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特異鬼制教導機関  作者: 美音 樹ノ宮
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眠った人間と目覚めた鬼

~特異鬼制教導機関~







(ゆう)裏人(うらひと)くんを抱えながら逃げれられるかい?」



そう、当の本人が眠ったことを確認しつつ、他メンバーに声を掛けるのは伝槙(つたまき) 柏伯(はくのり)

その顔には、今まで裏人(うらひと)を安心させるために浮かべていた笑顔なんてものはなく、真剣さそのものであるかのような雰囲気を浮かべていた。

それが暗い境内の状況と相まって、同じように暗い印象を孕み始める。

同時に、この男のこの様子を初めて見た(ゆう)はというと、覚悟を決めたかのような意識を、雰囲気から表情へと宿すのだった。

そして、伝槙(つたまき)と同じように真剣そうな顔つきに変わると、傍にしゃがみ込む姫奈(ひめな)裏人(うらひと)を眺めてから、素早く言葉を返した。



「それって。」


「うん。

 正直、あの()と対峙してどうなるかは、私にもわからない。

 だから君たちの安全まで保障してやれる確証もないんだ。

 ...二人を守りながら、逃げられるかい?」


「やって―――――

 ...やります。」


「ふッ、いい返事だ。

 じゃあ頼むよ。」



優の覚悟をも受け取って、伝槙(つたまき)が軽々しくても余裕があっても、決して油断はしないような声音(こわね)の返答を行う。

そうしてすぐさま、掛けていた眼鏡を外すと地面へと放り、首を絞めるネクタイから身体を引き締めるスーツまでも脱ぎ捨てると、隣に自立していた金属製の得物を軽く慣らすよう手早く扱っていった。

先に呼称した百咲(ももさき)を、その通り『()』とするならば、『金棒(かなぼう)』とでも言うべきであろうその戎器(じゅうき)

自身の背丈の凡そ半分ほどの長さを誇り、(かた)黒光(くろびか)りする支柱に痛々しい棘を点在とさせた、重そうな鈍器である。

そんな重量感に包まれた武具を慣れたように扱う言いようもない迫力を伴った後ろ姿に...誰がどう見ても大きく感じるその背中を目前に、改めて(ゆう)は固い信頼と安心感を浮かべるのだった。

