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特異鬼制教導機関  作者: 美音 樹ノ宮
26/37

部屋の中で三人

~特異鬼制教導機関~







「思った以上に広いね、僕の部屋。」


「落ち着かない?」


「んー、今は。」


「家具、(なん)にもないしね。」


裏人(うらひと)さんの前のおうちはどんなところだったんですか?」


「ん。

 2階に僕の部屋があるだけの、よくある木造の平屋だったね。」


「いいですね、ボクそういうの憧れていたんですよ。」


「まぁその時から至って家具なんてなかったんだけどね。

 敷布団引いて、机の上で勉強して、読書のために本棚へ向かうくらいの毎日だったし。」


「結構田舎の集落なんだっけ?

 随分と...言っちゃあれだけど暇そうね。」


「ひぐらしとか蝉とか、あと風鈴の音とか聞いて縁側でくつろいだり、畑で取れたての野菜を食べたり。

 あとは散歩するか家の手伝いに行くくらい。」


「...んまぁ、それを聞くと...うん、羨ましい限りだけど。

 家の手伝いって神社だっけ。」


「え、そう...だけど。

 何で知ってんの?」


「だって最近、事あるごとに瑚々(ここ)があんたの話ばっかり―――――」


「えへへ...」


「照れてるよ、からかったのに。

 まぁでも、瑚々(ここ)もちゃんと人のこと、顔見て選んでたんだねぇ。」


「ん、何の話ですか。」


「聞いてもないのに裏人(うらひと)君の事ばかり喋って、結果連れてきた男がこんな...。」


裏人(うらひと)さんって、逢花(あえか)ちゃんから見てもそんなに格好いいんですか?」


「そりゃもちろん。

 磨けばだけどね、髪切らないの?―――――」


「てか、何この状況。」



廊下の突き当りに存在していた扉、その奥へと逢花(あえか)の案内で進んだ一同は、裏人(うらひと)の部屋として用意されたそこでしばらくの間くつろぐ様子を見せていた。

部屋の片隅にぽつんと置かれた一つの座椅子。

なぜか使い古された形跡のある、その入居祝いにしては雑で狭い唯一の家具へ三人で腰掛けて。

そんな仲睦まじそうな彼らの現況とは、部屋に入って間もなく口にされた、瑚々(ここ)の「これ、使ってみてください。」との第一声によって始まったものであった。

当然断る理由もなく、ちょうどいい疲労感をも感じていた裏人(うらひと)にとっては気遣いとも受け取れるようなその指示で、彼は別段何かを疑うこともなく言われた通り行動を起こして見せるのだが。

程なくして何の躊躇も許可もなく左右に陣取った、彼女らによって身動きの取れない現況に陥らされてしまっていた。

両手に花とはまさしくこういうこと。

それも一輪だけの可憐な名花(めいか)などではなく、とびっきりの煌めきと香りを振り撒く、色鮮やかな薔薇の花束だ。

傷つけないようそっと扱わなければ、なんて考える必要はないにしろ、果たして自由に動くことが許されるのかといわれればそういうわけにもいかず、縮こまる裏人(うらひと)はより精神的な疲労感を感じてしまうまでに至るのであった。

なにより、一度(ひとたび)座り込んだ座椅子に蓄えられていた、心地よく煩わしいほどに甘ったるい瑚々(ここ)の匂いが余計に苦痛を感じてしまう理由に繋がっていた。

もちろんそれは、いい意味ではあるのだが―――――



「そうね。

 瑚々(ここ)、もうちょっとそっちいけない?

 鏡見えないんだけど。」


「無理ですよ、ボクも落ちそうなんです。」


「二人掛けだからって買ったのはあんたでしょ?

 責任取りなさい。」


「そんな横暴ですよ、こんな未来を見通せるわけないじゃないですか。

 あーッ!

