奇妙な情報共有
~特異鬼制教導機関~
胸の位置にでかでかと『二色団子』なんてふざけた文言を掲げた安く、何よりダサいTシャツを着用し、履き潰されたサンダルとダボダボなズボンで決めたコーディネート。
その場の雰囲気にはなんとも似つかわしくない、そんな姿が落ち着いて高級感の漂う店内にポツンと見受けられていた。
しかしそれでも、スラッとした体躯や艶やかな髪の毛に、鍛え抜かれて強かな肉付きのいい美脚からは瑞々しい色気と魅力に最大級の大人っぽさが止めどなくあふれ―――――
歩き方や仕草の一つ一つには彼女が真に魅力的であるとした説得力や、男性に対して独占欲を煽るかのような無条件に好意を惹きつけさせる女性らしさが漏れ出しており、それが服の陳腐さを覆いつくすほどに彼女のことを好印象でまとめ上げていた。
そして極めつけは、やはり『鬼』の血が流れる『方相氏』といったところか。
彼ら彼女らに共通して見られる神像のごとき整えられた顔立ちを以てして、天女のような美しさが表情から雰囲気にまで反映され、惜しげもなく展開されているのであった。
そんなある種残念な佇まいを見せる可憐なレディー、斎籤内 甘楽と名の淑女は今、カウンターを挟んで向かいに姿を見せるヲ解に対して自信満々な可愛らしい笑みを送る様子を見せていた。
「しかしまぁ、修羅場が見れるかと思ったのに残念だよ。」
「ふふ、流石でしょ私のダーリン。」
「あぁ、全く。
で、またなんだいその珍妙な服装は。」
「え、可愛いでしょ。
二色団子。」
「かわいいのか。
ヲ解くん。」
「うん、めっちゃええやん。」
「ほう。」
修羅場によって生まれる負の感情を喰らい腹を満たそうとしていたり、真逆の反応を示しては自信満々に身につけた服を褒め称えてみたり、そんな彼女に同調しつつも心の底ではあまり興味がないなんて失礼な内情を浮かべてみたり、と。
そうやって三者三様の反応を示す店内では、賄いを食べ終わった従業員の子たちが厨房にある業務用の食洗器に食器を片付け、店内を清掃する様子が展開されていた。
彼女たちの履くローファーと、木材の床との触れ合う音が小気味よく店内に響いていく。
またそんな彼女らの、天道たちの雑談に堪えきれず漏らした可愛らしい笑みも反響しては、未だ聞こえてくる店外の呑兵衛たちの賑やかしと相まって、俗世から少しだけ浮いた身内のみの心地いい空間なんてムードを作り上げていた。
最高の夜の雰囲気、誰も...自分たちを邪魔することのなくなった久しぶりの環境。
だからこそ周りを気遣うことなく会話ができるだなんて目配せをした年上組は、この場に三人が集まった理由にして共有しておかなければならない状況説明について、真面目に議論する様子を展開していくのだった。
少し前の、ヲ解と天道が話し合っていた時の真剣な様子に立ち戻って―――――
そして周囲の子たちにこの空気感を崩すなと、また今から話す内容については何も聞くなと言葉無きの指令を飛ばすよう、無条件に緊張感を与えていくのだった。
それだけ重要な話し合いだからと、自分たちにも言い聞かせるように。
「んで、甘ちゃんも来たし話戻すけど。
本来の目的の方は、なんか見つかったんか?」
「あぁ、いや。
残念ながら何も。
裏人の過去のことも、温羅に関することも、両方。」
「そうか―――――」
「じゃあさ、私のお告げの方は?」
「そっちも同じようなもんだね。
ただまぁ、収穫はあった。
あれだけ胡散臭いのに、私が行って何一つ見つけれなかったんだ。
それだけで怪しむには十分だ。」
「ほんまか?
