第十六話
どうして気がつくことができなかったのか。それは、暗にミウコの人々を非難しているわけじゃない。本当に疑問に思っているからだ。
あの国が抱えた秘密、ローラが戦中に聞いたところによるとどうやら女王やその側近。さらにはその真上にいたはずの鍛治職人たちもまた知らぬことであったらしい。
しかし、それも当然のことだったのかもしれない。室温の関係上、あの部屋にいられるのはせいぜい十分程度が限界。そのわずかな間の中で、職人たちは剣を床に突き刺したり、床から剣を抜いたりしなければならないのだ。床下をじっと、それも目に魔力をためてみるような酔狂な人間が職人たちの中にいるはずもない。
それに、魔法使いである兵士たちであったとしても、地上から地下を見るようなことはしない。変わり者が一人や二人いたとしても、それがまさか自分達が足を踏み入れることのない部屋の上下に集まっている魔力だとは気がくことはできない。
だから、この国の国民がその場所に違和感に気がつくこともできなかったのはさも当然であったと言えよう。しかしそのせいでなぜ昔の人間たちがその部屋にそんな加工を、そして地下に奇妙な加工をしたのか、その謎は永久に誰も知らないままになってしまった。
なぜ、鍛冶場の下を通る『温泉』を、溶岩のようにみせかけていたのか、そんな奇妙が目眩しの意味を、誰も知ることはない。
「温泉……ですって……」
温泉に落ちたのちに陸がある場所へとたどり着いたフランソワーズは、リュカからこの辺りには本当は溶岩は通ってなくて温泉しかないということを今更ながらに知った。
「はい、わたしもびっくりしました。でも、人間が入っても大丈夫なくらい温度が下がっててよかった………」
一種の賭けだった。自分達の足元になるものが溶岩ではないと知っていた。でも、温泉が一体どのくらいの水温であるのかわかったものじゃない。下手をすれば卵を茹でることできるほどの温度である可能性もあったのだ。
まだ調べてもいないそこに飛び込むのはとても勇気が必要だったが、しかしフランソワーズの命を助けるためには飛び込むしかなかった。
多少の温度に関しては昨日見た防御魔法を見よう見まねで作った結果をしようすることによって耐えることができるとはいえ、百度をこえていたらどうなっていたかわかったものじゃない。この辺り、自分の厄子としての運命力が作用してくれて良かったと感謝するしかない。
今、地下深く、巨大な空洞と言ってもいい場所に彼女たちはいる。しかし、ゴーザはまだあらわれない。地上と地下の間にある魔法に手間取っているのではないだろうか。
「地上と地下との間にある魔法?」
「はい……あの地下の鍛治場。実は上下に魔力の輪が嵌められていることがわかったんです」
床下にあった魔力の輪は、地下にある温泉を溶岩に見間違う物とする魔法。
そして、上にあった魔力の輪であるが、実は地下深くにあると思われていたあの小部屋は、地上からさほど遠くない場所に置かれていた物だった。これは、あの部屋から地上にいた国民たちの魔力を探ったとき意外と近い場所にいたことからの想像。だから、あれは地上と地下とを何十回と同じ場所を往復させる魔法だったのではないだろうか。
この二つの魔力の輪が存在していたことによって、自分達はあの小部屋が地下深くの火山の火口の真上にあったものと誤認してしまっていたのだ。
なら、あの部屋で作られる炎の剣はどうなるのか、と思うのだが。あれはそもそも溶岩と思われていたものから立ち上る煙に燻られることによってできる物。それが、温泉から立ち上る湯気によってもたらされる効能による物であるのだと考えればいい。
要するに、ミウコの国は溶岩の上にある国ではなく、温泉の上に存在している国であると言うわけだ。いや、そもそも温泉が国の特産の一つである以上源泉がどこかにある事くらい気が付いていればよかったと今更ながらに思ってしまう。
「昔の人が、なんでそんな魔法をかけたのかは分からない。けど、分かっていることは……」
そう言いながらリュカは、魔力が尽きて座り込んでいるフランソワーズを見下ろして言う。
「結果的にフランソワーズさんの命を救うことが出来たって事」
「え?」
「だって、もしも本当に溶岩だったらフランソワーズさん助けられなかった物」
「リュカさん……」
もしも下がただの溶岩であったのならば,こうして彼女を救うことはできなかった。
命懸けにも限度というものがある。もしもそれが九十九%の死が確定されているものであったのならば、彼女もまたフランソワーズを救うために穴に飛び込むことはしなかっただろう。下がただの温泉であり、魔力の結界を張っていれば人間を無限に近い回数往復させる魔法を途切れさせることができるのではないかと、ローラから教えられなければ。きっと今も彼女は同じ場所を落ち続け、そしていずれこの地底湖に叩きつけられていたことだろう。
「フランソワーズさん、貴方は、決して殺させない。誰にも……」
それは、自分自身にもという言葉の意味にも捉えることができる。そう、彼女は絶対に自分自身にすらも殺させない。
こんな自己犠牲で終わらせてしまったら、たとえ戦に勝ったとしても夢見心地が悪くなるだろうから。
