危険な人物たち
~特異鬼制教導機関~
「出会ってはいけない、ですか。」
「うん、要注意人物。
まぁ出会ってはいけないっていうのは少し言い過ぎたかな...。
警戒した方がいい『方相氏』、だね。」
「その人たちは所謂、童奇病患者と戦っている人たちの中で、って感じですか。」
「そうそう。
わかりやすいようにこれから話す内容はすべてそっちの『方相氏』として喋るからね。
まず、初めは鍾絢前 風雅。
荒神の器でなきり塾という学び舎の長をしている人だ。」
「あらかみの器って...」
「風神、雷神って二柱の存在は知っているかい?」
「はい、よく屏風とかに掛かれているやつですよね。」
「それが現代では荒神、鳴神という風に呼ばれるようになっている。
詰まる所風神の子孫ってことだね。」
「風神って...『鬼』なんですか?」
「ん?
そう...だけど。」
「あ、そうなんですね。
それで、その...お名前、何でしたっけ。」
「鍾絢前 風雅だね。」
「...まず、なんですけど―――――
なんで『方相氏』の人たちってそんな不思議な苗字してるんですか?
優の魅明逆といい、玄藤重先生といい、待人形先輩や上甘先輩とかも。」
「さぁね、なんでだろう。」
「...。」
そういえばなんて思い浮かべた疑問点は、天道のその一言であっさりと切り捨てられることになった。
ものの見事に拍子抜け、こういうところは教えるつもりがないのか本当に知らないのか、自身にも察しがつかないところである。
だからこそ次いで湧き出る別の問題...自身や目前の人物に瑚々や逢花の苗字など、至って特殊ではない家名も存在しているといった相違点に着目した裏人は、一呼吸おいた後また問いかけるよう口を開く様子を見せるのだった。
「僕や天道さんに、逢花の『藤咲』っていう苗字なんかは至って普通ですし、瑚々の『整』も珍しいですけど他の人ほどじゃないですよね。」
「あぁ、説明されていないのか。
まず、逢花ちゃんは『方相氏』ではないね。」
「え、そうなんですか?」
「うん...瑚々と仲のいい、ただの同居人だ。
あと、瑚々の方の整っていうのはまた別の、とある事情が関係している。」
「それは。」
「瑚々の師匠についてだね。
彼女には刀の才があるという話は聞いたかい?」
「はい、確か玄藤重先生から。
眼のことで、訓練を積んだとか。」
「そう、生まれつき目の見えない瑚々に何不自由ない日常生活を自力で行ってもらうため、剣術を含めた多くの武術を身につけてもらった。
それを全て叩き込んだのが現代日本国の人間国宝にして、先程説明していた警戒した方がいい『方相氏』の一人でもある、國 紗夜という女性だ。」
「國、紗夜。」
「彼女は我々『方相氏』の中では珍しく実際に医師免許を取得した、れっきとしたお医者さんでね。
瑚々のように目の不自由な人や耳が聞こえない人を含め、四肢の欠損、麻痺など機能障害のある肢体不自由者を専門に、武の心技体を基とした特殊な療法を用いて治療を施す、いわばその道のスペシャリストなんだ。」
「武の心技体...。」
「当然一般的な施術じゃない分、口にするのも憚られるほどキツく辛い修行を積むことにはなるんだけどね
でも彼女の手に掛かったものは誰一人として例外なく、後の人生を有意義に暮らせるようになっている。
まるでこれまでの枷が嘘かのように―――――瑚々の様子にも驚いただろう?」
「そう、ですね。
まるで僕なんかよりも、ずっとよく見えているような。
心眼、でしたっけ。」
「『方相氏』の患者は、珍しいからね―――――
そのこともあり気付いた時には紗夜にとにかく気に入られてしまい、ただでさえキツイ訓練をさらに続けていくよう申し出をしたらしく、数年の修行の末あの能力が備わってしまったというわけ。
私が推薦したのだけれど正直そこまでは望んでいなかった。
瑚々も瑚々で、驚くほど心身共に早熟した子だ。」
