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特異鬼制教導機関  作者: 美音 樹ノ宮
34/37

蝶契の糸、その店で

~特異鬼制教導機関~







「んで。

 説明、しとくれるかい?」


「いやまぁ、さっき言った通りさ。

 今度の相手が、ちょっと厄介だったからね。」


「あんな…人の顔勝手に使うんもあれやけど、いっつも初対面で驚かれるうちの身にもなってくれんか?」


「なに、今回はそれが最適だと思ったから使ったまでさ。

 さっきも言っただろう、相手が悪かったって。

 私たちとは違う、喜びや高揚感を糧として猛威を振るう『鬼』と対峙したんだ、むしろ労って欲しいくらいだよ。」


「んなら、鐙治郎(とうじろう)でも良かったんちゃう?

 顔だけなら、一級品やろ。」


「いや、鐙治郎(とうじろう)はメンタルが弱いからパスだ。

 君とは違って、初対面の人に引かれようものなら5日は寝込んでしまう、それはウザい。

 それに、結局なんだかんだ言っても許してくれるからね、ヲ解(をとか)君は。」


「金さえ払っとくれればね。

 裏人(うらひと)くん、もっとぎょうさん食われ?

 修二(しゅうじ)の奢り、100割り増しやから。」


「あ、ありがとうございます...―――――」



話を聞いた限り、どうやら今回の件で悪いのは全面的に天道(てんどう)さんだけであったらしく、ともすれば全てが丸く治ったというものである。

裏人(うらひと)は用意されたデザートの、全身がとろけ切ってしまうほどに甘く、それでいて嫌にならない程度でスッと消化される不思議な甘味の中、そんな仲睦まじそうな二人のやり取りを特等席で眺めていた。

…今度は違う意味で居た堪れないと、そう思ってしまうほど周囲から注がれる、色っぽく艶やかな視線に甘ったるさをを感じながら。



「ねぇ。

 マスターと今のお客さん。」


「ね、すごくいい感じだよね。」


「隣の男の人もカッコよくない?」―――――



―――――「いっぱい食べてるよね、美味しそうに。

 良いわぁ、私ああいうよく食べる人、好き。」


「かなり若いよね。」


「さっき未成年って言ってなかった?。」


「あれ、ていうか。

 その美人なお姉さんは?

 さっきまで一緒だったよね?」―――――



「絵になるわね。」


「ウェイトレスさんも可愛かったし、私ここの常連になろうかしら。」


「目から癒されるわぁ、幸せ。」―――――




―――――「どないしたん、裏人(うらひと)君。」


「いえ、何でもないです。」



自分自身でも怪訝な顔をしていたのだろうと、気づいたそばから声をかけられたことによって一瞬で素に戻った裏人(うらひと)は、急いで取り繕うようにヲ解(をとか)へと返答を返す。

そしてその勢いのまま箸を手に握ると器へ運び、続き料理に口をつけていく姿を見せていくのだった。

チラッとだけ前髪に隠れた瞳を、カウンターを挟んだ向かいでお酒を嗜む、噂の張本人へと向けながら。


(また...よく見ればほんとに―――――。)


例の事件の際、この時一葉(ときいつば) ヲ解(をとか)の顔を借りた天道(てんどう)は自身へ向け、負の感情を募らせるよう殺気を送っていたと、そう言っていた。

ゆえに受け取ったトラウマにもなっている恐怖の感情。

しかし、再会の時は驚きこそしたが、改めて見返せばなんのその―――――

神像のごとき天道(てんどう)と張り合うほどに美形な顔立ちは腹の読めないミステリアスな雰囲気を含み、切れ長の狐目が特徴的な顔立ちと相まって、同性ですらも惹きつけてしまうほどの優しくいい意味で恐ろしい魅力を振りまいている。

さらにスラッとした体躯を活かすように着こむ端正な制服に細めの眼鏡、そして口にくわえたタバコなどはどれもがこの店を象徴する『気持ちのいい渋さ』を体現し、まるで仮想のものかと思えてしまうほどの雰囲気を作っていた。

