第四話
この戦の主役は、いったい誰なのか。いや違う。これを劇だと例えよう。
もしもこれが、戦という舞台で行われる群像劇であるのならば、その主演はいったい誰であるのか。リュカ、いや違う。ならばセイナ。それも違う。で、あるのならばやはり作戦の肝を任されているフランソワーズ。それも違った。
この戦の主演、それは戦に参戦している人間全員である。そこに敵や味方なんてものは存在しない。誰もが自分自身が一番目立ちたいと躍起になり、誰もが自己中心的な人間になりうる。それが、戦という劇。
ここに、連合軍側ではない、トオガ軍側の主演の人々を紹介しよう。
黒に密集した鎧の数々。熱気に包まれ、今か今かと敵が来るのを待ち望んでいた軍人たちは、その瞬間歓声に包まれる。
「来た来た。馬鹿の一つ覚えのようにゾロゾロと」
見れば、ミウコの軍人たちが一目散にこちらへと向かって走ってきていた。その姿は、まるで童が追いかけっこをしているかのようで滑稽に見える。
「奴ら、戦慣れしてませんね」
「二年前の大戦にも出てこなかったような臆病者だ。当然だろう」
まさか、こんな簡単に敵をおびき出すことが出来るなんて、彼らも思ってもみなかった。
大量の矢の中に魔法で作った矢をまぎれさす。それはトオガの軍にとっては常套手段のような物。これまでの戦でも幾度となく使ってきた挑発だった。
突如として襲ってきた予想もしていないようなところからの攻撃。ソレを受けて敵がどのような動きをするのかでその力量を図ろうというのだ。そして、今回もそのおかげで敵がどれほどの力を持っているのかを知ることが出来た。
弱い、弱すぎる。これまで戦ったどの国よりも。
こんな単純な挑発に軽々しく乗って特攻を仕掛けてきているのがそのいい例だ。この程度だったら赤子の手を捻るように簡単に潰すことが出来るだろう。
だがそれも仕方のないことかもしれない。そもそも自分たちが攻めようとしているのは、この周辺の国々が参戦した二年前の大戦の折にも姿を見せることのなかった臆病者。そんな輩に自分たちトオガが負けるどおりはないのだ。
「おっ、魔法を撃ってきたぞ」
「おいおい、本当にあいつら素人じゃないのか? 全然狙いが定まってないじゃないか」
ミウコの兵は、自分たちに向けて魔法で作った矢を飛ばしてくる。だが、どれもこれもが見当違いの方向に飛んでいて、まともに自分たちの方向に飛んできてるのは数えるほどしかない。
先ほどまでとは比べ物にならないくらいに粗雑な魔法。先ほどまでは魔力量も、その練度も自分たちに匹敵するのではないかと思う物が混じっていたのに、今ではそれも見当たらない。先ほどのソレで力尽きたのだろうか。
とはいえ、いくつかはこちらに向かってきているのは確かだ。その部隊の隊長を任されている人間は、ある一人の女性を呼んだ。
「なんでしょうか?」
栗色の髪をした、まだ子供であると思わしき少女。自分の事を呼んだその声にうっとうしいといった表情を浮かべて聞いた。
「念のためだ。さっきのように防御魔法を張れ」
「……分かりました」
【結】
少女は、渋々と言った感じで手を上にかざして魔法を使用する。それこそ、先ほどの大量の魔法の矢を弾き飛ばした魔法【結】。文字通り、結界を自分の周囲に貼る魔法出るのだが、彼女のソレは常人の何倍、何十倍もの大きさを持った物。しかしその分脆弱性があるとは言えず、ミウコの兵から放たれた魔法はその結界に当たるとすぐさま消滅。結界は、一切微動だにはしなかった。
「ヘヘッ、まったく便利だよなこの防御魔法ってのは」
「あぁ、これのおかげで相手の悪あがきの攻撃でも怪我人が出ることもない」
「それもこれも、≪アディガー≫を滅ぼしたおかげだな」
「ッ!」
その隊長の言葉に、獣が獲物をにらみつけるかのような表情でにらみつける少女。どうやら、彼女の激離任に触れた様子だ。身分の違いも何のその、下級兵士の一人であるはずの少女が、目上の人間をにらみつけるという異様な光景が広がる。
