第十五話
「リュカさん、なんです? 調べたいことって」
「うん、ちょっと……」
今回の作戦が決まった直後、人々が寝に入った時刻。リュカは、ミウコ女王グレーテシアの秘書のローラと共に数日前に足を踏み入れた鍛冶場の地下に続く階段にいた。
あと少しすれば戦が始まる。だからこそ、今はその準備に時間を取らなければならないというのに、なぜわざわざ一度足を踏み入れた場所に入るのかとローラは疑問に思っていた。
「今日は、大丈夫なんですか? この前は、意識も朦朧としてましたけど?」
「騎士団の氷魔法が得意な人に、溶けにくい氷を大量に作ってもらって、服の中に入れてますから」
「へぇ……」
前にこの場所に来た時には、脱水症状や、熱中症スレスレまで来て意識朦朧という状態になっていた。だが、今回は騎士団の人間に作ってくれた氷をもらってきたのだ。
氷魔法は、この国でも頻繁に使われている魔法だ。兵士の宿舎でも使われている冷房機器にもその応用で使用されている。
氷魔法は、いわゆる応用魔法の一つではあるが、その中でも使用難易度は最も低いものである。熟練した魔法使いが使用すれば、溶けにくい氷を作ることも可能であるのだ。それをさらに応用して敵を半永久的に氷漬けにして殺すこともできる。
その氷のおかげで、リュカはまったく暑さを感じることもできずに快適に過ごすことができていた。
「ローラさんもどうですか?」
「そうね、頂くわ」
ローラもまた、リュカから二つほど大きな氷を貰い、服の下に入れた。やはり暑さに慣れているとはいえ涼しくなることは悪い話ではないのだろう。
「よし着いた」
とにもかくにも、リュカとローラは、再びあの炎の剣を作り出せる地下の部屋へとやってきた。
夜であると言っても、ここのそもそもの光源は地下深くにある溶岩の光であるので、灯りは昼間に来た時と何ら変わらなかった。
「一体、ここにきて何を?」
「前に来た時、ちょっとした違和感があって……」
「違和感?」
そういったリュカは、前に来た時と同じように剣を突き刺す場所から溶岩を見下ろした。
この感覚、やはりあの時意識が朦朧としていたから見間違えたというわけじゃないようだ。やはりおかしい。この距離感は。
「やっぱり近い……」
「近い?」
「溶岩の温度は、大体千度を超えてるんです、それがこんな近くまで来てるんだから、この部屋ってもうちょっと暑くないとおかしいんじゃないかって」
溶岩の温度というのは火山ごとに違いはある。だが、大体の火山の溶岩は千度を超えているはずなのだ。そんな千度を超える溶岩の真上にあるこの部屋に、この前は数分間もいることができていた。本当なら数秒もいられないような暑さになっているはずなのに、氷数個を持っているだけで耐えられる。これは何かおかしい。
「それにガスも」
「ガス?」
「はい。有毒な煙……みたいなもので、こういった溶岩からはガスが発生していることが普通なんです」
「でも、それがない」
「いえ、あるような匂いはするんですけど……でも薄いというか……」
匂いを嗅ぐ素振りを見せるリュカ。本当にこれが火山ガスならばそんな行為をすること自体危険であるのだ。
つまり、この時の彼女は自殺行為に等しいことをしているわけだが、そんなこと彼女は一切気が付いていなかった。
「どう言うこと?」
これは、どう捉えればいいのだろうか。同時に考え込み始める二人。
リュカは、何気なく目に魔力を集めて地下を凝視してみた。もしかしたら何らかの魔法がかかってガスや熱気を抑え込まれているという可能性があるからだ。
「……あれ?」
「?」
「なんか、この床下に魔力の輪が……」
「え?」
そう言われてローラもまた、リュカと同じように地下を眺めてみた。すると、確かに見えたのだろう。
部屋を囲い込むように配置されている魔力の輪。前世のサーカスという見せものであったような火縄潜りの輪のように揺らいでる魔力が見てとれる。
「本当だわ……気が付かなかった」
「まぁ、こんなところで魔力を見ようとする酔狂な人間そんないないでしょうし、入るのは、大体職人さんくらいですよね?」
「そうね……私もこの前初めて入ったくらいだし……」
と、リュカは魔力を目に集めたまま市民がいる地上の方を見てみた。すると、そこにもあるではないか。魔力の輪が。
「よく見ると天井にも……って、え?」
「今度は何です? これは……」
「気がつきました?」
「えぇ、でもなんで……」
彼女たちはさらに不自然なことに気がついた。近すぎるのだ。地上にいる国民の魔力が。
自分達は、大体一時間程度階段を降りていたはずである。ともなれば、その分地上から離れていることになる。それは当たり前だ。
でも、それにしてはやけに地上にいる人間たちの魔力が近いような。そんな違和感のようなものを感じた。先程から遠近感が狂っているような印象を受けるのだが、一体自分達の身になにが起こっているのだろう。
こうなれば、とリュカは徐に壁を触り出した。突然の行動に困惑したローラがきく。
「……何をしてるんです?」
「魔法で壁を削るんです」
「正気なの?」
「大丈夫です。この辺りは構造がしっかりしてるみたいだから……」
少し触れただけでも、この部屋の壁は長い年月の中でかなり硬化されているというのがわかる。これならば、少しばかり壁を削ったとしてもすぐに崩れるということはないだろう。
と、部屋が崩れる心配をしていたと思っていたリュカであるが、そうではないようだ。
「いえ、そういう事じゃなくて……そんなことをして何の意味が?」
「気になることは、放って置くなって父から言われてまして……」