 じゃあボクが裏人(うらひと)さんの膝の上に。」


「何があーッ!だよ、余計なこと(ひらめ)くな。

 ていうか、これやっぱり瑚々(ここ)のおさがりだったのか。」


「それに関しては、言い訳をさせてください。

 裏人(うらひと)さんとの同居が決まったのが直近だったんです。

 だからせめて一つでも家具を、と。」


「いやまぁ、別に何とも思ってないけど。」



入居祝いに粗末なものを、なんてことを考えているとでも思われたのだろうか。

それほど今の瑚々(ここ)の取り(つくろ)い方には、こちらに嫌な気を感じさせないよう必死になっている、といった雰囲気が滲みだしており裏人(うらひと)も少し気圧されるまでに至った。

だが結果としては、悪くはない...というかむしろちょっといい匂いがして...うん、まぁ―――――

ありがとう、と受け取るのも少し気持ち悪いか...なんて思考が湧いてしまった彼は出かかった謝意の思いを口にすることはなく、曖昧なままでこの話に区切りをつけるのだった。

そんな裏人(うらひと)の様子に瑚々(ここ)も、別段怒っているような節はなくむしろちょっとだけ喜んでくれているような気配すら感じられる、と勘づくまでに至ったのだが。

ここでは彼の意向を汲んで、敢えてそれに突っかかることなく口を噤む様子を見せた。

そして二人は気まずくならない程度の静寂の(のち)、細かく身動きを取る逢花(あえか)の方へと意識を向け直し、学校指定のカバン二つを土台に鏡を置いてスキンケアしている彼女からの問いかけに応える姿勢を見せるのだった。

もう慣れ親しんだとでも言わんばかりに親しき中でも礼儀を(おもんばか)り、その上でやりたい放題するような雰囲気を浮かべて。



「んで、どうなのよ?」


「髪の毛?

 んーまぁ、特にこだわってないけど。」


「じゃあこの際、イメチェンしなさいよ。

 メガネも外して。」


「そういえば、裏人(うらひと)さんって、視力悪いんですか?」


「ん...いや?」


「え、じゃあなんでそれ掛けてんのよ。

 度が入ってるでしょ?」


「なんか、一応...残ってる(・・・・)ものだから。」


「え、どゆこ―――――」


「あーそれより裏人(うらひと)さん!

 髪の毛はいつ、しにいくんですか?」



少しだけ言葉を詰まらせたのは、決してこの場の空気を悪くしたいだなんて思いがあったわけではない。

むしろその真逆で、事実を伝えていいものかどうかの迷いに判断が遅れた、というのが正直なところ。

ここで口にしてしまった「残ってる」との言葉の真意、それはこのメガネが集落から形を成し今の瞬間まで受け継がれている、唯一の現物だということだった。

そしてそんな真意は多くを語らずとも、裏人(うらひと)からしてみれば引きずっている気持ちに気付いてくれとの傷心に繋がり、また彼女たちからしてみればずっと尾を引く女々しい人だと認識されてしまう要因になりえるものであった。

だが、今の自身はその意見のどちらにも当てはまることなく、それ以上に双方を都合の悪いものとして認識するまでに至っている。

そのため、うまいこと流すための言葉を探しての沈黙を見せたのだが、結果口をついて出たのは事実をふんわりと和らげただけの、何とも無責任なものとなってしまった。

別にそれらの事情を話したとて、彼女たちの態度が変わるなんてことがないのはわかっている―――――

し、特段形見というわけではなく普段から自分が身につけていた私物だからこそ、仰々(ぎょうぎょう)しく大切なものだと思われるのはお門違いなのである。

そして何よりそれをわざわざ着用している理由が肌身離さず持っていたいから...なんて素敵なものではなく、ケースが見当たらないだけで仕方なくつけているといった、もどかしさを感じてしまうほどの雑な事由でもあるのだった。

だからこそ、瑚々(ここ)の切り返しにはなんと助けられたものか。

女々しい男だとも思われたくないし、事実引きずっている節なんてただの一ミリもないことは、今の裏人(うらひと)自身が一番よくわかっていることだったから。

またこの先の展開についても空気を壊してしまうような流れ、もしくはそんな状況を生み出してしまう間違った文言しか思い浮かばず、発展がなければ再度だんまりを決め込んでしまうのだろうことは容易に想像できていたから。

それら全てを察してくれた上で、結局真実(しんじつ)を誤魔化すどころか実際にあったことを濁して伝えるだなんて、頭の回転の悪さを見せてしまった自分のフォローまでを完璧にこなしてくれた、彼女には感謝の気持ちしかないのであった。

本来の瑚々(ここ)の性格から見て想像も付かないほど至近距離に寄り、驚くほどの声量を見せた彼女の言動とは。

逢花(あえか)の言葉を遮って、周囲の空気、状況、雰囲気、全てを彼女で埋め尽くそうとしてくれている現況の様子とは、こちらの内情を一つと残さず察してくれたからこそのものだったのだろう。

