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特異鬼制教導機関  作者: 美音 樹ノ宮
31/37

『遊宴郭』

~特異鬼制教導機関~







「修ちゃん、もうそろそろ着くで。」


「はい、こちらも重要な事はあらかた話し終わったので。」


「そうかそうか、じゃあ準備しといてな。

 後5分くらいや。」



車内にパッと心地よさが広がり、次いで豪快なその声が飛んできた。

それにより、目前を仕切っていた透明な板が元に戻ったのであろうことを察した裏人(うらひと)は、空気が明るくなっていくような心地も受け取り、ホッと胸を撫で下ろすまでに至った。

息の詰まりそうだった空間に名残惜しくもなんともなく別れを告げ、自主的に少しだけ開けた窓から周囲の活気と新鮮な空気を取り入れる。

そして大きく息を吸ってみると肺へと奇妙な匂いに美味しそうな香りが注がれていき、それがさらにも増して内情をくすぐっては表情を無意識のうちにワクワクしているようなものへと変えていくのだった。

そんな彼の様子を見た天道(てんどう)から、間髪入れずに声が飛んでくる。

内容は何とも陳腐で裏人(うらひと)をからかうようなものだったのだが、図星を指された彼も年甲斐もなくはしゃいでしまった羞恥心に顔を染め、照れたように俯いて見せていく。

なんて二人の空間は、重要な話をする前の落ち着いた雰囲気へと戻りつつあり、徐々にいつも通りの一コマを展開し始めていくのであった。




「さて、では難しい話はこれくらいにしておいて...裏人(うらひと)

 先にこれを渡しておくよ。」


「―――――何ですか、これ。」


「携帯電話だ。」


「ただの、金属の棒がですか?」


「その上のボタンを押してごらん。」


「ん...えっと―――――」


「これも見たことないのか。

 驚いたな、本当にどうやって生活していたんだい。」


「携帯電話は二つ折りになっていて、こう...

 こうやって開いて使うものしか見てません。」


「ガラケーというやつか。

 ちょっと貸してごらん。」



そういって先程渡されたものをサラッと奪い取られた裏人(うらひと)は、正しい使い方をレクチャーしてくれるらしい天道(てんどう)の様子をジッと見つめてやった。

ただの金属の棒が携帯電話だなんてそんなことがあるもんかと、現代の最新技術を根っから疑うような、そんな眼差しを浮かべて。



「こうやって手前に傾けると、勝手に画面が表示される。

 後はここを持って、こんな感じで...」


「その...どういう原理です?」


「最新鋭のテクノロジーっていうわけではないよ。

 この携帯自体が発売されたのは、君や(ゆう)たちが生まれるよりも前だから。」


「にしてもその...真ん中の画面がなんで...あのインターネットのウィンドウみたいな...あ、なんで―――――」


「ふふッ、君は実に面白い。

 反応が一つ一つ新鮮だ、飽きやしないよ。」


「それはよかったですね―――――

 で、なんでですか?」



天道(てんどう)が手にした棒状の金属。

直径は二センチ程の円柱で、長さは約10センチほど。

その棒状の上側には何やらボタンのようなポッチがあり、それ以外はサラッとしたメタリックな外見。

全体的にコンパクト且つスマートで格好いいデザインにまとまった、何ともお洒落な...ただの棒。

それを手前側へと傾けた天道(てんどう)の目前では、宙に浮いているような携帯電話の画面らしきが液晶がくっきりとクリアに表示されており、傍から見れば異様な光景が巻き起こっていた。

そしてその上側のボタンを押せば様々な機能を切り替えられるらしく、周囲から画面が見れないような仕様を展開したり、画面の表示場所を左右上下に動かしたり、それ自体を拡縮(かくしゅく)させたり―――――

極めつけは膝の上に放置したまま、手元で液晶部分だけを操作して目前にテレビのような大画面を表示させたり、パソコンのキーボードらしきものを展開したり、ホログラムのような何かを表示させたり等々。

