第十九話
我思う。ずいぶんと図太くなった者だと。
今日は、自分にとって大事な大事な初陣の日。天下取りのための最初の第一歩が、今日から始まるのだ。などと言ってみてはいい物の、今まで何回同じことを思った物か。
本当の旅の始まりの時、初めての人殺しの時、マハリの国から出た時。いや、そもそも五年前にこの世界に転生したあの日にも思っていたのかもしれない。
今となってはあまり覚えていないのだが、しかし今日もまた最初の第一歩が訪れる。初心を忘れないためにはいいことなのかもしれないと自分をごまかしては見たが、もしかしたら怖いのかもしれない。
もしかしたら、この戦で死ぬかもしれない。大事な分隊の仲間たちを、先輩たちを失うかもしれない。隣にいる少女が死んでしまうかもしれない。それが、怖くて怖くてたまらないのかもしれない。
ハズなのに、どうして自分は昨晩熟睡できてしまったのだろうか。
もちろん睡眠不足で挑めばどのようなことでもいい結果は出ないというのは確実。だから、よく眠れることができたことにこしたことは無いのだ。けど、ある意味で自分に緊張感がないというのと同じなのかとも思ってしまう。
この戦いで、自分のこれからの人生がどうなる物かが決まるというのに、なんとも無神経な人間であろうかと思ってしまう。本当にこんな自分が分隊長でいいのかと、今更ながらに後悔してしまう。
きっと、自分以外の全員が昨晩は寝られなかったはずだ。今日という日が来ることが怖くて、これが最後の睡眠になるのかもしれないと恐れていたはずだ。それなのに、自分という人間は―――。
と、永遠にまで続くと思われるリュカの自己嫌悪であったが、彼女は知らない。
ミウコの国の兵士や、マハリから連れてきた兵士たちはともかくとして、ヴァルキリー騎士団のほとんどの人間が昨晩ぐっすりと眠っていたという事を。彼女の言うところの無神経な人間になってしまっていたという事を。彼女は知らなかった。
ヴァルキリー騎士団の人間の中で眠ることが出来なかったのは、最後の最後まで細かな作戦を練っていたセイナや、ある意味で人間らしく悩んで眠るに眠れないクラクくらいだった。
この騎士団、随分と図太い神経の持ち主しか入団していない様である。本当に今更ながら恐ろしく思ってしまう。
だが、だからこそ皆が万全の体調で臨むことが出来るのだが。
「ついにこの日が来たわね」
と、その時リュカに声をかけた女性。セリンだ。
「肩の力を抜いて……大丈夫。初めては誰でもそんな感じだから」
「は、はい……」
肩の力を抜く、か。ずいぶんと、緊張していたらしい。リュカは一度二度深呼吸をして心を落ち着かせる。
そうだ、喉元過ぎれば熱さを忘れる。確かに最初はとても緊張してどうすればいいのか分からなくなってしまうのかもしれない。でも、始まってしまえばあとはいつも通り、敵を殺して、前を向いて、ただまっすぐ進むのみ。それしかないのだから。
怖がらなくてもいい。道は自分の目の前にできるのだから。
だから、大丈夫。人は、人を殺すようにできているのだから。相手も自分を殺そうとするのだから。
だから、相手も殺してあげればいいだけ。
だから、大丈夫。
「みんな聞いて!」
と、その時だ。部隊の最前線にいた団長のセイナが後ろを向き、ヴァルキリー騎士団の全員に向けて叫んだ。
「ここにいる人達は、皆どこかで死んでいてもおかしくなかった人ばかり……でも、誰かのおかげで今の私たちがいる。生きている。この国の人たちに、そしてマハリから逃げるしかなかった皆に、その喜びを嬉しさを安らぎを……感じさせてあげましょう。私たちの手で!」
「はい!」
その言葉を聞いて、胸に手を置く者、拳を握る者、周りの人間たちを鼓舞する者。それぞれに反応が違っていた。だが、ここに絶望はない。あるのは、ただまっすぐに国の人間が幸せになる未来を願う者達だけ。
例えそれが、誰かの幸せを奪う形になることを知っていたとしても、それでもその幸せを生贄として笑顔を生み出す傲慢さを併せ持っていても、それが罪だと分かっていても、それでもその罪もかぶって上を向く女性たち。
「いざ、出陣!」
罪に罪を重ねる。そんな女性達が今、出陣する。
「お、あれがマハリから亡命してきたっていう騎士団の連中か?」
「話に聞いてた通り女ばかりじゃないか」
「あんなんで頼りになるのか?」
国を出てすぐ、そんな声が聞こえてきた。恐らく、ミウコの国の兵士たちなのだろう。セイナたちの姿を見て嘲わらう様子が見える。
やはり、女性ばかりの騎士団という事で侮っているのか、それとも馬鹿にしているのか。どちらにしてもいい気分ではない。
合流した兵士たち皆がそう言う心構えであるわけはないとは思う。しかし、一人でも二人でも、そういった人間たちがいる部隊との共闘は足並みが崩れてしまう原因になりかねない。
「……ハァ」
まぁ、足並みを崩そうとするような問題の多い人間はこちら側にもいるわけなのだが。
「試してみる?」