そしてそれら全てを彼に託し、先に決意した意識のまま身構えるような姿勢を見せると、自身のやるべきことを遂行するよう行動を起こすのだった。

特徴的な動きによって体現される、手話のごとき動きを展開して。



ッッ...パチン―――――



衣擦れから突如として鳴り響いたその破裂音は、下に向ける(ひだり)の手のひらに、握った右手(みぎて)の甲を()()わせた際になる音である。

その動きは、傍からみれば手話というより、何か武術の達人が行う型のように見えるであろうか。

そうやって彼は、左手(ひだりて)(みぎ)(こぶし)を抑え込むような言動を、力のこもった様子にて体現すると、すぐさま両手を腕ごと表に返した。

そうして、開いた右手(みぎて)を左ひじの内側辺りへ当てがい、指先へ向け(すべ)らせるかのようにその手首(てくび)(てのひら)をなぞっていく。

まるで左腕(ひだりうで)を右手で洗うかのような、或いはそこに付いた汚れを払うかのような所作(しょさ)を展開して。

その顔にはもう、いつもの優しい雰囲気なんてものは微塵も感じられず、ともすれば先の覚悟からもう一歩奥に踏み込んだところに控える、真剣さを内包していた。

頬に流れる一筋の汗にも気が付くことなく、この一瞬に遥かなる集中力をかき集めるかの様子で。

そして最後、左腕に沿()わせた右手(みぎて)を空中へ流すとそこで制止させ、何かの瞬間を待つかのように動きを止めるのだった。

緊張感が静寂という形で周囲へと解き放たれていく。

だがその様子を後ろ手に掴む伝槙(つたまき)は、未だ百咲(ももさき)から視線を外すことなく身構えつつも、その口元を弓なりに曲げ始めていく。

それは、喜ばしい瞬間を祝うかのような心地によって浮かべられる笑みであった。

つまり(ゆう)のこの一連の流れは、周囲を包む集中力を内包する静寂は、それ(・・)が成功している合図なのだということを、自身の胸の中で安堵感として受け取ったのだ。

そう決まりきった安心の念に、今度は自分の番だと意気込み得物(えもの)を握り締める伝槙(つたまき)の『意識』の先には、こちらを見据える黒い影がゆらゆらと佇んでいた。

そして次第に色付き始めると、ハッキリと可視化できる状態として、その姿を顕現し始めるのだった。



「上出来だね。」



それでもやはり、教え子の成長は喜ぶべきだと、我慢できず称賛の念を送る伝槙(つたまき)の声を後に。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




(ゆう)の身体の左半身が、黒い印象のオーラで覆われ始めていく。

(もや)というか、影というか、言いようもない恐ろし気な雰囲気を感じさせてくる気体(きたい)状の物質によって。

ただ、身体を(まと)い流動するその様子は、見方を変えればどこか液体(えきたい)のようにも見えてしまう、と。

そんな気味の悪さに、彼は毎度のことながら「(いい心地はしないな。)」との内心を浮かべ、苦虫を噛み物したような顔をするのだった。

生温かな温度(おんど)と、肌を舐められるかのような感触(かんしょく)に鳥肌が立つ。

また自身の中の何かがゆっくり剥離(はくり)していくような体感へ、吐き気を伴う気持ち悪さも感じてしまう。

そう、あれやこれやと()ってつけては悪感情(あくかんじょう)ばかり募る自身の内情に、心の中だけで悪態をつきながら。

しかし、これらの不快感は幾度と繰り返し行ってきた行為の中、幾度となく体感させられていた、必然的に受け取ってしまう感覚でもあった。

初めの頃で言うと、実際に吐きまくっていたほどに強烈なものとして。

ゆえに優は今までの不快感へ溜息(ためいき)一つでケリをつけると、その黒い物体とのこれから長らく続くであろう関係へ、早々(はやばや)順応(じゅんのう)させる様子を見せるのだった。

切っても切り離せない関係ゆえ、仕方ないと割り切った心情によって。

そんな万人が経験すれば誰もが一様に(もだ)えるであろう、腹の底から不快感を煽ってくるような感覚に包まれること、十数秒(じゅうすうびょう)

渦中にいる物体は、這わせた左腕から徐々に指先へ向け流れていき、最後(はら)った右手を介して地面へと(こぼ)れる様子を展開していた。

初めは演出に用いられるドライアイスの(もや)のような見た目から、流れる瞬間は黒い水のような外見を見せて。

またそのまま境内(けいだい)の石畳へと流れていくと、次第に上へ上へと()り上がり始めては、ゆっくりと何かの形を形成していく。

そうして最後、色付く黒い塊(それ)は所々を既視感のあるものへと整形すると、何より...誰より見覚えのある姿としてこの場に正体を示していくのだった。

同じ身長から同じ体系、同じ衣類に同じ髪型、そして同じ顔立ちに同じ雰囲気の人間体へと。

次の瞬間、伝槙(つたまき)姫奈(ひめな)が見守る状況の中、時間をかけさせることなく以上の言動を終えた彼の隣には、全く持って瓜二つ(・・・)魅明逆(みあけさか) (ゆう)自身が姿を現していた。

二人目の(ゆう)の存在、それも相違点といえば表情に色気がないというところだけ。

それ以外は先に述べた通り、今日の身に着けている制服(せいふく)から髪型(かみがた)雰囲気(ふんいき)仕草(しぐさ)、そして息遣いから(まばた)きのタイミングに至るまで、全てが完璧に摸倣されている。

