第二十話
『こけ脅しが!』
「どうかしらね! ハァァァァ!!!」
二振一対の刀を構えたリュカは、洞窟の地面から頂上へと伸びる岩の柱を足場にし、今自分ができる精一杯の力で蹴り出すと、崩壊する岩の柱を背にし、一直線にゴーザの元へと向かう。
しかし、空中で方向転換することのできないリュカが、一直線で攻撃を仕掛けるのは、愚策ではないだろうか。案の定、ゴーザは、リュカに向けて腕を伸ばす。
自分より遥かに巨大な敵と戦うと言うのはかなり不利なのだ。地面近くで戦っていてもその巨大な足で踏まれる可能性もあるし、足ばかりをこうげきしていても決定打に欠ける。だからと言って顔近くに攻撃を加えようとすると、必ず飛び上がらなければならず、その攻撃の軌道が簡単に読めるものであったのならば、その進行方向を防ぎ、攻撃することによって簡単に迎撃することができる。
つまり、いくら刀を二つに分けたところでリュカの不利は変わらないはずだったのだ。
『っ! なんだ先ほどよりも威力が……』
だが、拳が彼女の刀に当たった瞬間にゴーザは感じた。その攻撃が、今までとは全く違うと言うことを。
「この刀は、どっちも天狩刀……この二つは、魔力によって繋がっている。ゆえに、その間には魔力の塊がある! ソレを使えば!」
一瞬だけ爆発的な攻撃力になる。ゴーザの拳は刀の間から放たれる魔力に相殺される形で弾き飛ばされる。いや、リュカがその場所から動く様子がないことから見ても、天狩刀の方が力は上だったようだ。
天狩刀は、どれだけその刀身を分けたところで元々一つの刀だった。そのため、その間には普通では見えない魔力の線で繋がっているのだ。そして刀から放たれる魔力は天狩刀が吸収したリュカの純粋な魔力同士が合流するその一瞬だけ通常の二倍の魔力量を備えることができる。らしい。
以前リュウガにその詳しい仕組みを教えてもらったリュカではあったものの、いまいち理解が及ばない少し頭の悪いリュカであった。だから、その魔力が合流する瞬間というのも、ほとんど本能的に察知しているだけである。もう少し利己的になったのならばその力を存分に扱うことができるのだろうが、今の彼女にはそれくらいしかできなかった。
『クッ! だが!!』
右腕を弾かれたゴーザではあったが、おかげでリュカが跳ぶことを止めることができた。後はリュカが湖に自然落下する前に光線魔法を放てばこっちの勝ちだ。
この後先何も考えていない子供をたおすことができれば、残るは魔力の切れたフランソワーズと二人の子供のみ。勝ちは見えた。
そのハズだった。
【魔力加速法】
「ハァァァァァァァ!!!」
『なに!?』
リュカは、魔力加速法を空中で使用してゴーザの頭へと跳んだ。足場のない空中でどうしてそんなものを使用できたのか。
実は、彼女が龍才開花を使用した直後、ヴァーティーに足に魔法をかけるように願い出ていたのだ。空中に一度だけ立つことができる魔法を。
彼女はそれを使って空中に足場を作り、それを利用して跳んだのである。結果、リュカはさきほどまでとは比べ物にならない速さでゴーザの頭へと跳んだ。
頭部を狙って突撃するリュカに対してゴーザがとれる行動は攻と防の二つ。
攻は、空中にいるリュカに向けて拳を突き出すことによってはたき落とすという方法。
防は、自らの腕でリュカの攻撃を防ぐと言う方法。
この場合てっとりばやく戦いを終わらせるためには前者、つまり攻を選択するべきだ。だが、空中で体を捻ることによってギリギリ攻撃を交わされた場合、無防備な頭を攻撃される恐れがある。もしもそれが額などの硬い皮膚がある場所ならば良い。だが、もしも目、もしくは昨日のリラーゴのように口の中を狙われた時には命が危うくなる可能性だってある。
ならば、ここは防か。そう考えたゴーザは、防御の姿勢をとった。
「っ! ハァァ!」
その瞬間、彼女はそれを待っていたかのように下から振り上げる形で二振の刀を振った。
『何!?』
その手で自らの視界を遮っていたゴーザには、そんなリュカの行動を予測することも不可能だった。突如として感じる腕の下からの攻撃に虚をつかれた形のゴーザは、一瞬対応が遅れる。命のやりとりの場で、その一瞬の対応の遅れが命取りであるのだ。
「ハァァッ!」
リュカは、順手で持っていた刀を素早く逆手に変える。この場合、こっちの方がより力を入れることができるとの判断。そして、それは正解だった。
