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特異鬼制教導機関  作者: 美音 樹ノ宮
18/37

注目の編入生

~特異鬼制教導機関~







「初めまして、鈴鹿(すずか) 裏人(うらひと)といいます。

 僕はこれまで、かなり山奥の方に住んでいて、その集落の中だけで暮らしていました。

 なのでそれ以外の地域のことや都会のこと、何一つ分かりません。

 色々教えてくれると嬉しいです、よろしくお願いします。」



パチパチパチパチパチ―――――

ザワザワザワ―――――


正直拍手や歓声なんてものは期待すらしていなかった。

そう思ってしまうのは、自分の口から出た自己紹介があまりにも子供染みて感じたからであろう。

ふと視線をそらして見た、窓の外の景色では先ほどまで目にしていた美しい新緑が風に揺すられ心地良い葉音を放ち、ともに歌うかのような小鳥のさえずりが響いている。

それが小川のせせらぎとマッチすると太陽光とその反射に伴い、生きとし生けるモノ全てが笑顔で満ちていく、といった煌びやかな空間を作り上げていた。

そんな美しい雰囲気を見せる景色の中、一際(ひときわ)輝くあの煌びやかな黄色い一輪のユリの花にでも成り代わることが出来たら、どれほど喜ばしい事か。

また今すぐあの芝生の一部になることが出来たら、この張り詰めた空間から脱出することが出来たら、どれほど気持ちが楽になるのだろうか。

と、そのような現実逃避に似た感覚を抱く、今日の主人公は「もう少し真面(まとも)なことが言えたらよかった」などと練習もしていない分際で不相応なことを考えては、クラスメイトの視線が注がれる壇上で緊張と情けなさに押しつぶされそうな内心を抱くまでに至っていた。

ここは銀葉歓(ぎんようかん)教導(きょうどう)機関の一郭に位置し、高等部の生徒だけが学業に花を咲かせる『第二屋舎(おくしゃ)』の中である。

7階まで存在し、1年から4年まである学び舎の(うち)丁度(ちょうど)建物の中央(ちゅうおう)辺りに存在する2-Aと記された教室内。

そんな内装の様子はというと、(かべ)石材(せきざい)、床やそれ以外は決まって木材(もくざい)と簡素な造りだった田舎とは違い、全てに高級感あふれる建材が用いられており、良くも悪くもハイグレードな印象を持ち合わせていた。

まるで大多数が在籍する学舎(がくしゃ)の、その一人一人に与えられるような代物(しろもの)ではないだろうと思えてしまうほどの。

また一切汚れの目立たない設計が施された室内の雰囲気は、生徒たちの生活感や使用歴などを感じさせない清潔さで溢れており、同時に空調や匂い(・・)に至っても新品同然の清々しさが満ちている。

徹底的なまでの掃除を行っているのか、はたまたこれが元より仕組まれたものなのかは、今の自身には知り様もない事ではあるが。

そして最後に、そんな何から何までの『全て』に、今までの人生で感じたことのないほどの目新しさを体感してしまう。

と、これまでの生活とは雲泥の差がある現実に身を置かされてしまった裏人(うらひと)は、その差異から見知らぬ場所に放り出されたかのような恐怖を感じ、視界がどんどんと狭まっていくような心地を受け取っていたのだった。

迷子になった感覚、同時に誰にも助けてもらえない時の孤独、懐かしの...いつの日かの情景を思い出したかのような焦りが膨らみ、どうしようもない感覚に貶められるみたいに。

だが、そのようなどこをとっても新鮮味の絶えない教室内では今まさに、追い打ちかの如く廊下にまで伝いそうなほどの雑さを感じさせないしっかりと気持ちの込められた歓声が響き渡っていた。

まるで対人関係での暖かさや安らぎを可視化しているかのように、一切の邪念が含まれない純粋な歓迎の想いと共に。

するとそれがたちまち、裏人(うらひと)にとっては大きな期待(・・)となって突き刺さり、そこまでの覚悟をしていなかった内面は情けなく膝を震わせるまでに至ってしまうのであった。

思ってもみなかった過度(かど)賞揚(しょうよう)は、先程の「情けなさをみせた自分」と「皆が想像しているであろう鈴鹿(すずか) 裏人(うらひと)の人物像」との差異で更なる息苦しさを生んでいる。