結果、普段から彼自身をよく知る姫奈(ひめな)ですら、一連の流れを見ていなければどちらが本物かわからない、というような分身体(・・・)がその場に佇んでいたのだった。

先に話していた、伝槙(つたまき)からの「頼むよ」とはこのことである。

それゆえ、事の顛末をいい形で終えることができた二人は、顔を見合わせることなく喜びを共有するのだった。



「上出来だね。」



間髪入れず、称賛の言葉をくれる伝槙(つたまき)に、届くかどうかわからずとも(ゆう)は頷きを以て返答を送る。

そして後ろを振り返っては、分身体とこの場にいる(ほか)二名に、順繰(じゅんぐ)りと視線を移していくのだった。

履いている運動靴が、思った以上に大きな音として、石畳の上で砂利をすり潰す音を響かせる。

それと同時に聞こえてくるは、姫奈(ひめな)が自身の手元に並べる道具をカバンへと仕舞う小気味よい音と、何やら空中へ語り掛けているかのような伝槙(つたまき)話声(はなしごえ)

そんな風に皆が皆、自身のやるべきことを遂行していく中、もちろん(ゆう)も吐き気や嫌悪感に立ち止まることもせず、自身の行動を起こしていくのだった。

もう一人の自分へと向き直って、いつも通りの落ち着いた様子を取り戻しながら。



「俺が彼を抱えて動く。

 お前はいつも通り護衛をしてくれ。」


「...(コクッ)。」


「いいか、対象はあの女、いやあの鬼だ。

 決して気を抜くなよ。

 いつも通り、俺が死ねばお前も死ぬ(・・・・・・・・・・)

 決めに銘じておい―――――」


(ゆう)、急いで。」


「すぐ行きます。

 ...じゃ、頼んだよ。」



分身体への声掛けは十分、といったところで後ろから自身を呼ぶ、苦しそうな声が聞こえてきた。

全ての道具を仕舞い終え、裏人(うらひと)の身体を(かか)えやすいようにと持ち上げてくれている姫奈(ひめな)との視線が交差する。

当然、その声の正体とは彼女が放ったものであり、重そうに表情を歪ませているところからでも、何かを言う必要がないほどの迫力を感じさせてくれていた。

早く持て、との威圧感を以てして。

そのため切羽詰まった様子になる声へ即座に返答して、彼女の元へと駆け寄った(ゆう)は、目前でしゃがみ込む姿勢を見せていく。

そんな彼の体勢から、背負うように裏人(うらひと)を運ぶのだとの想いを共感してくれた姫奈(ひめな)は、脇を抱えている体勢からまず(ゆう)の背中に裏人(うらひと)の全身を預け、首周りに腕を回すよう身体の向きを整えてくれるのだった。

そして前へと移動すると、裏人(うらひと)の両腕を(そろ)えてはそこに紐を(くく)りつけ、(ほど)けないよう固定した後、今度は前から優の身体を抱きしめる(・・・・・・・・・・)ような体勢を取って見せた。

至れり尽くせりな状況は、今の優の状態(・・・・・・)を知っている者にしか察せない優しさとして、その場に姿を(あらわ)す。

何の話かというと、すぐに巻き起こってしまう事象への(そな)えとしたものだ。

そうしっかりと背中への感触を受け取った(ゆう)は、姫奈(ひめな)に対し頷きを返して、踏ん張るよう足に力を入れていく。

自身の身体を(かか)えてくれて、協力してくれようとしている姫奈(ひめな)との呼吸を合わせてるよう「ふぅ...」と息を吐き切って。

そうして互いに目配せをすると、言葉を出さない首肯の合図だけでタイミングを計り、一気に立ち上がっていった―――――つもりだったのだが。



「ッと―――――」


「ッ!?

