車窓の景色から
~特異鬼制教導機関~
「服、ですか?」
「必要でしょ?
今、優の家に転がり込んでるって聞いたけど。」
「まぁ、一日だけ。」
「自分の普段着は?」
「確かに、持ってないですね。」
「じゃあ買いに行こうか、見繕ってやる。」
「ありがとうございます、助かります。」
「んで、先に家を見に行くのがいい?
それとも服を買いに行く―――――」
「家でお願いします。」
「...即答ね。
まぁいいけど。」
車に乗り銀葉歓教導機関を後にして、ある程度時間が経った頃合いのこと。
改めて互いに自己紹介を交わし、存外気まずさなどを感じることもなくそれなりの盛り上がりを見せていた一同は、澪玲の運転する車で高速道路を走っていた。
その最中聞かされた理紗の姓が堂流という変わった名字であることや澪玲の下の名前である待人形との字並びの良さ、そして彼女ら二人が本当に恋人同士であったのだという事実の数々へ、裏人は自然と溢れでる笑みを実感する。
「(こんなにストレスなく笑ったのはいつぶりだろうか)」
忘れ難く、何物にも代え難いあの記憶が、良き思い出として蘇っては脳裏に鮮やかな景色を描いている。
パラパラ漫画のように、大切に思えた笑顔と印象に残った場面だけを切り抜き、ゆっくりと懐かしませるかのごとく。
そして次第にその果てへ辿り着くと途端、祭りを象徴する花火の激しい音に合わせてピリッと疼く首筋の痛みへと繋がり結果、反射的に抑えようと手が無意識のうちに動いてしまうといった様子を見せるまでに至っていた。
そんな仕草を繰り返し、なんて事件に苛まれ続けた先の現況にて、それでも緊張や身の危険などを一切感じることなく心の底から笑えている自身を俯瞰し、体内で火照る暖かい心地を味わった彼は未だ賑わいを見せているこの場で一人静かに車窓の様子に視線を移すのだった。
液晶パネルや太陽光、それを反射する綺麗な外観を保ち続けている多くの建物と、おしゃれでも奇抜でもある人々の往来を横目に、間近に捉えた車の窓ガラス。
そこには賑わって晴々しい街の様子を押しのけ、物理的な意味での『手前』へと、この街のことを端的に語るインターネットのウィンドウが映り込んでいた。
何の話かというと、少し前に知らされた事実によるものだ。
心底興味深そうに、そして心底興奮している裏人の様子へ澪玲があれこれ教えてくれたことには、どうやらこの車の生命の息吹を感じさせていたあの演出とは実際に液晶のような機能を搭載している車体自体が展開していたものであったらしいのだ。
ボディに用いられている頑丈で加工がしやすく最近の高級車によく使われているこの素材は、多少の熱であっても決まった色へとカラーリングを変えるような特色があり、エンジンを駆動させればたちまち中の色めきが顔を覗かせるのだとか。
また窓ガラスは指で触れば操作ができる液晶画面になっていて、スモークフィルムを展開したりインターネットに飛んで調べ事をしたり、動画サイトやらカーナビの機能まで当たり前のように使えている。
それも一般車に用いられているガラスよりも強度や性能は高く、透過率から紫外線遮蔽率も高水準、極め付けには誰と戦っているのか防弾仕様まで備わっているらしい。
とそんな事実を澪玲から説明され、言われた通りに窓ガラスを操作した裏人の視界には先の、この日本国のことが分かりやすく単純に書いてある記事が展開されているのだった。
記憶の中の知識とは少し…いやだいぶ異なっているように感じるこの国のことが。
「面積、約1億5800万 平方km...。
デカいなぁ。
人口、推定...あー目が痛い。」
「まだ見てるの?