「どうりゃぁぁぁあ!!」
リュカは、騎士団になってからの訓練の時、自分の体の何倍もある岩を持ち上げた時のように、突き上げるようにその腕を押し上げた。
すると、リュカの前にゴーザの頭が現れ無防備となる。自分の攻撃を遮るものなんてない。今が、今こそが好機だ。
【剣双閃】
再び順手に戻したリュカは、リラーゴにもつかった魔力の刃をゴーザに向けて飛ばした。二振の刀で、である。
バツの字に飛んでいく魔力の刃は、一切その早さと威力をゆるめることもなくゴーザの頭、正確に言うと鼻の少し下くらいに激突した。
「よし!」
二つの魔力の刃が合わさった場所。そこに二つの刀の攻撃が集中しているのである。結果、その部分には二つの刃の威力が上乗せされ、その攻撃力を二倍にしているのだ。現に、二つの魔力が合わさった部分の皮膚に徐々に傷がついていっているのが見てわかる。
だが、それでもなおゴーザの皮膚は貫通しないようだ。魔力の刃は永遠に消えないわけじゃない。そのうち威力にも衰えて自然消滅してしまうだろう。それまでにゴーザの皮膚を削り切ることができるかは分からない。
『いくら威力があがろうとこの程度!』
これは耐久戦だ。この力に耐え切ることができれば、自分にもまだ勝機はある。と、ゴーザは思ってるのだろうがそれは誤解だ。
「分かってる……だからこそ!」
『なに!?』
そういいながらリュカは今度こそ下に降りていった。
そしてゴーザは見た。リュカの体に隠れて見えていなかった、奥にいた少女たちの姿を。湖の上に防御魔法による魔法陣を引き、その上に立つ二人の少女達の姿を。
そして、後ろにいた蒼神の少女に向けて自分のよく見知った少女が言う。
「今よ、やって!」
【雷鳴轟け 天を切り裂け 命の灯火をつけ一瞬で消せ】
【雷】
あれは、雷の魔法か。だが、地上のソレとは天と地程の差があるとても弱い魔法だ。それに狙いも全くあっていない。四方八方滅茶苦茶に魔法を垂れ流しているだけではないか。その程度で自分を殺そうとするなど、甘く見られたもの。
しかし、それも完全なる語弊だった。本命は、その雷だけじゃなかったのだ。
【包み込め 円よ 反射せよ 壁よ 縮小せよ 空間よ】
【貫け 敵を】
【一点集中結界】
ヴァーティーだ。彼女が繰り出したのは、数ある防御魔法の中でも唯一と言ってもいい攻撃にも転用することができる魔法。
ソレによって現れた真ん中が通路のように繰り抜かれた円柱状の結界は、真っ直ぐゴーザの方へと向かった。
結界は、リュカの生み出した二つの魔力の刃の中心へと当たった。二つの魔力の刃は、さらに後ろから押されたことによって徐々に、徐々に進み始める。さらに、その結界の中をケセラ・セラが生み出した雷が通過する。バラバラに動いていたはずのそれは、なんども壁にぶつかる事に反射をくりかえし、ゴーザの方へと一極集中し始めていた。
『グッ!』
包丁で皮を剥ぐときのように薄く、また薄く削ぎ落とされていく皮膚。例えどれだけの頑丈さを誇っていたとしても魔力の刃とそれを押し出すものという二つが合わされば、たちまち崩れ行ってしまう。一人じゃできなかった。しかし、リュカとヴァーティーの二人がいたからこそできた技。
そう、ここまでは二人の力だ。しかし、それだけではまだ不十分。この戦法は、ここから先が本番であるのだ。
リュカが切り開き、ヴァーティーが後押しし、そして最後のトリを務めるのはーーー。
「例えあなただどれだけ頑丈であったとしても、その身体構造が人間と同じなら……」
ヴァーティーは、自らがうみだした円柱状の結界の半分くらいのところから徐々に徐々に細めていく。漏斗状と言うのだろうか。すると、ヴァーティーの側から入っていったケセラ・セラの雷魔法はまるで吸い込まれるかのようにその細い道へと入っていく。
彼女が、結界の内部の反射角を操作して導いているのだ。これだけバラバラに動く閃光を同じ方向に集めるなど、彼女以外にはできないであろう芸当。あの国で何年間も重ねてきた苦労は、この時のためだけにあったと言わんばかりの器用さである。
そして、漏斗の先が髪の毛ほどに細くなった瞬間だった。ゴーザは、彼女がしようとしていることがようやくわかった。しかし、もう、遅すぎた。
「脳を焼くだけ!」
『ぐ、ウオォぉぉぉ!!!』
