終章・消えない温もり
「今日から少しの間だけ、一緒に過ごすことになりました。篠宮こずえちゃんです」
紹介された少女は、絵に描いたような美少女だった。その美しさもさることながら、少年は衝撃を受けた。
あの現場で、血塗れた包丁を持っていた女の子だ。見間違えるはずもない。
釘付けになっていると、視線に気づいた少女は、おずおずと話しかけてきた。
「あの……」
髪を耳に引っ掛けると、隠れていた大きな傷痕が覗く。
「夏目、くん、だっけ」
名前を呼ばれても、少年は返事をしなかった。少女は数秒待って、改めて呼ぶ。
「翔弥くん」
少年はまだ、返事をしない。少女は諦めずに呼んだ。
「翔ちゃん」
「……なにそれ、気持ち悪」
少年が顔を顰めると、少女はぱっと、ぎこちなく笑った。
「やっと返事した」
「もう呼ぶな」
「でも、翔ちゃんって呼ばないと返事してくれない」
少女は一歩、少年に歩み寄った。
「そのカメラ、かっこいいね。写真って、いいよね。撮った人が見た景色を、他の人にもおすそ分けできるから。きれいな景色を見たら、みんなに教えてあげたいもんね」
「そんなんじゃねえよ。ただ、親父がこれしか残さなかったから、他の奴にいたずらされないように持ってるだけ」
少年がぶっきらぼうに言うも、少女は作り物のような笑顔で迫った。
「そっか。じゃあこれから、きれいなものたくさん撮って」
カメラに置かれた少年の手に、彼女の手が重なる。体温の低い少年の手には、彼女の手は温かすぎた。
「君の見た景色、私にも見せてくれる?」