面白い?」
「興味深いですよ、何一つ知らないことだらけなので。」
「...勉強はしてたって聞いたけど。」
「意味なかったみたいですね、はは。」
「...触れづら。」
しばらくこんな気の知れた様なやりとりを続けられているのは、人付き合いに関して大雑把な性格を見せている澪玲のおかげといえよう。
尊敬はしていても、テンポよく喋りたいがために崩した敬語くらいが丁度いいのだとか。
またそこにはなんでも気持ちよく、楽しんで聞いている裏人の性格も加味されているのだが、残念なことに本人がそれに気がつくことはなさそうであった。
勿体無いというかそれこそ変な意味でのカリスマ性があるというか、面倒を見てあげたくなるまたは物知りな気分になれると話し手にとっては、好かれるには十分すぎる素直さを見せる彼はまだ目を輝かせて車の窓に齧り付いていた。
そしてそんな様子を一瞬だけ横目で確認した澪玲が珍しく微笑みを露わにして、今後の展開についての色々話し合いを進めつつ雑談に花を咲かせるような姿勢を見せていくのだった。
後ろでセクハラをされ続けている瑚々の苦笑いと、満面の笑みを見せる理紗のことも巻き込んで。
「ちなみに今、何読んでんの?」
「観光名所...訪れるべきおすすめスポット...。」
「どっか興味ある?」
「どこもかしこも、行ってみたいですね。
『グランドモール』、『ミュージックストリート』、『パレットストリート』、『イベントストリート』、『旧日本街』。
横文字多いですね、あとストリート。」
「呼びやすいし、そういうの好きだから。
ちなみに、『グランドモール』は世界最大のショッピングモールね。
ここ京都と東京、それに北海道と九州の全県へかかるように建てられてる、全四店舗。
端から端まで歩くのに半日、ぐるっと一周回るなら一日じゃ足りないくらいに広い。
「すご。」
「中でも京都のは別格。」
「もっと広いんですか?」
「そ、目的無しに歩いてたら閉店時間なんかあっという間に過ぎる。
んで変な出入り口から外に出ちゃったら、車のとこまで歩いて帰るのに深夜を迎える。」
「えぇッ...怖いですね、それは。」
「ちなみにこの後服買いに行くのもそこ。」
「任せました。」
「うん。
で、その次の『ミュージックストリート』ってのは別名、夢謳い道って呼ばれてる。
...ほらその写真。
通り中で人が歌ったり、演奏したりしてんの。
無名のアマチュアから、テレビや世界で活躍してるプロまで。
みんな夢を追いかけたり、お忍びで遊びに来たり。」
澪玲の話すタイミングでインターネットのウィンドウをスクロールして送っていく裏人は、記事に書いてあることと同じような説明を彼女からしてもらい続けていた。
なんせ見て読むよりも聞いた方が遥かに手っ取り早いし、多少なりとも微動を繰り返している車内でこれを見続けるというのは、いささか鬼畜の所業というやつではなかろうか。
と、もうほぼ酔いかけている様子の彼はそんな情けない思考と甘え切った姿を見せながら、結露した窓に指で絵を描いて遊んでいる子どもかのような所業と外見を体現していた。
そしてそんな姿を運転しながらでも横目で確認していた澪玲は話を続けつつ、器用に展開されたインターネットのページにまで視線を通し、彼へと質のいい説明を展開し続けてくれるのだった。
この説明に華と説得力を増す、所々に散りばめられた何よりワクワクさせてくれる写真の数々を指さして。
「街中が賑やかってことですか?」
「そうだね。
ちなみに、騒音問題で色々あるから家賃は割と安め。」
「あ、なんか...急にすごい現実的。」
「まぁ、しがないバンドマンとか多いし、そういう人からしたら有難いんじゃない。
知らないけど。
で、次の『パレットストリート』ってのは街中が決まった色で分かれてたり、絵画とか壁画とかがたくさん描かれてる通りのこと。
『ミュージックストリート』の歌や曲が、アートになったって感じ。」
「あーこの写真ですね。
ほんと、赤の通り、黄色の通り、青、緑、黒、橙、桜色、白の通り...。
なんかいっぱいありますね。」
「服屋とか雑貨屋とかもあるんだけど、面白いのが街並みと同じ色の商品しか置いてないんだよね、そこ。
白の通りなら白一色の服が揃う、靴やアクセサリーまで。」
「へぇ。」
「こっちは興味なしか。
じゃあ清掃員の幽霊ってのは?」
「なんですか、そのパンチの弱そうな名前の幽霊。」
「街の至るところに描かれてる絵、それが誰も見てないうちに勝手に消されていくらしいんだよね。
カメラで押さえようとしても、実際に目で見ようとしても、その場から視線を外した瞬間にパッと。
それが現象化されて、説明がつかないから幽霊の仕業ってことになってる。
だから、『パレットストリート』はずっと新しい絵が地面や壁に描かれ続けてる、っていう噂。
しかも、市も国も清掃員を雇った覚えはないって尾ひれまでついて。」
「それは...中途半端に興味が惹かれない話ですね。
じゃあ次の『イベントストリート』っていうのは?」
「読んで字のごとく。
年がら年中何かのイベントごとをやってる。
ハロウィンなら仮装パレード、クリスマスならイルミネーション、年末は売り尽くしセールで正月なら初売りとか。
それ以外の日は基本、屋台が出てるよ。」
「あ、屋台もあるんですね。
上甘先輩が地方の祭りを特別視してたんで、そういう文化ないのかと思ってました。」
「あー姫奈?
