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特異鬼制教導機関  作者: 美音 樹ノ宮
16/37

銀葉歓・教導機関

~特異鬼制教導機関~






「そもそも、なんでこんなに広いの?

 何があるわけ?」


「ん、建物の話?

 いっぱいあるよー。

 娯楽施設からスーパーに、百貨店...あとマンションとか公園とか―――――」


「百歩譲って娯楽施設や百貨店はわかるけどさ、スーパーとかマンションってどうゆうことよ。」


「一人暮らしをする人、多いからね。

 あとは、親と一緒に引っ越してくる人とか、先生とか。」


「えッ...先生って、マジか。」



可愛らしく()を胸の前へ上げ、親指から人差し指へと順当に店の種類(しゅるい)を数えていく様子を見せる(ゆう)は、裏人(うらひと)にとってまたもや現実味の無い話をし始めた。

二人が歩くのはその現実味の無い話とやらの第一弾を聞かされたあの場所からまた少し進み、先ほどまで見えていたほぼ一般道の風景からなぜか住宅地らしき光景へと移ろったとある場所。

ただ移ろったとの変化が見られるのは周りの景色というか建物の様子だけで、田舎ではあまり見ることのできない歩道と車道がガードパイプで区切られている公道には一切の変化は見受けられなかった。

先の車道にあった中央分離帯もなければ片道三車線の道路も姿なく、中央線すら見受けられない安っぽい道路へ変わっているのというのに...。

歩行者の歩く道がきちんと用意されているのはなんとも都会らしく、田舎(・・)だと無駄な金遣いといわれるであろう所まで手が込んでいるというか、金回りがいいというか。

そんな景色に漏れ出たため息は、羨ましいからというよりかは単に凄すぎて言葉なくしたため、との意味合いを大きく孕んだ無意識のモノとなっていた。

また、色鮮(いろあざ)やかで(あたた)かみと安心感(あんしんかん)を見せる、(だいだい)色に染められた歩道をゆったりと歩く生徒の数にも、全くの変化が見受けられないままであった。

誰もが楽しそうに各々(おのおの)の会話へ花を咲かせては声のトーンを一段階上げ、周囲の人々までをお(たが)いに良い意味で置き去りにしたまま時間が過ぎ去っていく光景を見せる。

さらに照り付ける日光が、暖色(だんしょく)の歩道と瓶などをリサイクルして使われるカレット舗装のキラキラした車道に反射され、上を行く皆の顔をこれでもかと輝かせていた。

そんな景色もまた同様に、映えもせず薄灰色(うすはいいろ)で熱いだけのアスファルトや、反射の『は』の字も知らないような田舎の土道(つちみち)の上では見ることの出来ない光景であり、新鮮さを感じる要素ともなっているのだった。

(はじ)から(はじ)まで何もかもが都会という場所をアピールするかのような、教導(きょうどう)機関の敷地内、その広い区画のたった一か所の道。

もちろん悪い意味で取り上げているのではないが、同季節であれだけ汗を掻きながら歩いていた田舎道とは大違いに涼しく、歩くだけでもこんなにまでに楽しいとはこれ如何に。

過去を思い返し、ついには嫉妬心が振り切った今の裏人(うらひと)が別段少し前と同じような悲しい怒りを感じることは無かったが、せめてもう少し早く知りたかったなと結局(けっきょく)田舎を恨んでみたり。

そうやって(ゆう)の話にあった通りの光景を目にしていきながら少しの時間を過ごし、続き周囲の観察をしていたところで突如としてとあるモノが視界へと映り疑問の念がわき始めた、というのが少し前のことだった。

初等部の子から、自分たちと同年代の者までもが似たような制服を着て歩みを進めている中、チラホラと立ち止まっては誰かを待っているような人がいることに気が付いたのである。

そしてその疑問を含め(ゆう)へと話を振ったところから、まさに今の現実味の無さを再度浴びせられるといった会話へと続いていた、そんな場面を展開していたのだ―――――



「田舎にはなかったの?」



一人暮らしという行為。

集落ではそんな必要がそもそもなく、また仮に同年代のものが一人暮らしを始めたとしても家事からお金の工面、通学に勉強までを(こな)している景色なんて想像することなど出来ず、結果(けっか)伝説上の話だとさえ思っていたもの。