と瞬時に全ての理由(わけ)へと理解が及んだ裏人(うらひと)は、今度こそその気遣いに心の中で「ありがとう」との言葉を口にして見せるのだった。

そして色々悟ってくれた彼女と同じよう、何も知らないでいる逢花(あえか)のことを自分なりにも気遣い、瑚々(ここ)の意向と続く会話に対応する様子を見せるのだった。

メガネを掛けることで逆にぼやけてしまうようになった視界でもきちんと、彼女たちと目を合わせることを忘れないように。



「ッ、おゎ…ーどうだろう

 多分これからじゃないかな。」


澪玲(れれい)さんたちとですか?」


「そう。

 服買うついでに日用品とか家具も買ってくれるって。

 んでその時に髪の毛とかもって言われてた気がする。」


「え、家具も買って下さるんですか?」


「あれ、そんなこと言ってなかったっけ?」


「どこでですか?」


「車の中。」


「...ボク、潰されないよう必死だったので。」


「あー、ふッ。

 そだね。」


「は、ハハッ…」



遠い目をしている、瑚々(ここ)から打って変わって一瞬で正気が感じられなくなった。

ただ、家具に関しては何やら積極的な印象も?

なんて雰囲気に気がついた裏人(うらひと)は次いで話題に色を増すため、そっち方面の話題転換を行う素振りを見せていった。

想像以上に食いつきがよかったと、彼女の喜びを共感するかのように。



「欲しい家具とかあるの?」


「はい!

 せっかくですから居間でみんなが集まれるように出来ないかなと。」


「あ、良いわねそれ、賛成。」


「いやでも、流石にそこまでは無理じゃない?

 天道(てんどう)さんのお金とか言ってたけど、迷惑はかけられないし。」


「きっと大丈夫ですよ、天道(てんどう)さんはお金持ちですから。」


「そういえば、みんなって天道(てんどう)さんとの面識あるの?」


「ありますよ。」


「一応...けどあの人ずっと何考えてるかわかんないから、苦手。」


「あー、いつ見ても含みのある顔してるもんね。」


「そう、にやけ面。」


「ふッ―――――。」


「だってほら、実際一緒に暮らすのが分かったのって3日くらい前でしょ?」


「なんだか珍しく、天道(てんどう)さんも焦ってましたからね。」


「焦ってた?

 よくわかるわね、そんなの。」


「あの方は何もかも、全部わかっているようなお人ですから。

 正確には2日前ですけど、そんな急にし―――――ッ事情を変えたりはしないので。」


「そうかな。

 私にとっては話が二転三転するような人に見えるけど。

 でもまぁ、裏人(うらひと)君がいつ来るのかわからないでドキドキしながら過ごすよりは、スパッと決まってよかったわ。」


「そうですね。

 それに、出会いとしては最高の形だと思います。」


「私、裸見られてるんだけど、それでも最高?」


「あれは少し、どうかと思いましたけど―――――」


「ねぇ、僕ここにいるよ?」



その瞬間、ふと裏人(うらひと)の頭の中に(こんなに話したのはいつぶりだろうか。)なんて呑気な思考が浮かび始めてきた。

最後といえば、そう...。

恐らく集落の学校で仲のいい連中と話していたあの瞬間だろうか―――――

呑気な周囲の空間と、呑気な二人の雰囲気と、呑気な自身の落ち着きようが相乗し、辺りには次第に睡魔に近いような安らぎが襲い掛かってくるみたいに広がっている。

また耳馴染みがよく聞くだけで表情や唇の形に性格などが容易に想像できる鈴を転がすような可愛らしい声に、頭がふわふわする程の甘く人間味のある香り―――――

その場にいるだけで一段と空気が澄んで明るく感じる瑚々(ここ)の慎ましやかに欠伸をする仕草や、肩や二の腕に乗る逢花(あえか)から背中越しに伝わる温かな体温が、血液と混じって裏人(うらひと)の全身に平穏を運んでいた。

すると、それら全ての要因が先の友人たちの姿形(すがたかたち)に名前、性格や喋り方のほとんどを(かす)ませていき、思考が次第にボヤけたものへと変貌を遂げていく心地を味わう羽目に陥るのだった。