同時にこれからの自分が過ごす場所があまりにも記憶やそこから導き出される想定とかけ離れ過ぎていて、順応できる心持ちが一切感じられないことに、どんどん憐みに似た感情が募っていく。

そんな内心に抗う様に、情けなさを見せたくない彼は鼻から大きく息を吸うと張った胸や呼吸音を悟られないようゆっくり吐き出して抗っていたが、次第に取り繕うように浮かべる表情には「残念でした。」とでも言いたげにツーっと一筋の冷や汗が流れていき、心が砕けそうになるその感触をまじまじと感じ取ってしまう運びとなるのであった。



鈴鹿(すずか)はまるで絵に描いたような自然の中に住んでたからな。

 多分皆が当たり前だと思ってること一つ一つが新鮮に思えるだろう。

 ぜひとも仲良くしてやってくれな―――――」



隣から聞こえるはずの玄藤重(くろふじえ)教員の声が、とてつもないほど遠くから響いているような錯覚に襲われる。

もうすでに感覚すら危ういかと、笑っている膝を止める手立てもわからず、見せかけに塗れた笑顔を戻す方法も掴めないまま、お辞儀をするため腰を折った裏人(うらひと)は、自身の中で前のめりで倒れそうになる心地まで受け取る。

だが、視線が外れた今が好機だと下に向かって息を吐き切ると自覚的に目を大きく見開き、より巨大なものでも見ようとするかのような意識を浮かべて見せた。

そして顔を上げたときには幾分かマシになった内情と開けた視界に安心感を感じ、後の進行を行ってくれていた玄藤重(くろふじえ)の声をゆっくりと追いかけ、自身も(いち)生徒になる準備を行っていった。

何より現況と、何かしようとすれば当然空回りしそうな内心にだけ、細心の注意を払いつつ―――――



「それじゃあ、自己紹介はこれくらいにして...。

 えっと...うん。

 『全体報告』で、一時限目なんだが...予定通りに体育をするから用意してくるように。

 担当はすまんが俺じゃない...し、本当は鈴鹿(すずか)のために自由時間を取る予定だったんだが、それも叶わなくなった。

 合わせてすまんな。

 で、えーっと、鈴鹿(すずか)の席なんだけど...魅明逆(みあけさか)(ととのえ)。」


「「はい。」」


「あそこがお前の席な。

 二人の間。」



資料というか日誌というか、教員らしく手に持っていた書物を見てあれこれ確認を取っては淡々と話を進める玄藤重(くろふじえ)

そんな彼の口より()いで出た二つの名前から、目前の景色に二か所の変化がもたらされ始めていく。

先に名を呼ばれた二人の生徒がスッと手を上げ、中央に位置する空席の存在を露わにしてくれたのだった。

場所は最後列の窓際の席。

と、特に指示などはなかったが雰囲気や成り行きを見てそちらの方へと視線を移した裏人(うらひと)は、今し(がた)呼ばれた聞き覚えのある名前に目を輝かせて、とある人物とのアイコンタクトを交わしたのであった。

これまでの緊張が奪った視野によって気付けなかった、この場所で唯一の友人であり、この中で唯一親しみ(・・・)の込もった笑みで応えてくれる、(ゆう)の元へと。



「...(やっほー。)」


「...ふふ。」



人間とは不思議なもので、その一瞬が有るか無いかによって心の持ち様が180℃も変わってしまうものなのである..。

―――――いや、自身がチョロいだけなのか。

そう、内心でコロコロ表情を変える裏人(うらひと)は、その(せわ)しなさからくる子供っぽさに羞恥心を抱きつつ、掲げた腕とは逆の方でひらひらと手を振ってくれる(ゆう)に微笑みを返した。

そしてまた少し冷静さを取り戻すと、今度こそ誰から見ても違和感のないよう自然な笑みを作り出すべく意識を持ち直しては、これまでの不甲斐なさを取り戻すかのような雰囲気を見せ始めていくのだった。

対する(ゆう)もその様子から緊張感を感じ取ってくれたのか、両方の(まぶた)を一瞬だけ持ち上げると、二人の間でしか分からない仕草をもって「(大丈夫だよ、落ち着いて)」との無言の気遣いを一つ。

そんな状況に迷子から一転、親を見つけた子の心境か、はたまた異国の地で同郷の人を見つけた旅人の心境か、これ以上ない心の平穏を取り戻した裏人(うらひと)は、感謝の想いを再度()みによって述べるとそっと頷いて見せた。