しかし都会では、ある種それが当たり前のことにもなっているようであった。

先に話した誰かを待っている生徒たち。

そんな彼ら彼女らの元へ時間を掛けさせることなく、マンションから出てきては自分のポケットから鍵を取り出し、玄関の戸を閉めてエントランスまで下りて笑顔で合流するといった、別の生徒の姿が伺える。

つまりは一人暮らしをしている友人を、一人暮らしをしているらしき友人が待っていた、というのがその場に見受けられていた一連の光景なのであった。

正直マジでカッコいい。

そんな内心を浮かべた裏人(うらひと)は、なぜかその場で「(コクコクッ)」と頷く様子を展開する。

田舎から出てきた身としては、こんな些細(ささい)で変なところに憧れを覚えてしまうのは仕方のないことだ。

なんせ集落では家の鍵などつっかえ棒をするだけで充分であり、閉め忘れがあっても互いによく見知った住人しかいないため心配する必要もない。

そも建て付けの悪い引き戸は開閉の億劫(おっくう)さから換気のために開けっ放しにされるのが常となっていて、玄関までなら隣人が住人を呼ぶため平気で上がり込み、そのまま二、三時間ほど世間話をするのも恒例行事であるからだ。

さらに山々で囲まれた、何とも緑美しい場所のこと。

他の地域から誰かがやってくることなんて、電気・ガス・水道・空調設備の工事の際だけであり、そんな点検や設置に携わるのもまた見知った顔の職人さんときたら、多くを語る必要はないだろう。

そんな事実を知っているからこそ、『戸が()じる重々しく軽い音』や『鍵を()めるときの甲高くもくぐもった響き』に魅了される。

そして『誰もいなくなった部屋』を振り返ることなく(・・・・・・・・)後にするといった一家の主かのように大人びた姿へ、憧れよりも一歩上の美しさすら感じてしまうのだ。

自分のように、全ての根幹にある『一人暮らし』という行為自体をおとぎ話だと思っているような人間には尚のこと。

そう、伝説上の生活とやらに、(ゆう)から受けた質問の内容すら忘れてこれからの自分の境遇も知らない裏人(うらひと)は、もしかしたらと思うを胸の内を表すように目を輝かせて見せたのであった。

そうしてその事実が、一人暮らしをするための周囲一帯へ広がるリッチなマンションの多さという景色と合致し、遠回しに「自分も一人暮らしとやらを経験できるのか?」との意味合いを含めた疑問をこぼすまでに至ったのである。

子供染みた発想と、子供染みた機転。

隠し通すことが不可能であると知りながらも呟いてしまった、そんな図星を突かれれば恥ずかしさを伴ってしまうような小言を。

すると次の瞬間にはそれを受け取った(ゆう)から、当然ながら全てを見透かしたかのような雰囲気で返答が飛ぶと、先の会話から続く展開へとその光景を移していく様子が見える運びとなっていくのであった。

それでも核心をつくことなく、あくまで友人同士のコミュニケーションを保ちながら、といった様子で。



「集落じゃあ、見なかったね。」


「そっか、まぁこっちの人も、誰しもが経験してみたいことではあるよ、間違いなくね。

 ―――――っていうか...。

 そもそも田舎の高校ってどういうことなんだろう。」


「どういうことって何よ。

 田舎にも高校くらいはあるでしょ。」


「いや...さすがにあれほどの集落になると、経済的に厳しいんじゃない?

 実際、裏人(うらひと)が通ってた高校を目にしたわけじゃないから、わかんないけど。」


「えっとね、各学年、25人前後の一クラスで、小中とほとんど並立した校舎だったかな。

 広さは、それなりにあったと思うけど...。

 あー...でも確かに、生徒数にしてはかなり大きかった、かもな。」


「それってさ。

 やっぱり百咲(ももさき)―――――

 ...あのことが関係してるのかな?」


(まぼろし)だからって?

