第一話
ミウコから彼女に提供された家の中に入ったリュカは、少し驚いた。彼女の家の内装が、なんとも乙女ちっくに彩られていたからだ。
置かれているさまざまな生物をかたどったぬいぐるみ、桃色ハートの壁紙にシルクのような素材でできたふわふわのカーテン。これがこの家の新たなる主人、セイナの趣味であるのだろうか。正直彼女の人物像とはあまりにも真反対なその中身に、唖然となっていたリュカは、いつまで経っても玄関から入ってこないために気になったというセイナに連れられて台所の椅子に腰掛けた。
彼女から出された紅茶を飲みながら、彼女は徐にこの数日間のことに関して思い返してみる。
後に『ミウコの戦い』と言われることになる戦が終わって数日がたった。自分たちが予想していたとおり、国王や多くの家臣を失ったトオガは、すぐに他国からの侵略にあい一日も経たないうちに滅んでしまったのだとか。
トオガにも、兵士の帰りを待っていた何の罪もない女子供がいたはず。そんな人間たちも皆殺しにされてしまったのだと聞くとなんだか心が曇ってしまうが、しかしそれが戦という物。しょうがない犠牲であったと言えよう。
一方で、世界で三番目の力を持つ国を打ち倒したミウコの国への評価は鰻登りであるらしく、近々同盟を組もうと名乗りを挙げた国が幾つもあるそうだ。
だが、グレーテシアはそれを穏便に断るつもりであるらしい。今回の戦の勝利は、ミウコという国の力じゃない。ヴァルキリー騎士団という一種の傭兵がいたからこそ成し得たからだと。だから、同盟を組むという話は有難い物であるが、それが自分達の利益になったとしても他国の利益にはなり得ないというつもりらしい。
だが、そんな彼女に対して、フランソワーズは同盟を組むべきだと助言したらしい。
有数の国力を持ったトオガを打ち倒したミウコは、これから大変な時期に突入していく。ミウコを倒して自分達の株を上げようと、進行してくる国がぞろぞろとくることであろうと。そんな時、自国の力だけで対処することができないことは目に見えている。その場その場でなんとか防ぐことができても、いつかはこの国もマハリやトオガと同じ道を歩むことになるかもしれない。
そうならないためにも、同盟は組むべきだと。
最初はしぶっていたグレーテシアであるが、よく調べてみると同盟を組もうと提案してくれた国のほとんどがトオガに吸収されていた国であるらしく、トオガが崩壊したことによってヴァーティーのように自由になったためその恩返しの意味で同盟を組みたいと提案があったのだそうだ。
たしかに裏に思惑があるのであれば渋るのだが、本心に近い形での想いで同盟を組みたいというのであれば断るのは逆に失礼だと、グレーテシアは話し合いの席にはつこうと言ってくれた。その際、フランソワーズにも同席してもらいたいとも言っていたらしい。
彼女は、元々今回の戦は自身が謀が苦手である故に起こった戦であると心の中で思ってるらしい。そのため、自分よりも交渉に長けた人間がいた方が心強いとのたっての希望だそうだ。
そんなこんながあったこの数日間。気がつけば、じぶんたちがミウコの国に来てからもう二週間が経過していた。そんな中での、セイナの言葉である。
「山が動いているって、どういうことですか?」
晴天の霹靂にも近い言葉を耳にしたリュカは、聞き返してしまった。
セイナは、温かい紅茶を全て啜ると言う。
「ほら、私たちがこの国に来たときに目の前に大きな山があったでしょ?」
「えっと……」
あったでしょと言われても、この国は山に囲まれているといっても過言ではないため、いったいどれがその動いている山に当たるのか、記憶の中を掘り起こしたとしても検討もつかなかった。
「実は、その山……一ヶ月前にはなかったそうなの」
「え?」
つまり、その山は記憶違いではなかったのなら、たった一ヶ月でできたと言う事なのか。そんなことがありえるのか。いや、ありえない。天変地異かなにかが起こったと考えなければ。だが、この場所に来て場所に来て二週間、その間にもしも地震などがおこっていたとしたら自分達だって気がつく、というかミウコがこうして健在であるはずがない。
ならばかんがえられるのはただ一つ。なにものかが、そこに山を作り上げたのだ。誰が、なんのためにそんなことをしたのか皆目検討もつかないが、しかしそれでも山が自分でうごいてきたと考えるよりはよっぽどーーー。
「あ!?」
「あ、って……」
その時、リュカは思い出した。そうだ。確かに動いていた。自分がこの国に足を踏み入れようとする直前のことだ。確かに、微かに振動し、その位置が少しだけ変わっている様な山が見えた。あの時は、てっきり暑さによって視界がぼやけたからだと勘違いしていた。しかし、今考えてみれば、やっぱり動いていたのかもしれない。