「それってどれくらい、厳しいんですか?」
「死に物狂いという言葉が一番似合うかな。
よく言えば自分磨きの鍛錬、悪く言えば...より苦しむ方法を模索する自殺行為。」
「こ、わいですね。」
「まぁあくまでこれは一般療法じゃないけどね。
我々『方相氏』はいつ死んでもおかしくないから、それを分かった上で瑚々も申し込んだのだろうし。
それで、結果彼女は紗夜の道場である『國式』に弟子として入門して、そこの『しきたり』である一文字の姓を授かることになったというわけだ。」
「なるほど。
それじゃあつまり、瑚々の苗字も元は違うんですね。」
「そういうこと。
でも、詮索はしないであげて。
君と同じように、彼女の過去もあまり気持ちのいいものじゃないから。」
「はい、わかりました。」
また再度含みのある言い方をした天道は、他人の真剣な話をするときの癖であるらしき柔らかな笑みを浮かべて、そう言葉を括ってみせた。
だから裏人も食って掛かるような素振りなどは見せることなく、続く『出会わない方がいい方相氏』との話題に沿った彼の話を聞く姿勢を保っていくのだった。
瑚々の師匠には出会わない方がいいんだと、少しだけ違和感をも感じるような事実に、寂しいような悲しいようなそんな心情を浮かべたまま。
それでもまだ知らなかった瑚々のことと、自身との共通点を知ることができて逆に喜ばしいような安心したような、そんな感情をも受け取りながら。
「それじゃあ次。
三人目は禅武碑 暁。」
「また覚えにくい名前を...。
禅武碑、暁さん。」
「まぁただ一応紹介したけど、彼は今も拘置所の中にいると思うから、出会う可能性はかなり低いとは思う。」
「拘置所っていうことは...犯罪、ですか?」
「そんなとこ。
気になるかい?」
「少しだけ。」
「じゃあ少しだけ話そう。
これ以上に知っておいてほしい人がいるから手短に。
裏人はゴーストタウンって知っているかい?」
「えっと、はい。
今はもう誰も住んでいない街のことですよね。」
「そう。
その幽霊都市がね、数年前彼の手によって次々と燃やし尽くされるという事件が起こった。
この禅武碑 暁という青年は、彼にしか扱えない炎火の『追儺』を操り、我々方相氏の中でも一目置かれるほどの天才だったから。
加えて根っからの戦闘狂―――――ゆえに彼の仕業だと推測されるまでが早かったよ。
つまり、今の状態で君が出会い、あまつさえ戦闘にでも発展すれば、確実に死んでしまうということだ。
いいかい、もし見かけたら一目散に逃げるんだよ?」
「そんな、急に怖いことを。
でも、捕まってるなら、大丈夫なんですよね。」
「さぁね。」
「ここは一番はぐらかさないでください。」
いつも通りのにやけ面。
それが一番出てきてはいけないタイミングで姿を現したことに、思わずツッコミを入れる裏人は天道の笑みがさらに強まっていくのを視覚的な情報として受け取った。
そして次の瞬間には車窓の景色へと視線を動かし、経過した時間とともに移り行く風景などにも意識を向け直していくのだった。
辺り一帯は駅前から、次第に暗くなっていくかと思えばいつの間にか輝きを取り戻し、爛々と映えるネオン街の彩りを見せ始めている。
と、それが間もなく目的地に到着するのだという事実を告げてくれており、少しばかり車内の空気とは違う緊張感をも想起させるようになっていた。
そのため最後に天道は、早口になりながらも先に口にしていた「禅武碑 暁より覚えておいてほしい『方相氏』」とやらのことについて、伝える準備をし始めていくのだった。
至って今までと変わりなく、例の女性の姿を浮かべたままで、思った以上にゆったりと座れる後部座席にて器用に足を組み替える様子を見せながら。
「それじゃあ、今から話す者たちがこの場においては最後の3人になる。
正直言えばもっと伝えたいことはたくさんあるんだけどね、優先的に。
