『食堂』から
~特異鬼制教導機関~
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「やっぱ、あんたを一人にはできないわ。」
「もうだから、ナンパじゃないってー。
まぁ私は澪玲ちゃんに嫉妬されるならなんでも良いけど。」
「嫉妬はしてない。」
「またまたぁ。
あんな積極的なこと、普段はしないくせに。」
「普段は別に、制御してるだけ。」
「えーじゃあ、制御しなくていいよ。
ほら、ばっちこーい。」
「古い。」
「ぶー。」
完璧な夫婦漫才へついには吐き気すらしてくると、いつの間にか逆転した立ち位置で後ろからその光景を眺める裏人は胸の内で文句を漏らした。
いや、女性同士だから夫婦とはすこし違うか。
まぁどちらにせよ大変仲がよろしいことでと、無意識に出るため息をもう止めることなどせず瑚々の手を引き歩く彼らたちは、駐車場の入り口へとやってきていた。
「案外遠くもなかったな」なんてことを思っている内情は、果たして彼女と繋ぐ手の湿り気に互いが本心から気付いてしまったことによる気まずさからなのか、それとも後の展開を楽しみにしている自身の体内時間の忘却によるものなのか。
どちらにせよ、それを優に超えるほどの高揚感を感じている内心がいつの間にか表情や雰囲気として放出されてしまったのか、瑚々に指摘されたことで自身の様子がおかしいことに気が付いた裏人は、未だに愛し愛されの会話を繰り返す彼女たちの後ろで別の会話に花を咲かせるのだった。
「裏人さん、とても楽しそうですね。
ボクと手を繋いでいるのがそんなに嬉しいのですか?」
「ねぇ、瑚々。
僕の家ってどんなところか知ってる?」
「『柊荘』のことでしょうか?」
「そんな名前なんだ。
どこにあるの?」
「ここから南西の方角ですね。
あちらの方です。」
瑚々の小言をスルーして、彼女が指さした方を見つめる裏人。
そこにはかなり遠くのここからしても一見してわかるほど、巨大なビル群が立ち並んでいるように見えた。
どれもこれも全面ガラス張りに建てられているようで、中には奇怪な外観を誇る棟まであると、無性に好奇心が掻き立てられるような景色へ無意識に微笑みが零れ落ちる。
そんな光景を遠くに捉え、初めに裏人が浮かべた内情といえば「あそこも銀葉歓教導機関の敷地内なのだろうか。」という取るに足りないほどの思いであった。
駅から続く道の途中で目にしていた数々の飲食店やショッピングモールなどの商業施設、というより駅がそもそも敷地内の建造物であったのだから、そんなバカげた思考すら許されるのではないか。
そう、想像しただけでワクワクする内心が今この場で素直に顔を覗かせてきたようだった。
そして次に「あのビルの一室だったらすごいな」という本来あるべき期待を込めた思考へと移り、最後に「荘が付くくらいだから実家みたいな木造建築かな?」との現実直視と「その方が気持ちは軽いか。」という自問自答でその内情は締めくくられるのであった。
だがまぁ、そうはいっても期待をするだけなら個人の自由というものであろう。
ここまでが思い通りの展開、いや概ね想像以上の好印象で続いている現実なら、そんな願いすらもたちまち実現してしまうのではなかろうか。
なんてことを考える裏人はまた一層、内心を都合よく気持ちのいい心情で染め上げるのだった。
そうして人通りの少なくなった敷地内の道で隣を歩く瑚々との会話に花を咲かせつつ、目前で二人きりの雑談を交わす彼女たちの様子にも意識を向けていくのであった。
楽しみにしているからこそ、これ以上『柊荘』のことについては言及しまいと、そんな強い信念のもとで。
「ショッピングに行こうって誘われただけだよ。」
「それ、ナンパじゃん。」
「違うってば。」
「てか、あいつらも懲りないね。」
「ねっ。
私のお洒落もセンスも、全部澪玲ちゃんが教えてくれたものなのに。
ちゃんと言ったんだよ?