 僕が見たい光景を見せてたっていうのは、正直あるかもね、わかんないけど。」



一瞬(ゆう)が言い淀んだのは、裏人(うらひと)に思い出させたくないことを口走ってしまったから、という意味合いが含まれているようであった。

しかし、それにいち早く気が付いた裏人(うらひと)はというと、別段意にも介していないような面持ちを浮かべることで、気まずさからくる沈黙を払いのけるよう言動に移していく。

互いに互いの気を読むと、ある種コミュニケーションの中でも核心を突かず話を進めている二人は、『短期間の付き合いながら』という部分に際してはやはり気が合っているのだろうな、と言わざるを得ないような印象を見せていた。

そして、未だ両者仲良くなろうと(・・・・)する意識の消えない二人だったが、すでに無意識下ではそれらしい関係を築けているのだといった具合には、仲睦まじい光景が二人を包んでいくのを感じることが出来るのだった。

恐らく本人たちがそれに気付くことは、もっと後にはなるであろうが。



「まぁ、思い返してみればそういう面は多かったかもしれないね。

 自分にとって不都合だと思ったことには、あまり遭遇してこなかった人生だったし。」


「それは?」


「病気になったことないし、僕にとっては気が合う友達ばかりがそばにいたし。

 もしかしたら、接点のない人たちに注目されるような行事から上手く逃れられてたのも、そういうことだったのかも。

 あまり、目立つこと自体好きじゃないからさ。」


「目立つこと、ねぇ。

 十分だと思うけど。」


「何て言った?」


「いや、何でもないよ。

 あ、そうだ。

 じゃあさ―――――」



カラオケ、ゲームセンター、アミューズメントパーク等々(などなど)()いで(ゆう)の口から放たれるキラキラとした言葉を聞いて裏人(うらひと)(のち)の時間を過ごしていった。

さらに、この敷地がなぜこんなに広いのかという当初の理由も。

彼曰く、そういった娯楽施設の豊富さが売りとなっているのが、ここ銀葉歓(ぎんようかん)教導(きょうどう)機関のいいところなのだという、ただそれだけの話であるらしい。

質のいい勉学(べんがく)休息(きゅうそく)との両立が大切で、そのために広大な敷地には数多くの建物を構えている、と。

さらに、その他様々に考えられた経済的な一面もあり、敷地内では学生が...それも六千人にも及ぶ者たちが常連のように(つど)うため、店側としても助かるのだとか。

それを見越して敷地内の土地を賃貸し、教導(きょうどう)機関側も多種多様の契約を提示しては、それでも両者が黒字になるような良い関係を保ち続けると。

そんな話は、良くも悪くも関わるべきではないが、少なくとも何も知らないうちは楽しんだもん勝ちな事実に変わりなく、良かれと裏人(うらひと)もそこに甘え切ろうとの心持を一つ。

そしてそんな効率のいい休息との兼ね合いを守るため、娯楽施設を構えた大通りとの名の場所からワンクッション、住宅区域を挟んだ教導(きょうどう)機関への道のりを、歩いていくのだった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「おはよう、裏人(うらひと)

 調子はどうかな。」


「おはようございま...す?」



住宅地からさらに十数分(じゅうすうふん)歩き、(ゆう)の話ではもうすぐ教導(きょうどう)機関の屋舎(おくしゃ)が見えてくるとの説明があったそばの出来事。

そんな先程までとあまり変化のない道を進んでいた最中(さなか)で、突如として名前を呼ばれた裏人(うらひと)(ゆう)と話していた姿勢から前方へと目をやると、声を掛けて来た人物と再会する運びとなっていった。

その男とは当然、天道(てんどう) 修二(しゅうじ)のことである。

昨日初めて会ったにしては印象があまりに強すぎて、かなり昔からの顔馴染みとでも思えてしまうほどに、相も変わらず際立って人間味の無い様子が感じられる...恐らく人間。

スラッとした体躯から自身を知り尽くしているからこそのコーディネートと、中性的で何とも整った顔立ちを引っ提げている。

また、その体つきは細身ながらも筋肉質で、クールビズのシャツから覗かせた素肌の部分が白く健康的な側面を見せては、ガッチリとした男らしい印象をも同時に前面へと押し出しているようであった。

そして、髪の毛も相変わらず(つや)やかな黒髪を地として白銀(はくぎん)()りなしており、光沢が実際に光って見えてしまうほどの煌びやかさを誇っては、彼をより一際目立(めだ)たせる要素の一つとなっていた。

