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特異鬼制教導機関  作者: 美音 樹ノ宮
28/37

夜の街

~特異鬼制教導機関~







「すみません、大丈夫ですか。」


「へえ、かまいませんよ。

 ...―――――お客さん、どちらまで。」


終点(・・)までお願いします。」



駅前に停車していた、現在進行形で数多くの人が利用するタクシーの車列。

その中で二人は、天道(てんどう) 修二(しゅうじ)の話通りナンバープレートに【京都、506、『き』の・・02】を掲げる車両へと急ぎ乗り込む様子を見せていた。

スモーク掛かっているウィンドウに光沢のある車体。

至って丁寧な扱いをしていることが言うまでもなく伝わる外見は、それでも澪玲(れれい)の車のように窓の(かげ)りが晴れたり、ボディの色が徐々に変化していくなんて仕様などは備わっていないようだった。

だが、少しだけ昔ながらの要素も取り入れられているカーナビやラジカセに車内そのものの様子は、清潔で香りもよく心地のいい印象でまとめられており、その渋さが感動として身に染みるとそれだけで心洗われるような気分にもなれる。

とそんな最高な印象で包まれた空間にて、この上ない安らぎを実感していた裏人(うらひと)は一人、大きなあくびを漏らすまでに至った。

そして次の瞬間には気持ちのいいシートに全身を預け切り、油断しきった雰囲気を浮かべるとそのまま後のことを全部、同行者に任せるような姿勢を見せていくのだった。

先の手短な定型文により挨拶を交わした運転手と天道(てんどう) 修二(しゅうじ)の姿を眺め―――――

こちらの文言がおかしかったのか、車内に響く豪快な笑い声を返答として受け取り、そんな50過ぎのおっちゃんの気持ちのいい接客をまじまじと受け取りながら。



「…ぶッ―――――

 かぁーっはっははっはっは、お客さん、これはタクシーですぜ。

 終点(・・)なんてもんあらせんよ、くっくく…。」


「あらすいません、じゃあ。

 夜明けへ(・・・・)お願いします。


「あ?...夜明け?

 そりゃ地名かいな?」


「いえ、違う方のです。

 大事なものを抱えてる(・・・・・・・・・・)ので。」



正直言って何の話をしてるのか、理解できていない。

そんな状況は、天道(てんどう) 修二(しゅうじ)がおかしなことを言っているからなのか、はたまた眠気に(さら)われそうな自身の脳が考えることを放棄しているからなのかはわからない。

が、運転手のおっちゃんすら奇妙なものを見るような視線をルームミラー越しに向けてきているところを見ると、どうやら前者が正しいようである。

と、そんな呑気な解釈を浮かべてほけーッと事の流れを見守っていた裏人(うらひと)は、その天道(てんどう)の最後の言葉を皮切りに一変する車内の空気で刹那、体をビクつかせると背筋を伸ばす様子を見せていくことになった。

明るく気持ちのいいものだったおっちゃんの声が、一瞬にして低く冷たいものに変化したのを受け取って、その変わり様に緊張するような面持ちすら覗かせた上で。

だが未だ、隣に腰かける天道(てんどう) 修二(しゅうじ)はニヤニヤとにやけ面を浮かべていた。



「...じゃあ前払いだ。

 ぽっきり十万。」


「つけておいてください。」


「いや、先に支払ってもらう、こっちも商売なんでな。」


「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。

 宛名はそうだな...『蝶契(ちょうけい)(いと)』で―――――」


「んあ?

 あんた―――――修ちゃんかいな!

 かぁーっはっはは、こりゃまた一本取られたわい。」


「お久しぶりです、忘れたころにね。」


「はッはッは...えらい別嬪(べっぴん)さんになってからに。

 了解、了解。

 じゃあ、シートベルトだけ頼んますわ。」



完全に呆気にとられた裏人(うらひと)は、驚くほどわかりやすくぽかんとした表情を浮かべて見せた。

なんだかどこかで見た流れだ、とはそんな情けない表情を示した内情である。

見知った関係のみで完結する、傍から見れば言葉足らずで伝わらない、手短な会話で意思疎通を図る者たちに置いてけぼりにされるようなあの環境。

それを今一度体感した彼は、グッと力を入れていた全身をゆっくり解くような仕草を見せると、「ふぅ...。」と静かにため息をついて見せた。

そこに含まれるのは、二人が気の知れた仲だと察したうえでの、安堵の感情。

と、そんな自身の様子に気付いてか、隣にいる同乗者は再度あのにやけ面を見せてくるのだったが、この瞬間だけはその表情に少しばかりの優し気な印象を加え、驚かせてしまったことによる謝罪と思いやりの込もった目を向けてくれるのだった。

自身を見守ってくれるかのように、いつもとは違って温かみが内包された面持ちと共に。

するとそれだけで、緊張の糸も解けた裏人(うらひと)は再度シートに全身を預け直すと、今度は自分から言葉を放つよう腹へと力を込め、口を開いては現状を整理するよう流れを作っていくのだった。

またもや気持ちのいい声音へと舞い戻る、運転席からこちらに意識を向けてくるおっちゃんの声を聴きながら。



「お知り合いなんですか?」


「そう、ナンバープレート伝えたでしょ。

 覚えておいて、幕衢(まくよつつじ) 元郎(げんろう)さん。

 タクシーの運転手をしてる、ここらで唯一の方相氏(ほうそうし)。」


「どうも。

 お兄ちゃん、名前は?」


「あぁえっと、鈴鹿(すずか)裏人(うらひと)です。」


裏人(うらひと)君か。

 いやー驚いたわい、学生さんやろ?