「ッ!」
リュカ分隊のすぐそばにいる小隊。セリンの小隊の人間である女性が抑え込んでいた魔力を少しだけその兵士に当てた。しかし魔法を使うのならばともかく、ただ魔力を放出するだけであるのならば指向性などという物は存在しない。結果、魔力は周囲にいた他の兵士たち、ひいては騎士団の人間たちにまで当てられてしまう。
不幸中の幸いにも、騎士団の人間のほとんどが、戦の前に厠へと行くことを習慣としていたため例のアレをもよおすことは無かった。しかし、彼女の魔力に当てられたミウコの国の兵士の一部、それからソッチ系の趣味をお持ちの騎士団員の数名が盛大にぶちまけてしまった。
「ミミ、そこまでにしておきなさい」
「はぁい」
と、セリンがミミという女性に対して魔力を治めるように言うと、ミミはまるで何事もなかったかのように笑顔で返答した。さらに、セリンはミミの後ろにいる団員たちにも言う。
「あと、その後ろで魔法撃とうとしている子たちもよ」
「は~い」「ちぇ、撃ちたかったな……」「分かりました」
おい、本当に魔法を撃とうとする馬鹿がどこにいる。
ここにいる。
こんな密集地で魔法をぶちまけたら、一体何人が負傷してしまうのか分かった物じゃない。短気は損気なんて言葉があるはずなのだが、しかしソレを字で行く短絡的な人間が多いのが、この騎士団の欠点の一つでもある。
「それで、頼りになるかでしたっけ?」
「た、頼りになりますなります……」
と、いう事で半ば強引に自分たちの強さを押し通した騎士団の面々であった。こんないざこざがあって、いざ戦場で連携が取れなくなってしまったらどうするつもりなのだろうか。
まぁ、その時はその時。不必要となった人間は切り捨てなければ勝てる物も勝てなくなる。残念ながら、彼らは最初から守るべき人間ではない。共に守るべき人間。だから、互いに守ることも作戦としてはふさわしくないからして、その時になったら放っておくことが無難であろう。
「フゥ……」
「緊張しているのリュカちゃん?」
「は、はい……こんな大規模な戦闘、生まれて初めてなので……」
と、今度はリィナが声をかけてきた。先ほどもセリンに言われていたが、そんなに自分が緊張しているように見えるのだろうか。
ただ動悸がして、汗が噴き出して、武者震いがして、目が虚ろなだけであるのに。あと何度深呼吸しても治らないのは、まぁそれほど興奮しているからという事にしておこう。
「まぁ、めったになりことなのは確かね。気を引き締めて、やれるだけやって生き残りましょう」
「生き残るだけじゃダメなんです……」
「え?」
そう、生き残るだけじゃダメ。リュカの身体はその言葉に呼応するかのようにすべての神経がただ、戦いをする体制に整えられていった。
心臓の鼓動も、汗も、振戦も、そして目も、全てが鋭くとがった包丁のような切れ味でリィナの身体へと向くと言った。
「勝たないと……勝って、この国を守らないと……いけないんです」
国が負け、自分が生き残ったってしょうがない。例え生き残っても、残された道は敗残兵としてトオガの国で慰み者として生きるか、それとも全てを捨てて再び一人で旅を始める道か。それくらい。
なら、国が勝ち、自分も生き残る。それが最大にして最善の行為。そうしなければ、ミウコにいるエリスやグレーテシアたちを救うことはできない。
自分たち戦場で戦える者達はいい。自分たちの運命は自分たちで決めれるのだから。しかし、ミウコの国に残った人間たちはどうか。自分たちで未来を切り開くことはできない。ただ、戦場にいる自分たちを信じて、ただ勝つことだけを信じて待つことしかできない。
自分たちの命の行方を他人に手渡すことしかできないその気持ち、前世で大怪我を負った時病院に担ぎ込まれた時のソレを知っているからこそ分かるという物。
「エリス達の未来……私たちの未来……ソレを他人に手渡してなる物か……」
「リュカちゃん……」
リィナは、少し自分が間違っていたのかもしれない。そんな事を考えると微笑んで言った。
「そうね、勝ちましょう……全力を持って」
「はい……」
マダンフィフ歴3170年 6月20日。
ミウコの国からわずか数キロしか離れてない場所。そこに、とある一団が足を踏み入れた。
全身を漆黒の衣服、鎧で包んだ星のない空のように真っ黒な軍隊。
地の茶色も、返り血をも全て黒く染め上げる否定の軍隊。
ソレらが通り過ぎた後には何も残らない。あるのはただ、人の屍のみ。
人々が生きた証全てを塵芥と変える魔族に近しい悪魔の国。
トオガ、来襲。
ついに始まった彼女にとっての最初の戦
何もかもが手探りの中出会う視界を覆い尽くす黒の大群。
何物も通すことのない鉄壁の魔法使いを相手にリュカはどう戦うのか。
戦いの果てに生まれた二つの犠牲。
そして、その先に現れる恐るべき敵の正体とは。
今、少女たちの勇気が試される。
第6章 【橙の死、自由への勇気】
その伝説、未来に残しますか?