あの下に見えた魔力の輪。あれが、ガスや熱気を遮っているのかもしれない。だが、そうだとしてもあの天井の魔力の意味は何だ。どうして地上との距離があんなにも近く感じる。
「あの溶岩に何かある……でも、何かが私たちの視界をごまかしているのなら、こうして別方向から……」
確かめなくては、自分達の目を誤魔化し、何を隠しているのか。溶岩に何の秘密があるのか、その答えを見つけ出さなければ。リュカは、手に魔力を込めながら壁の一部を削り取った。
普通の状態でやろうものなら手がズタボロになって大変なことになるだろうが、しかし魔力をこめていればどんな硬いものでも砂の城壁の如く簡単に削ることができる。
「よし、このまま……」
リュカは、壁を崩落させないように慎重に、必要最低限で掘り進める。慎重に、しかし確実に。できれば最短距離で、しかし容易に先程の部屋に戻ってこれるように、慎重に、慎重に。
「空いた……ここが、さっきの床の下……」
そしてついに辿り着いた。掘っても掘っても土の壁しか見えなかったリュカの視界に、広けた空間が出現したのだ。
足元にあった魔力の輪は、自分のほぼ真上、つまりなんらかの魔法の対象外の場所に自分はきたのだ。ここからならば、溶岩の真実を見ることができるはずである。
リュカは、恐る恐る溶岩のあるはずの場所をみた。
「って、えぇぇぇ!!?」
そして驚愕する。自分が目撃したものに。
あれはまさか。いや、しかし確かにこの国の特産物の一つにソレがあるとは聞いていた。でも、なんでこの場所に。というかどうして『溶岩があるはずの場所』にソレがあるのだ。分からない。全く意味が不明だ。
「ど、どうしたの?」
「えっと、あ……あれって……ローラさん! 剣を刺す穴から下を見てください!」
「え? わ、わかりました」
自分の大声に驚いたのであろう。しかし、これは実際に見てみなければこの衝撃は伝えられない。リュカは、とりあえず先程の自分のように剣を突き刺す穴から下を除いてもらうように言った。
数秒後、リュカは、上の方に自分の方を除く一つの目を確認する。おそらくローラの目であろう。リュカは彼女に問うた。
「ローラさん、そこから何が見えますか?」
「何がって、溶岩と、あなたの姿だけよ?」
「そうですよね……」
当たり前のことをきくリュカ。しかし、それだと矛盾してしまうのだ。自分が今見ている光景と、ローラが目撃している光景が。
リュカは、ローラにもことの重大さがわかるようにと、あるものを取り出した。
「ローラさん、この氷を見ていてください」
「え? は、はい」
彼女が取り出したのは、服の下に入れていた氷である。彼女は、それを下の『液体』にむけて放った。
すると、氷は液体の中に小さな水飛沫をあげて落水。少ししてからゆっくりと溶けていった。
「え?」
「何がおかしいのか、わかりますよね?」
ローラにもわかった。氷が、溶岩に落ちてからしばらく溶けずに残っていたということを。
そして、それがどれだけおかしいことなのかを。
どれだけ温度の低い溶岩であったとしても、氷のような溶けやすい物が落ちてしまえば、その途中で蒸発するか、偶然欠片が残っていたとしても、落ちた瞬間に綺麗さっぱり無くなってしまうはず。それなのに、氷は《溶岩の中》に落ちてから少しの時間だけでも残っていた。
これは、一体どういうことなのか。
「どういうことなの? リュカさん……」
「驚かないで聞いてください……」
そしてリュカは語る。自分が目撃しているものの正体。自分たちが今の今ままで溶岩だと思っていたものの正体を。
ローラはしかし、衝撃と共にそれらの情報がもたらした新たな答えに辿り着いた言いようのない快感に陥った。
そうか、これが真実に到達するという快感。これが、謎に挑戦する快楽。何か別のものに到達したような感じがしたのだと、ローラは後に語っている。
そして、時は再びあの時へと戻っていく。
「フランソワーズさん!!」
「え?」
目を瞑り、最期の時を思い浮かべていたフランソワーズが、その声に目を開ける。すると、そこにいたのはーーー。
「リュカさん!?」
自分に向けて手を伸ばしているリュカだった。彼女には、その姿がとても神々しく見えたという。
あの時、フランソワーズが地面に吸い込まれた瞬間、彼女もまた走り出し、穴の中に飛び込んでいたのだ。全ては、フランソワーズを救い、そしてゴーザと決着をつけるために。
しかしそんな行動誰がどう見ても無謀だった。
「何をしてるのです! この先は、溶岩が……」
「大丈夫!!」
「え?」
大丈夫、とはどう言うことなのか。フランソワーズの疑問はしかし、風切り音にかき消されてリュカの耳には届いていなかったのか、フランソワーズを抱き寄せると手を下に向けて言う。
「えっと、確かこんなんだっけ」
【結】
昨日、ヴァーティーと戦う中で何度も見た防御魔法。あれだけ繰り返して見せられれば誰だってその魔法の使い方がわかると言うものだ。
実際には彼女のソレとは比べ物にならないくらいに雑で、とても小さな、人二人くらいしか囲むくらいの結界しかできなかった。やはり、こう言ったものは修行しなければより大きく、より強固にはならないのか。
しかし、今回の使用目的は攻撃を防ぐことでもない。《魔力を受け流す》ことだ。だから、この程度の荒い結界でも効果を発揮できるのだ。
「消させはしない! あの子が助けた……確かな灯火!!」
「ッ!!」
フランソワーズの体をさらに抱き寄せたリュカ。
その瞬間だった。
彼女たちは落水した。
とても暖かな水面の上に。