「おっと、怒ったか? 悪い悪い」
「……いえ」
少女は、ムスッとした表情を変えずに上を見続けた。どうやら、相手の魔力が切れたようで、もう魔法が結界に当たる様子はない。
なんだか拍子抜けしたと、後に彼女は語っている。つい先ほどまではかなり手ごたえのある攻撃をされてもしかしたら抜けられるかもしれないと思う攻撃も何個かあった。しかし、今彼女が受けた魔法はまるで正反対。本当にこの国に命運を託していいのかと思いたくなるほどだった。
「ミウコの兵、魔法の射程範囲に来ました」
「よし! 地面魔法班! やれ!」
『応!!』
少女は、その言葉を受けて結界の魔法を解いた。
ここからが、この軍隊の真骨頂だ。これを、ミウコの兵たちがどのように回避するのか、見ものである。
「こ、これは!?」
連合軍に最初に訪れたのは地響きだった。
足から伝わり、心臓をも揺らすかのような大きな地響き。立っているのもやっとで、見るとミウコの兵たちを中心として何人かがうずくまっている様子が見える。
「皆! 止まって!!」
ヴァルキリー騎士団のセイナは、背後にいる仲間たちにそう声をかけた。だが、そんな言葉掛けられなくても、既に走ることが出来る揺れではなくなっていたため全員が立ち止まって、地面に手をついていた。
この揺れの中でも立っていることが出来ている団長、副団長、一部の隊長級、あとケセラ・セラがおかしいのである。勿論リュカも立っている、のなら格好がついたのかもしれないが、残念ながら平衡感覚は彼女たちには及ばないらしい。
「やっぱり、そう来るわよね……」
「もしかしてこれって私が王様の国で使った……」
そう、ケセラ・セラにはこの魔法の感覚にどこか覚えがあったのだ。マハリでエリスの処刑を阻止しようとした際、自分が法務大臣の部屋の床を崩した時に使用した魔法。それに似た感覚。と、いう事はこの魔法は。
「そう、地面魔法の一つ……!」
ケセラ・セラの質問にセイナが答えようとした瞬間だった。
地面が浮き上がった。いや違う。地面がひっくり返ろうとしているのだ。ミウコの兵たちだけじゃない。自分たちの最後方に至るまでの地面が、まるで木の皮をめくるかのように裏返ってしまっている。
これこそ、地面系統の魔法。その最高峰に位置する超強力魔法。複数人の魔法使いが虚力することによって絶大な力を発生させる魔法。
【翻天覆地】
「う、うぉぉぉぉぉ!!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
連合軍は、その魔法に飲み込まれた。そして、戦場に新たな岩山が出来上がった瞬間でもある。
元は、地面だったはずの岩石。自分たちの足を支えていたはずの地面が、いきなり天となった感覚。
そんな、単純な思考が、大多数のミウコの兵たちの思考の最後となった。
「どうだ?」
「さぁ、まだ土煙に紛れて見えねぇが、まぁ大体は地面の下敷きになったんじゃないか?」
一瞬のうちに舞った土煙。それにより、トオガの兵たちは連合軍の姿を見失ってしまった。だが、みえなくてもしかたがないだろう。恐らく先ほどの魔法によって、ミウコの兵のほとんどががれきの下敷きとなったはず。あれだけの巨大な岩石だ。普通の人間の上に落ちてしまえばひとたまりもない。
これでもう戦はほとんど終わったような物である。あとは残党狩りをしてミウコの国に降伏勧告すれば、自分たちはほとんど無傷のまま国に帰ることが出来る。
意外にあっけなかった、とは思わない。なぜならばこの結果は先ほどの魔法を防いだ時にすでに目に見えていたから。あの程度の挑発に乗る上に、抵抗らしい抵抗が虫に刺された程度の攻撃。この程度の力であったのならば、地形が変わるほど大規模な魔法を使わなくても人海戦術を使用することによっても簡単に制圧することが出来ていたであろう。
まさしく、負ける要素が一つもない完勝。の、はずだった。
「ん?」
「どうした?」
「いや、今魔力の反応が……」
「何?」
