第八話 神様特典? チート? 犬にでも食わせてしまえ大うつけめ!
アレは、修行が始まってすぐの時系列の、夜の事だったかと思う。
「はぁ、疲れた……」
その日もやっぱりきつい修行を終えた後で、もう立っているのも嫌になるほどに疲れ、寝床で倒れ込んでいた時の事。
「どうした、もうへこたれているのか。情けない」
リュウガのその言葉に少しだけイラッときたリュカは頬を膨らませながら言う。
「だって……私、前世は普通の女の子だよ」
そう普通の女の子だった。友達が少なかったり勉強はあんまり得意じゃなかったりしたが、普通に学校に通い、普通に授業を受けて、そして普通に家に帰るだけの何の変哲もない日常を過ごす人間だった。
部活動も一切やらず、友達に誘われてある物にのめり込んでいたものの、その友達と比べたら自分なんて下手くそもいいところというくらいに運動神経も悪かった。
そんな人間が、魔力がほとんどないというハンデも抱える人間が、こんなに厳しい鍛錬でバテたとしても仕方がないだろう。
「ワシもまた、前世は普通の武将だった」
と、リュウガは言う。いやいや。それこそ違う話だ。
「いや、普通って……私は、貴方のように前世も今世もチートじゃないし……」
「ん?」
前世では何万人という兵を束ねて、その時代の人間には想像もつかないような戦法を編み出したり、神をも恐れないと言わんばかりの所業を繰り返し、そして多くの戦国大名の家を滅ぼしてきた。ある意味チートのような人間織田信長。
そして、今世では、龍神族という種族の長として体格的にも恵まれているし、魔力だって地分とは違って使い放題。知力も前世のそのままを受け継いでいるし。十分チート。というか、これほどのチートであるのであれば、今世でも天下統一を目指してもよかったのではないかと思ってしまうほどだ。
そんな彼と自分ではそもそもの出来が違う。そう嘆くリュカは思わず言っていた。
「はぁ、なんで私だけこんなんなのかな……ラノベだと……」
「らのべ?」
そして、彼女はラノベ、つまりライトノベルという小説の説明をする。
そのラノベの世界では、多くの主人公が死んだ後に神様に凄い能力をもらったり、そもそも生まれた時から強い力を持っていたりで、まさしくその世界の人間からするとチートと言われる力を持って世界を面白可笑しく生きる。そんなライトノベルの世界の話。
やっぱり、現代人だからか、そんなライトノベルの世界に少しはあこがれを抱いていたリュカに対し、リュウガは強い口調で言った。
「フン、そんな物興味もないな」
「え?」
「何が神様特典か、何がチートか。そんな物、あって本当に楽しいのか?」
「楽しいんじゃないかな……」
そう、楽しいはずだ。だって、何でもかんでも自分の思い通りになるのだ。どんな卑劣な、人間から外れたことをしたとしてもその世界の人間からはちょっとした悪戯とかで笑って済まされるし、読者からはうらやましいとか面白いことするなとか称賛されるし。何をやってもうまくいく、そんな人生楽しくないわけがない。
「ワシはそうは思わんがな」
「え?」
しかし、リュウガは違っているようだ。
「人間は生まれた時には何も持たずに生まれてくる。それが普通だ。成長して行くときに様々な物を授かり、強くなる。それが普通だ。そして、その普通があるからこそ、人間は努力と鍛錬を惜しまない。違うか?」
「違わないけど……でも信長の時は織田家ってのが元からなかったっけ?」
そう。織田信長は、何も一から天下統一までを目指したわけじゃない。もともと尾張という国の大名だった織田信長の父親、信秀がいて、その父親が亡くなったから長男である織田信長が織田家を継いで。確か佐久間信盛という武将や柴田勝家という武将はその時からの信頼できる家臣だったはず。
彼もまた、元から持っていたではないか。強い信頼できる部下たちを。そうリュカが言うと彼はまたしても強い口調で言う。
「フン! 不満があればすぐにとってかわるために裏切られる。わしの弟のようにな」
弟、それは織田信行という家督争いのために織田家が分断された時に信長と戦った人間のことだろう