それらすべてを(まと)う、高次元で完成度の高い存在。

流石は美男美女しか生まれないらしい、『方相氏(ほうそうし)』の一人というわけか。

なんて一度、恐怖の奥底に追いやられた側の立場であったとしても、落ち着いて見返せば格好いいと思えてしまうなんて情緒の怪しい思考すら正常のものだと断言できてしまうほど、言いようもない説得力そのものがこの時一葉(ときいつば) ヲ解(をとか)という人物を作り上げているのだった。

一回り大きい玄藤重(くろふじえ)教員でも大人だと思っていたが、彼ら二人は何かもっと違う意味での大人びた印象がある。

恐らく順当に言えば二回り大きい、つまり玄藤重(くろふじえ)教員よりも一回り上だからという理由があてはまるのだろうが、それとも少し違うような...怖いほどに依存してしまいたくなるような安心感を受け取ってしまっていた。



「にしても裏人(うらひと)君。

 あんたえらい色男やね。」


「えッ...あぁ、ありがとうございます。

 ...なんですか急に。」


「うちで働いとくれたら、もっと若い()たちを呼び込めそうなのに。」


「忘れては無いと思うけど、彼はまだ未成年だからね。」


「お酒飲めるようなったら、またおいで。

 歓迎するわ。」



どこまでも優しく、どこまでも丁寧。

そんな印象の微笑みを浮かべたヲ解(をとか)はそう言うと、客足の引き始めた店内の様子やお会計を済ませる従業員の姿を流し見すると、そっと自分のグラスを呷り感嘆の吐息を漏らした。

そして続く会話と共に何も言わず自身と天道(てんどう)のグラスへ水を(そそ)ぐと、自分のグラスには酒を()いで言葉を紡いだ。



「もうこっちに越してきとるんやろ?

 生活には慣れた?」


「いえ、まだ―――――」


「昨日の夜来て、今日が一日目だね。」


「あら、そない直近なんや。

 えらい時間かかったんやな。」


「残念ながら。」



スッと肩をすくめヲ解(をとか)へと残念がる様子をアピールする天道(てんどう)は、次いで何やら遠くの方を見るようなそんな様子を見せ始めた。

目線一つでもよくわかる、明らかにコミュニケーションをとったんだろうなと察しがつくような仕草を以てして、両者間での秘密のやり取りを交わしながら。



「ほな、遅うならん方がええか。

 裏人(うらひと)くんも疲れとるやろうし。」


「できればその方が。

 まぁ結局この後のことがあるんだけどね、そのための君のご飯だし。」


「満足してくれたんやったら、それで十分。

 ほんなら、奥の部屋に用意しとるから。」


「悪いね、助かるよ。」



いったい何の話をしているのやら、なんて。

そんなことを思い浮かべた裏人(うらひと)はそれでも、入り込む余地もなければそのつもりもない会話には黙って俯瞰しておくことを選択し、同時に彼らの会話へと意識を向けるような様子も浮かべて見せた。

そしてこの街に来たのが昨日の夜で、計算すればまだ一日も過ぎていないのだという事実に気づき、次いで驚いたような表情と雰囲気をあらわにしていった。

時の流れを体感長く感じてしまっているのは都会での暮らしに慣れておらず、目新しいものばかりを見てきたからであろう。

振り返った今日一日の流れは、京都駅、街並み、銀葉歓(ぎんようかん)、高級車、『柊荘(ひいらぎそう)』、『グランドモール』、そして遊宴郭(ゆうえんかく)と続いている。

そこで見たものすべてが現実世界とはまた別の場所へと足を踏み込んでしまったのかと錯覚してしまうほど別物で、田舎の空気とも違った一回一回の呼吸に新鮮味が味わえると、より多くのものを見ようと辺りを見渡すわ足も止まるわ―――――