確かに、土煙の向こうにほんのわずかだが魔力残渣が見える。恐らく、先ほどの攻撃の際に咄嗟に後方に逃げた人間がいるのであろう。だが、そんな行動を取れるのは舞台でもよくて一人や二人ぐらいだ。気にするほどでもない。
「それこそ最後の悪あがきだろ? 防御魔法を張ってれば……」
そう言って、隊長が再び少女に防御魔法を使用するよう命令を下す。直前だった。
「ッ」
「へ?」
「なっ!?」
隊長の首が吹き飛んだ。文字通り、突然に首から上が消失してしまったのだ。絡繰りは分かっている。魔法だ。恐らく、鋭く練度の高い魔法による一撃が彼の頭を襲ったのだろう。
いや、しかしちょっと待て。確かに、自分たちは少し油断していたのかもしれない。だが、だからと言ってこれほどまでの速さで魔法を放つことが出来る人間が何人いる。それも、ミウコなんて弱小国に一人いてもおかしいだろう。普通に考えて。
いや、しかし普通じゃないことが今目の前で起きたのだ。受け入れなければならない。
そう、受け入れなければならないのだ。
そんなことを考えながら、男は首をはねられたのである。
「なに!?」
一瞬にして二人の兵士の命を奪った存在。一人は、岩山の上から魔法を使用することによって、一人は自分が彼らの前に降り立つ直前に行き掛けの駄賃のように首をはねた。ここまでの時間わずか三秒。
たった三秒で二人の命を奪った人間の正体。それは、騎士団長のセイナ。そして、ソレに続くように彼女たちもまた。
「ぎゃぁ!」
「ぐばぁ!?」
「よし!!」
「き、貴様、ぐあッ!!」
トオガ軍が、セイナの事を認識した瞬間。また同じ岩石の上から次から次へと人間が降りたち、何が起こったのか理解できていないトオガ軍の軍人たちを圧倒していく。首をはね、胸を貫き、次々出来ていく死体の山。
死体となった人間たちは、生前誰もが思っていたであろう。何故、これほどまでの人数が生き残っているのかと。
答えは単純明快、岩山が地面から離れて大地と垂直になった瞬間、足に大きく魔力を込めて岩の大きさよりも遠くに向けて跳んだのだ。結果、ヴァルキリー騎士団の全員が無傷でその場から離脱することが出来たのだ。
その際、余裕のあった人間はミウコの兵も助けるというオマケ付きで。余裕のあった、つまりほぼ全員の事であるが、最多人数はセイナの三十人であった。リュカでも一人救うのがやっとだったので、流石というかいつも通りというか。
そして、土煙が舞い、敵の視界がふさがれている事を察したヴァルキリー騎士団はすぐさま敵のいる方向に跳んだ。これが、彼女たちなりの奇襲である。これによって、トオガの軍の前方にいた軍人のほとんどを屠ることに成功したヴァルキリー騎士団。セイナはその全員が岩山の前に来た事を確認すると大声を上げて言う。
「一気に中枢まで行くわよ!」
『はい!!』
「絶対防衛線は砦? 上等じゃない……」
それは、女王グレーテシアが作戦を提案した際に絶対防衛線が砦であるという言葉。ソレを、ふと思い出したセイナ。実は、この言葉に少しだけ苛立ちを感じていたのだ。
ここまでの距離を見て分かる通り、戦の中心と砦のある場所はかなり離れている。あそこまで距離があって、トオガの国が彼女が定めた絶対防衛線である砦まで侵攻するとなれば、砦を守る自分たちが無能扱いされても仕方がない。いや、絶対防衛線をそんなところに定めたこと自体、彼女たちを心のどこかで信頼していないのかも。そう考えられるのだ。
だからこそ、セイナは宣言する。魔法を発現させながら。
「私たちの絶対防衛線は……」
【雨天】
「今、この場所よ!!」
雨が、降り始めた。セイナが発現させた水系統の魔法だ。これにより、空中に舞った土煙のほとんどが地面に叩き落され、視界が良好となる。
ここからは近距離戦。人数差はこの被害によってさらに拡大してしまったが問題はない。今、ここですべての敵を倒せば同じこと。リュカは、そう考えながら刀を握り、そして、抜いた。戦は、まだまだ始まったばかりである。