そういえば、自分が知っている武将として名前を挙げた柴田勝家もまたその時には信行の方についていたはずだ。
その戦いは、≪稲生の戦い≫と呼ばれ、戦の規模としてはとても小さなものだった。しかし、最終的には信長は弟の信行を殺して幕を閉じなければならなかったという悲しみを背負うことになる。―――諸説あり。
家督争いなんていつも悲しい結果しか生まないのかもしれないが、しかし弟を自らの手で抹殺した彼の心境はどんなものだったのだろう。
「今のワシとて龍神族の長、として膨大な魔力と力を手にいれはしたが、それでおごることは無かった。いや、むしろ捨ててやったわ」
「え!?」
それは初耳だ。まさか地位や魔力を捨てたことがあったなんて。
話によると、リュウガ率いる龍神族は、彼が転生した当時ですでに十数匹が残るだけの小さな部族になっていたらしい。
この部族、そもそも純粋な竜と竜の間に生まれた存在でなければ竜としての存在を持つことが出来ないらしく、この世界では様々な戦いによってその数を減らし、リュウガが生まれた時点で、龍神族500年ぶりの子供だなどと言われていたらしい。
まぁ、そういうわけで手厚く育てられたらしいのだが、そんな生活に飽き飽きしたリュウガは、ある日勝手に部族を抜け出してそのまま帰らなかったらしい。そのため、龍神族がその後どうなったかは分からないそうだ。
また、魔力に関しても自分が生まれる直前までは魔法によって魔力を完全に封印していたらしい。いや、正確に言うと、生まれた時に持っていた魔力を封印して、成長して行くにしたがって増えていく魔力だけで生きてきたらしい。
「な、なんで……」
「それが、普通だからだ」
「……」
随分普通という物にこだわる物だこの龍は。だが自分自身普通という物にこだわっている節がある。普通なんてもの、この世に色々あるというのに、自分たちの普通とは一体何なのだろか。
自分にとっての普通。それは、学校から教えられ、矯正された物。その定義すらもよく分かっていない。
リュウガはどうなのだろう。彼は普通に関してどう考えているのだろうか。
「普通普通って言いますけど、それじゃ。普通って何なんですか?」
「……決まっている」
気のせいだろうか。リュガの身体が徐々に光に包まれて見えなくなっているように思える。まるで、夢から覚める時のように、ボンヤリとして、霞のようで、暖かくて、遠くにいるようで。そして、優しくて。
「あるがままの魂の姿のことだ」
「え?」
リュカは、現実に引き戻された。今、自らが生きている現実の世界へと。
「私、生きてる?」
最初に不思議に思うのはそれだった。確かに、先ほど自分は巨大な岩石に押しつぶされたはずなのに、何故五体満足で生きているのか。
それに何なのだろうこの暖かさは。まるで、先ほどの夢心地かのように、親鳥に抱かれているヒナのようにとても暖かくて、心地の良い。
見ると、身体全体が光を放っている。一体何故。
いや違う。光を放っているのは自分の身体ではなく、自分の持っている刀だ。
母の、打ってくれた刀だ。
「この力……刀が、鎧が、護ってくれてる?」
それに、鎧。父の身体で作った鎧もまた、≪自分の髪と同じ翠色≫の光を放ち、己の事を守ってくれている。
「そっか、この刀は、お母さんの打ってくれた刀、お父さんの身体で作った鎧……」
何故、こんな現象が起こったのかさっぱり分からない。しかし、これだけは分かる。
自分は、護られている。父に、母に。原理も何も分からない力で、護ってくれている。
「私は、一人じゃない。私はこの世界の両親と共に生きている……」
母親の顔は見たことは無い。しかし、それでも母はその愛で自分を護ってくれている。
自分は父親の思った通りに成長できたわけじゃなかった。しかし、それでも最後には笑って見送ってくれた。
自分の両親は、こんな土壇場で自分の事を守ってくれる。そんな深い愛情を受けたリュカは、ゆっくりと、しかししっかりとした足取りで立ち上がった。
「ふふ、こんなご都合主義が起こるなんて、まるで主人公補正だね……」
いいや違う。そもそも主人公なんてどこにもいなかったのだ。
今を生きている人間たち皆主人公で、すでに亡くなってっしまった人間も含めてみな主人公。竜崎綾乃も、元々いたリュカも、主人公。