結果、濃い時間を過ごした今日という日は、まさに時間の概念を捻じ曲げてしまうには十分すぎるほどの高揚感を与えてくれ、同時に今後の人生を様々に想像させるその足掛かりともなってくれる、なんて雰囲気をも味わわせてくれたのだった。

ならば当然、時間も疲れも長く強く感じてしまうのは当たり前だと、少しだけ力を入れた唇を突破し漏れ出した微笑みに取り繕うよう振舞った裏人(うらひと)は、目前の器の最後の一口を口内(こうない)へと運び、二人の会話に「準備できました」との合図を見せていくのであった。



「―――――あ。」



今更思い返してももう遅い。

と、家に帰れば料理を作って待ってくれているであろう二人の同居人の姿を思い出し、悪いことをしたなんてそんな事実に気づきつつ―――――

漏れ出た感嘆の言葉を、彼女たちの厚意とまとめて喰らうよう、強く硬く誠意の込もった覚悟を胸の内へと落とし込みながら。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「なんか...え、僕解剖とかされないですよね?」


「しないさ、眠っておくだけ。」


「それもそれで信用できないんですけど。

 あの、確認ですけど...血は出ないですよね?」


「君がじっとしておけばね。」


「んー...」



店内で提供された食事を済ませた後、二人は奥の部屋へと足を運んでいた。

ただ奥の部屋とは言ったものの、先の場所からすれば二階に当たる、こじんまりとした一室である。

蝶契(ちょうけい)(いと)』、その店内より一度外に出て店伝いに右へ歩き、すぐさま建物同士の合間に見えてくる裏手へ回る細い路地を進んだ先―――――

そこには屋内の従業員専用通路とは別の、上へ上がる唯一の通路が存在していた。

...いや、存在していたというより、店に刺さっていたというのが正しいか。

これまたこじんまりとして清潔に保たれていそうな倉庫が二つほど設置された裏庭、そこから見て店の裏側の壁には、なぜこれで良しとしているのか不思議でならないような階段状の足場となる、数本の棒鋼(ぼうこう)が突き立っていた。

手すりの代わりとなるは店の壁そのもの。

また行く先を照らしてくれるのは最上段、つまりは二階の裏口にぽつんと設置された入口照明からギリギリ届く光と月明りのみ―――――

そしてその段差も、成人男性が少し歩き辛いかと思えるほど間隔が広く、上下もまばらで様々な方向へと突き出し、階段でいうところの踏み板しかない足場は(のぼ)っている最中、その合間合間(あいまあいま)から下の地面が丸見えとなっていた。

そんな景色に裏人(うらひと)は、『子供心くすぐられる通路』といえば聞こえはいいだろうが彼らのように怪我して失敗を学ぶことのなくなった大人としては、危ないことこの上ないと言える過度な危険性をひしひしと体感するのであった。

それはもう、この通路が昔の建造物の名残であり、人が上り下りするために作られたのではないのではと思えてしまうほどに。


コツ、コツ、カン...コツ―――――


澪玲(れれい)たちに選んでもらった、(もとい)着せ替え人形がごとく押し付けられた新品の大人びた靴。

底が硬い素材で作られ、歩くたびに小気味よい音を鳴らしていたそれが、この瞬間だけは恐ろしく奇妙な音を響かせてくれている。

5メートルほどしかない高さを、様々な条件と共にとてつもない高所であると錯覚させ、膝が震えてしまうほどの恐怖心を引き立たせてくれているのだ。

そんなはずがないのになぜだろう。

鉄を踏み抜く音が遥かな残響を孕み始め、耳を横切っていくうるさいほどの風切り音が焦燥感を大袈裟に煽り、進む足を目的の場所とは違う位置に到達させるような、幻聴、幻惑に包まれる。

また周囲の暗さや静けさも、遠くに聞こえる外の賑わいも、まっこと文句の付け所が見当たらないこの場の丁度いい広さも相まって、全てが緊張感を味わわせてくれる一要因へと繋がっているようだった。