器用に片手で操作しては、そこに入っている内容物なども含めて簡潔に説明し始める様をまじまじと見せつけてくれていた。

しかし、その慣れた手つきやそもそもの原理に光景自体が飲み込めない裏人(うらひと)は、一切話が入ってこないと眉間にしわを寄せている。

そんなやり取りを残りの数分間に費やし、いざ手渡された裏人(うらひと)は未知の科学に触れた原始人かのように恐る恐る操作するといった様子を見せ、車内に天道(てんどう)の笑い声を反響させる一翼を担うのだった。



「珍妙な光景だ。

 本当に面白い。」


「ちょっと、なんか...えッ?」


「年より臭いよ、裏人(うらひと)

 今どきの子は完全に使いこなしているというのに。」


「これをですか?

 (ゆう)も持ってなかったですよ。」


「いや持ってるさ。

 腰からこんなのぶら下げていなかったかい?」



そういって再度手渡されたもの、それはこの棒金属がキッチリと収まり、腰からぶら下げられるような装飾を施された、いわゆる携帯電話のケースのようであった。

それを受け取った裏人(うらひと)は、一旦しまってみようかなんて素振りを見せるのだが、目前に表示されている電光の液晶を消す方法が分からず、さらにアタフタする様子を見せていく。

何がそんなにおかしいのか、ついには吐息を漏らしつつ笑ってくる天道(てんどう) 修二(しゅうじ)の堪える様な笑い声を耳にしつつ、それに急かされるかのように焦る様子も露わにして。



「一度素早(すばや)く手首を返してみて。」


「んッ、あ、消えました。」


「もう一度つけるときは上のボタンを押すでも、手前に傾けるでもいい。

 それと、電源を切る方法はその設定から自由に変えられる。

 後で使いやすいようにカスタマイズするといい。」


「これは、腰につけるんですか?」


「どこでもいいさ。

 カバンでも腰でもポケットでも。

 あと...電源つけてみて―――――」


「はい。」


「その右下に入っているアイコンを押して。

 ...そこに、とりあえず皆の連絡先を入れてあるから。

 私の名前のところを押して、右側の受話器のマーク...

 ―――――で、私に掛かるようになってる。」


「はぁ、なるほど。」


「あとの使い方はまぁ、(ゆう)瑚々(ここ)にでも聞くといい―――――」


「修ちゃん、そろそろつくで。」


「わかりました、じゃあ裏人(うらひと)

 降りる準備。」


「あ、はい。」



目新しいものは触りたくなる。

それをまんま表すかのように興味津々な裏人(うらひと)はとりあえずでホルダーを左腰辺りに装着すると、携帯電話は仕舞わずに最後の瞬間まで弄りまわす様子を見せていた。

先程天道(てんどう) 修二(しゅうじ)が示していたようにボタンを押して金属棒を左右に振り、画面の位置を変えてみては物理的にそれを摘み広げるようにして拡大化させてみたりなど。

そうやってのちの時間を過ごす彼の表情には、残念ながら数分前までの緊張感などはなく、真新しいものに好奇心が湧き興味が惹かれるなんて年相応の雰囲気を宿している。

と、そんな彼の様子に天道(てんどう)もこれ以上は特に何をいうでもなく、今の時間は裏人(うらひと)に全てを任せ切るようだんまりを決め込んでいくのだった。

そして今し方、ようやく初めての窓外の景色へと視線を移すと状況を飲み込み、頭の中でこれからの流れとそこにかかる時間を緻密(ちみつ)に計算し、隣の子を家に送り届けるまでの計画を整えていくのだった。

裏人(うらひと)側から流れ込んでくるいつも通りの遊宴郭(ゆうえんかく)の香りを受け取りながら、あまり好きではないその匂いに少しだけ俯く様子をみせて。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「あら、素敵なお兄さん。

