第三話
騎士団の面々が放った鏑矢、炎と水の矢は、一つたりとも乱れることなくトオガの軍隊に向け山なり半円を描き飛んでいった。
当然のことながら騎士団のいる場所と彼ら、トオガの軍隊がいる場所はかなり距離が離れている。恐らく、キロ単位であろう。
そのため、魔法の攻撃を届かせるにはそれ相応の精度と魔力が必要となってくるのだ。
しかし、そこは騎士団の面々である。まるでそんなこと苦でもないかのように軽く飛ばした魔法があっさりとトオガの軍にたどり着いてしまった。
これで少しは敵の数を減らせればいいのだが。そう考えていたリュカだが、やはりそう簡単にはいかせてくれない。
二種類の矢は、まるで見えない壁にぶつかってしまったかのように突然空中ではじけ飛んでしまった。
「防がれた!」
「あれが例の防御魔法ね……離れていても、随分と強固な魔力の練度を感じるわ」
セイナの言葉に、リュカは目に魔力を込めてその防御魔法を見る。なるほど、確かに言われてみればとてつもなく繊細な魔力の込め方をしている。まるで衣服の繊維のようにきめ細かな編み込みで、芸術的とすらも感じ取れてしまう。
あれほどの防御を張れるのならば、遠距離の魔法をいくら撃っても敵に届くことは無いであろう。
「あれがあるから、どの国も接近戦で挑まざるを得なかった……か」
「そういう事……さぁ、前哨戦は終わり。ここからが戦の本番よ」
「はい!」
そう、ここまでは単なる挨拶。本当の戦いはここからだ。
ミウコの軍、そしてヴァルキリー騎士団の面々、これを連合軍と呼称するが、連合軍はミウコの軍を先頭にしてゆっくりと進軍を始める。それを見たトオガの軍隊もまた、その黒々とした鎧を右に左にと移動させながら近づいてくる。
徐々に最終防衛線である砦から離れていく連合軍。リュカは、その場所にいるマハリの国から連れてきた兵士たちの姿を見た。セイナが言うには、彼らはもしも自分たちの軍隊が突破された時のための文字通り、最後の砦として残しておくことにしたのだとか。だが、リュカは分かっていた。セイナが彼らを残した意味を。
率直に言えば力不足なのだ。マハリの国の兵士たちは。魔力の練度も質も、そして連携も何もかもが自分たちの騎士団よりも劣っている、のならばまだ許せる。しかし、ミウコの国の軍隊よりも劣っていたのはいただけなかった。
もしも彼らが前線に出たとしても、すぐにトオガの軍隊によって押しつぶされ、無様にその死体をさらすことになってしまうだろう。だから、セイナは彼らを守るためにも砦の護衛を懇願したのだ。
余りの上から目線な自分が嫌になるとセイナは自嘲していたのだが、しかし彼女が事実をちゃんと見たうえで決めた作戦なのだ。きっと、彼らもまた納得してくれるはずだ。
「来る!」
数十分後、徐々にその相対距離が縮まり、敵の兵士の顔の肌が黒の中から見えた頃、第二矢が放たれる。
先ほどと同じ実物の無数の矢た。違うところと言えば、ソレが空を埋め尽くすと思わんばかりの量であるという事だ。
「矢の量がさっきと比べ物にならない!」
ソレは、彼らが本腰を入れて戦を始めた何よりの証拠であった。二倍、いや三倍、いやもっと。閉ざされた部屋の中でいきなり鋭くとがった刃が無数に張り付いた天井が落ちてきたかのような危機感を覚えるリュカたち。
「はぁッ!」
【突風】
【暴風】
【旋風】
それを見たセイナは、先ほどのように風系統の魔法を使用する。周囲の騎士団員、そして前を歩くミウコの軍隊もまた同じように風系統の魔法を使用して矢を次々と吹き飛ばしていく。
「よし、これで!」
さながら、木に生えた葉っぱを薙ぎ払うかのように次々と彼方に消えていく矢をみながら、これで最初の危機は凌いだ。クラクがそう思ったのもつかの間、すぐに隣にいたリュカが叫んだ。
「ダメ! 伏せて!」
「え?」
その言葉に反射的にしゃがんだ騎士団員たち。それを待つか待たないかハッキリしていない瞬間にも。騎士団員の何十人かが次なる一手を打っていた。
【渦潮】
水系統の魔法の一つ、【渦潮】。本来空中を飛ぶ敵の動きを封じるための魔法であるのだが、何故いまそのような物を使用するのかとクラクは疑問に思う。だが、すぐにその答えがハッキリとした。
「グッ!?」
「うぉ!?」
「ぎゃぁ!」
「あ、が……」
