第十七話
「下は溶岩じゃなくて温泉!?」
「えぇ、そう言うことらしいわ」
カインは、セイナのその言葉に驚くと同時に、どこかでもしかしたらそれもありえるかもないという可能性を忘れていた自分を恥じていたそうな。
地上に残されたヴァルキリー騎士団の面々は、それぞれに負傷者の救助や回復。敵の残党狩りに近いことをやっていた。
リュカは、地下の部屋の真実を知った直後、当然現在の直属の上司であるセイナにその報告をしていた。このことを騎士団の全員に周知させるべきか迷ったものの、結局さほど戦闘には関係のないことだからという理由で彼女のところで情報が止まってしまっていた。
だが、まさかこのような形で関わってくるとは思わなかった。
「それで、どうするんですか!? 王妃様やリュカさんは、トオガの国の王様といっしょに落ちていったきりですよ!?」
「分かってる。私もこれから飛び込むから、みんなは……」
セイナが指示を出そうとした時であった。この戦中一切姿を見せなかった一匹の竜が現れたのは。
「待て」
「リュウガ、あなたどこに?」
「そんなことはどうでもいい。この戦、あ奴に任せてもらうぞ」
「あ奴……ってリュカさんのことよね」
「そうだ」
セイナは、一切彼に言葉を紡がせないように言った。
「冗談言わないで、団員を見捨てる団長がどこにいるものですか」
ましてや、今回は自分達の主人たるフランソワーズも巻き込まれているのだ。このままここで手をこまねいていていいわけがない。
「無論ただ放っておくと言うわけじゃない」
と、リュウガはセイナを見つめて言う。
「どう言うこと?」
「わしの指定する二人のみ、奴の救援に行かさせてもらう」
「二人?」
「まず一人目に、ケセラ・セラ」
「え?」
その最初の人生に、セイナは怪訝な顔をする。確かに、彼女はリュカ分隊の一員であり、彼女が旅をはじめてから初めてできた信頼できる仲間だ。だが、彼女もまたリュカとおなじく国王級に挑むにはまだまだ実力が足りていない。リュウガもそれを分かっているはずなのに、何故。
「そして、二人目は」
こうなると、もう一人の人選が気になるところだ。先程己が救援に行くことを遮られたことから、自分ではないことは確か。とすると、考えられるのは副団長のカインやリィナ、もしくはここ最近リュカと中のいいセリンだろう。
そう考えていたセイナであった。だが。
「この女だ」
「え?」
事実は、彼女の想定を大きく越えてしまっていた。
ところ変わって地底温泉。そこでは、リュカが一心不乱に天狩刀を振ってゴーザと応戦していた。その戦いは五分と五分と言っていい。
「ハッ! ハァァ!!!」
『ッ、この!!』
温泉に腰まで浸かっているゴーザは、そこから飛び出しているいくつかの岩の上に乗り移りながら、時折自分のことを攻撃するリュカを叩き落とそうとする。
しかし、動きが鈍い。まったくといっていいほどにリュカを捉えることができていない。おそらく、未だに一撃も与えることはできていないだろう。
『なぜだ、どうして我の力が……』
どうやら、上手く力が発揮できていないようだ。
おそらく、温泉の効能が作用しているのだろうと、リュカは考えた。
この温泉、確か地上でローラに聞いた話によると、効能の一つに邪を祓う効果があったはずだ。聞いた時には嘘か誠かわからなかった。しかし、実際に現在のゴーザの姿をみているとそれが真実であったと言うことがわかる。
だが、それでも体格の差、そして皮膚の硬さというゴーザの身体が持ついわば肉の鎧によってゴーザの方が有利に戦えており、これといった決めてにかけている状態だ。
このまま千日手が続けば、龍才開花を維持するための魔力までも失う。そうなれば、もう打つてはない。早く何か考えなければ。
「ッ!」
その時、リュカの目にフランソワーズの姿が入った。フランソワーズは未だリュカが連れて行った安全地帯から動くこともままならない様子。
彼女が、先程のような雷の魔法を使うことができれば、身体中が濡れているゴーザを感電死させることはできるだろう。