まぁここの屋台って地方のとは全然違うからね。
品質も良ければ値段も高いし、なによりお高く留まってる。
そうゆう意味じゃ私もあの子と一緒で地方のが好きかな、量産型のジャンキーなものとかここじゃ絶対に食べれないから。」
「そこは惹かれますね。
僕も祭りごとは好きなので。」
「うん、なんかそんな感じするよ。
で、最後の『旧日本街』ってのも読んで字のごとくだね。
古き良き日本国の街並みを再現した区域。
こっちも好きそうね、あんた。」
「ですね、写真見た感じ一番行きたいって思います。
ちなみに、まだ続きありますよ...えーっと『新科学発展都市』、『新工業開発都市』、『古旋場・シネマ』。
...あとこの、めちゃくちゃ綺麗な、遊...宴郭―――――」
「おッ、興味あり?」
「ちょ、澪玲ちゃん―――――?」
「え、なんですか?」
「いや、で。
興味あり?」
「...はいまぁ、結構。
こういうネオン街というか、ギラギラしてる夜景に憧れてたんですよね―――――」
「へぇあんたも隅に置けないねぇ。」
「何ですか隅って。」
「そこ、花街だよ。
夜の大人の都」
「あーえっと...それは、居酒屋?」
「違う方。」
「じゃあ年齢的に無理ですね。」
「良い逃れ方したわね。
よかったねぇ若くて。」
「澪玲ちゃんも悪いよ、今のは。」
「何さ。
別に、理紗みたいにセクハラしてないけど。」
「私だってしてないよ。
ねぇ瑚々ちゃん。」
「近いです。」
話を聞く限りでは『遊宴郭』とはそういった場所が建ち並んでいる街のことであるらしい。
言葉を濁さず言うと、お金を払うことで性的なサービスを行ってくれる場所のこと。
ただこれが面白いことにインターネットの画面に表示された地図上では、かなりの区画を占領している様子が見て取れており、同時に記事の説明個所には毎年多額の利益を出している、との文言も記載されているのだった。
人間の欲とは、何ともわかりやすいものである。
そう締めくくられた文章の、下の方にフォントと文字サイズを変え『では少し早いですが私もこの辺りで。』などと添えられた一言にも、深い意味と何より浅い心情が込められているのだろうと想像し、苦笑。
そして、にこやかに映る顔文字が筆者の心情を語るかのようにキラキラとした様子を浮かべており、その一文からでも記載者の性別から何より親しみやすい性格、また仕事に対するそれなりの熱量を受け取ることもできるのだった。
裏人と同様に人生を楽しんでそうだなこの人、なんてコメントが掛かれた記事の最後のページに目を通しながら。
ただし、補足説明をしておくと澪玲が「違う方」といったことにはこの『遊宴郭』が、居酒屋としてではなく風俗店の方から先に有名になったから、という意味合いが強く込められているだけのようであった。
その実、女性の一夜を買うために赴く男性客が多いというだけで、居酒屋やホストにスナック、キャバクラなどの接客飲食店なども数多く建ち並んでるらしい。
それに営業時間も朝からやっている飲食店まで存在し、そういった場所では一般客とは別に同じ区画で水商売を行う従業員に割引のモーニングやランチを提供しているのだとか。
入れ替わり立ち代わりに支え合い営業し生きていく、何とも規律の取れた素晴らしき商業地域。
と、裏人は変に現実味のあるそういった視点を繰り返し見せ続け自身の中で納得する様子を浮かべては颯爽に、別の記事にも目を通すため再度窓を操作するような姿を見せていくのだった。
その繋ぎとして、一瞬だけ澪玲の顔を覗き込んだ時に感じた違和感を、彼女に問いかけるような姿勢を表しつつ。
「ところで、待人形先輩―――――」
「あー下の名前でいいよもう。
呼びにくいでしょ、私も長いから嫌なの、この苗字。」
「そう、ですか。
じゃあ澪玲さん。
そのメガネは、なんなんですか?」
「ん、これ?