そうして数秒前に比べ幾分か心の余裕が出来た内情をもって自身へ向けられる視線を一身に受け止めると、一人一人に簡易的な挨拶としての目配せを行いつつ、その先で待つ(ゆう)と共に名を呼ばれたもう一人の人物へと目を向けていった。

最も窓際の席で直接日の光を浴び、ただ静かにこちらをじっと見つめている、一人の少女の元へと。



「...(ニコッ)。」


「...―――――」



輝かしい笑みを浮かべる(ゆう)に、負けず劣らずの煌びやかな微笑みを見せ、凛とした佇まいに清楚な様子と強かな内面を宿したような、立派な女生徒と目が合った。

彼女の印象的な美しい白髪は、天道(てんどう) 修二(しゅうじ)を反転させたとでもいうべき色合いを誇り、太陽光を反射させてはその輝きを七色に変え周囲へ放っている。

それを後頭部で一つに結うと男ならだれもが目を奪われる、うなじを露わにしたポニーテールを完成させ、顔の左右には輪郭に沿ったアシンメトリーな前髪を流し、触れ難いような気品の高さを醸していた。

また微笑む様子からは瞼の閉じ切った純粋無垢な子供っぽいイメージを感じられ、同時に今の自分には到底再現(さいげん)不可能であろうと思えるような『自然体』が体現させており、冷静さや心の余裕といった落ち着きまでが垣間見える。

そして最後に制服のスカートから覗く足は、ほんの少しだけ肌色の透けたストッキングによって守られていて、貞操観念のしっかりとした高さが伺えた。

そんな彼女への初見の印象は総じて、無邪気な可愛らしさもあり、純潔(じゅんけつ)な美しさもあり、色香(いろか)に富んだ妖艶さまで持ち合わせている、といった女性の魅力全てをかき集めたようなものになっていた。

それはさながら一国のお姫様にでも出会ったかのよう、と一見した裏人(うらひと)はその容姿に最大限の衝撃を受け、同様に高貴な存在特融(とくゆう)の無言の圧に似たオーラを感じ取り、瞬時に息を呑む運びとなってしまうのだった。

当然、この場にいて同じように制服を着ているともなれば、単なる同級生であることは分かっているのだが。

まるで住む世界が違う、というのは総じてこういった想いを起こさせる、現況のことを指して言うのだろう。

一目惚れ、なんて容易い言葉で片付けるのは(いささ)か失礼なのではとも思えてしまうような圧巻の雰囲気に、同じ人間なのかすら怪しめるくらいの純粋な場違い感。

そういう感情が意識せずとも湧き立ってしまうと、だからこそ目立ってしょうがない美少女がその場に座っていたのだった。

そんな現場は簡単に、学生にとっての特等席であろう窓際の空間にて、『唯一の信頼をおける友人』と『幻と見紛うほど美しい謎の女生徒』に挟まれた席へ座る、という運びに移っていく様子であった。


―――――都会の子たちは皆、田舎者とは比べ物にならないほど派手(はで)な印象を与えてくれる。

突然何の話かというと、髪色にしろ、笑顔にしろ、表情や内面から漏れ出る雰囲気にしろ、この場にいる全員()い人なのであろうことが容易に分かってしまうほどの、明るく色彩豊かな外見をしている、という単純なことであった。

それは別段『奇抜』ということでもなければ『悪目立ち』しているなどというつもりもなく、純粋に楽しそう(・・・・)だと思える感情を煽られ、掻き立たせられるのだといった良い意味でのイメージではあるのだが。

冴えない黒髪に、整えられているわけではない髪質と眼鏡を()し、鼻っ面や唇に触れそうなほどの長さをしている自身の髪形、そしてそれから作り出される暗めな自身の印象がとてもこの場に相応しいとは思えなかったのだ。

さらにもっと言えば、その中でも非現実的なほどの美しさを秘めた、もしくは前面に押し出した(ととのえ)と呼ばれた女生徒と(ゆう)の板挟みには、到底相応しいとは思えないのであった。

そんな事実に裏人(うらひと)は笑顔を見せながらも、嬉しいような戸惑っているような複雑な心境を浮かべ、次第にその微笑みは引き攣ってしまうまでに至っていた。


(二人に挟まれたら、オセロみたいに白髪(はくはつ)になるのが正しいのか...。)