「はい。」


「なんか悪いことにでも巻き込まれたんかと思ったわい。

 安心、安心。」



幕衢(まくよつつじ) 元郎(げんろう)と教わった、おっちゃんは駅前の信号で停車している隙を見計らい、グッと体を折り曲げると実際に顔を見るようにこちらへ視線を向けてくれた。

何とも優しそうで朗らかで、それでいて豪快な声音がまんま(がわ)を被ったかのような外見。

そんな彼の表情と対面する裏人(うらひと)は、その印象から勝手に親戚のおじさんにあったような安らぎを感じるまでに至った。

過去の記憶を引っ張り出しても、祖母との二人暮らしだったが故に関わりのなかった、その年代の男の人とのやり取りに少しだけ気恥ずかしさを感じながら。

それでも次いで説明してくれる様々な事情に際して、そんな最中に感じる彼の人格の素晴らしさをも含め、ストレスフリーに交流する様子を浮かべて。

結果、二人して多種多様なことを話してくれる空間で裏人(うらひと)は、これからの人生と自分たち方相氏(ほうそうし)の詳しい事情までをしっかりと頭に叩き込んでいくのだった。

この会話に乗じて、今の自身が理解できていないことを全て聞いてやるのだと、今一度真剣に意気込んでから。


「悪いこと...。」


「修ちゃんが若い子を引っ掛けたんかとね。

 これから『遊宴郭(ゆうえんかく)』に行くみたいやから。」


「そういうことですか。」


「『遊宴郭(ゆうえんかく)』っちゅうのはもう知っとんかえ?」


「はい、調べました。

 夜の街だと。」


「未成年がいくようなとこじゃないからのう。

 気ぃつけてな。

 てか修ちゃんは、それでその格好かえ。」


「まぁ。

 あそこは厄介(やっかい)ですからね、何かと。

 私たちも時間がないので。」


「まぁあんたの元の姿やと仰山(ぎょうさん)たかられるやろうしな。」


「えぇ、そういうことです。」


「にしては、わしとの勝敗はきっちりつけてきおってからに。

 これで20敗か。」



信号が青に変わり、皆が動き始めてからそれに追従する。

車両は思った以上に振動を感じることがなく、そんな個所から新型の車特融の気品の高さを感じ、少しだけ違和感を覚えてしまう裏人(うらひと)は、窓の外へ視線を向けた。

余計なことを考えながらも二人の会話を聞く姿勢だけは崩さず、やはり見知った中で合ったらしい彼らとのコミュニケーションに混じるよう背筋を正し、意識を向けながら。

そんな内情に合わせて窓外を見る視界も幾分が取り入れる情報をカットしてくれており、脳がリソースを割かないよう気持ちのいい脳内状況をキープし続けてくれている、と。

次第にこの状況の渋さや心地の良さなんかと相まって、この上ない居心地の良さを感じた裏人(うらひと)は、今一度頭が冴え渡っていくような思考までを体感し、ゆっくりと視線を車内へと戻していくのだった。

そしてまたもや気になる様々なことを尋ねるべく、一つ一つ彼らの言葉を遮るように言葉を重ねていくのだった。



「何の戦いですか?」


「ん。

 元郎(げんろう)さんが、私を私だと気付けるかの勝負だよ。」


「へぇ。

 さっきの、変なこと言ってたやつですか?」


「変なこと?

 あぁ、隠語のことかい?

 あれはまぁ、元郎(げんろう)さんのところのタクシー会社が色々と厳しいからだね。」


「せやねん。

 そもうちの系列の車両は全部、基本的に『遊宴郭(ゆうえんかく)』にお客さんを送っちゃあかんのよ。

 しかも未成年の子なんてもっての他。

 これ、見えるか?