 ...大丈夫ッ!?」



立ち上がる(さい)、情けなくもよろめく(ゆう)は、今まで以上に重量感を孕んだ迷惑を彼女に掛けてしまうこととなった。

それらの事情に申し訳なさと裏人(うらひと)を保護する意気、さらに自身への戒め(・・・・・・)として下唇を噛む彼は、姫奈(ひめな)の助力あり何とかその場で(とど)まることに成功する。

悔しそうにも、苦しそうにも、我慢するようにも見える、表情を浮かべたまま。

そんな様子に、すぐ面持ちを曇らせるのは他の誰でもなく姫奈の方(・・・・)であった。

先に述べた『今の(ゆう)の状態』とは、一連の行動によって分身体を作り出したことに関係している。

手話よりも仰々しく、武術の型よりは短くといったあの光景を展開するようになって以来、二人目の(ゆう)が俗世に姿を見せている間は、『本体』の方がかなり衰弱した様子を浮かべるようになっていた。

始めの頃から変わらず、風邪や熱をより濃くしたような際の表情を見せ、年々増していく精神年齢によってようやく気持ちが楽になる程度の(しがらみ)を。

(ゆう)はそのことを、隠し通すかのようにいつも通りの笑みを浮かべているのだが、汗や筋肉の硬直、それに先のよろめきも含め無意識下ではしっかりと苦痛を感じてしまっているらしい。

とその具合に際し、「(気付いていないとでも思っているのか)」といつにも増して弱々しい彼へ、姉としていつも以上の優しさや愛情を向けてやる姫奈(ひめな)は、しっかりと面倒を見るように(ゆう)の身体を支えてやるのだった。

常日頃から憎まれ口を言い合う仲だが、別段等閑(なおざり)にするほど『嫌っている』というわけではなく、二人の間にあるのは姉弟(きょうだい)間での意識と言えば他に説明が要らない心情だけ。

それに、普段であればこの関係値ゆえ、現状での振る舞いは「恥ずかしいから」とせき止めるような彼が、この瞬間ばかりは密接に近寄る身体の貸し借りを、有難いとすら思ってくれている。

その事実が、いつもの魅明逆(みあけさか) (ゆう)を知っている者からすれば、どれほど追い込まれている精神状況を顕著に表しているか、目に見えてわかるというものだ。

ゆえに、裏人(うらひと)の身体を背負いあげようとしている彼の手助けに一切の手抜きなどはせず、ともすれば二人を一遍(いっぺん)に助けてやるくらいの心持を、姫奈(ひめな)は浮かべるのだった。

恐らく、(ゆう)自身も無理矢理気付かないようにしている何か(・・)をも、同時に救ってやれるほどの覚悟を持って。



「...よし、じゃあ急ごう。」


「はい。

 ふぅ...頼むぞ。」



優し気な声音を放つ姫奈(ひめな)の言葉に(ゆう)が返事をし、伝達するかのように後ろへ控えていた分身体へと言葉を(つな)げていく。

そんな光景の中には、やはり(ゆう)の心情だけに(とど)まる、言いようもない引っ掛かりが存在していた。

最後に放った「頼むぞ」との言葉の真意とは、恐らく分身体だけでなく、自分自身にも言い聞かせた言葉なのだろう。

あの力を使う時の一貫して見られる感情の希薄さから、彼がこれらすべてに良い印象を抱いていないことは明白だと察している。

そしてそれ以上に『拒絶』したいとまで思っているような節があることも、見て取れるところがあった。

姉弟(きょうだい)として、近しい間柄ゆえ(ゆう)姫奈(ひめな)の心情を導けるのなら、その逆もまたしかり。

と、大方彼の表情を読み切った姫奈(ひめな)は「本当は頼りたくないんだ。」と()やみ、「だが今の俺では実力不足だ。」と(うら)む、(ゆう)自身の本心にまで辿り着くことができるのだった。