あんた、10回に7回は適当するからなぁ。」
「信用ないなぁ。
でも、今回の件に関しては人類の存亡がかかっているからね、私もきちんとやってるよ。」
本来の目的だと、そうヲ解に言われた事象について。
そしてそこから続く会話の流れで出たお告げと、人類の存亡とは。
三人の頭へ同時によぎる、大袈裟にして大それた内容の全貌は裏人と出会う前の状況まで遡り、とある言葉から始まっていった。
『鬼が...蘇る―――――』
なんて奇妙な一文に込められた、事実を知る者にのみ与えられるこの上ない緊張感を以てして、逃れられない未来に苦悩を浮かべるよう。
外に聞こえる喧騒が、今この瞬間を以て煩わしいものへと変わっていくような、そんな心地がした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ガバッ―――――
「ッはぁ...、はぁ...ッはぁ、―――――」
急いで飛び起きた衝撃で、彼女の周りに掛布団が散らばっていく。
そんな光景を見たヲ解と天道は驚いた様子を見せながらもすぐに駆け寄り、彼女を介抱する様子を見せていった。
背中に手を当て優しくさすり、苦しさを取り払ってやるよう精一杯の愛情を以てして、部屋に響く艶かしい吐息を鎮めるよう冷静な心情のまま。
「大丈夫?」
「甘楽、何が見えた。」
「...修二、『鬼』が―――――。
『鬼』が...蘇るかも。」
「「...は?」」
「やっぱり、見えた。
やっぱり見えたんだよ、近い、未来に...。」
「修二。」
「うん、わかってる。
甘楽、落ち着いて。
少しだけ目を閉じて。」
切羽詰まった表情で言葉を放つ甘楽は、どこか焦点の合わない目を浮かべながらも、しっかりとした覇気を持ってそんな事実を伝えてきた。
その様子に焦りを孕んだヲ解は天道の名を呼び、その意図を理解した彼はすぐさま目を閉じた甘楽の額にそっと手を添え、とある呪文を口にした。
「『業生、人惑い降、存う勿れ。』」
そして彼女と同じくして共に目をつぶって見せると、自身の頭の中に流れ込んでくるイメージを一切拒絶することなく、受け入れていく様子を展開した。
十数分後にヲ解からの声がかかるまで、その端々を鮮明に記憶するように、と。
「...、どうや。」
「...これは、うん。
まずい、かもな。」
呪文を口にした天道が、彼女から読み取った思考は先ほど見た夢の景色そのものである。
斎籤内 甘楽の『追儺』―――――先を見通す力によって映し出された、おそらくここ数年で現実になるであろう出来事のイメージ。
そのお告げの中には、見たこともない場所を這う見たこともない異形の存在と、この世のものとは思えないほど悍ましく吐き気のするような恐怖そのものが映し出されていた。
現状での自身らが相手取っている、夢の傀儡である『鬼』の姿など霞んでしまうほどの不快な、憎悪の塊のようなものが。
「これが、鬼か...。
ヲ解君も見れるよ、ただ気はしっかりと持っていてね。」
「...あぁ。
『業生、人惑い降、存う勿れ。』...」
記憶と思惟の中に介入し、相手の意識へ自身を投影することは、決して難しいことではない。
だが、その先のイメージを間近に目視するのは、生半可な覚悟のみなら容易く食われてしまうことになる。
それは文字通り、自分の意識が相手の中にいる悪しきものへ乗っ取られてしまうということ。
ゆえにこういった場合の先導は、毎回毒見役として助力してくれる天道に任せており、そんな彼から許可の下りたヲ解は同じく目を閉じると呪文を口にし甘楽の夢の中へと落ちていく姿を見せるのだった。
そしてその間天道は、彼女からの恐々とした質問に答える様子を見せていった。
震える彼女の手を友人として優しく取り、目を閉じたままでも現世に意識は残っているだろう恋人の手に重ねてやると、そっと力を込めて互いが互いに握りしめてやるよう促しながら。
「―――――...ねぇ修二。」
「ん?」
「これが、温羅の齎す、災厄の正体なの?」
「で、あってくれた方が...まだいいかも。」