はい。」
外見は至ってシンプルなサングラス風の眼鏡。
少しだけスモークのかかったレンズに、掛ける人によってイメージが左右されるほどの簡潔な作りと、誰が掛けたとて似合わないわけがないと思えるほど普遍的な印象。
だが彼女の横顔から覗く、裏人の位置から見て奥側のレンズの裏には、先程から何やらキラキラと光る謎の電飾が煌めいているように見て取れていた。
表側から見た様子には、一切変わりない彼女のキリっとした目元が見えているというのに。
そんな奇妙な光景へ、メガネを掛けているときのせいぜい2cmほどの眼球との距離感で一体何の映像を見ているのだろうか、といった不思議そうな内情を抱くは裏人。
そして、そのような疑問を浮かべながら彼女からそれを受け取った彼は、まず初めにレンズの裏側を確認するような素振りを見せた。
一切傷のついていないガラス部分に、指紋すらつけないようにと細心の注意を払いつつ、ゆっくりとまじまじ見つめながら。
「んー。」
「何してんのさ。」
しかしそこに映るのはせいぜい見にくくもくっきりと反射した、見慣れた気難しそうな表情だけ。
そんな状況にある種、期待外れなんて感情を抱いてしまうのは車を見た時の感動を超える、更なる感動とやらが降ってこないものかと期待している自身がいるからなのだろう。
遠慮や謙虚さを第一に考えている本来の鈴鹿 裏人の前を、『好奇心』という文字の浮かぶお面を被った笑顔の自分がちょこまかと走り回っているような内情。
ならば解決するまで気になって仕方ないと、今度は掛けて確かめたいなんて我儘を言う自身の内なる感情を野放しにし、「掛けていいですか」との問いかけを澪玲へと飛ばした。
それに対して彼女もすぐさま頷く様子を露わにし、結果それを装着した彼はグラス越しにあちこちへと視線を彷徨わせる様な言動を見せたのだった。
この辺りにあるもの全てを隅々まで知り尽くしてやろうなんて、無意識の内情すら伝わりそうなほど楽し気な笑顔に、見守る姉のような微笑みを見せる澪玲の様子にも気が付かないままで。
そして、刹那。
ピッ―――――
と耳元で鳴り始める、何かを認識したかのような音を受け取る運びとなり、驚きに体をびくつかせた彼は次の瞬間には目を見開いて、別の事象へと驚愕の思いを体現し始めていくのであった。
この車の外観と同様、レンズのスモークフィルムがスーッと透き通っていく景色とともに、展開されるとある光景を物理的な意味での目前にて受け取って。
「うーわ...すご。」
「ふっ、新鮮だねぇ。
本当に何も知らないんだ。
それ、普通に市販のものだよ、ちょっと高いけど。」
澪玲から受け取ったサングラス、そのレンズの内側には一言で表すなら車のナビゲーションシステムが搭載されていた。
軽トラックにもある程度ついている、目的地を設定すればそこまでのルートを知らせてくれる、あれ。
しかし驚くべきはそれがサングラス程の小ささに収まっていることや利便性が向上したことではなく、その中身というか仕様というか、レンズを通してみた景色そのものの方であった。
まるで、ゲームの世界を覗き込んでいるかのよう。
「気に入った?」
「はい、とても。」
「素質あるよ。
車乗りは半分以上それ目当てで運転してるようなもんだから。」
レンズを通して見た現実世界の道路にはVR技術にて投影された矢印が浮かび上がっており、それが走行すべきルートを示してくれていて、先の先の先くらいまでの道のりを邪魔にならないレイアウトにてマップ展開してくれていた。
また気温や湿度、車内空調なども左下の方にできる限り存在感をなくしつつくっきりと表示することで、クリアな視界と合わさり視覚的に清楚な印象を感じさせている。
裸眼よりも澄み切って見える透過率のいい視野と薄っぺらい一枚ガラスのはずが奥行きや空間を感じれるレンズ内の景色、少し重めでも普段から掛けている眼鏡の感触に現実のものとは到底思えないホログラムの数々。
それら全ての要因で、はっきりと表示されているその文字列は本当に、突如として現実世界へとテキストが浮かび上がってきたのかと錯覚するほどの違和感を味わわせてくれていた。
そして最後にモダンの部分へ埋め込まれた高性能なスピーカーから、他者への迷惑防止と使用者の聞き心地を両立させた音量で音声が流れ、同調させている車のカーナビと同じ内容の文言を耳元で囁いてくれている。
そんな使い心地の良すぎる製品へ、今一度自身がゲームの中へと入り込んでしまったかのような心地を受け取った裏人は、理解不能な光景へと感嘆の声を漏らすまでで固まってしまう様子を見せた。
それと同じくして、運転席に座った際の操縦感ともなればどれほどの夢心地を体験できるのかと、次第に沸き始める車への興味で彼は視界が謎に開けていく様な、そんな感覚をも味わうのであった。
何ともわかりやすい満面の笑みを浮かべ、これ以上ないほどの高揚感を漂わせながら。
「こんなものまであるんですね。」
「いい驚きっぷり、見てて楽しいわ。」
この世界にはまだまだ知りようもないことがたくさん散らばっている。
そう、ここまでの展開を思い返し、そんな内情を浮かべた裏人は改めてそのもっと過去のことまでを振り返っては、現状があの事件からまだ一日も経ってないのだという受け入れ難い事実を思い出す運びとなった。
なんと濃い一日か。
なんと面白い都会の風景か。
なんと狭いものだったのか...今まで過ごしてきた人生は。
今思い返すことではないのかもしれないそんな思考。
だが落ち着いた雰囲気の今だからこそ思い出せたのだろうその思考へと、目一杯の関心を掲げつつ車内での話へ小言を返し、そうやってまた車の窓ガラスに表示されたインターネットのウィンドウへと意識を向け直していった。
遠くに見えている街の景色と、色とりどりに走り去る他の車を横目に、これからの人生へと思いを馳せながら。




