第十四話
その時から、十年以上も前のことです。
私は、決心しました。ミウコの国から出ていくことを。
国王になることが怖いから、結婚したくもない男と結婚するように言われたから。
違う。私は、離れたかった。妹と。
私と妹のグレーテシアは、とても仲睦まじく育ったと言っても過言ではありませんでした。
毎日毎日、遊ぶ時も、勉強する時も、食事をするときも、寝る時も、そして怒られる時も。ずっとずっと、一緒にいました。
そのうち、私は妹のことを愛するようになってしまいました。それは、姉として妹を守らなければならないという使命感のようなものと、最初は思っていました。いや、思いたかった。
でも、違いました。
私は、妹に恋してしまったのです。
姉妹なのに、妹のことを好きになるなんてどうかしている。気持ち悪い。そう自分でも思いました。
でも、一度気づいてしまった気持ちに嘘をつくなんて私にはできませんでした。
だから、私は思い切って妹に告白したのです。私は、貴方のことが好きですと。
ソレで,拒絶されたかった。気持ち悪いと、蔑んでほしかった。そうすれば、キッパリと諦めがつくから。
でも、予想外のことが起こりました。
妹も、私のことが好きだったのです。
運命を感じました。まさか、私たちが両思いだったなんて。
私も、お姉様のことが好きですと、言われたあの時の言葉、今でも思い出すことができます。
まさしく、天に昇るかのような気持ち。自分の人生の中でここまで嬉しいことが起こるだろうかと、そう思えるほどの出来事でした。
そしてその日、身体を重ね合わせた私たちはただの姉妹ではなくなりました。
嬉しかった。本当に好きな人と恋人同士になることができて。でも、そんな幸せも長くは続きませんでした。
ふと、私は気がついてしまったのです。このまま自分達が大人になった時のこと。いえ、妹が大人になった時のことを。
不安になってしまったのです。もしも、妹が私に依存的になってしまったらどうしようかと。愛していたが故分りました。妹は、他人に依存的になることがあると言うことが。だから、自分という存在にずっとずっと寄り添い続けていたのです。
でも、そのままじゃいけない。このままじゃ、妹は私、いえ他人がいなければ生きていくことができない人間になってしまう。そんなの、人間として間違っている。
だから、私は決心しました。妹と離れることを。このまま近くにいると、妹がダメになってしまう。そんなことになってはならないと思って、私は逃げました。
父にも内緒だった家出ですが、私はたった二人にだけ真実を話していました。
それが母、そして親友だったローラ。
母は、私たちが愛しあって、さらに一線も超えてしまっていたと言うことに驚きはしていました。しかし、私たちの人生なのだからと、優しく頭を撫でて、許してくれました。
ローラには、すこしだけ引かれました。そして、妹馬鹿呼ばわりされました。ですが、最後には納得してくれた彼女の、あの泣き腫らした顔は今でも忘れることはない。
そして、私はいくあてもない旅に出ました。食糧もお金もほとんど持たず。身一つでの旅を何ヶ月か続けました。
道中山賊や獰猛な獣に出会い、人間としての命、女性としての命のききにたたされることがなんどもありました。
ですが、その度になんとか危機を乗り越え、私は大きく成長しながら旅を続けました。
そんな時、私は出会った。
初めて心がときめいた異性に。
それが、ロプロス王だった。
溶岩に向かって落ちていく。そんなときに浮かんだ過去の記憶たち。これが、走馬灯というものなのでしょう。
もう、遠い記憶になってしまった。でも、あの時の気持ちは何もかも思い出せる。それが、とても嬉しかった。
そして、そんな気持ちを思い出しながら死んでいくのに、私は幸せを感じていました。
『なるほど、この先には溶岩があるそうだな。我と心中するか? だが、我の身体は溶岩程度にどうとできる者ではない!』
「無駄かもしれません……ですが、それでも最期まで……」
分かっていた。この程度で倒せるのなら苦労はしないと。敵の王が、魔族の力を取り込んだと言うことを聞いた時から、この作戦が失敗に終わることなんて,目に見えていました。
でも、それでも私は最後の最後まで、あがいてみたかった
最後の最後まで、これが罪滅ぼしになるのだと、信じたかった。
あの日、私たちが捨てた命への。失われるはずだった命への。
ケネル。私の産んだ最初の娘。
彼女の顔が見えた時、心の底から嬉しかった。
誰にでも自慢のできる娘にすると、誓いたかった。
でも、その髪色を見た時愕然となった。
髪が、蒼い。
厄子だった。
存在してはならない子供だった
胸が、張り裂けそうだった。
私の初めての子供が、まさか世界中から忌み嫌われる存在である厄子だなんて。
私は、例え娘が厄子であったとしても、育てていくつもりだった。
例え後ろ指を刺されても、国を追放されたとしても、育てていくつもりだった。
でも、できなかった。
もう、数えることのできないくらいの命を捨ててしまったから。
私がマハリの国の王妃になる前、なった後、その間で何人の子供が命を断たれたことか。
何人の命が捨てられてしまったことか。わかったものじゃない。
そういう決まりがあったから。そういう掟だったから。そんなのは関係ない。
私たちは怖かった。自分たちを特別扱いすることが、怖かった。
私は厄子の子供たちを捨ててきた。国が、そして私たち自身が不幸にならないためにと、泣く親たちから子供を奪って、捨ててきた。
そんな自分が、いざ自らの子供の番になって命惜しくなってはならない。そんなことしてしまえば、今までの子供たちの犠牲は何だったと言うのだ。親たちは、何のために自分の子供を差し出したと言うのか。
許されるわけがない。自分達のしてきたことは。その自覚があるからこそ、私たちは軽々しく子供を育てることができなかった。
私もまた子供を捨てた。それまでの親たちのように、あの森の中に捨ててきた。私たちが、一番信頼するものに託した。
そして生涯、子供を作らないこと、そして子供を育てないことを決心した。
自分には、そんな資格はないから。
私は、その日から自分の部屋に祭壇を作った。
今まで捨ててきた子供たち、そして自分の子供の魂を弔うための祭壇を。
毎日毎日、私はその祭壇に何時間も祈り続けた。
せめて、子供たちの魂が、今度は優しい、掟なんてものを知らない人の統治する国に生まれ変わることを願い続けていた。
例え、それが自己満足だったとしても。
そして、今その全ての罰が降ろうとしているのだ。自分勝手に生きてきた自分に、ついに天罰が降ろうとしている。
夫、ロプロスは既に罰を受けた。自分の命を持って自分がしてきたことの咎を受けた。今度は、自分の番だ。
待っていてください、アナタ。今、罪を増やした私が逝きます。
妹の人生を弄んだ。罪深い私が。
多くの子供たちの人生を弄んだ私が。
そして、自分の子供のことも愛することを罪と思ってしまった私が。
妹を愛した。その気持ちに嘘はありません。
ですが、私は男も愛してしまった。
どちらが正しくて、どちらが間違っていたのか。今の私にはもうわかるはずもありません。
ですが、わかることといえばそう。
私は、二人とも好きだったと言うこと。
そして。
ケセラ・セラと名前を変えた子供を、愛することができなかった。
ただ、そんなわがままとも言える事実だけ。
そして、彼女は地獄へと落ちていく。はたして、そんな彼女の魂をを救える人間がいるのか、それは、誰にも分からない。