どうせ落ちても怪我をすることなく、何なら何事もなかったかのように着地すらできよう、いうなれば危なくもなんともない場所であるはずのに。

裏人(うらひと)は、たった10段ほどしかない棒鋼を、体感10分ほど掛けて上り切ったのかと勘違いしてしまうほどの、一瞬に凝縮された疲労を受け取ってしまうまでに至るのであった。

そしてそんな内情のまま二階の裏口をくぐり、その先の廊下を進んで目的となったとある一室へと顔を覗かせると、認識能力を一時狂わされてしまった代償としてその場にあるものすべてを怪しい物だとして誤解してしまうのであった。

天道(てんどう)からの話をなぜか信用できないと戸惑いつつ、病院でよく目にする液体の入った袋を高さのある支柱に吊した点滴と呼ばれている器具に、一切の無駄がないからこそ浮いて見える清潔に保たれたベッドを視界に入れて。



「冗談だ、それほど危ないことではない。

 だから身構えないでもらった方が、こちらとしてもやりやすいのだが。」


「善処、します。

 それで、僕は今から何を?」


裏人(うらひと)にはこれから、私の記憶の一部を引き継いでもらおうと思う。」


「...。」


「車の話をしただろう。

 これからの君には必要になるものだ。

 だけど今は免許を取りに行く時間もなければ、脳のリソースを割くほど余裕のある状況でもない。

 だから直接、私が持っている知識をそのまま君の脳に入れ込む術を使う。」


「...大丈夫、なんですよね?」


「まぁ危険性に関して言えば、こちらの情報量に裏人(うらひと)の脳が耐えられなければ機能が止まるくらいだが。

 君は賢いし、入れ込むといっても車の免許を取るための知識くらいだ、君なら苦にも思わないだろう。

 だから、安心して寝てくれたまえ。」


「んー、絶妙に安心できないことを言いますよね。」


「ただ一つだけ。

 例えどんな記憶を埋め込もうと、目を覚ました後は酒に酔ったような感覚に襲われることになる。

 自分のものとは違う知識を勝手に植え付けられてしまうんだ、当たり前だが。」


「はぁ。」


「だから、その後のことは恐らく、明日の朝()を覚ませばまるっと忘れてしまっていると思う。

 ...瑚々(ここ)たちと、食卓を囲む約束をしたのであろう?

 その場に裏人(うらひと)の身体は間に合わせるつもりだけれど、残念ながらその時の記憶は―――――

 すまないね。」


「ちょ、ちょっと待ってください。

 なんだか、淡々としてますけど―――――」


「そうだね、別に危険が伴うようなことでもないんだ、さっさと済ませるに越したことはないか。

 良しそれじゃあ、裏人(うらひと)

 そこへ横になってくれ。」


「あの...はい。」



まるで話している内容が理解できない、というより理解してよいものなのかすらわからないと裏人(うらひと)は、ずっと苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべていた。

しかし、否定したところで結果は変わらず、現状においての最良の選択肢は恐らく何も言わずに彼に従うことなのだろう、と理解もできたいた。

だからこそ、()いで自身の脳内に渦巻く様々な危険性を一度全て捨て去った彼は、次の瞬間には黙って付き従うような姿勢を見せていくことにするのであった。

今後の人生を楽しみにしている身としては、ここで死ぬ可能性があるというのは素直に呑み込めないものである。

だが、天道(てんどう)の話が本当なら、手早く安全に車を運転するスキルが身に着くということもである。

だとすれば自身の内情に多数顔を覗かせる、様々な場所を訪れて様々な光景を目にしたいなんて、そんな人間としての本来の欲を満たすためにはこれが最短ルートでもあるというもの。

なんて彼の話に好色を見せる裏人(うらひと)は、目の前へと姿を顕した虚像の車のハンドルを手に取りながら、天道(てんどう)の言う通りベッドの上へと横になる姿を見せていくのであった。

自分がどんな状況に置かれているのかも特に理解することなく、車が必要になるとはどんな裏があるのかも察することがないままで。

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