京都駅、再開にて
~特異鬼制教導機関~
「すみません、お待たせしました。」
「いや、ちょうどだったよ。
ナイスタイミング。」
「ん?
なにが―――――」
「いや、なんでもない。
じゃあ行こうか。」
「あ、はい。
お願いします。」
裏人が澪玲の元に戻ってくると、車のウィンドウに掛かっていたスモークがスッと澄み渡っていく、例の景色を眺める運びとなった。
そしてそれと同じくして瞬間的に消失する助手席側のドアを見送り、中へ乗り込んだ彼は先に待っていた二人の美女から艶やかな表情と色気のある視線に、先の言葉をともに受け取る運びとなるのであった。
ナイスタイミングとは、果たして何のことを言っているのだろうか。
残念ながら今の裏人にはその真意を知る術はない。
また同様に、それを教えてくれるはずの事象もすべてが元通りに戻っているからこそ、何一つの事実にも気が付くことなくこの場を正しいように流す澪玲の言葉に従うしかない様子を浮かべるのだった。
事実、待たせてしまっているのには変わりないと、余計な時間を浪費することがないように。
加えて、手荷物を置いてきたことで幾分か気楽になった身のこなしと、この先の展開を考え膨らんでいくワクワクする内情を止められないと、欲望に忠実な姿をその身に宿しながら。
車内のいやらしく高まった温度にも気が付くことがないままで―――――。
「先、どっちがいい?
家具か美容院。」
「どっちの方が近いとか、あるんですか?」
「んーん。
両方『グランドモール』の中。」
「あーじゃあ...どっちがいいですかね。」
「ベッドとかも買うなら先に家具行った方がいいかな。
セットまでしてもらうつもりだし、髪形崩れたらもったいないしねぇ。」
「お任せします。
すみません、何から何まで。」
「いいよ、全部天道さんの金だし。」
「あはは。」
天道 修二という男は何より偉大な人物であると、聞いていたあれは何かの間違いだったのだろうか。
なんてことを口走ってしまったのは裏人の心情。
それほど、先程から出ている『天道 修二の金』という何とも使いやすく、繰り返し用いられているネタのような文言に、言葉にしようもない気まずさを感じた彼はわかりやすく愛想笑いを一つ漏らした。
そんな崇高な人物の、思い返して再度脳裏によぎる、外見からしてわかるほどのいい意味での異常性や、同じ人間だとは思えないほどに整った出で立ち―――――
さらに無条件に人を惹きつけるほどの風格と、尊敬せざるを得ないと思わせてくるほど巨大なオーラはそのどれを取っても、決して雑に扱えるほどの存在ではない様に思えるのだが。
現時点では理解しがたいそれら事実に裏人は、もしかすると後ほど理解できるようになるのだろうかなんて、次いで納得するような姿勢を浮かべては忙しそうに窓外へと視線を向ける仕草を露わにしてみせるのだった。
そしてそこから視界へと飛び込んでくる景色をまた脳内に取り込むよう心づもりを整えて見せると、これまた現時点では理解しがたいその光景たちを、澪玲の言葉を話半分に聞いてしまう程度には真剣に眺めていくのであった。
ぎこちない操作で窓型液晶の端に小さくまとめて寄せた、この日本国のことをより具体的に説明してくれているインターネットのウィンドウを視界の隅に捉えながら。
「―――――で、家の様子はどうだった?」
「あぁ、なんというか。
凄かったですよ、色々。」
「羨ましい限りだよ。」
「ね、急にお金持ちになったみたい裏人くん。」
「いや僕じゃないですけどね...。
っていうか、次からのお金ってどうなるんですかね。
僕...本当に一文無しなんですけど。」
「んー、まぁ天道さんが色々考えているんじゃない。
あの人そういうところに抜け目ないし。」
「はぁ。」
もしかしたらバイトなんかもするのだろうか、と。
少し興味があった裏人は、この広大過ぎる日本国の面積に比べたら随分と些細なそれらの悩み事へと、一人ワクワクするような内情を露わにして見せた。