澪玲ちゃんを誘えばって。」
「ふん、どうでもいい。
理紗以外の娘なんて興味ないし。」
「うふふ、満足。」
ピピィッ―――――ブォオンブォオオン―――――
またもや惚気話が始まるかとそんな雰囲気が流れ出した空間で、身構える裏人の様子を他所に突如として近くで車の鳴る音が聞こえてきた。
腹の底に響くような、重々しいエンジンの駆動音。
それにより、続きそうに思えた彼女らの会話にもすぐさま終止符が打たれることになり、結果目的地に着いたのだという事実を端的に語る光景を目にする運びとなっていくのであった。
その場に停まる一台の車。
シャープな出で立ちと光沢のあるメタリックなカラーリング、スモークの濃い窓ガラスに青み掛かって透き通るほどに美しいライトの光。
それを携える様子とは巷に聞く、高級車としての装いというやつなのであろう。
特段、高級車両と一般車両の差や区別などつきやしない裏人でも、なんとなくで理解させられる場違い感がその事実を嫌というほど感じさせようとしてきていた。
また、フロントガラスもかなり濃いめのスモークフィルムが張られていたのに、今では中央から外側へむけてゆっくりとクリアに澄み渡っていくといった信じがたい光景も展開されている。
とそんな演出に、無性に心打たれる様な感動と男心を擽られる、言葉にし難いむず痒さをヒシヒシと感じていた裏人は、あんぐりとした表情を浮かべるまでに至った。
そして極めつけには、近づいて行った澪玲がそっと運転席側のドアに手を触れると、瞬時に何かを認証したかのような音を語り始め、次の瞬間―――――
ブゥゥウウン―――――
特に深い意味はないが光線の刀を振ったときに聞こえるような奇怪な音とともに、そこに存在していたはずのドアが消失するといった、目を疑うような光景が視界に飛び込んできたのだった。
横に開く、上に開く、スライド式に後方へと開く、なんて生温い話ではなく事実目前からスッと姿を消した、まるで光の粒子となって宙へ溶けていくかの様に。
ならば必然的に抱いてしまう、更なる感動や興奮に驚愕へと身を焦がす裏人はあまりの非現実に一瞬たじろぐような表情を見せ、歩んでいた足を止めてしまうまでに至るのだった。
その様子を、間近で見ていた瑚々がすぐさま察知し、同じく足を止めては不思議そうな顔まで向けてくる。
そして心配そうに声をかけてくるのだったが、それどころではないと彼女からの問い掛けにも答える余力すら残されておらず、結果自分本位な一言を漏らすまでで固まってしまいながら。
「裏人さん?」
「...かっこいい。」
男の子ならだれもが憧れるであろうハイテクノロジー。
乗車する者を出迎えるためわざわざ消失する扉、エンジンがかかる様子をまるで生命が宿るかのように演出するフロントガラス。
また頭の先から爪先へ向け、サイドガラスやリアウィンドウにボディのカラーリングをも巻き込みベールを脱ぎ去るような様は、まるで車体自体が液晶で作られているかと思えるほどの理解不能な光景を展開している。
それでいて透き通った後の窓ガラスは存在しているのかわからいなほど一寸の陰りもなく、素体のカラーは光の当たり方でメタリックな黒を素にワインレッドからバイオレットなどのほの暗い赤色の表情をも覗かせていた。
そして最後に、消失したはずの扉は運転手が乗車したことを察知すると何を言うでもなく再度顕現され、その後は何事もなかったかのような落ち着きと振る舞いを見せるだけに留まると。
そんな風にエンジンが駆動する前と後でガラリと印象を変える車は、まるで現実味の欠片もないほどの場違い感を見せつけてくるのだった。
決して外見だけではなく、中の中身までこだわり抜いた見せ方と技術の数々。
それを携えたイケメン過ぎる乗り物は今も尚、驚き見惚れている裏人をしり目にごく当たり前の日常に過ぎないと他メンバーのために助手席、後部座席の計三か所の扉を静かにそっと消失させる姿を見せていた。
外見はそこまで大胆なことをしておいて事実その手腕は、冷静沈着に必要最低限の素振り以て簡潔に仕事をこなす玄人の顔が浮かべられている。
そんな姿が映像技術の進歩によるものなのか、はたまた最先端の物理的な特殊加工によるものなのかは分からずとも、何かとんでもないものを見せられているとの心地を抱くまでに至った裏人を感動の渦に巻き込むのであった。
そしてまたもや一言、心ここにあらずといった面持ちで歩む彼から至って真剣に当たり前な一言を引き出すのであった。
「集落の軽トラックとは大違いだ―――――」
「何してんの、裏人。
助手席。」
「え、あ。
ハイ。」
またもやいつかのあの感覚。
ここ数日でよりはっきりと回数が増えたといえよう、ボヤけた思考のまま行動してしまう危うい状況と、それが何かの拍子にスッと澄み渡っていく心地。
それを受け取った裏人は、ならばとハッとする表情を浮かべるところまで同じ展開をなぞり、後部座席に乗り込もうとしていたところを澪玲に呼び止められるまでに至るのだった。
そして先の言葉を受け取り、自分とは真逆の後部座席に乗り込もうとしている理紗の姿を捉え、困惑の言葉とともにそれ相応の表情を浮かべて見せた。
運転するのはもちろんこの車の持ち主の澪玲である。
なら隣の助手席に乗るのは恋人の理紗が定石というところだろう。
それなのに自分が隣に呼ばれているということは?
