第十八話
深夜に至ろうとしている時間。街の人間たちは誰もが眠りに入ろうとしていたその中で、あわただしく動く者達。
戦が間近に迫るその中でゆっくりとしていることのできない兵士や騎士団の面々がそれだ。
誰もが、戦に備えて自らの武器を整備したり、精神を集中させて魔力の質を上げたり、はたまた騎士団の面々が考えた作戦をより良いものにするために意見を出し合うミウコの国の兵士の隊長級たち、と思い思いの時を過ごしていた。
そしてここにも、今生の別れともいえる物をしようとしている二人がいた。一人の女の子を付き合い人として。
「何故この少女が?」
「ダメだった?」
が、女王はそれが少し不服であるようで、フランソワーズはそんな女王に向けてほほ笑む。まるで、そんなに怒っても仕方がないと言わんばかりに。
何故、女王がここまで不服、というか怒っているのか。それは、昼間にヴァルキリー騎士団の団長セイナとかわした作戦を遂行するための条件。その三つ目に関係していた。
「私は、二人きりではなしをすることを条件にしたはずだ」
一つ目は、作戦の決行日について。
二つ目は、最終防衛線の事について。
当然であるが、二つともこの作戦に置いて重要な因子であり、また必ず達成しておかなければいけない問題だ。作戦に密接にかかわる条件である。
だが、最後の三つめはその二つとは全く違う物。なぜならば、その三つ目の条件は聞いて分かったとおりに、あまりにも個人的な物だった。この作戦の一番重要な人間である姉と、一対一で話し合う時間。
で、あるのにその場にどうして他人である女の子がいるというのか。そう言われてみれば彼女が不満そうなのも分かるという物だ。
「この子は私の護衛ってことで」
「フン……」
まだまだ不機嫌な様子を浮かべる女王。そんな二人の事を何のことか分からないという風に見ているだけの少女。
しかし、この時彼女が参加してくれてよかったと思っている。もしも彼女が参加してくれていなかったらこの時の二人の会話をよく知ることなんてできなかったから。
もちろん、関係者への取材はきちんと行った。その時どう考え、どう思ったのか、どういう気持ちだったのかは彼女たちから確かに聞いている。
だが、そう言った取材では、過去を思い返すのが恥ずかしかったり忘れていたりして正確な情報を得ることが出来ない場合が多い。この時、彼女が会話を見ていてくれたおかげで、自分は二人の会話を一言一句書き記すことが出来るのだ。
今となってしまってはとても皮肉なことではあるが、しかしフランソワーズの気まぐれに感謝をしなければならない。
「それとも、この子がいたら泣けないかしら?」
「な、なにを……」
その言葉に動揺しているように見える女王、どうやら図星だったようだ。
やっぱり、何も変わっていなかった。この時、フランソワーズはとてもソレを喜んだそうだ。
幼い頃から戦うことが大好きで負けず嫌いで、でもちょっぴり泣き虫でよく自分に甘えていた妹。例え、立場が変わってしまっても、例え、この国の女王となってしまったとしても、その本質はまるで変わっていない。昔のままの女の子だ。それを、フランソワーズは安心していたそうだ。
フランソワーズは、女王の事を抱き寄せるとその耳元で言った。
「ごめんなさい。私のせいよね」
「ッ!」
「あんなに笑顔が綺麗だったあなたから、笑顔を奪ったのは私のせい……」
「……」
フランソワーズの、芳醇な胸の中に顔をうずめる女王、否グレーテシア。この時、身分も立場も変わってしまった二人が、一時の間だけとはいえ姉妹に戻った瞬間であった。
「一つ教えて、お姉さま」
「何?」
「十五年前、どうして国をでていったの?」
グレーテシアは、顔を上げることもなくそのままの姿勢でフランソワーズに問う。何故、国を捨て家出してしまったのかと。
自分たちの人生はあの時から狂ってしまった。本来王の立場を継ぐはずだったフランソワーズが突如として失踪し、どれだけ自分たち家族が悲しんだことか。グレーテシアは言う。自分は、女王になるほどの求心力はなかったのだと。
戦闘力で言うのならば、確かに姉よりも勝っていた。だが、ソレだけでは国をまとめ上げることなんてできない。本当に国をまとめ上げることのできる人間というのは、誰からも愛され、そして誰からも頼りにされる人間だ。
そのために必要なのは力じゃない。もしも力だけですべてを支配しようとしてしまえば、ソレは過ちへとつながってしまう。
上に立つ物として必要なのは、チカラではない。なら、何なのか。
答えは、この時の自分も分かっていなかった。もちろん、フランソワーズにも分かっていなかった。