「修二なら、どうにかできる?」
「...さあ。」
こういう時、頼りになるのは天道 修二ただ一人だと知っているからこそ、その返答に部屋には静寂が訪れていく。
まだ意識が朦朧としている内の甘楽の思考、それでもちゃんと理解することはできた。
事の重大さを、そして人類滅亡の危機が目前まで迫っているのだといった現実を。
ある種絵空事ではあるのだ、先ほど見た夢でさえ違えた過去はないにしろ、これが初めての詠み違えになる可能性だってある。
だがしかし、もしも今まで通り現実になってしまうのなら...―――――
天道の吐いた曖昧な返答は、それだけで仰々し過ぎる絶望をリアルに体感させてしまうのに、十分すぎるほどの意味合いを内包しているのであった。
そしてヲ解が戻った後でもその返答は変わらず不確かなまま、三人だけの空間は最後の提案がなされるまで常に緊張感の付きまとった状態を保ち続けていくのだった。
「―――――...おかえり。」
「...。」
「ヲ解君は、どう思った?」
「...これが災厄の正体で、現実になるんやったら。
どうにかするしかないやろうな。」
「出来そうかい?」
「...さぁ。」
「ふッ、最高。」
「修二はどう見たんや。」
「さぁ。
あまりにも非現実すぎてね、なんとも。
でもまぁ一先ずは...鈴鹿 裏人を回収しに行こうか。」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ただ、あのお告げの場所は、集落ではなかったね。」
「そう、なんだ。」
例え落ち着きを取り戻したとしても、未だ胸を突く緊張感は消える素振りを見せなかった、と。
残念がる甘楽は少しだけ覇気のない返答をこぼし、グラスの水に口をつけた。
それに、こんな長期間もの間ずっと焦りが消えないのも初めてのことで―――――混乱する精神は次第にすり減っていくかのような心地を孕み、募っていく疲労感と同じくして心身ともに調子を狂わそうとしてきているのだった。
そのための早急な問題解決を望んでいたのだが、後の会話を聞いてもその糸口すら掴めていない現況へと、非力さが呪う精神までも残念がる様子を見せては喋る気力すら次第に消えさっていくのであった。
続くヲ解と天道の話をただひたすらに眺めることしかできないなんて、申し訳なさと自分が介入することによって生まれる更なる沈滞を危惧し、不安の想いを重ねて。
「...なぁ、修二。
温羅の『追儺』について、なんか検討ついてへんの?」
「んー、多分。
ヲ解君の考えてることと同じだろうね。」
「なら、復活なり再生なり、蘇りの類のやつか―――――」
「そう。
ただ初めはその可能性も考慮したけど、もしそんな『追儺』が実在するなら、きっと今頃どこかの文献に残っているはずだ。
考えても見てくれ、あんな存在が数を成して世に放たれたら、間違いなくこの国は終わる。
それに命の復活なんて、いつの時代も決まって理由は一つしかない。」
「支配、か。」
「いや...一新かな。
自分の生も含めて、全てが都合のいいように。」
「...。」
「でも、本当にそんな『追儺』が実在するなら、まちまちと蘇っていてもおかしくない。
あれほどの迫力だ、餓鬼ほどの存在ですら、自由人や魔術士たち相手には脅威に思えるだろう。
けどそんな話はここ十数年で一度たりとも聞いたことがない。
未来のこの期間を狙って蘇るよう、こねくり回した『追儺』を使っていたとしても、私が生きている時期に設定したのも不可思議だ。
もし想像通りの時間や想像通りの未来に、想像通りの姿で蘇ることができないのなら...。
先のことも知らないまま、子孫に予知されて、転生先の存在が明るみになったこの気が立った時期なんて最悪の瞬間に、生を成す可能性がある不確かな力など、これから全てを造りかえようとしている者が使うはずがない。」
「確かにな。」
「まぁ事実そんな『追儺』が存在して、私が彼らの気配に気付けず、この情報社会である現代日本国において誰の目にも触れられないまま、どこかでひっそりと暮らしているなんてこともあるかもしれないけどね。
