1.序章 第一王子の婚約者
人生初投稿になります。
よろしくお願いいたします。
※※※ 現在、改稿作業進行中です ※※※
聞き覚えのある声に振り向けば、思ったとおり彼女の姿があった。
チョコレート色の靴に、裾にレースをふんだんに使った淡いローゼ色のワンピース。背中に流れる栗色の長髪と、ドレスの色よりも濃く染まった薄紅の頬。くりりとした小動物を思わせる大きな瞳も相まって、彼女はまるでおとぎの国から飛び出してきたお人形のようだった。
「今日はお茶会じゃなかったのかい」
問いかけると、彼女はぷっと口先を尖らせる。唇にはいつもよりちょっと背伸びした真っ赤な口紅がひかれていた。
「つまんないから、抜け出してきましたの」
そういって、彼女は僕の手首をつかむ。
止めようとした背後の従者たちを目配せして制し、僕は彼女に引かれるまま庭へと走り出る。
途端、眩しい極彩色が視界に飛び込んだ。この国で最も尊い身分の一族が住まうこの邸の庭は、毎日手入れされ、いつの季節も変わらず色彩にあふれていた。別名、天界の楽園とも呼ばれ、詩人の歌や、民たちが親しむ劇にも美しいものの代名詞として、たびたび用いられる。
間違いではないと思う。でも、いつも色とりどりの花が咲き乱れている変わらない光景は僕にとって牢獄のようだった。どんなに美しくとも、毎日変わらない景色は、飽いてしまう。
しばらく庭を走った彼女は中央にある噴水の側で、ようやく足を止めて手を離した。そのまま、すとんと傍にあったベンチに腰を下ろす。ローゼ色の裾が花ひらくように、甘い匂いとともに円形に広がった。
彼女は、空を見上げた。
空は一点の曇りもない晴天。どこまでも高く、ひろい。
「どうしたんだい」
僕は隣に腰をおろして出来るだけ穏やかに、問いかける。
彼女は少々気分屋でわがままなところもあるが、お茶会を抜け出してここまでくるほどではない。たしか今日のお茶会は、隣国の姫君をもてなす大事な催しだったはずだ。
「……今日はジョセフ様に、お願いがあってきましたの」
彼女は顔を近づけてくる。
背後の噴水の音がやたらと大きく感じた。
「なに?」
促したが、彼女はすぐに口を開かなかった。視線は僕にはなく、注意深く辺りに視線を巡らせている。
「大丈夫、人払いはしてあるよ」
よほど誰かに聞かれてはならないことなのだろうか。
言葉をかけても彼女はしばらくの間、周囲を見回していた。
やがて彼女はふぅーと息つく。安堵のそれではなかった。
僕は胃のあたりが重くなるのを感じた。緊張する。だから僕はまって、ととっさに彼女に言いたくなった。
けれど、その前に彼女は、僕に視線をあわせた。
途端、射抜かれたように目を逸らすことも、動くことも僕はできなくなった。
ただ、日にあたった彼女の栗色の瞳は、まるでひまわり畑をうつしているように黄色みがかかって綺麗だと――そんな、どうでもいいことを僕は考えることを拒否する思考の隅で思った。
「……ジョセフ様、お願いです。――どうかわたしとの結婚のお約束を……婚約を破棄してくださいませ」