とそこまで考えた彼は、今乗り込むために車のピラーと座席に添えてある自身の手の感触を思い出し、すぐさま「(なぜ両手が空いているのか)」という異変に気付く運びとなっていった。
「はーい、瑚々ちゃん。
車に乗りますよー。」
「理紗さん、自分で乗れますので大丈夫―――――」
「ふふ、ずいぶんと久しぶりな気がするね。
クンクン―――――はぁ、いい匂い。」
「一昨日も会いましたよ?
あの...近いです。」
「裏人、そゆこと。」
「あー、はい。」
皆まで言うつもりはないといった雰囲気で「はぁ。」とため息をつく澪玲の気持ちを汲み取り、すぐさま助手席へ向かう裏人。
そんな彼は移動する最中、やいのやいのと言い合い後部座席に乗り込む二人の姿を横目にした。
瑚々は手取り足取りついでに身体も抱えてもらって介抱、基セクハラしようとする理紗の言動を受け、軽くあしらっているような様子を見せている。
そこには本気で嫌がっているという素振りは決して見受けられなかったが、別段嬉しがっているというわけでもなく、ちょっと面倒くさい人を相手にするときのような嫌気の差し掛かっている印象が感じられていた。
少し前に見た、彼女が弱々しいイメージを浮かべていたとき同様、また珍しいものを見れた気がする、とは裏人の心境。
して、そんな仲睦まじい雰囲気に癒されていた彼の「もっとやれ。」との心境通り、後の展開では瑚々の対応力を遥かに超越した理紗の愛情が全てを喰らいつくし、結果されるがままにセクハラを受ける様子が後部座席に流れていくのだった。
どちらが年長者なのか判断に苦しむと、満面の笑みを浮かべる年上に大人の対応を見せる年下の構図へと、見ている者を無意識で笑顔にするように漏れ出る、朗らかな雰囲気を感じながら。
「...おっと。」
と、そんな景色にいつの間にか自身の顔にも、漏れ出していた気持ちの悪い笑みを隠すような素振りを見せた裏人は、口元を手で押さえながら黙って助手席に乗り込む様子を見せるのだった。
そして鳴り響く、併設されている『屋外競技場』から届くはずの生徒たちの掛け声が、扉もない開放的な車内でもきっちり遮音されているように感じられる、そんな不可思議な心地とともに再度展開されるドアの様子を眺めていくのだった。
この最中に手を出してみたらどうなるのだろうか...なんてちょっと恐ろしくまたちょっと好奇心がくすぐられるような取るに足りない思考を浮かべ、澪玲の号令を聞き届けながら。
「じゃあ出発するよ。
ちゃんとシートベルト締めてね、理紗。」
「大丈夫だって。
ねぇ、瑚々ちゃん。」
「近いです。」
あとなぜか、三人分あるはずのスペースで瑚々側に詰め、メインのものよりかは少しだけチープになったシートベルトに包まれ満足そうにしている、理紗の様子を目にしながら。