なんて呑気な思考が思い浮かべられるほど振り切った呆気に、逆の意味の冷静さを取り戻しながら。

と、そうやってある(しゅ)傷心したように落ち着きを見せ始める裏人(うらひと)の様子を目にした玄藤重(くろふじえ)は、「(案外心配することもなかったか)」と自身の中で安堵の結論を一つ。

そして、教室に入る前までの彼の様子を脳裏に浮かべ、誰かさんからの「心配し過ぎるのもよくないよ。」との他人事にも一応の納得の念を浮かべながら、早々に事の流れを進めるのと彼を注目の的から解放してやるように口を開き、それぞれに指示を出し始めていった。

昨日までのひどい...なんて言葉では足りないくらいの事情に巻き込まれ、且つ今この場で平然と一般人(・・・)らしいことをやっている被害者に、最大限の気遣いと同情の想いを以て。



「隣にいる魅明逆(みあけさか)(ととのえ)、特に(ととのえ)の方はこれから良く世話になると思うから。

 ...お前の過去(・・・・・)と、今後のことについても。」


「ッ...、はい。」


「まぁ簡単に言うと教育係ってことだ、気楽にな。」


「わかりました。」



目前に座る、最前列の生徒にはその一切を聞かせず、また違和感も感じさせないように自然な仕草をもって耳打ちしてきた玄藤重(くろふじえ)の言葉を受け取った裏人(うらひと)は、心の中だけでハッとした様子を浮かべる。

彼の話しに含まれていた『過去』という文言から、自分が今なぜこの場にいるのかといった真の理由について再認識してしまうことになったからだ。

その(じつ)を痛感させられた瞬間、体が発汗しては熱を帯び始め、視界が狭まっていくような心地を受け取った。

別に何かが怖いというわけではないのだが、あの思い出すことすら憚られるような過去を経験しておいて平然としていられる自分が不思議で仕方ないと、そんな事実にも思い当たってしまったのだ。

そういう意味では本当の自分自身すら知らないと裏人(うらひと)の思考は、脳裏から現実の世界にまで影響を及ぼすかのような過去の回想を描き始め、目前の景色を乗っ取ったように視界を暗闇が包み始めた。

そして一つ一つの短い記憶を並べたかのような情景を瞼の裏に浮かべると、後にはとある少女とそこに笑顔で映る、何も知らなかった過去の自分が焼き付いていた。


笑顔で登下校を繰り返し、取るに足りないような他愛ない会話をして、何かのきっかけを探っているらしい甘酸っぱい二人。

そこへ当時は伝槙(つたまき) 柏伯(はくのり)と名乗った天道(てんどう) 修二(しゅうじ)が転任してきて...確かあの時の状況は今の、このクラスでの立ち位置と似ていたような気がする。

自分たち生徒の視線を一身に受けながら壇上に姿を見せ、自己紹介を...あの時の天道(てんどう)さんは、緊張していたんだろうか...いやまぁ、そんなことないか。

あと、そこから彼に色んなことを教わって、次第に彼女と帰る時間が減って...久しぶりに会った時はそう、隣町のお祭りで...口づけを―――――



「んんッ―――――

 それじゃ、とりあえず席についてくれ。」



どれくらいそうしていたのか、次に響いた玄藤重(くろふじえ)教員の咳払いの音で、瞬時に視界の靄が晴れた裏人(うらひと)は現実の世界に連れ戻されるような心地を受け取ることになった。

グルッと見渡した教室内には、先の静かに迫ってくる淡く紅潮(こうちょう)した彼女の(あで)やかな表情などは映っておらず、むしろにこやかに自身のことを歓迎してくれている、変わらない大勢の微笑みだけが広がっている。

っと少しばかり時間をかけ過ぎたのか、次の瞬間にはそんな自身の様子に「ん?」と疑問の想いを含んだ短い言葉を放つ玄藤重(くろふじえ)の顔が目に入った。

そしてその一連の流れから違和感を覚えられるほどの間を開けてしまったのだという事実に気が付き、思い出したように「あぁ、いえ。」と感嘆の声を漏らした裏人(うらひと)は、最後の最後に頼りない様子を見せるまでに至るのだった。

この短くも妙な静寂は、恐らく自身を見ている皆にも伝わったことであろう。

だが、終始取り繕っていた先ほどまでの自分とは違い、今は恥ずかしさから来る緊張も、注目を浴びることで感じる緊張も、忘れ去ってしまったかのように湧いて出てはこなかった。