この国、無駄に広いし、森は多いし。」
「ふッ...ま、それがわかったとこで、どうしょうもないか。」
「今のところはね。」
「ほな、裏人君の方は、これからどないすんの?」
「んー、一先ずは銀葉歓で過ごしてもらうつもりではある。
けど、『鬼』に関することで裏人が知るべきことはまだ山のようにあるからね。
自衛手段も、そもそもこの国のことも、全然知らないと思うし。
そこで、相談なんだけど私たちで裏人の面倒を見てやるか、それとも百鬼塾に預けるか、どっちの方がいいと思う?」
自信満々な表情で、恐らく正しいのであろう事情説明を行った天道は、次いでグラスをクイッと呷り中の酒をすべて飲み干した。
そしてコトンッとカウンターにそれを置くと、甲高い音をやけに静かな店内へと響かせ、再度裏人が寝ている天井を見つめた。
身の振り方がわからないのは、恐らく裏人も自分たちも同じなのであろう。
何せ今話している事柄については、前代未聞のことにして曠前絶後の奇怪な出来事だ。
大勢の人が死ぬとか、この国が終わるとか、口にするだけならどんな事象よりも簡単であろうことを現実だと思って過ごさなければならない、なんて。
ほぼ不可能だと思ってもいるそんな、事実やってくる未来へと想いを馳せる三人はそれでもあまり焦るような雰囲気を出さないよう精一杯務めて、後の時間をゆったりを過ごす姿勢を見せていった。
一先ずは自分たちのことより、子供たちのことを優先すべきだと思いやりを以てした何よりの事情を大前提に。
そして温羅の器だとされている、二階で眠る青年への警戒心を依然継続させながら。
「安全なんは前者やろな。
けど、時間ないなら百鬼塾や。」
「キミや鐙治郎君が面倒見てくれるなら、わざわざ身を危険にさらさなくて済むんだけど。」
「ウチは毎回は無理やろな、店のこともあるさかい。
せやから鐙治郎んとこ行っといで。
あいつも忙しい思うけど、ウチとあんたと三人がかりなら大丈夫やろ。」
「まぁ一応、スラムや『國式』に凛月君ところへ連れていく予定ではある。
あと万尋と景乃町へも。
これくらいしとけば、何かあっても安全でしょ。」
「あぁ、そんくらいやっとけば、まぁ大丈夫やろ。」
「結構ハードワークだね。
裏人君死んじゃわないかな。」
「さぁねぇ、でもこれくらいやっといてもらわないと―――――」
今後の流れも少しずつ決まり、その都度誰かを誰かに押し付けようとするなんて話し合いが飛び交うそこは、いつの間にか仲いいもの同士の気遣いなく笑いあう空間へと変わっていっていた。
これが最後になるのだろうか、なんて思うのはもう何度目ともしれないが、今回ばかりは少しだけ訳が違う。
あくまで誰かが死に、欠けた後のことを思慮しての話をしているのではなく、皆忙しくて集まる暇がないかもしれないとの意味合いではあるのだが。
そうはいっても消えやしない、胸の渦巻く嫌な予感は、膨らむ一方であった。
気持ちよく酒を飲む、いや酒を飲んでいるからこそ気持ちのいいと思える心情が、体感が、飲酒という行為自体が、この時ばかりは奇妙なほどに愚行に思えて仕方なかった。
と、そんなことを思う天道は、ヲ解からの最後の問いかけに答える素振りをもって、この場をお開きにする雰囲気を見せ始めていくのだった。
物寂しいとは思うが、我儘なんて言ってられないと、少しだけいつもよりも強めの覚悟の念を抱いて。
「あぁそうや、修二。
裏人君のことやけど、あんたはどない思うてる?
温羅の器か、そうじゃないか。」
「...十中八九、間違いないだろうね。」
「―――――、そうか。」
夜もかなり深くなってきた。
このままでは記憶が無いにしろ、寝ても覚めても逢花に怒られる裏人の姿が容易に想像できてしまう。
と、またいつも通りに微笑みを露わにした彼は、二階への階段を普段よりゆっくりと上っていくのだった。
後に残された二人へと、心地のいい足音を響かせながら。