だが、彼女は先程の土魔法によって全ての魔力を出し切った状態。しばらくはあんなド派手な魔法を使うこともできないだろう。
「私の魔力量じゃ、あんな魔法できないし、どうすれば……」
「お姉ちゃん!!」
「!」
『ムッ!』
その時、声が地底温泉中に響き渡った。上からだ。とても聞き覚えのある可愛らしい声。間違いない。
「ケセラ・セラ!?」
「来たよ!!」
ケセラ・セラだ。
まずい、今この場に現れては。例えたぐいまれなる瞬発力がある彼女であったとしても、空中で急にその体を方向転換させることなんてできない。あれでは、絶好の的だ。
「ダメ! 危ない!!」
リュカが叫んだその瞬間だった。
『小癪な! うぉぉぉぉぉ!!!!』
「ッ!」
ゴーザの放った光線魔法が彼女に向けて飛ぶ。
温泉によってその威力はかなり落ち込んでしまってはいるが、それでも人一人を焼くのに十分すぎるほどの威力であろう。あれが直撃してしまえばケセラ・セラはーーー。
そして彼女の姿は隠れているフランソワーズにも見えていた。その光線が当たろうとする瞬間、彼女は無心の内に叫んでしまっていた
「危ないッ!」
【結】
しかし、その光線が彼女に当たることはなかった。
防御魔法だ。おそらく、ケセラ・セラと一緒に降りてきた者が使用したのだろう。だが、見ていてほれぼれするほどに綺麗な結界である。光線が当たっても一切びくともしないどころか、ソレの魔力を全て吸収する勢いだ。あれほど見事な防御魔法をしようできる人間が、騎士団にいたのだろうか。
「え?」
『なに!?』
いや、違う。ゴーザも気がついたようだ。自分達はその防御魔法を知っていた。
何故なら、昨日戦ったからだ、彼女と。その時に、何度も何度も目にして、眼に焼き付いてしまってからだ。
「全く、怖いもの知らずなのか命知らずなのか……」
少女は、防御魔法を一度しまうと、今度は自分の足元に防御魔法を応用した魔法、【浮】を使用し、その上にケセラ・セラと共に乗った。
そのまま、女性はまるで天空から降り立つ天使のようにゆっくりと自分達の目線にまで辿り着いた。その姿に、リュカたちはただただ見惚れてしまっていた。
「あ、あなたは……」
『馬鹿な! 何故貴様が……!!』
少女はゴーザの問いに答えるような素振りで、しかしリュカに向けて言った。
「リュウガから、貴方を助けるように言われたのよ……リュカ」
巨大な盾、そしてそれに差し込んだ剣。あの防御魔法とその顔立ち。見間違えるはずがない。自分達は死闘を繰り広げた中であるのだから。
そう、彼女は。
「ヴァーティー!?」
トオガの国、防御専門部隊の隊長。防御魔法の達人、ヴァーティーその人である。
だが、何故だ。彼女は昨日の戦いで自分と戦い、死んだはずではないのか。
それに、リュウガから言われたって、どう言うことだ。リュカの頭を困惑が支配していた。
『貴様、裏切るのか!!』
「私は……私たちはもう、あなたの言いなりになんてならない……」
『そうか、ならばあの世で後悔するがいい!』
ゴーザは、怒気と殺意を吻合した物言いで叫んだ。
『死ね!!』
と。
当然、その言葉だけでは何も起こらない。それは、ゴーザもまた知っているはずだ。きっと、彼女を殺すために何かをするのだろう。そうリュカは考えていた。だが。
「……」
「……」
「……」
誰も、何もしなかった。
とても気まずい時間があたりを支配する中、徐々に徐々にゴーザが困惑している様子が伝わってくる。
『なに、馬鹿な! 何故……』
「え? どういう事?」
なんだ、いったいこれはどう言う状況なのだ。ゴーザが何かをしたのか。そして、それが失敗したのか。何も知らないリュカもまたただただ困惑するばかりで、そんな彼女の様子がおかしかったのか、ヴァーティーは、含みのこもった笑みを浮かべてから言った。
「悪いわねゴーザ……私たちはもう、とっくに一度……いえ、二度……」
ヴァーティーは、服の胸元をさらけ出して言った。
「死んでいるのよ」
「え?」
ある種、衝撃的ともいえるような言葉を。