田舎の集落には到底存在しなかった、自分で自由に使えるお金を稼ぐという行為自体に、本当の意味での開放感を感じながら。
そしてゆっくり澄み渡って快晴な空を見上げては、「(そういえば。)」と液晶に映るインターネットのウィンドウの検索欄に、『学生、バイト』なんて分かりやすく不慣れな単語を散りばめ、検索ボタンをタップする仕草を見せるのだった。
呑気な心情とは果たして正しいものなのだろうかと、頭によぎる『鬼』の存在のことを無意識が隠そうとするかのように、ずっとわざとらしい愉快な心地へ包まれている事実には気が付けないままで。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
薄暗いはずの一帯の景色が、街灯りで爛々と照らされていく。
街路照明灯、大型の電光看板、建物から漏れ出す光に、景観を高めるために設置された数々のLED―――――
数多の人だかりが放つ携帯電話などの小さな明かりも、多数の行きかう車が見せる前照灯や尾灯たちも。
その全てが目一杯にうるさく、だが決して悪印象を感じさせることがないよう互いに高め合いながら、相乗効果で街中を華やかに彩る様子を展開していた。
ここは想像の数倍もの広さを見せつけてくれる、この地域を代表する京都駅の駅前。
そのうち『柊荘』ほどの高さのオフィスビルが建ち並ぶ西側とは違い、飲食店や居酒屋、服屋に雑貨屋、デパートなど、多種多様な建物が数多く姿を見せる、一般人の往来の激しい東口である。
ガヤガヤと様々な身分の者たちが一堂に会し、雑多な声を放つ喧噪の中、少し遠くのほうに存在する例の『ミュージックストリート』から楽し気な音色が響く、景観の素晴らしい空間。
そんな場所でポツンと一人、バツの悪そうな顔をした鈴鹿 裏人はその原因となっている慣れない髪型とそわそわする服装に焦りに近いような違和感を感じつつ、頼りない足取りを披露するまでに至っていた。
大勢の人混みの中でついには孤独になってしまったと、賑わう周囲の雰囲気とは真逆に、肩を落とし落ち着かないとばかりにため息を繰り返す、なんとも情けない仕草を見せながら。
こんなに自分以外の誰かの存在を恋しく思ったのは、いつぶりなのだろうか。
いや、そもそもこれまでの人生でそんな感情は浮かべたことがあったのだろうか。
なんて、心の贅肉に溺れてしまった今の自分にはこの現況が耐えきれそうもないと、あるはずもない尿意や腹痛すらも感じつつ、周囲の景色でそれら内情を濁そうとする様子を浮かべて。
「...はぁ、疲れた。」
前髪をガバッと掻き揚げて、もとよりうねっていた癖を生かして大人びた雰囲気を演出。
合わせて学生なりに仕立て上げたトップやバックにサイドの髪は、ミステリアスでもあり謙虚でもある裏人をまんま模ったかのように、おとなしめなお洒落を作り上げていた。
そこから続く、スラッとした体躯にはカジュアルフォーマルな服装を。
また慎ましやかにちらりとだけ見える程度で散りばめられたアクセサリーは外見からではなく内面から色気という魅力を放出し、同時にわざとらしくない可愛さを演出させている。
気取らないまま、素の格好良さをただただ高めたようなファッションと髪型。
とてもじゃないが黙っていれば学生だなんて思われることがないであろうと、そう思えるほどに色変わりした様が周りの視線を一手に惹きつけさせる理由を作り上げているのだった。
そしてそれが変なところで感情を刺激し、恥ずかしさを含む高揚感を与えてくると同時に他人からの色気づいた眼差しを良くないものとして受け取ってしまっている、そんな現況を作り上げているのだった。
「(はやく、天道さんこないかな。)」
辺り一帯に散在する、不愛想に人の心を照らすだけ照らし後は知らん顔する街明かりが、焚き付ける様にそんな思いを増幅させてはどこか無機質な焦燥感を感じさせてくる。