事実そう考えている(ゆう)の思考、実力不足とは裏人(うらひと)姫奈(ひめな)を護衛するということについて。

認めるつもりも、そも考えるつもりもなかったが、それ(・・)の方が普段(・・)の自分よりも実力的には上であると、分かっているのだ。

さらに、自分自身に与えられた仕事を(こな)せないようでは、それ(・・)への対抗心として睨みを利かせることすら(はなは)だ情けないぞ、と。

自身を追い込むことで足の震えを止め、自身を(いまし)めることで最低でも同じ舞台へと這い上がりしがみつこうとする、そんな彼の心情とはどれほど辛く苦しいモノなのか。

想像することすら、厚かましいというものだ。

それゆえ姫奈(ひめな)は、そんな事実を彼へと伝えることはなく、あくまで気付かないふりを徹底して、心の中での感受性の目を瞑るのだった。

それは何より弟想いなのだと、自分自身が嫌というほどよく知っている自分の本心をないがしろにすることで、非常にも彼の成長の手助けしてやるために。



「(でも、これくらいなら...)」



何処までいってもお人好しなのは、命を張って自分たちを守ってくれている()に触発された姉の使命。

とは言い過ぎかもしれないが、そんなことを思う姫奈(ひめな)はよろめく(ゆう)をしっかりと抱きかかえてやると落ち着きを取り戻したところでその手を取り、最後の最後まで力を込めて握り締めてやった。

そんな彼女の行動に、言葉にするわけもないが(たの)もしさと安堵感を感じた(ゆう)は、お返しとしてその目をしっかりと()に捉えてみせる。

辺りを包む静寂には、二人が関与する暇など存在するわけもない。

それゆえ、即座に頷きをもって心を通わし合った彼らは、伝槙(つたまき)百咲(ももさき)が紡ぎ出す静けさの中、次の瞬間には元気に運動靴を走らせる足音を鳴らし、その場を後にしたのだった。

百咲(ももさき)裏人(うらひと)へ向かって腕を伸ばす。

だがその極端に分かりやすい仕草にも(ゆう)の分身体が対応して、二人と百咲(ももさき)の直線状に割り込むと一瞬だけ何かの爆発音(・・・)を鳴らし、砂煙を巻き上げながら。

そうしてそのまま三人の影は、土埃と世闇の中へと消えていった。

またもや百咲(ももさき) 愛悠(あゆ)の悲壮感に包まれた叫び声を最後に。



「待ってッ――――!!!!」




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




過ぎ去った彼らの気配を後ろ手に確認した伝槙(つたまき)は、未だ捉える百咲(ももさき)から視線を外すことなく、右耳に付けている小型の機器へ向け、会話をするかのような言葉を放っていた。



「聞こえるかい、執朗(とろう)くん。

 今すぐに始めてくれ。」


「――――――――――。」


「うん、方角は南。

 祭りやぐらの和太鼓奏者から9時方向...そ、森の中ね。

 彼らを、任せるよ。」



誰かの名を呼び、そう声を放ったすぐ後、通話を終了した彼は今一度金棒(かなぼう)を手早く(あつか)っては握りしめ直す様子を見せた。

そんな彼の顔には、未だ依然としてあっけらかんとした微笑みが浮かべられている。

が、先のものと比べれば、強者の余裕というか、戦闘狂というか、いわゆる良くない雰囲気の色をより濃く宿していた。

真剣さというには少し違うが、まぁ気を抜いているというわけではなさそうな、重みのある感じの。

その証拠に、今しがた悲壮感に包まれた百咲(ももさき)の叫び声と同時、彼女が起こした行動の一切を見逃さないよう、無意識下での反応に目にも留らぬ速さを見せ、対処を行ったのだった。



「くッ―――――」


「いくつか質問があるんだけど、ジッとしてもらってていいかな?」



裏人(うらひと)が連れ去られる、そう思った百咲(ももさき)が可愛らしい顔のまま雰囲気だけで『化け物』を体現し、彼らの方へと飛びかかろうとの動きを見せた。

ただしそうとは言っても仰々(ぎょうぎょう)しいモノというわけではなく、一瞬の身体の微動だけだったのだが、それに気が付ける伝槙(つたまき)も同様に化け物じみたの観察眼と言えようか。