 車内カメラ、全部録画されとるんよ。」



そういって元郎(げんろう)さんが指さした先は、裏人(うらひと)がなんてセンスがいいんだとアツい視線を送っていた例のカーナビの位置であった。

だが、元の構造や外見を知らない彼にとっては何がカメラでどこにレンズがついているのかなんて到底理解できそうもない。

そのため「はぁ。」と適当に相槌を打っておくと、そんな自身の様子をいい意味で勘違いしてくれたまま受け取ったらしい元郎(げんろう)さんが、ついで説明し始めてくれるのだった。

器用に運転しながらも、こういったおじさん特有の話し方と熱の込もった声音を以てして。



「録画...。」


「そう。

 ただ、今はもう録っとらんがのう。

 修ちゃんが終点(・・)って言っとったろ、あれが合図なんや。

 んなことを言うのは酔っ払いか、やましいことをしようとしとる奴だけやさかい。

 で、その後に行き先を聞いて答えないなら飲んだくれ、答えるなら裏料金で前払いの十万円をもらうってわけだ。

 録画に関しちゃ、『終点』の時点で手動で電源を落とすようにしちょる。

 且つわしゃちょっと特殊なルートでこの会社に入ったから、普通じゃ教わらんGPSとカメラの電源の位置まで知っとる。

 本間はあかんのやけどな、酔っぱらい介抱でエンジン切ってました、って言えばちょろいもんよ。

 後はあんたさんらを送り届けた後、また駅に戻って手動でカメラの電源を入れれば万事解決。

 どや、ちょっとワクワクせんか?」


「は、はぁ。」


「わかりやすう興味なさげやのう。

 スリルは嫌いか?」


「あぁいえ、その...なんというか。」


元郎(げんろう)さん、この子が例の―――――」


「あー、あーあーあー。

 修ちゃんが()っとった子かいな。

 なるほどなるほど、納得。

 ほな音切っとくわ、ごゆっくり。」



早口で豪快に語るおっちゃんは、なんとその声を最後にピタリと喋ることをやめると車内に、まるで人が消えてしまったかのようなシンッと静まり返る状況を作り上げてみせた。

吐息や人が存在している以上、無意識に漏れ出てしまうであろう生活音のひとつもない、奇妙なほどの静寂を招いて。

そんな摩訶不思議に思える状況とは、今車内を二つに分断している一枚の板のような仕切りが実現させているのだった。

運転席側と後部座席を区切る、瞬間的に現れたアクリル板らしき分厚く透明なそれ。

後で聞いて知ったことなのだが、この透過率の高い板は実は始めから存在しており、元よりこの車内はふたつに分断されていたらしい。

多種多様な病気の飛沫感染を防いだり、危ない客から運転手を守ったりなど、様々な用途で用いられる安全策のようなものなのだとか。

それがお客さんのプライバシーを守るためにと、ボタンひとつで分厚くなっていき次第に音が絞られていく、というのが今の一瞬で行われた事象なのであった。

正確には仕切り向こう側、つまりは運転席側の方へと二重三重もの板が設けられる、なんて仕様になっているそうなのだが。

結果として巻き起こった、防音室の中にでもワープしてしまったかのようにシンッと静まり返る空間に裏人(うらひと)は、全ての音という音がカットされたことで瞬時に目眩に近いような心地を体感し、不快感に襲われる羽目になったのだった。

元郎(げんろう)さんの「音切っとくわ。」との言葉を現実に表し、慣れない者は耳が詰まる耳閉感と共に吐き気に近い気分の悪さを感じてしまうまでに至る。

と、そうやって驚愕するようにも不愉快に感じるようにも顔を(しか)める彼は、次いで天道(てんどう) 修二(しゅうじ)へと向き直り、内情の訴えを行うよう眉をひそめた表情を送るのであった。

がしかし、それを受け取った天道(てんどう)は、ある種勘違いしたまんまその面持ちを受け取ると、『聞く準備ができた』という解釈のまま何の前置きもなしに話を進める様子を見せ始めていった。

これまでのにやけ面も取り払っては、落ち着いたような印象で、現在のことではなく現状を裏人(うらひと)の人生まで含めて、端から端時まで理解させるように、淡々と語りだして。



「私たちに時間がないといったのも事実だ。

 それに、元郎(げんろう)さんが気遣ってくれたからね、さっそく話をしていこうか。

 まず、何から聞きたい?

 改めて全部、聞いてくれて構わないよ。

 ...正常な状態で話を聞くのは、これが初めてになるだろうからね。

 そして、今まで通り呑気に生きていたら、今この瞬間でさえ死んでもおかしくない状況に置かれている、というのは賢い君なら理解しているだろう。

 それを踏まえた上で...さぁ何を聞きたい。」



こちらを怖がらせるためにそんな言葉を放ったのであろうことはすぐに察しがついた。

なんせ彼の話通り、今この瞬間での自身は、殺し屋たちの宴に参加した赤子...いや蟻んこ同然の存在であるから。

そして、そんな事実をなんとなくでも理解しているからこそ...特に驚きもせずこんなに冷静な思考を保ったまま、到底普遍的な人生であれば聞かないであろうこの話も理解しようと、脳が働いているのだろう。

とそう、彼の思惑に乗っかって聞く姿勢を整えた裏人(うらひと)は、再度天道(てんどう)の放った「この場が初めてのものだ」との言葉に一人納得して、端から端までの疑問点を解消すべく声を返す姿を見せるのだった。

あくまで第一印象だけが大切だと、次の瞬間にはいつものにやけ面から、優し気な雰囲気を出し始めた彼と相対して、その一つ一つの文言を事実死ぬ気で(・・・・)頭に叩き込むよう、真剣に聞きながら。

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