『鬼』についての話し合い
~特異鬼制教導機関~
「『鬼』が存在していたっていうのは、事実なんですか?」
「うん、まぁね。
実際に今でも名残のある地域もいくつか存在している。
けど、情報統制はされているね。
知っているのは我々方相氏だけ。」
「それじゃあ、その『方相氏』の人たちって、普段は何をしているんですか?」
「普段、というと?」
「その、『鬼』の研究をしたりとか、『追儺』を遣って人助けをしたりとか。」
「あー。
裏人は、私たちがどんな人間であってほしいと思ってる?」
「え、いやまぁ...特には。」
「そうだな...それじゃあ裏人は、君がもし自由人としてこの星に生まれていたら、今頃何をしていたと思う?」
「えっと...普通に働いたり、とかですかね。」
「じゃあ魔術士として生まれていたら?」
「...人を守る、仕事をしてるんですかね。」
「誠実だね、だけどそれもいい。
ふふ、かく言う『方相氏』もほとんどそれと同じさ。
確かに、我々のような存在はそんな在り来たりな生活をしているだけじゃ、勿体ないほどの力を有している。
まぁ力というより可能性、という方が正しいかもしれないけれどね。
だけど、この世界に生きる私たち方相氏の内、自身が鬼の子孫だとも知らずに追儺も使えず、自由人として人生を謳歌しているなんて人も中には存在しているんだ。
そういう人たちは結果、何も知らないまま自由人と同じように、サラリーマンとして会社に勤務したり、農家として農業に専念したりして、生計を立てている。
そして時には、自身が鬼の子孫であることを知り、その才があると知っているにも関わらず、彼らと同じように一般人として生きている方相氏も存在している。
素質を持っていたとしても、それに気付くことも出来なければ、気付いたとしてもある種不要なものだからね、追儺は。
だから結局、何も変わりないということだ。
君にはあまり、納得いかない答えにはなってしまうだろうけどね。」
「みんながみんな、殺し合いをしているわけではないんですね。」
「うん...まぁー。
そもそも殺し合いがベースってわけではないけどね、我々のような方相氏も。」
「そう、なんですねか。
それじゃあ、その天道さんたちみたいな方相氏の人は普段は何をしているんですか?」
「それもまたそれぞれ、って感じだけど強いて言えば...。
『童奇病』という病は、知ってる?」
「『童奇病』ですか?
知らないです。」
「別名『顕鬼の病』って呼ばれている、難病なんだけどね。
簡単に言うと、それの治療にあたっている。」
「はぁ...。
医者、っていうわけでも...ないですよね。」
「そう、医者じゃない―――――
し、この病気は名前の通り、日本国に実在する『鬼』に関連した数少ない事象の一つでね、凄腕の医師であっても治療ができない病なんだ。」
「それが、その『追儺』でしか取り除けない、みたいな感じですか?」
「うん...そも『童奇病』っていうのはね―――――」
静かな車内へと、反響せずプツリと途切れるような声音が放たれていく。
その奇妙な感覚にもう何度目ともなる耳閉感を味わっては唾をのみ、耳抜きで対処することを繰り返した後。
未だ依然として馴れない状況へと、ついには身体の不調すら疑い始めた裏人は、少しだけ顔を顰めながらも天道 修二の話を聞き、質問を繰り返す様子を見せていた。
初めて聞く事象とその内容。
中でも感動するような話には惹かれる素振りを見せ、思った以上に拍子抜けなものには適当な相槌を打つ。
なんて、在り来たりな心情と仕草を浮かべながらに過ごしていた末の出来事では―――――
別段、彼の話を疑っているわけではないが、依然として「はいそうですか」とも呑み込めない現実味のなさへ、頭の中で整理しようとしていた思考はこんがらがる様子を極めていた。
『鬼』という存在自体が、まず非現実なものなのだ。
こんなに真剣に話している天道の様子を、死にかけた過去がなければバカらしく神妙な面持ちで笑い話をしている人にしか見えなかっただろう。
なんて、改めて自身とその経験を俯瞰しながら、それでも必死に慣れるよう頭をフル回転させる裏人は、まずは例の妖怪の存在をしっかりと呑み込むよう自身に言い聞かせ続けていた。
そして次いで話題に上がった、自身とも密接に関係のあるらしい『童奇病』とやらへ、今一度聞く体制を整えては全てが混ざり合わないよう、冷静な思考を浮かべ直していくのであった。
天道 修二の「よく理解しておいて。」との言葉とは別に、不思議と気になっているらしい自身が胸の内に存在していることへ、精一杯気付かない振りを決め込みながら。
「分かりやすく言うと、眠ったまま永遠に目を覚まさなくなる、という病気なんだ。」
「永遠に...。」
「そう、永遠に。
そして、その者たちは皆夢の中で『鬼』に出会い、彼らと接することで肉体と自我の結びつきが弱くなってしまう―――――
結果、『童奇病』を患った患者は、抵抗もむなしく姿形を彼らに取って代わられると、最後は命を落としてしまう。