それが、後の流れに移ったことで注目が自身から外れたことによる安堵の想いからなのか、はたまた自分がここにいる...(もとい)連れてこられた本当の理由を思い出したことによるものなのかはわからない。

...まぁ(ゆう)の存在が近づくにつれ、気持ちが大きくなるところを(かんが)みれば恐らく前者の方が近いような気もするが。

そうやって及第点くらいに終わった裏人(うらひと)の自己紹介は彼が席に着くまでで一時終結し、先に玄藤重(くろふじえ)が言った通りこの後の体育の授業を目指して場の雰囲気は、案外サラッと流れていくのであった。

もちろん席に着いてからも、自身のことをよく知ろうとしてくれているクラスメイトたちが休み時間での質問を考えるなどして、注目の的になっていることには変わりなかったのだが。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「私、クラス委員の揺良(ゆらら) 茅夏(ちなつ)

 よろしくね、鈴鹿(すずか)くん。」


「良かったね、裏人(うらひと)

 ちゃんとした友達が出来て。」


「ちょっと、ちゃんとしたって何よ?」


「ううん、こっちの話だよ。」


「あ、そんなことより。

 (ゆう)君と鈴鹿(すずか)君、もう仲良くなったんだね。


「まぁ、色々あってね。」


「ふーん。」


「ふふッ。」



決してからかったわけではなく本心からの祝福を告げた(ゆう)に食って掛かるは目前へと迫ってきた、元気な笑みを見せ、明るい声を張る揺良(ゆらら)という名の女生徒。

少しだけ雑に整えられている藍色の髪形が逆にセンスを光らせ、片目に掛かりそうな前髪やあまり飾り気のない外見から感じるものでは、その声音や性格が明るすぎやしないかと落ち着いた印象の美少女であった。

ただし彼女の本質的な部分は自身が名乗った「クラス委員を務めている」との事実通りに面倒見のよさそうな姉気質を感じ、このクラスでは誰より裏人(うらひと)のことを歓迎していくれているようでもある。

その大人しそうな外観でも実は無邪気で明るいといったギャップがまた如何程にも印象的で、一度見たら忘れることはないだろうといった想いを起こさせる、そんな女生徒が(ゆう)に対し不満気でも冗談と分かるくらいには元気な声音を張り上げているのだった。

して、その二人のやり取りを見つめる(ととのえ)と名の少女はまたもや、先の聖女のような面持ちと雰囲気を浮かべ、可憐な声音でそっと笑声(えごえ)を漏している。

と、(ゆう)(ととのえ)揺良(ゆらら)の三人の声が頭上を飛び交う状況下で裏人(うらひと)は一人、今は「(少しだけ黙って聞いていよう)」と抑え気味の心情とそれ相応の微笑みを見せるのだった。

そんな彼らの周りには他の生徒たちがガヤガヤと賑わいを見せつつ、今日の主人公のことをそっちのけで慌ただしそうしている様子が映っていた。

思ったよりも人だかりなどは出来ず、いつもながらの日常を展開し、自身の元へやってくる者も、そのクラスメイトからされるはずの質問攻めもなく、至って歓迎だけされたの新しい仲間といった落ち着きのみを見せながら。

その光景に当の本人である裏人(うらひと)も、案外残念に思うこともなく逆に願ったり叶ったりだと、強がりでもない本心を露わに安堵したような様子を浮かべていた。

...こういう所を直さなければ、友達以前に人付き合いが悪いと思われても仕方ないぞといった自戒の念には、だんまりを決め込んで。

だがもちろん、そんな裏人(うらひと)の想いをよそにクラスメイトの皆が『編入生に興味がない(・・・・・)』などということは全くもってないのであった。

同様にこの歓迎のされ方も、他の教育機関では寂しそうなものに見えるだろうがその実、銀葉歓(ぎんようかん)教導(きょうどう)機関という場所においては致し方のない事でもあるのだった。

というのもこの広い敷地内では、早々に次の授業の準備を進めていなければ当たり前のように遅刻になるという常識が存在しているのだ。

ここでも次の体育、それも男子生徒は自分たちの使用する更衣室が想像以上に遠く、すぐに教室を出なければ間に合わないため、せかせかと体操服を手に名前を告げて「よろしくー」と一言で退場していく姿が見て取れる。