そんな人間離れした様子をツラツラと並べることが出来る人物が、分かりやすくこれまでの人生でたった一人しか知らないであろう化け物並みに濃い印象の男が姿を見せ、挨拶を返す裏人(うらひと)は言葉ながらに微笑みを浮かべるのだった。

だが―――――



「えっと...どちら様でしょうか?」



次の瞬間には、失礼のないようにと見せたその微笑みが自然に薄れていく結果が、その場に訪れる運びとなってしまった。

なぜかという理由については、彼の髪形(かみがた)がそのままを物語っている。

昨日(さくじつ)の風になびかせるように下ろしていた光景とは大違いで、今は頭の上でお団子を形成するように整えられた状態で見受けられているのだ。

元より中性的な顔のこと、髪形をお洒落にアレンジしている(さま)はその事実も相まって、女性と見紛うほどの言いようもない雰囲気を醸し出している。

さらに髪の毛を上げただけとそんな些細な差から、彼本来の要素(・・・・・・)でもある『不気味』で『奇妙』な『食えない人物』との印象が消え去り、別人ような様相だけが感じられるまでに至っていた。

優しさや気品(きひん)優雅(ゆうが)さを織り交ぜた、格式(かくしき)高い紳士の風貌。

全く似合(にあ)わない、愛情もって他人と接する面倒見のいい年上の人物との装い。

そんな、失礼にも想えてしまう事実の全てが、巡り巡って同系統(・・・)ながら記憶の中の『天道(てんどう) 修二(しゅうじ)』との差異を生み、誰かを判断できなかった裏人(うらひと)の挨拶が途切れることになってしまったのだ。

そして先の質問へと移り、次第に言葉を返していった天道(てんどう)の返答へと続いていく。

純粋に何か物珍(ものめずら)しいものを見つめるかのような面持ちで声を放った、裏人(うらひと)の無垢さに(ゆう)は笑いを堪える様子を見せながら。



「ふッ...私だよ。

 天道(てんどう) 修二(しゅうじ)だ。

 もう忘れたのかい、ひどいなぁ。

 それとも...冗談を言えるほど回復したのかな、よかった。」


「えっと...なんですか、その髪形?」


「ん、これかい?

 ふふ、自然の摂理だよ。

 裏人(うらひと)君も睡眠はとるだろう。

 人間誰だって眠ることは重要なんだ、当然私も。

 それで起きたときには自然(・・)とこうなっている、つまりはそういうことだ。」


「はぁ...?」


「ま、気にするほどのことでもないって意味さ。

 それで、そんな話は置いておいてだね。

 実際、気分はどうだい?」


「あぁ、えっと。

 はい、気分はいいです、かなり。」



彼の口から放たれる、数多くの文言には別段深い意味など無いのだろう。

そんなことを思えてしまう今のやり取りに、何一つその真意を掴めなかった裏人(うらひと)は先のイメージとは違い、やはり彼の内面にはそれほどの変化が見受けられなかったというところへ安堵の念を浮かべて見せた。

そして続き会話の場面では、(ゆう)裏人(うらひと)天道(てんどう)のところ、変わって裏人(うらひと)(ゆう)天道(てんどう)という配置に変化していく流れに身を任せるよう静観する態度をとる。

二人して自分を見つめたまま、舐めるようにつま先から頭の先までに目を通されていくのを感じつつ。



「そうか。

 それにしても凄いねぇ、昨日(きのう)今日(きょう)で。

 (ゆう)、どんな感じ?」


「本当に見たままですよ。」


「特に不調は無しか。

 うん、逆に心配だねぇ。」


「そうですか?