騎士団の前方にいたミウコの国の軍隊に向けて、炎が、そして鋭くとがった水が襲い掛かった。これは、先ほど自分たちも使った【炎矢】と【水矢】だ。
「魔法の矢が混じってた……」
そう、トオガの軍も同じことを繰り返すほど馬鹿じゃない。今度は、本物の矢に混じって魔法の矢も一緒に飛ばしていたのだ。それならば、先ほどの騎士団と同じような行動を取っているだけじゃないかと思うのだが、しかし、実は違う。
騎士団の放った矢も確かに、とんでもない精度でトオガの軍に向かって行った。しかし、トオガ軍が飛ばした魔法の矢は、それとはまた別の意味で恐ろしい物だったのだ。
先ほども言った通りトオガ軍が放った矢は空を埋め尽くすかと思うくらいに多く、密集していた。その中に魔法の矢を混入させようとすると、必ずどこかの矢に燃え移ったり、また本物の矢に魔法の矢がぶつかってどちらも消滅してしまうなんてこともあるはずなのだ。
しかし、自分たちが見た限りではそのような矢は一つも見られなかった。つまり、一つ一つの矢に込められた魔力の量、質、使い方、それがどれをとっても自分たち騎士団の魔法の矢を上回っていたことに他ならない。
魔力の量が多いからこそ、一つ一つの魔法に込められた魔力の練度が増し。
魔力の質があるからこそ、一つ一つの魔法をより鋭く、より細かく構築でき。
そして魔力の使い方が上手いからこそ、魔法の矢と実物の矢が混ざって燃え移らないように細工をすることができる。
なおかつ、そのような魔法の熟練者がトオガには大勢いるという事も脅威だった。今はまだこの程度で済んでいる。しかし、戦が進むにつれて一体どんなものが飛び出してくるのか、想像する物恐ろしい。
「報告!」
魔法の矢の被害が収まった頃合いを見て、セイナが周囲の騎士団員に向けて被害状況を報告するように声を上げた。
それを受けた騎士団員の一人が周囲を見渡して言う。
「ミウコの兵に死傷者が多数出ているみたいです! 私たちの方にも怪我人が……」
「ッ!」
その言葉に悔し気な表情をするセイナ。恐らく、ミウコの兵には自分たちのようにすぐに水の壁による防御を張るという考えに思い当る物がいなかったのだろう。もしくは、張ることのできる人間がいなかったのか、どちらにせよただでさえこちら側が人数的にも不利であるというのに一度目の攻撃で死者が出てしまったのは痛い。
騎士団員の怪我人というのも、恐らく自分たちが使用している魔法が届かなかった人間。自分の未熟さにイライラが募る中、報告をした騎士団員がさらに言う。
「第二波! 来ます!!」
「ッ!!」
このままでは防戦一方だ。何とかしなければならない。一番楽であるのは敵に突撃して相手が魔法を使う時間を与えなくすることである。
しかし、そんなことを容易く許してくれるような相手ではないのは確か。そんな無謀な作戦を提案する気も起きない。
「えぇい、ひるむな! 前に出ろ!!」
しかし、ミウコの軍は違うようだ。セイナやリュカも、ミウコの軍と行った合同の作戦会議の時に見覚えがあった軍隊長が、トオガの軍へと突撃する指示を出した。
仲間たちに死人が出たことによって焦っていたのか、それともこのまま立ち止まっていても自分たちに被害が出続けるだけだと悟ったのか、どちらかは分からない。しかし、その指示があまりにも無謀であるという事は誰の目に見ても明らかだった。
「待って! まだ早い!」
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
セイナは、【渦潮】を使用しながらミウコの兵たちに叫んだ。だが、そんな言葉血気盛んな人間たちには無駄な物。彼女の声が一切聞こえていない兵たちは、手に持った武器の先をトオガの軍に向けると一直線に前進していった。
「どうします団長……」
「仕方がない……私たちも前進するわよ! 不本意だけど、ミウコの兵を盾にして!」
「……了解!!」
もうこうなってしまっては分断する方が危険だ。セイナは、怪我をした団員に対して砦の方向に撤退することを指示すると、【渦潮】をさらに巨大化し、上からの攻撃を一切寄せ付けいない体勢を整えてから、ミウコの軍より若干遅い程度の速度でトオガの軍へと向かって行った。
直接対決まで、あとわずか。