それが、意味もなく夜道をふらつかせようと指令を飛ばしてきては、小夜のなぜか浮足立ってしまう心地と共に落ち着きのない仕草を誘起させてきていた。
人を待っていたり、談笑してたり、飲んだくれのバカ騒ぎや何をするでもなくただ歩く者など十人十色に生活する人々の中で、特に突出することなく単なるその景色の一部として、自身を飲み込もうとするかのように。
そんな事実に抗って冷静さを取り戻そうと原因を探ってみては、自然と歩みを進めている自身の足元に気が付き、一度立ち止まる―――――
しかし止まったところで休まる気も知れないと、そう考えこむ頭はまた無意識のうちに前進しようと身体に指令を飛ばし始めている。
なんて繰り返しの最中で、いつから自分はこんなに余裕のない小さな人間になってしまったのか、と再度余計なことを考えて。
と、傷心気味からさらに落ち込む様子を見せた裏人は、次いでその場で意識的に立ち止まり、星も見えない夜空を見上げる様子を見せた。
昼間はあれほど暑かったのに、夜になると急に肌寒く感じるのは、決して自身の内情のせいではないだろう、と。
ゆっくり視線を動かして、空からビルの屋上へと注意を向け直し、次第に電工看板、建物のエントランス、そして人の顔へと順を追う。
いつまでたっても落ち着かない、そんな思いだけをただ胸に浮かべて、それでも気を紛らわせるように淡々と―――――
「もし、そこの御人。」
「ん...はい?」
すると突如、そんな裏人の元に聞き馴染みのない問い掛けが降り注ぐよう、後方から一つの声が放たれてきた。
降り注ぐ、そう...自身の頭上から。
して、彼が振り返ったその視界の先には、綺麗な声音から想像してまんま美人な一人の女性がこちらを見下ろすかのようにして、にこやかな微笑みを浮かべ立ち尽くす姿を見せていた。
黒髪を地としてところどころに白髪を混ぜた長く艶めかしい頭髪を膝下まで下ろし、立派な立ち姿に映えるドレスのような正装に近い衣服を身に纏った、現実離れしたような淑女が。
周囲の景観に勝るとも劣らず、夜空に輝くはずだった星よりも目立って輝きを放っている、容姿端麗で異常な存在。
だが、どこか見覚えもあれば温かみのある朗らかな笑顔は、そのまま今の衰弱した裏人の心を優しく包み込んでくれるかのような母性すら覗かせている。
まるで聖女であった。
なんて感想が出てきたのは、これまでの時間を過ごしていた瑚々、基天使のことをがフッと頭を過ったからであろうか。
見覚えもあるといったのは、その笑みがどこか彼女が向けてくるものと酷似していたから、という理由で片付けられそうなほど、目前の美女に勝る美女を知らない裏人は少しだけ視線を落とし恥ずかしがるような雰囲気を見せた。
別に一目惚れしたなんて事があるわけではない。
し、赤の他人がゆえ格好良く見られようなんて魂胆は嘘でもあるとは言えない。
自分はそんな優柔不断な男ではないことは自覚しているし、今は自分以外の者のことを考えられるほど心に余裕のある人生を歩んでいるわけではないからだ。
しかしそれでもこうやって、現況の自身の心を揺さぶってくるような違和感を感じてしまうとは、一体どういう...。
なんて答えの見つかりそうもない問いに頭を悩ます裏人は、あまりに沈黙を貫き通すのは些か相手に失礼であろう、なんて至極全うで当たり前な対人関係での意見を見せ、次いで顔を上げる仕草を見せた。
そして良好なコミュニケーションを図るよう自主的に声を放つ姿を見せるのであった。
何度だって言おう決して目前の美女に心奪われて、よく見られようとしているわけではない。
と、誰も聞いていない心情を胸の内で吐露し、自分に言い聞かせるような雰囲気すら浮かべ直して、一拍気持ちを落ち着かせてから―――――
「どうしましたか?」
「ちょっと...人を探していてね。
君よりもう少しだけ若い年齢の子なんだけど...。」
「そうですか。
お手伝いいたしましょうか?」
「んー...やはり。」
「...?