そんな彼が行った行為とは、百咲(ももさき)が走り抜けようとした直線状、その裏人(うらひと)寄りの位置へ、持っていた得物を投げつけたという、ただそれだけの単純な行動であった。

しかし効果は絶大で、想定通り巻き起こる土埃(つちぼこり)が周囲の様子を更に曇らせ、夜の雰囲気ではこれ以上ないほどの隠密性を発揮し、彼ら三人の姿を限りなく見えないようにしていく。

さらに、百咲(ももさき)への抑制と、自身の任務(にんむ)遂行(すいこう)のため、またもや丁度いい感じの静寂を訪れさせるきっかけにもなったのだった。

これら単純な動きの一端(いったん)も捉え切れないどころか、初動の雰囲気すら掴めなかった百咲(ももさき)は、改めて伝槙(つたまき)のことを気を抜いてはいけない相手として、警戒する運びとなる。

そして矛先をとりあえずは裏人(うらひと)の奪還から伝槙(つたまき) 柏伯(はくのり)の対処へと変更し、急ぎたい欲を自身への敵対心を燃やさせることで、状況ごと彼女を丸め込むことに成功させるのだった。

それにより訪れる静けさとは、すでに周囲の環境を伝槙(つたまき)に有利な舞台へと、発展しているような気配すら感じられる。

またもやその証拠に軽々しい口調を放つ彼は、先の行動により(べつ)で動きを見せた(ゆう)の分身体へ、重みのない説教染みた言葉を放っていた。



「こら、対象は私じゃないだろう。

 下手に気を回して、(ゆう)の気力を無駄遣いするなよ。」



裏人(うらひと)を運ぶ(ゆう)(つづ)姫奈(ひめな)の前へ姿を見せた分身体、その近くで鳴り響いた爆発音とは伝槙(つたまき)が気を利かせて行った、手助けの事であった。

しかしそれを百咲(ももさき)からの攻撃か、はたまた裏切りを行った伝槙(つたまき)からの攻撃かと勘違いした彼に、「対象はあの鬼だと言った、(ゆう)の言葉を忘れるなよ。」との叱りを与えてやっている。

ただし、彼女の動きに反応を見せたことと、命令通り彼らを守ろうとしたことについては流石だと、真に怒っているというわけではなく、優しく愛情のこもった躾けをするかのような雰囲気の方を強く浮かべていた。

そんな伝槙(つたまき)の、こちらの存在など「お構い無しだ」とでも言いたげに一変した様子へ、煽られているような心持を受け取った百咲(ももさき)(つい)に、その表情へ本物(・・)の怒りを露わにするのだった。

真っ赤に濡れた口元から、体中に撒き散る鮮血が物々しさと共に危険度の高い威圧感として、彼女の方から伝わってくる。

そして当然伝槙(つたまき)から放たれている高圧的なものと衝突し、辺りを暗さや緊張感のもう一歩奥に踏み込んだ、『荒れ果てた静けさ』が包んでいくこととなった。

先の得物へ差し出した、伝槙(つたまき)の腕に何のトリックか知れず舞い戻って来る金棒(かなぼう)を今一度握り締めて。



ヒュュュゥゥゥゥ...ドォォーーン―――――



突如、祭りらしい花火の音と閃光が周囲へと届き始める。

そういえばこの場は祭りの会場だったなと、殺伐とした場面に皮肉染みた内心を浮かべる伝槙(つたまき)は刹那、目を見開き、口元をこれ以上ないほど弓なりに曲げるのだった。

対する百咲(ももさき)も、どんな内心なのかは知れずとも、目を見開くとすぐさま身構える様子を見せてくる。

そんな互いに互いを敵視する光景の中、続く一コマまでの短い時間の経過にて、二人の姿は忽然(こつぜん)とその場から掻き消えるのだった。

花火の音に呑まれる、とてつもない轟音と共に。


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