主人公補正なんてものは存在しなかった。何故なら、人の生死をきめるのは補正なんて中途半端な物じゃない。運命という乗り越えるべき障害であるのだから。
運命は勝手に変えられない物か。いや違う。
運命は変えられる。その人の願いで、その人の思いで、その人の生きたいという意思で。変えられる。
人間は、運命と一緒に生き、そして死んでいく。しかし、運命もまた死にたくないのだ。生きたいと願うのだ。だからこそ、人は今を生きることが出来ている。今が、とても大切な時間だと思うようになる。
人は、死を目標には決して生きることは無い。人は、生きることを目標に生きている。諦めなければ、最後の最後まで生きる意志を持っていれば、必ず運命は味方してくれる。いつだって、何度だって。
それが、主人公補正という幻想に至るのだ。
リュカは、目から流れ落ちそうになる涙を拭くと、刀の力によって砕かれた石の間から、ゴラムを見据えて言い放った。
「いい、石っころよく聞きなさい! 私には、やらなきゃいけないことがあるの……この先で、仲間を作って、国を作って、人を育てて、そしていつの日にか全ての国を統一するって言う、あんたなんかには想像もできないような夢があるの! こんなところで足踏みなんてしてられない! 即刻私の目の前から消えなさい!」
そこに、ただ人に優しくて今という普通を生きていただけの竜崎綾乃はもういない。
ここにいるのは、龍神族第六代族長候補、リュカ。ただ一人だけなのだった。
「私の夢の道の途中にある石っコロは、全部蹴り飛ばす!!」
もう、彼女に恐れる物は何もない。
「一か八か……やる!」
刀を持つ手に力が入る。リュウガのつくってれた魔法の中でも最も強力な魔法。
結局、五年間という長い時間があったというのにあまりにも難し過ぎて習得ができなかったあの魔法を。
何度も何度も失敗して、挫折しかけた。もう、自分には魔法は使えないのか、そんな風に思ったことが何度もあった。
でも、その度に立ち上がり自分はできる。大丈夫と言い聞かせて修行に励んだ日々は本物だ。
今なら、なんかできそうな気がする。根拠のない自信だ、しかし、もしかしたらその根拠のない自信というものが、楔がその魔法の使用を封じていたのかもしれない。
ならば、である。彼女の周りが時が止まったかのように静かになった。風も、音も、そして熱も。彼女は恐れない、退かない、向こう見ずな若者だから。過去なんて興味はない。ただ未来を見ている。だからこそ彼女はそこに存在するのだ。自分の好きなことを好きなようにする。それが彼女。なのであった。
ゴラムはそう言っている間にも起き上がろうとしている。しかしそんなものは眼中にないように、リュカは刀を天に向け一直線に掲げる。
【我は竜の名を継ぎし者 今その本当の姿を外に出せ 我の内にある龍の心よ 魂よ 我の敵を切り裂き道を開け 我は竜 我は刃 我は人の心を捨てて竜を宿す者なり 冥府に戻った魂よ 今一時だけ力を貸せ 我は人 我は夢 我が欲望を晒し出せ 命を解放せよ 聞け 我は天下を統一する者也】
言霊、それはすべての言葉に力が宿っていると言う日本独自の考え方である。この世界ではそれを使う事によって、内なる力を表に引き出すことができる。
≪龍才開花≫
この世界ではそれを≪言魂≫という。
土埃が舞い、数十秒後に晴れた時、同じ場所に碧を基調とした鎧を装着したリュカが凛とした表情で立っていた。
ゴラムによって負った怪我は全て治り切っており、顔には少しだけ鱗が張り付いている様子が見える。
しかし、そんなものよりも目を引くものがある。それはその手に持った日本刀であった物だ。典型的な刀だったそれは一変し、リュカの身長の二倍ほどに巨大化していた。よく観察すると刀の背中側のリュカに近い部分にスペースがあり、そこには刀の柄のようなものが附属している。
リュカは、そんな変化した刀をゴラムに向けると言った。
「その命、私の欲望のために使わせてもらう」
自分自身の未来のために、欲望のために、他者の命は、その為の捨て石にする。
リュカの新しい始まり、であった。