また対する女子の更衣室も、男子更衣室と比べたらまだ教室より近い場所にあるというだけで、急がなければ授業に間に合わないということに変わりない。

結果、裏人(うらひと)に興味()()であった女生徒も、「しょうがない。」「また今度。」と教室を後にする様子を見せていた。

そんなこんなで両者ともに、個人的な挨拶もろくにできないまま、泣く泣く次の授業へ赴いているというのがここでの皆の騒がしさの正体と裏人(うらひと)への質問攻めが出来ない理由なのであった。

して当然、その事実を知り得ない可哀想な主人公は、この見せかけの事実に満足げな雰囲気を浮かべては(なら存分に(ひた)ってやろう)と、浅慮(せんりょ)が導いた思い違いの内容に嬉しそうな表情を宿し、周りの者たちとの対談に尽力する姿勢を見せるのだった。

集落で過ごしていたあの時同様、交友関係は細く長く続けていこう、といった想いを念頭に置きながら。



「ま、とにかくよろしくね、鈴鹿(すずか)君!」


「うん、よろしく。」


「わからないことは私に聞いてね!」


「ありがと。

 ふッ、頼りにするよ。」


「ぁ...うん―――――

 じゃ、じゃあね。」



周りの人が減っていき、注目の的から解放されて彼本来の笑みを取り戻した裏人(うらひと)に、そうやって皆と同じように名前だけを告げると立ち去っていく少女。

だがその後ろ姿には他の生徒たちと少しだけ違い、『テキパキ』といった印象はなく、『そそくさ』といった恥ずかしそうに急ぐ、そんな雰囲気が顔を覗かせていた。

また同時に、授業へ遅れることへの焦燥感とは異なる、焦りの感情も。

そんな気分を害したような踵の返し方は、裏人(うらひと)の対応が冷たく思えたことによるモノでも、興味が惹かれず考えていた質問をするまでもないと失望されたモノでもなく、なんというかこう―――――

察し辛いのだが決して理解できないわけでもないと、遠い既視感の様なものを感じた裏人(うらひと)は、それでも別段気に留めることもなく彼女の背を目にサラッとした内心を浮かべてみせた。

そして至って自然な面持ちと会話への気勢を見せ、今この場に残っている他二名の友人との会話に舞い戻っていく様子を見せた。



「―――――おっ...と?」



ただ一人、そんな彼女の心境に流石というべきか呆れるべきか...いの一番に気が付いた(ゆう)の、あらぬ方向への視線移動と口走るくだらない小言を残して。

そうして横目でチラッと裏人(うらひと)の顔を覗き込むと、誰かさんに似たようなニヤケ面を露わに、彼からの返答にわざとらしい文言を放つのだった。



「いい人たちそうだね、みんな。」


「ふッ、それはよかった。

 ちなっちゃんのこと、よく(・・)覚えておくといいよ。」


「ちなっちゃん、ふーん。」


「次会ったら呼んでみて。」


「...いや、遠慮しとく。」



単なる助言か冗談か、何やら含みを持たせてきた(ゆう)に少しだけ言葉を詰まらせる裏人(うらひと)

彼の表情に宿るモノが、とある人物と酷似した雰囲気であったことにより、クスッとおかしそうに微笑んでしまったのだ。

その様子に、隣で黙って見ていた(ととのえ)も、嬉しそうに微笑んでは...いや元からずっと笑顔だったか。

と、まぁ同じタイミングで同じような顔を見せた現況にて感じる、多少の羞恥心を隠すために裏人(うらひと)は、意図してそんな二人の視線を導くように時計へ目を向けていくのだった。

何ともわざとらしく教室内をグルッと見渡すような仕草と共に、一応は(ゆう)の遅刻を心配するような気持ちも込めて。

すると当然、釣られた二人もそれぞれで時刻を確認し、朝の9時になろうとしている可視化された時を目に刻むと誰もいなくなった教室で一人、(ゆう)はごそごそと鞄を漁る姿を見せ始めた。