いや、それだけじゃない。もしも彼女がこんな形で命を落としてしまえば絶対に悲しむ人間が出てしまう。自分やヴァルキリー騎士団の面々、グレーテシア女王、ローラ。その中でも一番報われない人間。
「貴方が死んだら、貴方のために足を失ったミコが浮かばれませんから」
「ミコさん……」
先程、霧の中からフランソワーズを狙う魔法の光線を目撃し、彼女の命を救うためにと飛び出したミコ。
ここに来る直前に、彼女の様子を見てきたが、大腿の半分より上から下が綺麗さっぱりと無くなってしまっていて、二度と彼女が歩くことができなくなるのは誰の目にも見ても明らかだった。
もう、彼女が戦場に出ることはできない。それどころか、日常生活にも支障をきたし、不便な思いをすることだろう。前世ではそういった人たちのためのバリアフリーなるものが浸透していた。しかし、異世界であるここでそれを望むのは酷であろう。
そんな彼女の人生の大部分を奪った、しかしその代わりに命を救ったフランソワーズがこんな形で死んでしまうなんて、それじゃミコがあまりにもかわいそうである。
だからこそ、殺させない。彼女には呪いを背負ってもらわなければならない。自分を助けてくれたミコの分も、その足で歩き、その足で走り、その足でたくさんの景色を見て、感じて、学んで、そして寿命を持って死ななければならない。
そんな、呪いを勝手に背負わされるフランソワーズ。きっと、それは過酷な道になることだろう。でもそれでも前を向いて歩いてもらわなければならない。
だって、立派な足がついているのだから、というものか。
「ッ!」
「来た!」
いよいよ、お出ましである。無限に近い往復をこえた人とも魔物ともつかない化け物が。
穴から落ちてきたゴーザは、地底温泉に落ちた。巨大な物体が温泉に落水した瞬間、巨大な波が押し寄せてくる。リュカは、最後に残った魔力を使用し、その波から自分とフランソワーズを守る結界を作り出した。
これで、今日使える魔法は全て出しつくした。あとは、龍才開花以外に魔法を使う手立てはない。しかし、残るは目の前の化け物を屠るだけなのだ。そんなこと些細な問題にしかならない。
『ここは……かなり下に落ちていったものと思っていたが……』
水飛沫が生み出した雨を越え、水鞠の奥に聳え立ったゴーザは、キョロキョロと辺りをみわたしている。どうやら感覚でわかるのだろう。そこが地上とさほど離れていないということに。
温泉の深さが尋常じゃないためその腰のところまで濁り切った温泉に浸かっているゴーザ。その目の前の石の上に立ったリュカはその巨体を見上げて言う。
「ここは地底湖ならぬ地底温泉……そして、ここがあなたの墓場となる……」
『何?』
ちょっとはソレらしいことを言えて一人ニヤけた少女は、刀をゴーザに向け、言う。自分が、冗談でもなんでもなく本当に伝えたかったことを。
「トオガの国王ゴーザ。確かに、綺麗事を言っていたら天下統一なんてまた夢の夢なのかもしれない」
ソレは、地上でのやりとりの続き。あの時は、何も言い返すことができなかった。しかし、フランソワーズの自己犠牲という名前の自己満足をみて思い出した。
同じく、自己犠牲という自己満足をやらかした、あの王様のことを。そして、その王様に背負わされた呪いのことを。
「でも、それでも私は綺麗事を言い続ける。その綺麗事を望んだ人たちのために!」
例え、それが呪いであっても構わない。それが、今の自分が生きる理由だから。戦い続ける目的だから。天下統一をしなければならないという使命を与えてくれた原点であるのだから。
「仲間一人一人の思い……一人一人がしたかったこと……全部をうけとめて、私は戦い続ける!」
死んでいった者たちが本当に成したかったもの、二度と戦場に立つことができない者が託したもの、戦場へ立つことができずにただ見守ることしかできない者たちが願ったもの。それを全て受け止めてこそ、真の王というもの。
だが、彼はそんな彼女の言葉を一笑に伏すと言う。
『それが綺麗事だと』
しかし、彼女はそれ以上の言葉を紡がせなかった。何故なら、一人の人間の考えを変えさせることなんてとうていむりだから。だから、自分自身の考えを押し付け合う。
もうやめにしよう。口論なんて。もうやめにしよう。言葉の暴力で人を傷つけるのは。
「違う! これは綺麗事じゃない……これは……」
ここからは。
「仲間を否定する者たちへの宣戦布告……」
リュカの、リュカによる、リュカのための自己満足。
「それでも、私の言葉を綺麗事だと言うのなら、私は……私の綺麗事を真実にするその時まで、戦い続ける!」
もう、言葉程度で終わる戦いではなくなっていた。
【我は竜 我は刃 我は人の心を捨てて竜を宿す者なり 冥府に戻った魂よ 今一度だけ力を貸せ 我は人 我は夢 我が欲望を晒し出せ 命を解放せよ 聞け 我は天下を統一する者也】
【龍才開花 リュウ形態 第二の姿】
リュウ形態となったリュカ。これで、全ての決着をつける。その覚悟を持った少女は言い放った。
「そこをどけ……そこは、私が歩く天下取りの道だ!!」