もう思い出す必要なんてないはずなのに、それでもやはり気になっているというのは、引きずっている証拠なのだろうか。

加えて、これが周囲の環境による思考の停止ではないのなら、自衛反応としての記憶の削除を行なっているらしき自身は、想像以上に弱虫だったのだろうか。

ならば思い出さないようにするのが吉なのかと、敢えて全然関係ない方向を向いて内情を落ち着かせる裏人(うらひと)は、キッパリと別のことを考えることで記憶を上書きし、今この瞬間を生きるための心づもりを正していくのだった。

これから始まるであろう瑚々(ここ)の口から出た真面目な話題に際し、「丁度いいや。」と胸の内で一人納得するような、そんな表情を浮かべて。



「それも含めて、一緒に暮らすうえでの決まり事を作っておきましょう。

 家庭内ルールってやつです。」


「そ、大事よね。

 人が増えただけじゃなくて、異性と住むんだから。」


「親しき中にも礼儀あり、ですからね。」


裏人(うらひと)君、あなたが一番理解しなきゃダメよ。」


「わかってますよ、きちんと。」



逢花(あえか)の身支度がひと段落したことを見計らい、そうやって話を続ける瑚々(ここ)は眠気から解放された...もしくは睡魔を置き去りにするかのようにカラッとした笑みと雰囲気を宿し、そんな展開を描いていった。

落ち着ける空間というのは何ともこう望ましいものではあるが、決してずっとその中に居座ることは許されない。

この後に買い物やら天道(てんどう) 修二(しゅうじ)との再会やら、そして何より人を待たせている分際で爆睡を決め込むなんて言語道断ということ。

そう、すでに眠気に負けそうになっていた裏人(うらひと)は意識を変えた先程からさらにグッと両腕を上にあげ、伸びをする姿を見せていった。

逢花(あえか)に図星を突かれたためではなく、改めて始まった本当の(・・・)自分自身の人生のため、必要となる友情を決して手放さないようにすべく。

そして、そんな自身の様子を気配と多少の身体の触れ合いにて感知したらしい瑚々(ここ)が少しだけ姿勢を反らすような仕草を見せると早急に話を済ませるべく、先導して話を進めてくれる様子を見せるのだった。

その後しっかりと座椅子の上に座り直し、裏人(うらひと)との肌の接触を保ち直すことを忘れずに。



「それでは、まずその(いち)です。

 他人の入浴中は決して覗かないこと。」


「それ(いち)なんだ。」


「まぁそれに関しちゃ、あんたにも言えるけどね。」


「聞いてくださいよ裏人(うらひと)さん。

 逢花(あえか)ちゃんったらボクが覗く時はすごく非難するくせに、ボクが入浴してるときは進んで一緒に入ってくるんですよ。」


「へぇ、仲いいのな。」


「違うわ、私が入ろうとしたときに瑚々(ここ)が先に入ってただけ。」


「ん...?

 あ、てか、髪下ろして気付いたけど。

 二人とも髪形お揃い?」


「えへへ。

 これも、逢花(あえか)ちゃんがボクとお揃いにしてくれたんです。」


「違うわ、私がしたかった髪形を瑚々(ここ)が先にしてただけ。」


「...。」


「なによ、こっち見ないで。」



サイドをピタッと切りそろえ、トップからバックにかけては長めに残した、所謂姫カットと呼ばれる髪形。

違いといえば前髪の形に、白銀かピンクとオレンジに近いような暖色か、といった髪色くらいだろうか。

未だしっとり濡れながらも持ち前の若さを遺憾なく発揮しサラサラと髪を解く逢花(あえか)は、アシンメトリーに片目を隠している白雪のような瑚々(ここ)とは違い、束感のある前髪をセンターで分けた大人っぽい印象を纏っていた。

また互いに艶やかな後ろ髪も、ただ伸ばしっぱなしにしていた瑚々(ここ)とは違い、何か形作っていたらしい逢花(あえか)の方はうねりのある特徴を色濃く含んだ光の跳ね返り方を見せている。

それにより髪の長さと少しだけ大人びたように感じられる雰囲気が二人の間ではわかりやすく異なっていた、とも思えたのだが―――――

一瞬こちらを振り返った逢花(あえか)の姿が、思った以上に瑚々(ここ)の立ち振る舞いと重なり、見過ごせやしなかった彼は反射的に言葉を放てずとも、何やらツッコミを入れるような様を見せるのであった。

元よりキリッとした吊り目にカッコ良さの滲み出るルックスを持ち合わせた彼女の、スンッとした表情がまた様になっているな、なんて内情を残しながら...