4人目は今から行く『遊宴郭』、含めてチャイナタウンを裏から牛耳っている、蔭奄宮 凛月。
頭の切れる、厄介な男で実力もさることながら顔がよく利く、非の打ち所がない人物。
それに普段から何を考えているのかよくわからない、腹の読めないタイプの人間だ。
裏人も、目を付けられない様にしてね、めんどくさいから。」
「はい、善処...します。」
「次、5人目は利表面 達磨。
彼はこれまで語った者たちとは違い、時に誠実であり時に愉快であり、とてもまともな人間ではあるんだけど―――――
強さとは別に、違う意味で関わらないほうがいい『方相氏』に当たる。」
「それは...」
「一言でいうと、やんちゃ者の集まりである『玉綫組』、そこの頭を張っている人物だ。」
「あー...なるほど、関わらないようにします。」
「頼んだよ。」
なんとなく、覚えにくい苗字だとは言ったものの、皆等しく口にして気持ちがいい語感ばかりなことに、思った以上に苦にもならず受け取る裏人は少しだけ羨ましいとも思ってしまう。
鍾絢前 風雅 、 國 紗夜 、 禅武碑 暁 、 蔭奄宮 凛月 、 利表面 達磨、と。
苗字だけではなく名前までがいい意味で心に響くなんて、自身の裏人との名前のギャップに悲しくも思えてくるといった、そんな心地を抱きながら。
...何だよ裏の人って。
子供につけていい名前と縁起の悪い名前、恐らく自身をその枠組みに当てはめようものなら確実に後者へあたるのではなかろうか。
またそれでいて、かっこいいかと問われればそんなこともなく、呼びやすいかと問われても呼びにくいと答えてしまうほど語感が悪い。
ならば自然と、顔も知らない名付け親を呪いたくもなるような気持ちまでが顔をのぞかせ、取り返しのつかない物足りなさが胸を包み始めてしまうのだった。
苗字である鈴鹿の方を名前にした方が断然良かっただろうなんて、この場においては本当にくだらないと言える、そんな雑多な思考を浮かべて―――――
と、そうやって余計なことを考えていた裏人のもとに間もなくして、こちらの注意が散漫になっていることを察したらしい天道から、かなり強めの表現と共に声が掛かるまでに至った。
そしてそれにより、この場に意識が連れ戻されるような心地を抱かされた彼は、次いでこれまでと同様に話を聞く姿勢を整えるまでに至るのであった。
余計な思考を振り払い、どうでもいいことを思い浮かべていた過去の自分を少しだけ恥ずかしがるような雰囲気の中で。
「そして最後、裏人にとってはこの人が一番覚えておいてほしい『方相氏』になる。
だから名前も含めて、絶対に心に留めておくように。」
「(絶対...)わかりました。」
「その人物の名前は―――――観様 導環。
聞いての通り、今までの方相氏たちとは呼び方からして異質であろう。
この人物を...仮に彼と呼称しようか―――――
彼は、我々『方相氏』の中でも少数存在する正体不明の者たちの内、他の者たとも一線を画してその素性が明らかになっていない人物だ。
一説によればその容姿は齢10にも満たない幼子であったり老人であったり、時には屈強な漢、また時には若く美しい優男など様々。
そして扱う『追儺』に関しても判明していない、それなのに見たものは等しく命を落とすとまで言われ、誰もが恐怖を抱いている。
存在していることすらまことしやかなのにも関わらず、だ。
だから観様 導環には気を付けてくれ。
その名前を聞いたら、それ以上は詮索すらしないことをお勧めする。」
「観様...導環。」
「そうだ。
ま、異質なだけ忘れることもないだろう。」
「そう、ですね。」
車内の空気は決して悪いものではない。
それなのに、ピリッとしたような違和感を感じてしまったのは...。
特に理由のない問いに、自身の中でも答えを見つけられない裏人の頭の中には、いつまでもその不思議で奇妙な名前が反響し続けていた。
明らかに異質だと思える、その名前が―――――




