに関してはまた後述する。
「おぉ!」
「凄い……」
「なるほど、これならすぐに崖の上に行けるわね!」
「えぇ、でも、この先何が待っているかわからないから十分に注意して」
「了解!」
ぐんぐんという擬音が聞こえてくると錯覚するくらいの速さで伸びる透明の箱。これならば、すぐに山へと入ることができるであろう。
だが、下から見た時にも山の全容は一切掴むことができなかった。ここか先は未知の世界となる。もしかしたら、そこで獣が待ち伏せしていて、登ってきた矢先にガブリ、なんてこともありえるかもしれない。用心しなければならないだろう。それにしても、である。
「防御魔法って本当に何にでも応用が効くもんだね」
とタリンが言う。確かに、それはリュカも思っていたことだった。防御魔法とは、つまるところサイコロのように小さな箱の空間から、自分達を守ってくれる盾にまで変化でき、それを人間の大きさからこの山を登れるほどの大きさにまで引き伸ばすことができる魔法の総称。
しかもヴァーティーのような熟練者にまでなると自分の目視できる範囲には瞬時に結界を飛ばすことができるのだから、下手をすると攻撃魔法よりも応用が効く。それをうまく操作すれば、普通の人間は自分が何に殺されたのかも理解できないままに息絶えてしまうことだろう。
「えぇ、うまくできれば敵を結界の中に入れて窒息死もできるわよ?」
「あ、あはは……残酷だねぇ」
「フフッ……」
そんな死に方冗談ではない。だが、その笑みから察すると彼女であれば本当にできてしまうのだろう。なんだろう。彼女も分隊に入れた方が自分達の利益になるような気がしてきた。
と、ここでリュカがきがついた。
「って、あれ? ヴァーティーその手首についているのって……」
黒い帯状の物。それは自分やケセラ・セラ、クラクがつけているソレと瓜二つだ。
「あぁ、これ。りすとばんどって、言っていたわ。セイナさんやクラクから話を聞いてエリスに作ってもらったの」
そう、三人がつけているリストバンド、つまり魔力の質を良くするために魔力を吸収するあのリストバンドだ。
彼女が魔法をしようできないのも、まだ自分自身の中にある鍵を見つけることができていないからなのだ。
それにしても、である。
「今でも十分強いのに、それでもまだ強さを求めるんだ」
「妹たちを守るために……ね」
「へぇ……」
この向上心、見習うべきだろう。確かに、人は誰かを守るためならばどこまでも強くなることができると誰からから聞いたことがあるのだが、しかし彼女のソレは人の何倍もありそうだ。
姉としての立場がそうさせるのか、それとも他の要素があるのか。とにかく、ついに彼女たちは足を踏み入れる。前人未到の未開の地、何がいるのかわからない未知の山へと。
まぁ、前人未到というのは嘘であるのだが。
そこに、一匹のトカゲがいた。巨大な鱗を持つトカゲは、目の前にいる女の子に微動だにすることなくその場に鎮座していた。まるで、その命なんて軽々しく奪ってしまえるのだぞと言わんばかりに微動だにすることはない。
その時、女の子は森の異変を感じ取った。眉毛がピクと動いた矢先、確かに耳にした。何かが山に降り立った感覚を。
お師匠様お師匠様!
どうしたの? キン?
少女は、トカゲに向けてはなしかけた。トカゲは、口を一切動かさずに聞く。
誰かがこの山に入ってきたようです!
そうなんだ! ひさしぶりの人かぁ、どんなのか楽しみ!
浮かれている場合じゃありませんよ! もしも野蛮な敵だったとしたら……
大丈夫! もしそうだった場合私が倒してあげるから!
その時、トカゲの口が開かれた。いや、違う。何者かが中から押し上げたのだ。そう、先程まで女の子と話をしていたのは、そのトカゲではない。トカゲの中にいた何者かであったのだ。
ソレは、手にトカゲの肉らしきものを携えていた。トカゲはすでに息絶えていたのだ。持っている肉がこんがりと焼けている様子から見て、おそらくトカゲの中から調理をしたのだろう。外で火なんて使うと、すぐに周りの木々に燃え移ってしまうから。それは、彼女の森に対する精一杯の配慮だったといえる。
少女は、最後に残った肉を食べ切ると、外に出た。その瞬間、トカゲの口が勢いよく閉じた。
少女は、キンと呼んだ少女に近づくとその手を取る。
あれ、どうしたのこの手?
あ、実はさっき罠を作る時に失敗して……
もう、気をつけてよね!
ご、御免なさい……
そういうと、キンは自分の手の傷をもう一方の手で覆う。そして、何か言葉を呟くと、淡い光が溢れ出した。
とにかく、何が来ても私がなんとかするから!
それを一瞥した少女は、山の頂上を指差した。まるで、自分こそがその山を統べる人間であると主張するかのように。そして、片目を閉じ、はちきれんばかりの笑顔で言う。
この、エイミー様がね!
その少女の髪は、桃色に光り輝いていた。