そして間もなく体育で使う運動着を取り出すと席を立ち、裏人(うらひと)に向けスッと手を上げては他のクラスメイト同様、移動する準備を見せ始めていった。

なぜか初めに、せかせかとこのクラスを出た男子生徒よりもだらッと落ち着いて、というよりかなりゆっくりした足取りで、歩幅を進めながら。



「それじゃ、俺もそろそろ。」


「あ、うん。

 体育だったよね、頑張って。」


「ありがと。

 裏人(うらひと)も、ゆっくりね。

 じゃあ瑚々(ここ)さん、後はよろしく。」


「えぇ。」



何かを託されたらしい(ととのえ)(ゆう)に対してまた一言だけの返事を返し、コクッと頷いてみせた。

そんな様子に裏人(うらひと)は、彼女は物静かなタイプの人なのだろうと勝手な憶測を立て、その言葉を受け取るように彼女へとそっと目を向けた。

そして、今度はじーっと自身を見つめてくる美少女と視線を交わすと、反対側で足音を鳴らす(ゆう)に最後の言葉を放つため自身も立ち上がり、その背中を送り出したやった。

最後に彼本来を表現したような、甘く凛々しく朗らかな匂いを微かに感じて―――――



「じゃあね。」


「うん、また。」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「じゃあね。」


「うん、また。」



――――――――――...。



「―――――ようやく、二人きりになれましたね。」


「ッ。」



(ゆう)が教室を後にして扉が閉まり切るかの境目で急遽、静まり返った教室内にはやけに響く透き通った声が、後ろから投げかけられた。

その声音の美しく綺麗なこと、まるで夢の世界で心地の良い何かに包まれるかのような体感を得ることが出来た裏人(うらひと)は、一瞬だけ身体を硬直させると次いで後ろを振り返った。

当然そこで声を放ったのは(ととのえ)であるのだが、そのハキハキとした活舌に呟きだけで想像も出来なかった本来の声音と、心を鷲掴みにされるかのようなシンッと胸の奥に届く響きへ、言いようもない圧力までを感じてしまっている。

そしてどこまでもまっすぐこちらの腹の内を探るかのような雰囲気を彼女が見せ始めると、そのままむず痒いような懐かしくも切ないあの気持ちを思い出す羽目に陥ってしまうのであった。

驚きで声が(ども)り、少しの緊張と大きな喜びが湧き立つような、あの愉快な感情が。



「え...っと。」


「ふふ、改めて自己紹介をしましょうか。

 ボクの名前は、(ととのえ) 瑚々(ここ)と言います。

 親し気に瑚々(ここ)と、呼んでください。

 性別は女性、血液型はAB型、星座はてんびん座で、利き手は右。

 裏人(うらひと)さんとはこれから、教育係として付き添っていくつもりです。

 末永く、よろしくお願いしますね。

 あと、分からないことがあれば何でも私に聞いてください。

 この街のこと、教導(きょうどう)機関のこと、それと...()のことも。」



彼女の空気感で支配されるその場は、裏人(うらひと)の予想の斜め上をいく不可思議な表情を見せていた。

それは自身の感受性だけでなく、(ととのえ) 瑚々(ここ)という女性、当人の言動も関係している。

丁寧な口調と一風変わった一人称にて自己紹介を進め、席を立つと裏人(うらひと)に近寄りそっとその脇を通り過ぎていく。

そして彼の周りをぐるっと周回し始めると、なぜかずっと目を閉じ切ったままで器用に椅子や机に当たることもなく、自信満々な様子で足を踏み出しては慣れた身のこなしを披露していた。

そうやって十数秒経つ頃には、たちまち彼の周りは彼女の髪の毛が放った甘ったるい香りに満たされていき、太陽光を反射した七色の光も寄り添って、一瞬だけ自分が絵本の世界に迷い込んだかのような錯覚を受け取るまでに至るのだった。

目前で揺れる、彼女の白髪はどこか透き通っているようにも思え、その裏から覗く表情は近くで見るとより一層美しく、淑やかな雰囲気を持ち合わせている。

スッと通った鼻筋に色白の肌、長いまつ毛と血色(けっしょく)を帯びた慎ましやかな唇、そして一瞬だけ姿を見せる綺麗に整った白い歯も(なま)めかしく、また華やかに。

その光景に今までの現実世界がすでに夢物語だと思えていた裏人(うらひと)は、これこそが真に幻なのでは、とそんな疑いの気持ちまで湧き立たせられてしまうのだった。

そして同様に、思った以上によく喋る彼女本来の性格へ、想像していた人物像とかけ離れた事実が違和感として膨れ上がると、それと同じくして教室内にはどんどんとその美声が萬栄していくのだった。