 私の一夜を買わないかい?」


「そこゆくお嬢さん、素敵な出会いがありますよ。」


「―――――お客さん、困りますよ。」


「待ってくれ、俺はッ―――――」


「次、どこ行きますか?」


「絶倫かお前。

 もうどこにも行かんよ…(もも)()りそう…」



騒然と賑わう辺り一帯は、ただひたすらに大人びた雰囲気をまとい、その場の景色を色っぽく照り輝かせていた。

中でもよく目に映るのは、派手なネオンを爛々と輝かす景観に負けず劣らず、煌びやかで艶やかな燦然たる美しい女性の数々―――――

と、鼻の下を伸ばした飲んだくれ達。

皆が各々に口を開いては肩を組んで騒いだり、異性に目をつけ誘ったり、金を見せびらかせながら歩いたりなんて、この場の空間になんとも似つかわしい姿を露わにしていた。

そんな華やかしい景色が辺りを包む中、その空間にいる誰と比較しても比べ物にならないほど壮麗である天道(てんどう) 修二(しゅうじ)はそれでも細々と道路の端を歩んでは、周囲から求められる視線に知らんぷりを貫き通していた。

後ろに少しだけ、居た堪れないなんて心地を味わい小さくなった裏人(うらひと)を隠しながら。



「どうした裏人(うらひと)

 やっぱり私の一夜を買う気になったのかい?」


「...はい、なんですって?

 よく聞こえなくて...。」


「私の一夜は高いよ?」


「ちょっと...本当に聞こえなくて、なんですか。」


「ふむ、やはりこの騒がしさは厄介だ、先を急ごう。」



露出の高いドレスに夜景へとよく映える色っぽいメイク、店どろこかこの地域全体が焚いているのかと思えるほど充満した香の香りと、やけに(なまめ)かしく響く美しい夜の蝶の声。

その奥の方に眠る酒のクラクラするような匂いと、忙しなく働く従業員のリアルな姿が一堂に会すこの場で―――――

誰も彼もが裏人(うらひと)へ対し、物珍しいものでも見るかのような視線を飛ばしてきているのであった。

それは決して彼の容姿が整っているから注目を浴びているのではなく、女性へとメイクアップした天道(てんどう) 修二(しゅうじ)が美しすぎるから間接的に目が向けられているというわけでもない。

そう、この場にいる者なら誰しもがなんとなくでも察することができたのだろう―――――彼がまだ未成年であるという事実に。

言わずもがな、ここはれっきとした大人の世界である。

裏で怪しげな影がうごめいている...なんて犯罪チックなものではないにしろ、正真正銘大人の雰囲気(それ)を全面的に売りにしている夜の街というもの。

だからこそ当然裏人(うらひと)のような未成年を店に誘うことは明確にタブーとされており、そんな事実を何より念頭に置いて商売をしているからこそ面倒ごとを避けるためにと、このような光景が展開されているのであった。

あからさまなトラップへと誰もが一言も掛けることなく素通りし、天道(てんどう) 修二(しゅうじ)と共にいる状況へと向けられる好奇な視線とひそひそ話を受け取らされる、と。



裏人(うらひと)、こっちだ。」



そう言って手を引く天道(てんどう)の様子をさらに訝し気に眺める同族たちは、去っていったことによる安堵の念を浮かべたり、商売敵になりそうなものへ目をつける様な厳しめな心情を浮かべたり等々。

そんなこんなで大通りを外れ、裏路地へと足を進める二人には最後の最後まで、あまり良い印象ではない視線が送られ続けるのであった。



「すみません、ありがとうございます。」


「いやいや、私もああいう雰囲気はあまり得意ではなくてね。

 このまま、反対側の大通りまで抜けようか。

 そっちの方はこことは違い、飲み屋がメインの通りになるから。」


「はい、わかりました。」



天道(てんどう) 修二(しゅうじ)の履いているヒールが何とも小気味よい音を響かせている。

それに合わせ、自身の新調した靴も感じのいい音を放っているのだが―――――

なんとなくこの場の雰囲気とそれを求めている自分の耳には不都合だと思い、そっと自らの足音を消すよう歩く裏人(うらひと)は未だ手を引かれながら、遠ざかっていく女性たちの声を耳にしていくのだった。

そして先程のことなど一切気にしていない天道(てんどう)から、今よりもかなり前になる昼間の話を持ち掛けられるのだった。

この場に入ってから、少しばかりか強くなった酒の匂いを感じ取りながら。

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