「それじゃ、本当に山が動いたってこと?」
「かも、しれません……」
だとしたらますますおかしい。山が、生き物のように動き出すなんて、そんなことあるのだろうか。いや、もしかして山のように見える生き物なのか。もしもそうだとして、その山のような生き物が人を襲うような獣であったとするのならば、いつ何時ミウコを襲うとも限らない。
山ほどの大きさの獣だ。もしも襲われたら自分達だってタダじゃ済まないだろう。今のうちにその正体だけでも探らなければならない。
「と、いうことで私たちがあの山の調査に出向くことになったの」
「えぇ……」
それから数時間。リュカ以下分隊員六名ともう二人はトオガの国との激戦のあった荒野の反対側へとやってきていた。
それにしても近づけば近づくほどに大きな山である。こんなに巨大な山、前世でも滅多にないであろう。というか、なぜ今までこの山の奇妙さに気がつくことができなかっただろう。
あからさまに周囲の山と違う。鬱陶しいほどに群生した緑緑とした木々。その下に生えている草花は、山肌を一切露出させることなく絨毯を敷いているかのように生き生きとしていて、禿山の山々と見比べることすらも憚れる程に綺麗な景色を作り出していた。
やっぱりこの山には何かがある。リュカは、どこかワクワクとした感情を持ちながらもその山に近づいていくのであった。
一方その頃のセイナは、二人の副団長、そしてローラ、リュウガを集めて会議をおこなっていた。
これからの自分達の身の振り方について相談するためだ。
「みんなは、どう思う?」
「元々、私たちはマハリで戦うために集められた騎士団。そのマハリが無くなった以上、私たちの存在意義はすでに失ったも同意だと思うわ」
「確かに……」
カリンの言うように、自分達はマハリの兵士が足りなくなったために外から兵士を集めるために旅に出て戻ってきた。けど、そのマハリが滅び、マハリの国民たちもこうして新たな土地に移り住むことになって、自分達が騎士団として集まっている理由がなくなってしまっている。
これから、どうなっていくのか。どうするべきなのかを考えなければならないのは当然のことだろう。
「私たちミウコは、ヴァルキリー騎士団を受け入れる準備はすでにできています。女王陛下も、普通の兵以上の待遇で雇い入れてもいいと言っていますが……」
ヴァルキリー騎士団の強さは、ミウコの兵士とは比べ物にならないくらいに熟練している。それは、この前の戦いでもみて分かる通りだ。グレーテシアとしては、今後のミウコのためにも彼女たちにはこの国に残ってもらいたいと願うばかりなのだが。
「でも、そうなった場合問題になるのは……」
「リュカ、そしてケセラ・セラだな」
と、リュウガが言った。そう、騎士団の人間が何気なく会話をしているせいで麻痺しているかもしれないが、彼女たちはヴァルキリーという、この世界の人間からしてみたら忌避されるべき存在。
この前の戦いにおいてリラーゴとの戦闘の際リュカが龍才開花によってその髪色を晒したことで、多くのミウコの兵に見られたことによって大体のミウコ兵には彼女たちの存在はバレてしまっている。
この前の晩餐会の時にも、ヴァルキリーと一緒に食事をするのは嫌だと、招待されておきながらも一般国民と一緒に祝杯を挙げた兵士がいた程。
それに、彼女自身は気にもとめていないが、一般国民の中でも彼女のことを避ける人間が増えていると言うことを彼女たちは感じ取っていた。おそらく、兵士の誰かがもらしてしまったのだろう。
噂は加速度的に広まり、いつの日にか国内にいる全ての人間が彼女がヴァルキリーであることを知る。そうなれば、この国に彼女のいる場所は無くなってしまう。
グレーテシアは、二人には国民の目がつかないような場所で重要な役職につけると言っていたのだが、それは隔離することとなんら変わりはないとフランソワーズから指摘され、愕然となっていたそうだ。
彼女たちの存在、それがヴァルキリー騎士団が進退をきめかねている原因でもあった。
それに、もう一つ気になることがある。
「あの穴から出ていった影はなんだ?」
「……」
あの、みるもの全てを身震いさせる影。その後の調査でも今だに正体がはっきりしないソレが、ミウコにどんな影響を及ぼすのかわかった物じゃない。
それのはっきりとした対応がきまるまで、自分達の進退を決めるのは時期尚早なのではないだろうか。ともかく、今はじっくりと話し合おう。時間はいくらでもあるのだから。