 なんか、大丈夫なように思えますけど。」


(ゆう)がそういうなら信じようか。

 じゃあ、寄り道せず銀葉歓(ぎんようかん)へ向かおう。

 裏人(うらひと)、疲れたならおんぶしてあげるけど、(ゆう)が―――――」


「ちょっと、手ぶらじゃないんですよ、こっちは。」



軽はずみな発言を繰り返しながら、それでも一応は心配している様子も伝わると、そんな印象が天道(てんどう) 修二(しゅうじ)という男が皆に好かれる理由なのだろう。

何とも安心感と安定感のある存在、これほどまでに人一人がその場にいるだけで周囲に与える影響が大きい生命体はそうそういないと思う。

そう、伊達(だて)に十数年生きてきたわけではない裏人(うらひと)は、結局のところ消滅集落だった過去を思い返して、それでもと胸の内でそのようなことを独り言ちった。

そしてそんな天道(てんどう)の小言に反応を示す(ゆう)はひらひらと手を振ると、ここまでを共に歩んできた大きめのカバンの存在をアピールしつつ、当人へと言葉を返す様子を見せていく。

中身は当然、教科書、資料集、筆記用具などの勉強で必要となる教材の数々だ。

教導(きょうどう)機関とはどういう場所なのか、未だによくわかっていない裏人(うらひと)ではあるが、その概要はあくまで学校との違いはなく同じように勉学に励む場所らしい。

それが今自身も手に持っている、(ゆう)の家で少しだけ目を通した教本の内容と彼の説明から、凡そ教導(きょうどう)機関というものの正体を仮定した場合の回答であった。

ならばもちろんのこと、今日が初日となる裏人(うらひと)(ゆう)以上に重めの荷物を手にぶら下げ、ここまでの道のりを歩んできたことになる。

そんな事実へ同様に、(ゆう)と同じアピールするかの様子でカバンを少し持ち上げた裏人(うらひと)は、天道(てんどう)へ「そんな迷惑はかけられない」との内心を伝えるよう試みてみる流れを展開していった。

当然、彼が本気で言っているわけではなく、冗談であることも順当に理解したままで。

すると、ほぼ同時に反応を示したことになる(ゆう)裏人(うらひと)の様子を見て、その気の合い方に安堵して天道(てんどう)はそっと微笑みをこぼすまでに至った。

特別心配していたわけではなかったが、思いのほかその距離が縮まっている事実に、喜びを抑えきれないでいるかのように。

そしてそんな表情が彼らにバレないようすぐさま背を向けると歩みを進めていき、後ろ手に先の会話の続きをする二人の気配を感じながら、自分もその輪に入るよう口を挟んでいくのだった。

(ゆう)と二人で裏人(うらひと)の様子を見ながら、今までの酷な生活を逆転させるために楽し気な日常生活を見せてやろうとの意識の元にて。



「―――――あッ、それで。

 裏人(うらひと)の反応はどうだった?」


「ふふッ、茫然自失でしたよ。」


「さて、(ゆう)とどっちが大袈裟な反応をしたのかなぁ。」



悪だくみ...という意識も少なからず含まれていそうなのは、二人の口合わせなのか、それとも元の性格なのか―――――




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「ふあぁぁ...ん。」


執朗(とろう)くん、情けないよ。」


「勘弁してください...ほとんど寝てないのに後始末残ってるんですから。」



「じゃ、裏人(うらひと)

 また後で。」


「―――――あ、うん...ありがと。」



各々に声を出す一同。

その場に集まっているのは天道(てんどう)(ゆう)裏人(うらひと)に、待機していた玄藤重(くろふじえ) 執朗(とろう)先生だ。

今ここは銀葉歓(ぎんようかん)教導(きょうどう)機関の正門にあたる場所。

ただ、正門といっても道路に面している入り口の部分というだけであり、入ってすぐに運動場が構える、従来の学校の様子とは少し異なっているようであった。

理由は単純、ここからでは運動場どころか屋舎(おくしゃ)すらその姿が見えないのである。

車道から侵入する道の(とお)り、そこには変わらず舗装された綺麗な道路が銀葉歓(ぎんようかん)まで延びていて、両サイドには緑が寄り添うように植えられている。

その様子は真ん中から少し広めの車道、景観を損ねない程度に加工されたガードレール、三人ほどが並んでもスペースがある歩道と生き生きとした樹木が規律よく並んだ街路樹、といった感じ。

さらに、それら全ての景色はどこの一つをとっても手抜きがなく、舗装されたばかりかのように滑らかな道や瑞々しく夏でも涼しい木々が、そこを通る者を快適さと安らぎで包んでくれている。

そして最後に、その街路樹を超えた先の景色には、なんとベンチや風通しのいい空間を備えた東屋が設置されており、時間をつぶす生徒たちに質の高く雰囲気のいい休憩時間をも提供しているようであった。