その際、脳の異常なまでの発達に伴って前頭骨が角のように変形するとたちまち額から突き出し、その亡骸は『鬼』のような見た目に代わってしまうんだ。
この『童奇病』の別名、『顕鬼の病』という名前はそこからきている。」
「...。」
「そしてその治療法はたった一つ、我々方相氏が患者の夢の中に意識を紛れ込ませ、『鬼』を排除すること。
それが現代の凄腕の医師と最新技術に掛かっても、『童奇病』を完治できない理由だ。」
「それが、天道さんたちのような方相氏の仕事、ですか。」
「そう。
私たちは追儺以外にも別の呪文が扱えてね。
それを使って患者の意識の中へ自分を投影させ、不治の病から救ってあげているんだ。
まぁ後は...救えなかった患者の排除も、かな。」
「えっと...それは?」
「こっちは裏人がお望みの殺し合いの方だね。」
「いや、望んでは...ないですけど。」
「ふふッ...。
『童奇病』患者はね、まれに生きたまま目を覚ますことがあるんだ。
その時は言わば...形だけだけど『鬼』が受肉し、この世に生を成したということになる。」
「...。」
「そうして生まれた存在を、我々は餓鬼と呼び、実際に赴いて処分しているんだ。」
「それじゃあ...その。
変なことを聞きますけど...殺しているということですか。
...人を。」
「まぁ、そういうことになるね。」
淡々と話す天道の横顔は、にやけていながらもどこか遠くを見ているような、優しい目を浮かべていた。
それが妙に美しく思え、ただ殺しているだけではないと悟った裏人は次いで自身の発言を取り消し、新たな文言で上書きするためにと口を開いて質問を飛ばしていく姿をみせた。
尋ねるべき疑問点と、失礼なことを言ってしまったのではないかと自身を戒める気持ちも含み、かなり下手に出る様なそんな雰囲気を露わにして。
「余計なことを聞いてしまってすいません。
その...僕もいずれは...そうしなきゃいけないのかと思って。」
「それもそうだ。
こんな状況に置かれているからね、無理もない。
し、別に怒っているわけじゃないよ。
ただ何から話そうか、考えていただけ。」
「すみません。」
「君の誠実さは、恐らくそういうところから来ているんだろうね。
先天的なお人好しだ、好感が持てる。
それで、少し話が飛ぶんだけど、裏人は魔力暴走って知ってるかい?」
「わから...ないですけど、なんとなく想像は。」
「読んで字のごとくだからね。
魔術士の扱う魔術が何らかの事象をきっかけに暴走してしまう状態のこと。
だけど、多分その危険性までは想像できていないんじゃないかな。」
「危険性、ですか。」
永遠と喋り続けている状況に、喉の渇きなんかも感じ始めてきたが、それ以上に彼の話へと興味がそそられる。
なんて今のこの考えが、ある種危険なものだと悟っていた裏人は、それでも抑えられない好奇心にどんどんと口が開くと、また発声で喉を嗄らすといったサイクルに阻まれ続けていた。
死と隣り合わせだという状況説明は、言うだけ簡単なものである。
しかし例えそれが事実であったとしても、実感するにはもう少しだけ時間がかかりそうだなんて。
命の危険性すら楽観視して高揚感を抱いている内情は、次に話す天道の言葉を今か今かと待ち望んでいるような雰囲気をものぞかせてしまっている。
だからこそ「(再度死にかけないとわからないのか)」なんて強い言葉を浴びせたところで、緩み切って直らない心情へと次いでに呆れたようなため息を放ち、もういっそ今だけは緊張感を忘れよう、と―――――
冷静というより何でも来い、といった風にすべてを受け入れる体制を整えた彼は、しかしそれがある意味では状況整理に一役買ってくれているのだという事実にも気が付くことなく、次第に好奇心にまみれた表情を浮かべるまでに至るのだった。
「うん、そう。
魔力暴走はね、一度でも起こればこの国の軍事が出撃するほどの大惨事を巻き起こして、災害へと発展するんだ。
そして例外なく、それを対処し切れなければ...一都市がまとめて吹き飛ぶほどの脅威となる。」
「...。」
「それなのに魔術士界隈の研究でも、それが起こり得る可能性から治療法、原因や事例と、そこにあるはずの共通点の一つすらまともに導き出せていないんだ。
結果、影響力が壮絶なものであるにも関わらず、研究用のサンプルもなければ意図的に引き起こすことも出来ず、ズルズルと対処するにもリスクが付きまとう現況を変えられていない。
だから軍事の兵士たちは皆、魔力暴走を起こした人物を『人間』ではなく、排除すべき『脅威』として認知して任務にあたることになるんだ。
自分たちも命がけで戦っているし、もし仮に魔力暴走が止められたとしても中の人間は無事ではないからね、救ってやるほどの義理はない。」
「街を一つ、吹き飛ばすほどの、力...」
「それと同じようなことなんだ、餓鬼になった童奇病患者も。」
まぁこちらの場合は、それほど強大な力はないけどね。
でも、簡単に人が...それも大多数の命があっさりと消える危険性はある。
どう?