こちらの視線に気づいては、再度背を向け直しつつ、そのままの面持ちで耳まで赤らめる彼女の横顔を眺めて。



「では、第二に。

 そんな逢花(あえか)ちゃんはツンデレさんなので、精一杯可愛がってあげましょう。」


「こら、余計なこと言わないで。

 私、別にツンデレじゃないから。」


「...―――――」


「ちょっと、こっち見ないで。」


「じゃあ何か。

 本当は瑚々(ここ)と同じ髪型なのも困ってるし、一緒にお風呂にも入りたくないってわけだ。」


「―――――...、そうよ。」


「おい瑚々(ここ)、今ちょっと言い淀んだぞ。」


逢花(あえか)ちゃんはツンデレさんの変態さんですから。」


「...ふん。」


「否定せんのかい。」



彼女の人柄を知る前に、別段知らなくていいようなことまで知ってしまった気がする、とは裏人(うらひと)の心情。

だが決してそれは、互いの関係を悪化させるモノなどではなく、短期間でより親密な間柄になるためには必要不可欠な要素であったと言えよう...たぶん。

だからこそ、今この瞬間に胸の内を突いて出る感情は喜びのものとなっているのだろうと一人、内心では頷いて見せながらも外面には空気を読んで瑚々(ここ)と同じように逢花(あえか)に意地悪するようなにやけ面を体現するのであった。

それに対してツッコミにならない言葉を漏らす...彼女の様子も特に怒っているといった様子などはなく、恥ずかしさも照れ隠しも持ち合わせながら現状を楽しんでいるらしき様を浮かべてくれている。

ならばと互いに、悪い気のしない雰囲気では先に言ったもの勝ちなのかとコンビネーションに(まく)し立てる二人は、逢花(あえか)の心情など気にすることもなく仲睦まじい様子を展開していくのだった。

親しき古人と過ごしていた、遠くに思える過去を思い返しては、笑みに歪めた頬へと多少の痛みを伴う苦痛を感じながら。



「じゃあ瑚々(ここ)も、今度逢花(あえか)が入ってきたとき、怒ってみたら?」


瑚々(ここ)はそんなことしないわ。

 優しい子だもん。」


「どの口が言ってんだ。」


「ね、瑚々(ここ)

 言わないわよね。」


「はい、ボクは決して怒っているわけではありませんから。」


「ほう、じゃあ?」


「非難されているが不満なだけです。

 ボク、フェアじゃないのは嫌いなので。」


「...ん、フェア?

 というと?」


裏人(うらひと)さんにだって当てはまりますよ。

 裏人(うらひと)さんは、ボクの裸...見たいと思えば見れますよね?

 でもボクは...裏人(うらひと)さんの裸が見たくても見れませんから。」


「んー...、ん―――――?」


「だから、こっち見んな。」



理解不能なのは状況だけではない。

それを間近に見せられた裏人(うらひと)逢花(あえか)に助けを求めてみるよう彼女の顔を覗き込んだのだが、決して助力が返ってくることはなかった。

会話というか、真意というか、いや瑚々(ここ)自体がおかしいというのか。

文言一つを取っても、白銀の衣を纏い元より色白な素肌から(さなが)ら新雪のようなキメ細かさと瑞々しさを蓄えた、年頃の少女の中でも群を抜いて美形な天女から放たれたとは到底思えないほどの下心が込められた言葉遣い。

それに、なぜこの発言の後でもこんなに、自信満々にしていられるのかが不思議で仕方ない。

と、場を和ませようとしてくれたにしては黒すぎる冗談に流石の裏人(うらひと)も空気を読むことができず、笑みも言葉もすべてが詰まって形の成らないものとなってしまっていた。

だがそんな自身を置いてきぼりに、未だ瑚々(ここ)逢花(あえか)から借りた爪やすりで自分の手元に視線を落とすことなく、到って冷静に慣れた手つきで爪を研ぐ様子を見せている。

自分の発言がおかしいものであるなんて自覚もせずに平然と、笑みで瞳を隠しながら何か(・・)の決め事でもあるかのように丁寧な手さばきで淡々と。

だからこそその全ての言動が、冗談めかしく放ったのであろう下ネタの真意をさらに笑って見過ごせないレベルの凶器として顕現させ、突き刺そうと迫っている心地を受け取るまでに至るのだった。