瞬間、苦しい雄叫びをあげるゴーザ。そう、ヴァーティーの狙い、それは雷を一点に集中させることによってとても細い光線を作り出すことだった。
そんなものが通用するのか、ゴーザやリラーゴが出したような太い光線の方が効果がありそうだと思われるかもしれない。しかし、大事なのは見た目ではなくその効果だ。
確かに、見た目的には太い光線のほうが強力であるかのように錯覚する。しかし、細い光線のほうはその一点に攻撃を集中させることによって太い光線と同じ程度の攻撃力を持たせることができる。
例えゴーザたちと同じ程度の威力がなかったとしても、同じ場所を長時間攻撃されるという苦痛は並大抵のものではない。
さらにここで、三人にも想定していなかった効果が発生する。雷によってできた光線の副次的な効果で、光線の前に置いていたリュカの魔力の刃にも雷の属性が付与され始めていたのだ。これら全てが合わさることによる攻撃は、普通の魔力の刃の三倍、いや五倍程度にもなっているのかもしれない。
これならばいける。ケセラ・セラにさらに出力を上げるように指示を出した直後だった。
自分の心の中に何かが入り込んできたような気配を感じた。まるで、純粋無垢で透明な水の滝が心臓に入り込んできたような。そんなスッキリとした気分だった。
一体なぜ自分がそんな感情を持ってしまったのか、理解はしている。理解はしているが、しかしそれを容認することはできない。もしも、それを認めてしまったら自分は、もう、あの男を。
「言っちゃえ! ヴァーティー!」
「え?」
そんな彼女に叫んだのは、リュカであった。
思考が筒抜けとなってしまっている彼女にもわかっているのだ。自分が何を考えているのかを、そして何に後悔しているのかを。
彼女はさらに続ける。
「貴方の中にあるその思いが確かなら……その思いを吐き出さなくちゃ、前に進めない! 吐き出した言葉は、二度と元には戻らないんだから!!」
新芽が芽吹く若葉の草原の上を通り過ぎた風、それを顔全体に浴びたかのような感覚だった。
そう、確かにそうなのかもしれない。自分の中にあるこの感情、それが確かだから。確かだからこそ、自分は本気をだせていなかった。ならば、自分はいまここで。
その感情と永遠に別れる。
「ゴーザ、あなたに一つ感謝しとく」
「ヴァーティー?」
「どんな思惑があったにせよ、もしもあんたの国に助けてもらわなかったら、遅かれ早かれ私たちは死んでいた。だから、それだけは感謝しておく」
あの時、もしもトオガの国が自分達の国を襲って来なかったら、魔法の使用に疲れた自分達は過労死していたことであろう。仲間が一人死に、二人死に、そのたびに補充要因としてまた別のかわいそうな子供が送られてきて、次は自分か、次は自分かと恐怖に怯え、もしかしたらいつか来るその日を待ち望んでいたのかもしれない。
でも、そんな自分達を救ってくれた。あの男が。あの男の国が来てくれたことによって救ってくれたのだ。命を未来につなげてくれた。それだけは、感謝しても仕切れない。
「でも、それだけ!」
そう、それだけなのだ。その後、呪いという最低なものをつかって自分達から自由を奪ったのも、護りたくない物をまもらされたのも、苦痛でしかなかった。
感謝の気持ちはあった。でも、つい先ほど捨て去った。その言葉を言うことによって自分の中から投げ捨てた。
自分は、もう本当の意味で自由なのだ。ヴァーティーは、叫んだ。自分の体のおもむくままに叫んだ。
「消えろ、私たちの人生から。私たちの自由から! 消えろ!!」
湖に落ちたリュカもまた叫ぶ。ヴァーティーの思いを代弁するかのように、そしてゴーザによって殺されたトオガの兵士たちの思いを代弁するかのように。
「消えろ! 仲間を仲間と思わないような王は消えろ!」
そして二人は叫んだ。
「「消えろ! 自由を奪いし外道の者!!!」」
二度と、ソレが他人の自由を奪うことがないように。
『ば、かな……』
トオガの国王 ゴーザ・フレード 死亡 脳幹死 享年 不詳
額に穴が開き、倒れていくゴーザ。その巨体が湖に到達した瞬間、巨大な波が湖の中にいたリュカや地面にいるフランソワーズを襲おうとしていた。
しかし、そこはヴァーティーの防御魔法によってなんとか死守され湖の水による津波、そして上空に飛び散った水飛沫の暖かい雨が収まった。
リュカは、人間の姿にまで縮んだゴーザを見つけて近くまで泳いでより、その身体を湖から引き上げると首筋に手を当てて脈がないことを確認する。
