第二話
賑わいを見せる街。私たちが来た日から、ずっとずっと喧騒が続いていた国中。いたるところで商人が自分たちの商品を売り込んでて、一日中静まることのなかった常夏の国。
マハリにいた時には決して見ることが出来なかったような商品ばかりが並ぶ市場。毎日毎日裁縫の道具を仕入れるために来ていた市場の人たちは、いつの間にか私の顔を覚えてくれていた。わずか数日の間の出来事の話なのに、私はその市場の人々の暖かさに触れて、この国で店を出すのもいいのかもしれないなと思うようになりました。
そんな商人たちも、今は誰も外には出ていない。あわただしかった市場にも人の影は一切なく、まるで今にも滅びそうな国のようにも見える。そう、マハリの時のように。
今日は、朝から国民全員に外には出ないようにとの達しが出ていた。理由は当然トオガとの戦争があるから。
戦場からこの国まではかなり距離が離れているとはいえ、流れ魔法が飛んでこないとも限らないし、また奇襲なんてものをされて国を直接襲われる可能性だって捨てきれない。ミウコに残った千人近くの兵、そしてヴァルキリー騎士団の二つの小隊はそう言った奇襲を考えて残されている者達だ。
無論本気で奇襲が来ればたったそれだけの人数で守り切れるはずもない。だから、それらの戦力が単なる気休めにしかならないという事は想像するに難くないだろう。
国民全員には昨日の内から最低でも三日分の食料が配布された。それは、最低三日間は外に出なくても生活出来るという事であり、三日で戦争が終わるとは確約されていない。いや、下手をすると今日中に終戦する可能性もある。ミウコが、負けることによって。
そうなった時、逃げ切れる保証なんてない。今度こそ一巻の終わり。ミウコと運命を共にすることになるだろう。けど、自分たちには何もできない。できるのは、こうして、遠くから戦場を見守っているという事だけ。
そう、彼女エリス・グランテッセは今外に出ているのだ。国から出た外出禁止令に背いて。
もちろんそれがどれだけ危険なことなのかは重々承知だ。しかし、それでもなおいてもたってもいられなかったというのが本音だ。
今度の戦で、もしかしたら自分の義姉が、そして親友とも言ってもいいリュカやケセラ・セラが死ぬかもしれない。だから、彼女は向かったのだ。戦場に。
無論、実際に戦場に行くほど自分は馬鹿じゃない。確実に安全であるとは言い切れないが、しかし戦場を見渡すことのできる山の頂上に陣取っていた。奇しくもそこは、先日リュカたちが戦場の下見のために訪れた山と同一であったことを、彼女たちが知るのはもっと先である。
彼女『たち』だ。
「始まりましたね……」
「うん……」
言葉通り、その場にいたのはエリスだけじゃない。彼女たちがこのミウコの国を訪れて初めての夜。グレーテシアに対して国を、そして自分の父親を見捨てた事を怒った少女、クランマもそこにいたのだ。
あの夜以降、実はかなり仲良くなっていた二人。エリスもまた、二年前の大戦の際に両親を失っていたから、彼女の気持ちが痛く理解することが出来た。だからこそ、このまま独りぼっちにしてはならないと考えたのだ。
クランマは、聞くと自分よりも二歳ほど年上であるらしいが、しかし彼女たちの中にそんな年齢差なんてものは関係ない。二人は、まるで昔からそうであったかのように仲良くなることが出来た。
そんな彼女もまた、戦を見たくてここに来たらしい。自分も、見届けないといけないと思ったそうだ。この国が、どんな末路をたどるのか、そしてどのようにしてフランソワーズがあがくのかを。ずいぶんと身勝手話なのかもしれないのは分かる。でも、それでも身体が勝手に動いてしまったのだ。
「貴方達」
「あ、貴方は確かリュカさんと一緒にいた……」
と、そこに現れたのは眼鏡姿の女性。確か、リュカと城下町で出会った時に一緒にいた女性だ。その育ちのいい服装からして、ミウコの城の人間なのか。
「陛下の秘書のローラ……外出禁止令は出していたでしょ?」
「すみません……」
やっぱり、城に務めている人間だった。あと予想通りに怒られた。しかし思っていたよりもかなり軽い気がする。
「ここは戦場から離れていると言っても、危険よ。もう少し下がって。伏兵がうろちょろしているかもしれないし……」
「すみません、でも私たち……」
「居ても立っても居られない……ね」
「はい」
どうやら、彼女は自分たちの心情を理解してくれているようだ。だが、彼女の言う通りこの戦場に近い場所では、トオガの作戦によっては伏兵を備えるのに持ってこいの場所になりえる。だから、彼女の言う通りとても危険な場所である。
「まぁ、私たちも……」
「同じような物よ」
「え?」
そういいながら、ローラに続くように現れた女性。
「! フランソワーズさん、いえ……もしかして」
マハリの国の元王妃、フランソワーズによく似た女性。けど、違う。彼女よりもどこか勇ましい印象を受ける女性。という事は、彼女はまさか。
「初めまして、ミウコの国女王……グレーテシアよ」
「じょ、女王陛下!?」
やはり、女王陛下だった。二人に緊張の色が走る。フランソワーズの場合は何処か身近な人のような気がしたから別に何ともないように接することが出来ていたのだが、しかし彼女の場合は別だ。
グレーテシアは、現女王。一般人に過ぎない自分たちでは決して会うことが出来ないような女性。そんな女性を前にして姿勢を正さないわけがない。特にクランマの場合は彼女の姉であるフランソワーズに罵声を浴びせたという事実がある。もしもソレが彼女に知られでもすれば―――。
「かしこまらなくてもいい。私は、そう言った物に慣れていない」
だが、どうやら彼女もまたフランソワーズと同じ、そんな身分が違うからと言って偉ぶらない人間である様子で良かった。
ある意味、それでこそ王の器であると言ってもいいのかもしれない。しかしだからと言ってもこんな危険な場所に来てもいい人間でもない。自分たちよりも敵からの暗殺の危険性がある彼女、だからこそ護衛として何人もついてきているが、しかしそれでもまだ物足りないような気もしてしまう。
それほどまでに、自分の命を危険にさらすほどにも心配なのだ。それは、王の器としては失格であると、後に彼女は自分を責めていた。
そんな彼女は、まるで自分自身をあざけわらうかのように苦笑すると、言った。
「それに、この戦の結果次第で、私はお姉さまと同じ亡国の女王になるか……それか、お前たち以下の身分にされるかもしれないのだからな」
「……」
そう、この戦で負けて、フランソワーズと同じになれるのだったらまだいい。だが、負けた国の人間がどのような扱いを受けることになるのかなんて相場が決まっている。
無理やり結婚させられたり、敗戦国の代表として処刑されるのならばまだいい方。もしも、敵国の王が自分たちが想像しているよりも卑劣な人間であるのならば、彼女に待っているのは死よりも屈辱的な身分。
すなわち、奴隷。それも、性が付く物。
自分が見ても見目麗しい彼女なのだ。その可能性は十分にある。なんとしてもそれは避けなければならない。だが、彼女にできることはただこうして後方から見守っていることだけ。彼女自身が戦場に出ることは決して許されない。
「今は信じよう……お姉さまたちを、我が国の兵たちを……そして、あの騎士団を」
「はい……」
だから、彼女は待つのだ。今、この場所で、それが彼女にできる唯一にして最大の祈りである。
ただ、傍観者でいるしかできない。それが、上に立つものの罪でもある。