どうしました?」
訂正、なぜ...こんなにもこの人にときめいてしまうのであろうか。
この人の前に立つと、顔を合わせると目を見ると...不思議と高鳴る胸の内は、ついには自身の内情すらおかしくなってしまったのかと、そう思わせてくるかのような状況を作り上げている。
彼女が首をかしげるだけで、髪の毛が揺れるだけで、瞳が輝くだけで、スッと吸い込まれそうな心地を感じてしまう。
するとうるさく早まる鼓動が、徐々に自身の内側だけで息苦しさを感じさせ始め、無条件に体温が上がってしまうとそんな心情を抱くまでに至ってしまうのだった。
あと少しでも深く...この人に好かれたい、この人に認知してもらいたい、この人から…心温まる優しい心地を感じたい、なんて初対面ではとてもじゃないがキツ過ぎる、気味の悪い内情と共に―――――
この先の一言で、一瞬にして全てが破壊しつくされてしまうとも知れないで。
「やぁ、裏人―――――」
「...いや、嘘だ。」
「ふッ。
なんだね、急に。
今朝ぶりだ。」
「ッ、嘘だ―――――」
こんな雰囲気の人物なら、心当たりがあったであろうに。
とそんな考えを浮かべても、結果もう遅いであろう。
何が瑚々と同水準の微笑みだ、何がこの人の優しく温かな心地をもっと感じていたいだ、何がときめいてしまうだ。
確かに自身が女性であったのなら、目前の人物の元の姿を見れば無条件に惹かれていたことは違いなかっただろう。
なんせ男であったとしても落ちてしまいそうなほどに、この人も人間離れした造形美をしているだから。
そして確かに現状の自身が何をしていたのかを遡り、彼女の姿をじっくりと見ていれば、全てが間違いだったと気付き、疑わなかったであろう。
そう、今の今まで自身が探していた、黒地に白髪を織り交ぜたロングヘアとお決まりのにやけ面を引っさげ、神の姿を代行するかの如く存在感を見せつける人物と言えば、間違いなく―――――
「しかし、見違えたよ。
随分と優男になったね。」
天道、修二であった。
くそが。
「趣味、ですか?」
「ん?」
「その格好は。」
「ふふ、さぁね。
じゃあ行こうか。」
「...はい。」
別にがっかりしているなんてことはない。
ただしてやられたのがむかついただけ。
と、なぜか性別が変わった天道 修二の姿を、「まぁこういうこともあるか。」なんて適当な解釈で眺める裏人は次いで歩みを早め彼に付き従うよう、今度は意識的に足を進める様子を見せた。
その際チラリと目に映る、目前の男の女性より女性らしい横顔に意識を吸われながら。
...本当に、腹立たしいほど『完璧』な『女性』が存在している。
なんて、後で改めて立ち戻ると、絶対に呑み込んではいけなかった状況と彼の変化へ、それでも今だけは少しワクワクしているような心情をひた隠しにして。
―――――あぁ当然、ワクワクしているのは天道 修二の姿にではなく、『鬼』の力を引き継ぐ方相氏が扱う追儺には性別を変える力まであるのかということについてだ。
...決して、綺麗なお姉さんの隣を歩いているから、なんてことではない。
決して。
再開のシチュエーションとしてはサラッとしすぎているとは思えるが、逆にこの手短さで助かった。
と、ある意味では心臓に悪い状況へと安堵や落ち着きを孕んだため息を漏らす裏人のそんな情けなさで発熱する心地を夜風がそっと冷ましていく。
そして二人は、駅前に並ぶタクシーの車列の内、確保していた一台へと向かい、次いで乗り込む姿を見せるのであった。
天道 修二からのありがたいお話を、入ってこないとばかりに適当な相槌で済ます、心ここに在らずといった裏人の表情を残して。
「ナンバープレートが―――――の―――――、番号が―――――で...。」
「はぁ...。」