そして、リュカに近づいてきたヴァーティーが聞いた。
「終わった?」
「……うん」
そう、終わったのだ。ゴーザはすでに生き絶えており、まだ未確認ではあるがトオガの兵士たちもフランソワーズの魔法によって大多数が死亡しているはず。今度こそ、戦は終わりを告げたのだ。
リュカは、龍才開花を解き地面に倒れたリュカは、身体を大の字に開くと地底湖の天井に向けて叫んだ。
「終わったァァァァァ!!!!」
と。
「お疲れ様でした。皆さん」
ヴァーティーの魔法によって連れてこられたフランソワーズが地面に倒れているリュカに声をかけた。いや、みなさんという言葉からするとヴァーティーやケセラ・セラにも言っているのであろう。
「フランソワーズさんこそ……」
「ねぇ、ねぇ、私の魔法どうだった?」
「勿論、すごかったですよ、ケセラ・セラ」
「やった! ありがとうおばちゃん!!」
フランソワーズは、よくやったと言わんばかりにケセラ・セラの頭を撫でた。そう、最後の戦いで一番の功績を上げたのはケセラ・セラだ。帰って体力が回復したら自分からも何かご褒美をあげなければならない。まぁ、帰れたらの話ではあるが。
「さて、どうやってここから出ようかな?」
ここは実際地上から何メートル下にあるのだろうか。例の魔法によって距離感の様なものが狂わされているから実際のところは分からないが、しかし相当地上に戻るには苦労しそうだ。
「それなら、私に任せて。防御魔法を応用させればあの高さくらいなら……」
「防御魔法って万能なのね……」
「まさか、私が上手くなってしまっただけよ」
いやしかしリュカの言う通り防御魔法が万能すぎる。と言うより、そんな移動用にも使える魔法があるのならば防御魔法なんて分類じゃ事足りないのではないだろうか。というかもしかして彼女がしらないだけで本当は防御魔法とはまた別の分類に位置する魔法を使用している可能性だって考えられる。果たして実際のところはどうなのか興味がそそられるところだ。
「とにかく」
ドクンッ!
「え?」
「何っ!」
それは、突然の悪意だった。
死して屍となったはずのその体から溢れ出した憎悪にも似た嫌な感情。それが、リュカやヴァーティー、ケセラ・セラ、フランソワーズ。いや、地上にいた騎士団の面々を品定めするかのように通り過ぎていったのだ。
すでにその心臓は動いていないハズの王の身体からでた異変に、まるで凍らされてしまったかのようにうごかなくなってしまった少女たち。
足元にひろがっていく先程までの温かさとは少し違う黄色い温かみを四人は感じる。戦場には、事前に済ませてきていたハズなのに、それでも体の中に残っていたごく微量のソレが助けをこうかのように溢れ出した。
これは、身体が諦めてしまっているのか。生きることを、逃げることを。そして恥じらうと言うことさえも。
王の中から溢れ出した悪意、憎悪、恐怖。
その全てに殺されてしまった。自分の中にある希望という感情を、一気に。一瞬にして。そんな気分にもさるほど絶望的な負の感情が彼女たちを襲った。
一体、これはなんだ。そうリュカが疑問に思おうとした瞬間だった。
王の中からソレが現れたのは。
まるで人間の醜悪さを具現化したかのような怪物、いや違う、生き物じゃない。実際にここにいる物でもない。それは、いわゆる現象。
雨や風のようにごくごく自然界に溢れているような現象と似たどこにでもあるような物と同じもの。リュカは直感的に感じた。
そうか、これが魔族なのかと。でも、どこかで感じたような匂いがする。いつも嗅ぎ慣れているかのような匂い。まさか自分の近くにもいるのか、自分と一緒にいるのか、魔族が。でも、誰が。命の危険も顧みずにそんなことを考える余裕を持っている体裁をしているのは、もしかしたら考えたくなかったのかもしれない。
自分が、殺される未来を。
だが、その時が来ることはなかった。
悪意の現象は国王から離れるとすぐに天高くにある地上へと通じる穴に吸い込まれていった。不気味な笑い声と、干からびた肉体を残して。
残された四人はただその姿を見ているしかなかった。何分も、何十分も、そいつが消えていってもう戻ってくることはないとわかっていても、まるで海の向こうに消えていった船を見ているかのようにずっとずっと名残惜しそうに見ていた。
ずっと、ずっと、ずっと。