裏人だったら、自分の手が汚れない未来を取るかい?それとも、多数の無実な人の未来を取るかい?」
「僕は...僕には、そんな力があるんでしょうか。」
「さぁね。
今は何とも言えない。
君に追儺を遣えるほどの鬼の血が残っているか、それすらわかっていないから。
だけど、可能性はあるさ。
あとは自分を信じるだけ。」
「はい。
あの、それで―――――」
本当に、この人は時々心の底から安心させてくれるような顔をする。
いや、にやけていなければこっちが本来の表情なのであろうか。
なんて心の中で天道 修二と言う人物を吟味する裏人は彼が見せるその笑みに乗せ、贈られる言葉をグッと心に噛み締めていった。
なぜ今、自分がここにいるのか。
なぜ今、自分がこうやって生かされているのか。
そして、なぜ...開闢の鬼才などと呼ばれているほどの人物と共に行動できているのか。
そんな不思議に思える内情を抱きながら、湧き出た疑問点と共にしんみりする心の温かみを味わって、一心に見つめる彼の表情から漏れ出る自信の表れをまんま映したかのような雰囲気に勇気づけてもらう。
なんてことを無意識のうちに体感する裏人は、そんな会話の核心的な部分に触れるよう、初めから気になっていたこのことについて触れるように仕向けていくのだった。
先程から話題に出ていても、なぜか一つだけはぐらかされているような、そんなとある事実を聞くために。
「僕って...何て名前の鬼の子孫にあたるんですか?」
「...―――――ん?
さぁね...誰だろう」
「えッ、天道さんも、知らないんですか?」
「うんまぁ、こういうのって大体はその家系に続く伝承によって知るのが常だからね。」
「それじゃあ...どうやったらわかるんですか?」
「知りたいのかい?」
「まぁ、ほとんど興味本位ですけど。」
「んー、でも...どうやったらわかるんだろうか。
何せ君は特殊な事例だからね。」
「...なんだか、思った以上にショックです。」
「まぁまぁ、そのうち嫌でもわかるようになるさ。
『鬼』と『追儺』の関係性...現代を生きる『方相氏』が扱う『追儺』は、過去『鬼』が扱っていた『追儺』と同じ力を見せる。
つまりは君が『追儺』を扱えるようになれば、自ずと祖先の正体も明らかになるはずさ。」
「それって、どれくらいの期間がかかるものなんですか?」
「そうだねぇ。
今回はちょっと特殊な処置を施す予定ではあるから...多めに見積もって一ヵ月くらいかな。
君が死ぬ気で『追儺』を体得するっていうなら、もう少しは早まるかもしれないけど。」
「そうなんですね。
ちなみに、天道さんの祖先はどんな『鬼』なんですか?」
「内緒。」
はぐらかされた内容は、結果として最後まで判明することはなかったが、それが決して意地悪されたのではなく本当に知らないのであろうと判断した裏人は、それ以上を尋ねることなくすべての文言を飲み込む様子を見せた。
それに、こんな非現実の中で自身の祖先が判明する、なんて流れになっていた方がある意味困っていたかもしれないと、後に沸いた冷静な思考では聞かされなくてよかったとの内情で落ち着く様子をも見せるのであった。
まだ自分が『方相氏』、つまりは『鬼』の子孫だと確定したわけではないし、その力すら使っていないのなら自由人という名の一般人に紛れ込んで余生を過ごすこともできるであろう、と。
そう、都会暮らしに憧れがあったわけではないが、こっちで様々な経験をするうちに自然と惹かれていった心情へ、正直な思いを吐露する裏人は殺し合いの日常に塗れないでいい可能性を考慮する雰囲気を見せていくのであった。
つい数日前までボケーッと平凡に暮らしていた者が、命の危険性すらある環境へと連れて来られ、天才と名高い師の下で無条件に正体不明の成果を求められている、なんて。
どんな心積もりをすれば丸ッと呑み込めるのか理解に苦しむような、そのあり得ない状況を実感し、また想像以上の過酷さで次第に好奇心が枯れていくと、そんな心地すらを体感して―――――
うまく立ち回るでもなければ成果を出そうなどとも考えず、ただ言われたままに従い言われたままに行動するといった、在り来たり行動方針を胸に抱きつつ、後の小言にただ相槌を打つだけのロボットへと変化するのであった。
「それじゃ、次に裏人に覚えておいてほしいこと。
できる限り出会わないでほしい『方相氏』のことについても話をしておくよ。」
しかしそんな彼の心情をよそに、次いで天道から聞かされる話においては加えて現状のことについての座学をさせようと、休憩を挟むなんて甘い考えなどは許さないとばかりにたくさんの文言がたち並んでいくのであった。
流石の裏人すら疲れてしまったと、苦笑いを浮かべてしまうほどの、難しい名前の羅列が。