彼女の丁寧な言葉遣いに釣られ、なぜかかしこまったように話す不慣れな裏人(うらひと)の敬語も共に。



「よろしく、お願いします。」


「ふふ。

 ちなっちゃんと同じように、ボクにも親し気な言葉遣いで大丈夫ですよ。

 それと教育係とはいってもただ付き添いなだけなので、あまり意識はしないで下さい。

 ボクは裏人(うらひと)さんと友達になりたいだけなので。」


「そう、じゃあよろしく。」


「はい、これからよろしくお願いします。

 あ、そうだ。

 先にいくつか話しておかなければならないことがあるんですけど、いいですか。」


「うん、なに?」


裏人(うらひと)さんのこと、お話だけしか伺っていないのでどこまでの知識をお持ちなのか把握していないんです。

 なので、玄藤重(くろふじえ)先生が来るまで...十分ほど時間がありますから、色々教えて下さいませんか?」


「あぁ、もちろん。

 ...だけど僕もわかんないことだらけだから、何を知ってて何が理解できてないのかすら分からないんだけど、大丈夫かな?」


「はい。

 ボクはあくまで裏人(うらひと)さんのことを知りたいだけですから。

 それに、ボクら方相氏(ほうそうし)や鬼の詳しい話しは恐らく、天道(てんどう)さんが。」


「なるほど。

 じゃあまぁ。」



そこから裏人(うらひと)は壇上で話さなかったいくつかの身の上話について語っていった。

集落でのこと、隣町での祭りのこと、そこへ一緒に向かった女の子のこと、さらに(ゆう)上甘(かむらあまい)先輩に天道(てんどう)さんとの出会い、そしてこの教育機関へ来るまでの(ゆう)と迎えた朝に、通学路での話等々。

といってもほんの少しの内容しかない過去ゆえ、嘘をつくことなく脚色するつもりもなければそれは、たった数分の小話程度で幕を閉じそうな会話になってしまっていた。

だがしかし、その一つ一つを親身になって聞いてくれて、適切なタイミングで丁寧な相槌を打ち、話を広げようとしてくれる彼女のおかげもあり思いのほか盛り上がりを見せた空間は、少しずつ明るい印象の空気を広げ始めていく。

そうやってあれこれ話をしては、少しずつ脱線する街の様子に移った頃合いで突如、教導(きょうどう)機関が一時限目の授業を意味するチャイムを鳴らしてくるのだった。

それと同じくして教室の前の扉が開かれると、話題に出ていた玄藤重(くろふじえ)教員が変わらないその姿を見せ、二人の話は一時中断となる運びを見せていった。

そしてその場の主導権は暑そうに服装の首元をパタパタと仰ぎ、体の熱を冷ましているらしき彼の元へと移っていく。



「すまん、遅くなったな。

 互いに挨拶は、済んだか?」


「はい。」


「(コクッ)。」


「よし、じゃあ早速荷物を持って、移動しようか。」



淡々と流れを進める玄藤重(くろふじえ)教員に乗っかって、すぐに準備を始める二人も急ぎ気味に荷物を手に持った。

そしてどちらかというと教室の中央寄りに位置している裏人(うらひと)が先導するため、(ととのえ)に背を向けるとそっと歩みを進めていき、彼女を誘導するような雰囲気を見せるのだったが。



「あ、ちょっと待ってください、裏人(うらひと)さん。」



その瞬間、また思いがけず投げかけられた言葉に後ろ髪を引かれる裏人(うらひと)は、二歩目を踏み出すかどうかの瀬戸際で身体を制止させると、そのまま顔の向きだけを彼女の元へと向けていった。

そして「どうしたの?」と返答を返すとそれに合わせて目を開いた(ととのえ)から、突如として思いもよらぬ光景と思いもよらぬ事実を聞かされることになるのだった。

これまで彼女が目をつぶっていた理由と、それにより自身に何をしてほしいのかを明確に言葉にしつつ、それでも変わらない優し気な微笑みを見せながら。



「手をお借りしてもいいですか?

 ぼく、生まれつき目が見えなくて。」


「えッ―――――」


「ごめんなさい、言うのが遅くなっちゃいました。」



閉じられていた彼女の瞳は、その言葉を聞いて姿勢を正した裏人(うらひと)の距離感までをなぜか完璧(・・)に把握しつつ、彼の顔を覗き込むように近寄ってきたことでハッキリとその視界に映った。

彼女の髪色に似た、光の入り方によってうっすらと象られた輪郭だけを残す、不謹慎だが綺麗に思える白銀色の双眸が。

その光景に裏人(うらひと)は何も言葉を発せられず、情けなくも手だけを掴んでしまうのだった。

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