そんな非現実的な光景に裏人(うらひと)は、ここには何をするために来ているのかと一瞬本来の目的(およ)び、学生の本分を忘れてしまいそうな心地を味わうことになる。

だが、それは一切悪い意味で言っているのではなく、ストレスを感じることがないという、良い意味での衝撃を受けているからこその感想であった―――――

今この瞬間も、(とも)に正門をくぐっていた数人の者たちが樹木の間を縫っては道を外れ、その東屋の方へと駆け寄っていく様子が見受けられている。

当然(さき)にそこで待っている友人たちの所へと足を運んでいる訳なのだが、そんな彼ら彼女らの表情には本当に学び舎へ赴く学生なのかといった具合の微笑みが宿されていた。

田舎でも見ることのなかった、心底嬉しく、さらに楽しくといった様子が伝わる、気持ちのいい笑顔が。

そして彼ら含め、ただ単純に道の先にある銀葉歓(ぎんようかん)屋舎(おくしゃ)へ向かっている者たちからも、不満一つ感じられず明るさの絶えない同じような笑みが見受けられている。

と、それらすべての様子から、どれだけ学生たちに学校という存在を楽しいものだと思ってほしいのか、その一心で作り上げられている教育者たちの心意気と命を削った熱意というものを感じることが出来るのだった。

学校へ向かっているという認識から、何か楽しいことのできる場所へ向かっているのだという認識へ変える。

そんな、娯楽施設へ遊びに行く前の気持ちを彷彿とさせるかのような意識改革を、たった数秒にも満たない入り口だけで完遂させて。



「すご...。」



先程から案の定呆けた顔をしていた裏人(うらひと)は、(ゆう)への挨拶も気持ち半分で、無意識にそんな言葉をこぼしてしまう。

(それじゃあ駅前の通りで見かけた学生たちは、別の学校の生徒たちだったのだろうか)、との余計な思考をよそに

そしてさらに、通り過ぎていく者たちが皆玄藤重(くろふじえ) 執朗(とろう)という男を見かけると必ず笑顔で挨拶していく光景を横目に、彼の学校での立場というものも何となくで察していった。

田舎でもそれだけで人気のあった体育教師という立場から、気さくで親しみやすいといった彼本来の性格も加味して、良い先生と早いうちに出会えてよかったと喜びつつ。

そうやって自分以外の三人が、何やら話し合っている光景を静観するように時間を過ごしていく裏人(うらひと)は、また辺りの景色をゆっくり観察していくよう意識を外へ移していくのだった。

木々の葉の間から遠くの方で微かにだけ見える、銀葉歓(ぎんようかん)屋舎(おくしゃ)の一部にこれ以上ない期待を抱き今後の自身の境遇を想って。

どんな生活が始まるのか、どんな景色を目にするのか、そしてどんな人たちと交流があるのか。

叩けば永遠に出てくる埃かのように胸の内に湧き上がるそれらの感情へ、抑えきれず周囲の者たちと同じような微笑みを、その顔へと宿しながら―――――



「―――――よし、じゃあ鈴鹿(すずか)

 案内するからついてくるように。」



と、そんな時間もすぐ終わり、早速かかった玄藤重(くろふじえ)からの合図に首肯をして、後の流れを彼に任せるようついていくことだけに尽力する裏人(うらひと)はその場を後にした。

勿論(ゆう)天道(てんどう)に向け改めて挨拶をすることを忘れずに。



「それじゃ、後で。」


「うん、後で。」


「またね、裏人(うらひと)。」



辺りの喧騒は未だ静けさを帯びることはない。

だが五月蠅くも感じないのは、そんな光景の一部に自分がいることが、何より楽しいからなのだろう。

そうやってこれから続いていくであろう自身の生活に、思いを寄せる裏人(うらひと)は再度深呼吸をすると、少しの緊張とこれ以上ない高揚感を胸に抱いて玄藤重(くろふじえ)の背中を追っていった。

何とも軽やかな足取りと、何とも浮足立った様子にて―――――




ただ一つ、ここに来た理由としての『()』という存在を、忘れてしまったまま―――――

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