そしてそんな心地に裏人(うらひと)は次に繋がる文言を探すべく脳みそをフル回転させながらも、決して簡単ではないその事実に愛想すら忘れ真顔のまま少しの時間を過ごす羽目に陥ってしまうのだった。

こんな状況で何も答えないのが正解であると、どうやったら気づくことができるのだろうか。

もっと言えば、こんな静寂を打破する方法がそれにノッかって茶化してやるだなんて、どれほどの時間を費やせば気づくことができるのだろうか。

仲良し同士でなければ決別しそうな発言と、この上ない愛情を持っているからこその切り返しが必要なのだと、未だ数時間の付き合いである彼は当然気づくことができないでいた。

そのため、現状にて助けを求めた自身に応えてくれるかのように次いで放たれた、流石の関係値から紡がれる逢花(あえか)の言葉に、この上ない感謝と信頼感を抱くことになったのだった。

そして続く言葉を、攻守がこんなに早く入れ替わるものかと先程まで敵対していた彼女とともに、紡いでいくのだった。

変なことだけは言わないよう細心の注意を払いつつも決して躍起(やっき)になったりはせず、あくまで仲良し同士のじゃれ合いを演じるつもりを前面に押し出して。



「わかってたでしょ、ちょっと変わった()だって。」


「いや...まぁ。

 ...だね。」


「わぁ、悪口ですか。

 ボクここにいますよ?」


「あ、で。

 あんたのんびりしてていいの?

 澪玲(れれい)さんたち、待たせてんじゃ?」


「そうだね、そろそろ行こうか。」


「夜までには帰るんでしょ?」


「一応、そのつもりらしいんだけど。

 遅くなるかも。」


「じゃあ、ルールその(いち)

 朝と夜のご飯はみんな一緒に食べること。

 待っておくわ、いってらっしゃい。」


「んあぁ、ありがとう。

 じゃあ、行ってくる。」


「ええ、かっこよくなってらっしゃい―――――」


「...あの、ボクここにいるんですけど。」



仲睦まじい環境とは、無条件に心を洗ってくれる。

その場にいるのが例え数時間と数十分の付き合いしかない者であったとしても、得られる幸福感に変わりはない。

そんな当たり前の事実を、当たり前だが決して当たり前だとは思わないほうがいいほどの有難い言葉によって受け取った裏人(うらひと)は、零れた奇妙な発言を取り消す様に「行ってくる」との返答を返した。

短い付き合いでもなんとなく掴み始めた彼女たちの性格。

そこから、こんなにも優し気な印象の声音と表情が浮かべられたのかと、逢花(あえか)に対してギャップに近い何かを感じるまでに至り、少しだけ息をのんだのは彼だけの秘め事にはなったが。

結果として、この家についてから初めて受け取った瑚々(ここ)の「おかえりなさい。」と同様、やはり居住地に知人がいるというのは素晴らしいことだな、なんて恥ずかしくもこれまた当たり前のようなことをしみじみ感じる裏人(うらひと)は心の温かみをじっくり味わう様子を浮かべた。

そしてできればこのまま溶けてしまいたいとまで思えた空間から重い腰を上げると、背中を伸ばすようグッと背伸びをしてから、改めて二人に向き合い言葉を放って見せるのだった。

少しだけしゅんとしたようにも、案外普段と変わりないようにも取れる瑚々(ここ)の微笑みと、照れながらに笑うような逢花(あえか)の笑顔を目に焼き付けて。



「あまりに遅くなるようだったら、先に食べてていいから。」


「初めてでしょ、三人集まるの。

 待っておくわ。

 とびっきり、美味しいものを作って、瑚々(ここ)が。」


「...ふふ。

 なんか、ありがと。」


「何よその顔、恥ずかし。

 さっさと行っておいで。」


「...初めて逢花(あえか)ちゃんのそんな表情、見ました。」


「嘘つけ、何も見えてないでしょ。

 適当なこと言わないで。

 おりゃ。」


「うー。

 裏人(うらひと)さん、逢花(あえか)ちゃんのツンデレさんは万人に影響が及ぶので。」


「みたいだな。」


「さっさと行け。」



裏人(うらひと)がよけたことによりできたスペースを身体で埋める逢花(あえか)が、瑚々(ここ)のほっぺをむにッとつかむ、そんな仲睦まじい光景を最後に裏人(うらひと)は微笑み入口の扉を閉めた。

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