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外伝 ある紙面からの引用をそえて

 人の一生は50年。かつて、その唄を創造した人間がいた。

 それから何百年も経った後、その唄を好いた漢がいた。

 その漢は、唄に倣ったかのように50年の一生を自分の思うがままに生きようとした。

 結論から言って、その漢の思いが叶うことはなかった。

 夢のために生き、欲望のままに生きた漢は、かつて自分の夢に共感してくれた者によりその命を奪われた。

 だが、それも因果応報だったのかもしれない。

 自らの夢のために多くの人々から夢を奪った。

 欲望のために沢山の人間の命を散らせた、その報いであった。の、かもしれない。

 その漢が死せる時に何を思ったのか、今では分かるはずがない。

 失望したのか、後悔したのか、はたまた仕方のないことであると諦めたのか。全ては想像するしか他がない。

 夢断たれた漢が生きていた時代から、今再び何百年もの月日か経とうとしていた。漢の生きていた時代とは何もかもが変化した現代。言葉も、食事も、住む場所も、そして倫理観も、何もかもが変わってしまった。

 だが、変わらないものも溢れている。それは、変わった物に比べればあまりにも微々たる物だったのかもしれない。しかし、人の心は変わる事なくその魂に刻み込まれて、ヒトは、生きている。

 ここに、50年には遠く及ばない短い人生を終えようとしていたヒトがいた。


 始まりは、とある高速道路のトンネル内で起こった誰にでも遭遇しうる悲劇からだった。

 その悲劇を最初に感じ取ったのは、ソレの前を走っていた一台の車の運転手だった。

 運転手の男性は、その日平日ではあったが有給をもらい、趣味であったバードウオッチングのために山の方に向かっていた。

 その山は、紅葉がとても綺麗に生い茂り、ソレ以外にも動植物で溢れた自然豊かな観光地として少し有名であった。彼はその山に向けて、ほとんど車の走っていない高速道路を走行していたのだ。

 その、最中である。男性の話によると、後方で突如として大きな音が聞こえてきた、それが最初に起こった異変だったらしい。

 車に備え付けられていたドライブレコーダーにも、その音が残されていた。カーナビのラジオから流れてくるロック調の音楽は、眠気覚ましなのだろうと推測される。それを突き破るほどに何か重い物が倒れたかのような音。さらにはソレに続くように機械同士がぶつかった凄まじいまでの巨大な音がした。

 驚いた運転手は、すぐさま急ブレーキをかけて停車した。だが、かなり危険な行為だ。

 本来高速道路とは普通の道路では出せないようなスピードで車が走る危険なエリア。その道の真ん中で止まるなど、自殺行為もいいところだ。無論、運転手もまた自覚していた。

 この時の事を鮮明に記憶した彼は、後の新聞社からのインタビューに答えている。


『考えてみると高速道路の、それも見通しが悪いトンネルの中で止まったのはかなり危険なことだったと思う。その時の自分は気が動転していた。後ろから追突されることがなかったのは不幸中の幸いだったけど、まさかすぐ後ろで事故が起こってたなんて思いもよらなかった』


 と。記者側からいくつかの添削がはいってはいるが、既に答えは明白であった。

 そう、この時運転手の背後から車が追突しなかったのは、ただ単にクルマがいなかったからだ。

 先も言った通り、この日は平日で車の姿はまばらでありそれがこの偶然を生んだとも言えよう。

 この直前まで彼の後ろを走っていたのは、大型トラックだった。しかし、その姿は忽然と消えてしまった。

 一体後ろで何が起こったのか、好奇心というものは恐ろしい物で、気になった運転手は、停車した位置から少し先にある非常駐車帯に車を移動させてから、念のためにトンネルの脇を歩いて自分が今まで走ってきた道を悶々とした気持ちで逆走する。

 そして、中程まで帰ってきただろう。彼は微かに鼻に届くガソリンの匂い、ソレに何かが焼けたような臭いを感じ取った。

 何故もっと早く気が付かなかったのだろう。後ろの方で事故が起こったのだと。それも、ただ衝突してバンパーが吹き飛んだとか、そんな軽いものじゃない。ガソリンが漏れ出すほどの大事故だ。

 これは、早くこの場から立ち去らなければならない。そう悟った男性は、元来た道を今一度引き返そうと振り向いた。

 その瞬間である。耳をつんざくような爆音に、それから爆風や黒い煙が一度に襲ってきた。

 男性はその衝撃に耐えきることが出来ずに一瞬で吹き飛ばされる。咄嗟に頭を手で庇っていたことにより地面に頭部を打撲しなかったことは、不幸中の幸いだと言ってもいいだろう。

 先のインタビューには続きがある。


『爆発にやられた後、何とか立ち上がって私は逃げることが出来ました。私は運が良かった。でも、もしかしたら後ろにいた子供たちの運を私が奪っていたのかもしれない。もし、私があの子たちを助けに行っていればと思うと、申し訳ない気持ちでたまらない』


 そう、この事故には犠牲者が出た。それも、一人や二人で済まない人数の犠牲者が。

 ここまでみて分かる通り、この男性には何の落ち度もない。そもそも事故が起こったと分かってもそれが一体どんな事故だったのかこの時の彼には分かるはずもないのだ。だが、それでも彼は優しすぎた。

 もし自分が助けに行っていれば、全員とは言えないが、何人かの命を救えたのかもしれないのにと。

 別にヒーローになりたかったわけじゃない。ただ、その時救うことが出来ていたはずの子供たちの命を思うと、後悔してもしきれないのだ。

 後年、彼はこの時のトラウマに一生苦しめられるようになる。夜寝る時にその時の様子が、音がフラッシュバックするのだ。それは、あまりにも辛く、そして苦しい一生だったはずだ。今となっては、分かるはずもないが。

 分かることと言えば、この時彼は新聞社にあることを伝えなかったということだ。

 それは、≪車のクラクション≫。

 爆風によって倒れた時に聞こえてきたソレは、誰かが生きていた可能性を示唆するものだった。

 でも、彼は逃げた。自分の命が惜しいから。

 彼はこの事実を隠し通すことにした。

 怖かったのだ。何故助けなかったと、何故逃げたのかと非難されることを恐れて。

 もしかしたら、誰かを救うことが出来たかもしれない。そんな未来なんてなかったことに、そうしたかったのかもしれない。

 彼が毎年その時の犠牲者となった子供たちの墓を回っているのは、その罪滅ぼしのためだったのかもしれない。ヒドイ自己満足だと、自分でも思う。だが、それぐらいしかできなかった。それが己の罪だと、後悔に後悔を重ねて。

 そして、ココに彼にとって残酷となる事実を一つお教えしなければならない。心苦しくなる、残酷な真実を。

 この時、あのクラクションの音がトンネル内に鳴り響いたあの時、≪生存者≫が存在していた、という事実を。

 もしかしたら、この事故の中で発生したすべての事象の中でも唯一ともいえる幸運が、このことだったのかもしれない。

 理不尽な形で奪われた少女の人生。

 新しく与えられた少女の人生。

 けど、それは彼女にとっては不本意な人生。

 こんな自分になるくらいなら、転生なんてしたくなかった。

 けど、そんな子ですらも狂ってしまう。

 それが、異世界転生。


第一章【翠の若葉の不本意な人生】


 その歴史、未来に残しますか?

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