分かっていなかったのに、十五年前、当時の王であった父はフランソワーズの事を高く期待していた。長女だったからというわけじゃない。フランソワーズが持つ何か、上に立つものとして必要な物がなんであるのかを理解していたから。ソレを持っていたから、フランソワーズに大きな期待をしていたのだ。
そんな彼女に嫉妬を覚えたこともなかった。何故なら、自分もまた彼女に惹かれていたから。彼女の持つ、その何かに心を奪われていたから。
自分は、そんな姉のことが好きだった。こんな姉だったのならば、自分はその下で働くことが出来る。自分は、女王となった姉の下で、彼女の事を支えていこう。姉よりも唯一勝っているともいえる力で、姉の事を助けていこう。そう、十五年前に心に誓った。
その次の日、彼女はいなくなった。
「怖くなったのよ」
「怖い?」
グレーテシアは、その言葉に、眉をひそめた。そして、ゆっくりとフランソワーズから離れる。彼女は続けた。
「将来、私が女王になった時……皆をまとめることが出来るのか……私の判断一つで人の生き死にが決まる。その責任を持つことを嫌がった……だから、私は」
「……」
フランソワーズは、妹のその顔つきを見る。明らかに、自分に失望したという顔だ。当然だろう。自分が愛した姉が、実はとても人の上に立つような心構えを持った人間じゃなかったのだと知ったのだから。
「そうね。私は無責任だった。そのせいで、貴方やお母さまにも迷惑をかけた……」
「だから、その罪を自分の命で支払うって事?」
フランソワーズは、その妹の言葉にゆっくりと、しかししっかりとした動きを見せながら頷いた。
「ふざけないで!」
「ッ……」
憤怒。グレーテシアは、フランソワーズの事を叱責する。姉に失望したからか。いや違う。正確に言えば、彼女のその考えが気に食わなかったのだ。
自分の命を賭け金にすれば何でもかんでもが許されると思っているその無自覚な英雄気取りの性格が気に食わなかったのだ。
姉は、自分が憧れたフランソワーズは、そこまで堕ちてしまったのだ。それでは、自分の身体を売って生きている娼婦と何ら変わらない。いや、それ以上に破廉恥な女だ。
そんな彼女の事をもう見たくない。これ以上堕ちていく姉は見たくない。だから。
「格好良く死ぬなんて……そんなの許さない。貴方には、戦場で死んでもらう。それしか、貴方の罪を清算する方法はないわ」
「……」
もしかしたらこの時、ようやく吹っ切れることが出来たのかもしれない。姉が、自らの恥をさらけ出してくれたおかげで。
けど、グレーテシアは回想する。後から考えるとこの時フランソワーズが自らの恥部を見せたのは、妹である自分と決別するためだったんじゃないか、自分を強く成長させるためだったのではないかと。
確かに、自分は彼女の姿を見たおかげで、彼女がその戦で死ぬことを受け入れることが出来た。きっとその戦で彼女が死んでも、自分は悲しむことは無いだろう。むしろ、もう堕ちていく姉の事を見ることがなくて喜ぶことであろう。そう思えるほどにまで。
でも、それでも姉は姉。たった十数年しか一緒にいなかったけど、自分が好きな姉。最後に残った家族。家族には、ソレ相応の弔いをする。ソレが、彼女の魂を救う方法であると信じて。グレーテシアは言った。
「お墓は、お父さまとお母さまのすぐ近くに作ってあげる……だから」
二人の両親の墓、それはこの国の共同墓地に置いてある無数にあるお墓の中に、二つ並んで立っている物だ。
その二人の墓のすぐ近くに二カ所、墓を立てることのできる空き場所を確保してあった。自分も、これから作る予定である遺書には、そこで眠らせてもらうように頼む予定だ。死して、ようやく同じ立場に戻ることのできるはずの、姉と一緒に眠る場所に。
「最後は醜く死になさい……お姉さま」
グレーテシアは、そんな彼女から目を背けるとそう言った。
フランソワーズは、そんな彼女に背後から抱き着くという。
「……ありがとう。強くなったわね女王陛下」
「誰のせいで……」
更けていく夜。月の光に照らされ、重なった二人。フランソワーズの付き添いとして部屋に来ていた少女は、その瞬間にフランソワーズから帰ることを薦められたためにその後のことについては見聞きもしていないらしい。
だが、少なくとも彼女にはまだ早すぎる物であったのだろう。後に二人に聞いた時に何があったのかについてははぐらかされてしまったために推測することしかできないのだが、恐らくこの後二人は―――。
ここから先は怒られるためやめておこう。推測で物を言った時どのようなことになるのかは目に見えているから。
ただ一つ分かること、ソレは次の日の早朝。兵士の一人が女王の私室からとても生き生きとした表情をしたフランソワーズが出てきたところを目撃した。そして、女王がとても女性らしく見えた―かなり失礼なような気もする―という事くらいしかなかった。
ほんと、一体ナニをしたんでしょうかね。




